012 信彦のショックの理由
「いらっしゃいませー、お、信彦さん」
火曜日の朝、信彦がシュクレール亭にやって来た。
しかし、どこか様子がおかしい。
今までの活気がないのだ。
「どうしたんだよ信彦さん、何かあったの? おーい!」
「あ、ステアちゃん…」
(これはガチで何かあったな?)
ステアが隣で声を掛けられても気付かなかった位に様子がおかしい事に気が付いた正光。
「ステア、とにかく厨房近くのテーブルに誘導してくれ」
「わ、分かった!」
ステアは我に返り、信彦を正光が指定したテーブルへと誘導する。
彼女に促されるままに信彦はそこに腰を掛ける。
「信彦さん、何があったの?」
ステアも信彦の隣に座り、心配そうに聞いてきた。
正光もあまりにも様子がおかしいので気になって仕方がない。
「俺、大学を辞めないといけなくなったんだ…」
「え…!?」
ようやく信彦が口を開いた内容が衝撃的なものだったので、正光とステアが驚いた。
「詳しく…聞いていいか? どうしてそんな流れになった?」
「親父が務めてる会社で社長が変わったんですよ。 新しい社長は前社長の息子らしく…コネで入った奴でした」
「コネ…?」
「あれか。 親の脛を齧ったまま会社を継いだってことか」
「そうっス」
「ニーサン、それが信彦さんの家族に何の関係が?」
「おそらくその新社長は会社をしらない無能なんだ。 大抵の二代目は親の権威が自分の権威と履き違えてる分、厄介な存在なんだ」
「そうなんです。 俺の親父はその新社長の気まぐれで会社をクビにされたんです」
「えええっ!?」
信彦が次々と供述したないようが、とても生々しくステアにとっては驚きの連続。
正光も冷静に聞いてはいるが、その新社長の横暴ぶりに怒りが燻ってきているようだ。
「つまり新社長のえり好みでクビにされたって事か」
「はい、しかも即クビと言われ、月が替わった後の14日分の給料も一切入れないと言われたそうです」
「そんな…」
気まぐれで信彦の父親がクビにされた事にステアはショックを隠せない。
正光はその内容に少し違和感を持ったので改めて信彦に聞いてみた。
「だけど、えり好みの解雇は『不当解雇』になるんじゃないか? 弁護士通じて訴えることもできるはずだが…」
「それが…棄却されました。 どうも奴は裁判官や弁護士に金でねじ込ませたみたいで」
「自分ルールがまかり通るようにしたのか。 最悪だな」
「ええ、双方の親族も怒り心頭でした。 しかし、俺が大学を辞める理由はその先です」
「と言うと?」
ステアに聞かれて、信彦はしばらく黙り込んでいたが、思い切って口を開いた。
「親父が親族の力を借りて起こした裁判を棄却されたショックで…自殺したんです」
「何だって!?」
三度ステアは驚きのリアクションを起こした。
自殺するレベルで彼の父親がショックを受けていたという事なのだ。
「そこまで追い詰められていたか…。 ずっと会社に貢献してきたのが突然の解雇だからな」
「ええ、それでお袋も…ショックで仕事を辞めたので…実家に帰ってます。 当然仕送りも出来なくなったので大学には事情を話して退学処理をしてもらうつもりです」
「それで…信彦さんは今後どうなるの? あのマンションも退去なんだろ?」
「退学と同時に退去だよ。 だけど俺の今後は不明瞭なんだ。 仕事探さないといけないし…」
頭を抱え項垂れる信彦。
そこに正光がある提案をしてきた。
「信彦、もし良かったらシュクレール・コンツェルンの社員として働かないか? ここシュクレール亭で住み込みで構わないから」
「え…? だけど…」
突然の提案に戸惑う信彦に、今度は別の声が聞こえた。
「私たちは構わないのよ~。 元々信彦君を雇い入れたいと思ってたからね~。 ステアちゃんと仲がいいし」
「あ、チャティーさん…」
「どうも~」
チャティーが2階から降りて来たのだ。
正光とステアが信彦に関する相談をし始めたころから様子をうかがっていたようだ。
「でも、いいんですか? 大学を中退する身なんですけど…」
「シュクレール・コンツェルンは学歴を問わないわよ~。 正光くんも通信制高校を卒業した後でここに正式に働いたんだから」
「と言ってもシュクレール・コンツェルン出資の私立だったし、ほとんどアリアの実家で教育をされてきた身なんだがね」
「そうなんですか…」
「だから後はあなたが働きたいという意思を示してくれればこちらで雇用手続きをするわよ~。 お母さんにはこちらから電話してあげるから」
チャティーにそう言われて、信彦は色々考えた。
考えた末、彼は決意した。
「分かりました。 シュクレール・コンツェルンでお世話になります」
「じゃあ雇用手続きと信彦君のお母さんへの電話もこっちでやっておくわね~。 実家にいるのかしら?」
「ええ、今お袋に電話を繋ぎます」
そう言って信彦はスマートフォンを取り出し、電話を掛けた。
少し話をした後、チャティーに代わり彼女が電話応対をした。
「とりあえず、手続きの方はすぐ終わるだろうし、住まいは3階の大部屋をステアと二人で住んでくれ」
「ええ、ステアちゃんと一緒にですか!?」
「ああ、ステア自身も望んでるからな」
「そういう事。 私が直接信彦さんを支えるよ」
「あ、ありがとう。 じゃあ、今後もよろしく頼むよ、ステアちゃん」
「よろしくな、信彦さん!」
ステアと信彦が抱き合いながらこう言った。
正光はそれを見て、いいカップルだなぁと思っていた。
こうして、信彦もシュクレール・コンツェルンの仲間入りを果たしたのだ。
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