008 すき焼きパーティにて
「いい匂いがしてきましたね」
「ああ、そろそろ出来上がるな」
「丁度その頃には、うちのお母さんも帰ってくるからねー」
ここは、シュクレール亭の2階の住居スペースのダイニングルーム。
大き目のテーブルの上には、卓上コンロがあり、その上には鍋がある。
鍋の中には牛肉のほかに、春菊やネギやら白菜やら糸こんにゃくやら…色々と具が入っており、ぐつぐつといい匂いを漂わせながら煮込んでいる。
どうやら、今夜はすき焼きのようだ。
牛肉は、正光が閉店後、急いで24時間スーパーに行き、すき焼きに使う野菜たちと同時に高い値段の牛肉を大量に購入した。
野菜が高騰しているので、かなり値が張ったようだが…。
今回は家族ですき焼きを食べようと正光が提案した。
その最中に、営業中に相談に現れ、ここで匿うことになった男の娘アイドルの水鏡要も一緒にすき焼きを食べる事になった。
「おっ、美味しそうじゃないか。早く食べたいぜ」
遅れてダイニングルームにステアが現れ、すき焼きの鍋を見て目を光らせていた。
「フライングすんなよ。食べるのは母さんが帰って来てからだぞ」
「ははは、わ、わかってるよ」
「絶対フライングする気だったでしょ、ステアちゃん?」
「表情で分かりますよね」
ステアの反応に、正光が注意し、アリアと要は「ステアならやりかねない」と冷たい視線をこっそり送っていた。
そこに…
「ただいま~、ちょっと遅くなっちゃったわ~…って、あら~いい匂いね~。今夜はすき焼きかしら~」
「お母さんお帰りー♪」
「帰ってきたな、母さん。あ、要くん。この見た目小学生っぽい容姿の人がアリアの母親のチャティー・シュクレールさん。一応、俺の義理の母親でもあるんだ」
「あら~、その子が要ちゃんね~。初見殺しの合法ロリ人妻のチャティー・シュクレールよ~、よろしくね~」
「お母さんもお兄ちゃんも何とんでもない自己紹介の仕方してるのよー…」
要に帰ってきたチャティーを紹介する正光と自己紹介したチャティーに、アリアは呆れ顔で突っ込みを入れた。
「あ、ボクはアイドルの水鏡要です。あ、こう見えても一応ボクは男なので…」
「あ、あら~、そうなの~? 男の子には見えないくらいに見た目も声も女の子なのね~」
「ははは…、それで色々困った事があったのでここで匿ってもらうことになりました」
「よし、それじゃそろそろ食べるぞー」
「待ってました!!」
チャティーと要のやり取りの間に正光が出来上がったすき焼きの味見をして、みんなに呼びかけた。
テーブルにつき、いただきますの挨拶をする。
そして、みんなですき焼きの具や牛肉を取りながら、わいわいと楽しく談話していた。
「あー、ステアちゃんずるーい! 牛肉ばっかりじゃないのー!」
「へへーん、この牛肉は死ぬまで借りるぜ♪」
「それ、絶対返さないというか、絶対自分でいただくって意味ですよね」
「うう~」
「喧嘩すんなよ、二人とも。ほら、アリア。俺が取った肉やるからさ」
「わーい、ありがとー♪ お兄ちゃん、だーいすき♪」
「おいおい、食事中に抱きつくなって。明日は午後シフトだから後で朝まで抱いてやるから」
「えへへー、約束だよー」
正光とアリアのやり取りの一部始終を見た要は隣に座っているチャティーに聞いた。
「あのー、一つ聞いてもいいですか?」
「いいわよ~、何かしら?」
「アリアさんはともかく、正光さんがチャティーさんを母として接しているみたいですけど…、何か意味合いがあるんですか?」
要の問いに、チャティーはしんみりとした雰囲気で答え始めた。
「正光くんとアリアはね、婚約者同士なのよ~。 それに正光くん自体…彼の実の家族に中学生の頃まで虐待されてね~…。 実の家族が災害で死んだ時に一人になった彼を見つけて私たちで保護して、家族として迎え入れたのよ~」
「そ、そうだったんですか…。正光さんにも…そんな事が…」
チャティーの答えに要は、悲しそうな表情で聞いていた。
チャティーはさらに答弁を続ける。
「保護したての時の彼は、心を閉ざしちゃっててね…。避けてたみたいなのよ。それをこじ開けたのが娘のアリアなのよ。 初対面の時から打ち解けて、仲良くなってね。 つらいときには常にあの子が支えてたみたいでね~」
「そうですか…、それで正光さんはアリアさんの事が…」
「ええ、そうよ~。娘も正光くんの事が好きだったから、両思いってやつね~。それで、正光くんからアリアが高校卒業したら結婚しようって申し出て、即OKしたのよ~」
「そうですか。ぜひ、幸せになってほしいですね」
「ええ、私も孫の顔も早く見たいからね~。っと、しんみりモードはここまでにしましょ~。すき焼きの具が大食いのステアちゃんに取られちゃうわよ~」
「そ、そうですね。ボクの取り分も確保しとかないと…」
二人はさっさと残りの取り分を必死で確保し始めた。
「どうしたんだ、二人とも? 何か話をしてたのか?」
「うふふ~、秘密よ~」
「ええ、正光さんは気にしないでくださいね」
正光の問いに、チャティーと要ははぐらかした。
まぁ、チャティーは彼を知っているからいいのだけど…。
そんなこんなで3時間後に、すき焼きパーティーは終了した。
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「それじゃ、先にお部屋に入ってるねー。用事が終わったら来てねー」
「あー、うまかった。 私はそのまま寝るぜー」
「牛になるなよー?」
「さ、さすがにそれはないじゃないかー! うぅ…、お、お休みー」
「それじゃ、ボクも貸してもらった部屋で眠ります。おやすみなさい」
「ああ、お休み」
正光は、部屋にもどるアリア、ステア、そして要を見送る。
そして、ダイニングルームには残りの洗い物をしている母親であるチャティーのみになった。
「こっちは終わったわよ~」
「ああ、悪いな母さん。よいしょっと…」
「あら~、いつの間にこっそりと高級な肉系おつまみを隠していたのかしら~?」
「なかなか母さんとこういう機会がなかったしな。この時のために隠してたのさ。あんまり親子としてこうやって接する時間もなかったし…。」
「ふふ、確かにそうね~。じゃあ、冷蔵庫からビールだしてもいいかしら?」
「ああ、この際だから少しの時間、大人どうしだけど、親子で一杯やろうか」
そして、残った二人はアリアと比べてあまり機会がなかった正光とチャティーの親子の対話としゃれこんだ。
正光は、この後ちゃんとアリアとの約束も守ったようで、しっかり朝までアリアと励んでいたみたいだ。
それを耳にしたチャティーが「お盛んね~」とからかわれたのは言うまでもないだろう。
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