うちの子
ロット君と一緒に軍学校への入学を決め、カイルさんに手続きを進めてもらっているが、まだ入学の日までは20日ほどある。
怪我はまだ完治していないものの杖なしで歩けるようになったので、コロネさんという方が営んでいる酒場で働かせてもらうことになった。
なにしろ質に入れた指輪を買い戻すには22万ペルという大金が必要なのだ、時間のある入学前に少しでも稼いでおきたい。カイルさんとアメリアさんは私が酒場で働くことに心配な様子だったが、この小さな村では他に選択肢もない。
「麦酒2杯と羊肉の串焼き2つな!」
「はい。かしこまりました」
「お嬢ちゃん、こっちのシチューまだか?」
「すみません、少々お待ちください」
十数席の小さな店に半分ほどしか人が入っていないというのに、ずいぶんお客さんを待たせてしまっている。コロネさん自身が麦酒を飲みながらのんびり料理を作っているし、頻繁に煙草を吹かして休んでいるからだ。奥さんのゲラさんに至ってはお客さんと一緒に飲んだくれてしまっている。
・・・それに客層もあまり良くないようだ。料理が遅くて暇を持て余した酔客に声をかけられ、注文もないのにテーブルに呼ばれては手や足を触られたりする。
「お嬢ちゃん、見ない顔だな。最近この村に来たのか?」
「あ、はい。数日前から」
「年はいくつだ?」
「15歳です」
「ずいぶん小せえな、骨ばってガリガリじゃねえか。もうちょっと肉がつくといいんだけどな。がはははは」
「はあ・・・」
「あんた、もっと愛想良くしなさいよ!せっかく雇ってやったのにさ!」
「・・・すみません」
確かに私の愛想も良くはないが、雇い主が守ってくれても良さそうなものではないか。
ようやく出来上がった白身魚のシチューを届けると、今度はお尻を触られた。
「やめてください!」
「あんた、お客さんにその口の利き方はなんだい!」
勢いよく立ち上がったゲラさんに頬をぶたれた。幅も厚みも私の倍はあろうかという重量級の平手打ちだが、生憎この手の打撃には慣れている。掌が当たる瞬間に身体をひねって勢いを流し、痛そうに倒れる演技まで身についているくらいだ。
大抵の人はここで止めてくれるのだが、ゲラさんは飲み過ぎていたのか、それとも虫の居所が悪かったのか、床に倒れた私をさらに蹴り飛ばしてきた。体重の軽い私は派手にテーブルの脚にぶつかり、さすがに息が詰まる。
「なんだぁその目は!あたしに逆らおうってのかい!」
立ち上がった私は確かに生意気な目をしていたかもしれない。コロネさんもお客さんも棒立ちに見ているだけで、誰かが助けてくれるとは思えなかったから。ゲラさんはさらに椅子を持ち上げ投げつけようとしている、これ以上理不尽な暴力を許すつもりはない。
「我が内なる生命の精霊よ、来たりて彼の者に耐え難き苦痛を・・・」
私は密かに人差し指をゲラさんに向けて【苦痛】の詠唱を始めたが、そのときフェリオさんの言葉が頭に響いた。
『力を持つ者は、それを使うときはよく考えなければならない』
私は魔術という力を持っている、それは多くの人が望んでも手に入らない大きな力だ。誰にも気づかれることなく人を傷つけたり、陥れることができてしまう。
この人はいま私を傷つけようとしているが、魔術を使って懲らしめなければならないほどの悪人だろうか?暴力に対して破壊の魔術でやり返したところで、私の気が晴れるだけではないか?それにこの小さな村でもめ事を起こしては、カイルさん達に迷惑がかかってしまう・・・
しまった。一瞬ではあるが動きを止めてしまった。
投げつけられた椅子はもう顔の前まで迫り、避けようがなかった。頭が跳ね上げられ、額から血が滴る。
「出て行け!金は払わねえからな!」
・・・どうしていつもこうなんだろう。やっぱり私が悪いのだろうか。従順に相手に従っていれば、こんな目に遭わなくて済むのだろうか。
私の傷はたいしたことはない、油断したとはいえ急所は外している。それよりもカイルさんにどう伝えようか、どうにか迷惑をかけない方法はないものか・・・。
「なんだと!?わかった、話をつけに行く」
「あ、いえ、私が悪いので・・・」
「心配するな、お前は何も悪くない。それをはっきりさせるだけだ」
カイルさんの家に戻った私は慎重に言葉を選んだつもりだったが、額の傷を見られてやはり大事になってしまった。
カイルさん、アメリアさんに連れられて再びコロネさんの店に戻ると、テーブルに伏して寝ているゲラさんを横目にコロネさんが片づけをしているところだった。
「話がある。うちの子に手を上げたのはどっちだ?」
「ええと、ゲラが飲み過ぎてしまったみたいで・・・」
「ゲラの方だな?起きろ、話がある!」
カイルさんがテーブルの脚を蹴ると、ゲラさんが飛び起きた。
酔いが醒めたのもあるだろう、私を殴った後ろめたさもあるのだろう。カイルさんの剣幕に驚いて幅の広い身体を縮こまらせている。ひとしきり話を聞き終えると、揃って頭を下げてくれた。
そうか、やっぱり魔術を使わなくて良かったんだ。多少痛い思いをしたが、言葉で解決した方がずっとお互いのためになる。さすがにもうここで働こうとは思わないが・・・。
夜空に月が二つ浮かんでいる。紫の大月と銀の小月の双方が出ている日は、夜でも本が読めるほどだ。そのかわり明るすぎて星はほとんど見えない。
アメリアさんは帰り道もずっと手を握ってくれている。言葉には出さないが、何があっても味方だよと言ってくれているような気がする。
「あ、あの・・・」
カイルさんが振り返り、アメリアさんが立ち止まった。
「さっき『うちの子』って・・・」
「ああ、みんなで相談したんだ。お前をうちで引き取ろうって」
「でも私、迷惑かけてばっかりで、何もお役に立ててませんし、もうすぐ軍学校に行ってしまうし・・・」
「迷惑なものか。村も家族も助けてもらって、お前にはいくら感謝しても足りない。それにお前は今まで必死に生きてきて、これから羽ばたこうとしている。でも無理をしすぎだ、帰るところが必要だろう」
「もちろんユイちゃんさえ良ければよ。でももうシエロもクリアも、すごく喜んでいるけど。強くて優しいお姉ちゃんが来てくれるって」
私は前世からずっと、親というものを反面教師にして生きてきた。家族や家庭とは、羽ばたこうとする自分を縛り付ける足枷のようなものだと思ってきた。急に尊敬できる両親が現れても、どう接したら良いのかもわからない。
「あの、ええと・・・その・・・」
でも多分、こういう時は自分の気持ちに素直になればいい。こんな両親のもとに生まれたロット君が羨ましい、私は確かにそう思っていた。
私はおそるおそる手を伸ばして、カイルさんの大きくて硬い手とアメリアさんの白くて柔らかい手を握った。
「ありがとう、ございます・・・お父さん、お母さん・・・」




