巡見士フェリオ(3)
「まず、巡見士について少し説明しようか」
『巡見士』とはエルトリア国王に直属し、国内外を巡って王都に情勢を報告する職業だ。
各地の経済状況や治安、領主の評判から人口動態などを広く見て回り、定期的に報告書を提出し、年に1度は国王が主催する会議にて直接報告する義務がある。
身分は騎士と同格だがその権限は広く、貴族といえどその調査を拒否することはできない。調査に基づく是正勧告、一部公式文書の発行、場合によっては臨時の裁判官や領主代行まで務めることもある。
調査費を含む俸給は平民の10倍以上にもなり従者を抱える者もいるが、その職務の性質上さまざまな危険も多く、通常20名ほどいる巡見士のうち年に1~2名は死亡するか行方不明になるという・・・。
「フェリオさんも危険な目に遭ったことがありますか?」
「そうだね。道中で妖魔や野盗に襲われたことは何度もあるし、宿で寝込みを狙われたり毒を盛られたこともあった」
「そんなに・・・?」
「でも慣れてくると、嗅覚というか何というか・・・危険を察知する能力が身についてくるんだ」
「巡見士になって何年になるのですか?」
「確か8年目だったかな。よく生き延びたと思うよ」
「フェリオさんは・・・あ、ごめんなさい。質問ばかりで」
「いや、いいんだよ。巡見士になる方法だったね」
「はい」
フェリオさんはもともと切れ長の目だが、笑うとさらに光彩が細くほとんど見えなくなる。
「年1回の公職試験に応募するしかない。合格は大抵3人から4人だ」
「どんな試験なのですか?」
「知識は広く問われる。地理、歴史、算術、法律などかな。それから武術にも優れていなければならない」
「職務上の危険に対処するため、ですか」
「そう。受験者同士や騎士との対戦もあるから、得意な武器を一つ究めておくといい。君の場合は鈍器かな?」
「・・・あれは忘れてください」
フェリオさんの目がもう一度細くなった。人好きのする笑顔だ。
「冗談だよ。君の場合は魔術を磨くと良さそうだね。ジュノンの軍学校に行ってみる気はないかい?」
「軍学校・・・?」
「そう。南方のジュノンという町にある学校で、基礎知識に加えて武術や魔術を学ぶことができる」
「お金はどれくらいかかりますか・・・?」
「詳しくは知らないけど、学費だけなら10万ペルもあれば・・・」
「じゅ・・・!!」
夢を膨らませて話を聞いていた私だったが、金額を聞いた途端にしぼんでしまった。
牧場と農場で1日働いた給金が400ペルだ。休みなしに働いて1ペルも使わず貯め込んだとしても250日、それも学費だけだという。滞在費などを考えればどれだけかかることか・・・。
「ま、まあ、お金のことはご両親に相談してみるといい」
「はい・・・」
毛布を握り締めたまま項垂れた私を見て、フェリオさんは色々察してくれたようだ。ただその助言も、浪費家の両親から逃げてきた身には辛い言葉になるのだが・・・。
「そうだユイ君、魔術の媒体には何を使っている?」
「えっ?それは・・・」
一般にはあまり知られていないが、魔術を発現させるには『媒体』と呼ばれる品が必要になる。正確には無くても発現できるが、その精度や威力が格段に落ちてしまうのだ。
『媒体』は造られてから時間が経った物や術者の思い入れのある品、強い思いで造られた品であるほど良いとされており、古木の杖や貴金属の装飾品などが多く使われるのはそのためだ。しかし私が使っている『媒体』は・・・
「これです・・・」
毛布を引っ張り、裸足の爪先を出した。薄汚れた左足の中指に針金が巻いてある。
「・・・思い入れのある品なのかい?」
「いえ。これしか用意できなくて・・・」
私は耳まで赤くなって俯いた。古木や貴金属など簡単に手に入るわけもなく、金属なら何でもいいか、とそのへんで拾った針金をずっと使っていたのだ。
それも身体の色々な箇所に巻き付けてみたのだが、見える場所だと恥ずかしいし、服に隠れる場所だと引っかかってしまう。靴に隠れて引っかかりにくい場所はここしか考えつかなかった。まさかこんな時に、こんな人に見られてしまうとは・・・。
「そうか。良かったらこれを使うといい」
「えっ・・・?」
左手を軽く掴まれてどきりとした。小指に指輪をはめられてさらに動揺した。
たぶんこちらの世界では婚約指輪だとか結婚指輪だとかいう風習は無いと思うので、それほど気にすることもないのだろうか・・・。
「えっ?えっ?えっ?これは、高価なものでは?」
「そんな事はないよ。でも君の役に立つと嬉しい」
「は、はい。ありがとうございます。大事にします・・・」
フェリオさんは立ち上がり、扉に手を掛けた。
「力を持つ者は、それを使うときはよく考えなければならない。魔術でも、武術でも、権力でも。君なら正しく力を使えると思う」
「?・・・はい」
一人になった私は指輪を陽にかざし、何度も角度を変え、白銀色に輝くそれをしばらく眺めていた。




