第9話 いざ、王都へ!
防衛戦後の事後処理のために王都を目指すラグマとアーチェ。ふたりはその道中にも交流を重ね、互いの距離を近づけながら…そして遂に、目的地へたどり着く。ラグマが頼りとする『執政官フィックス』とはいかなる人物か、そして王都でふたりを待ち受けるものとは…
「…見えた、王都だ!」
王都を目指し歩みを進めていた俺とアーチェは、ついに遠目に市街地の見える小高い丘にまでたどり着いた。ここまで来ればあと少しというところだろうか。
「あれが王都…ですか。ずいぶん大きいんですね…」
アーチェがほう、とため息をつきながらつぶやく。
「アーチェは王都に来るのは初めて?」
「はい、あまりこちらまで来る機会がなくて…そういえばラグマさん、王都についたらどこに向かわれるんです?」
「ともかくこの印章を何とかしないとだから、まずは王宮に…執政官フィックスに会いに行くよ」
「執政官!?あの私、その辺の事情には疎いんですけど…結構偉い人なんじゃないですか?」
アーチェが驚きの声を上げた。実際のところ、目的とする人物は王宮内でも相当高い地位にあるのだが…
「普通は俺なんかじゃ会えないところなんだけど…彼は、俺をブライトの参謀に推挙してくれた恩人なんだ。それからもちょくちょく手紙をやり取りしててね。ちょうどいいからフィックスのことを話しながら行こうか?」
彼女は興味深そうに頷いた。俺とフィックスの直接の関わりはそこまで深くないのだが、彼の功績については話すべきことがかなり多い。とりあえずはかいつまんで説明することにした。
「えーと、まずはフィックス自身について。彼は王家に近い地方領主の一族出身なんだけど、若くしてその才能を…知性や実務能力を認められて執政官に取り立てられた。王宮に入ってからも彼は遺憾なく才能を発揮して、みるみるうちにその地位を固めていったんだ」
「彼の主な業績は、地方領主の権限の王家への移管、王立軍の再編と拡大、王宮の機能拡張など…陛下や王宮に権力を集中させるのが主かな。脅したりすかしたり、時には魔王の脅威を利用したりして…これまでの王国の運営や環境に助けられた面も多いけど、彼の手腕なくしては不可能だったと言っていいと思う」
もともと各種交通網の整備や一部領主の没落、共通の外交課題の出現など、フィックス曰くちょうど王国が過渡期にあってくれたということらしいが…それらに一つの方向性を与えて大きなうねりにしたのは間違いなく彼だ。
「何より今の『勇者』の称号制度も彼の発案だよ。それまで特に定義もなく使われていた『勇者』という肩書に、陛下の承認という裏付けと王宮からの各種援助を与えるのが制度の根幹だ。勇者としては安定した地位と支援が手に入り、王国としては魔王に対抗する勢力の確保と王権の一層の伸長が望める…再編王立軍はまだ力不足だったからね」
アーチェは目を丸くしながら感心していた。彼女の反応から見て、要点は伝わったのだろう。
「と、まぁこうして魔王軍と戦う体制が整ったのも彼によるところが大きくて…ただ本人は、肝心なところを他人に任せる度量もあったし、何より表に出るのを極端に嫌ってたから、王宮内はともかく国民レベルでは知らない人が多いんじゃないかな」
「敢えて目立つのを避けられていた、ということでしょうか…なんだかラグマさんに近いところを感じますね」
「ハハハ、もしかしたら親近感を覚えて、目をかけてくれたのかも…じゃあ引き続いて俺とフィックスの話。彼は勇者制度の整備後、一時期王宮を離れて各地の勇者と行動をともにしてた時期があったんだ。人材のスカウトのためにね」
俺の方はまだまだ実績不足で単なる地味な立場だが、敬愛する人物との近しさを感じる、と言われるのは嬉しいものだ。俺は、彼と過ごした日々に思いを馳せながら話を続けた。いや、続けようとしたのだが。
「んで、ブライトたちと組んでた彼が俺を拾ってくれたと………あれ、そう思うと、まず参謀をクビになった件を平謝りせんといかんのではないか、俺…?」
おっと胃が痛くなってきたぞ。大丈夫なのかこれ、結構叱られたりしないか?…青くなる俺を心配げにのぞき込むアーチェに『平気平気』とジェスチャーしてから、気を取り直して続けた。
「えーともかく!そうして少しの間は5人で魔王軍と戦っていたんだ。そこでフィックスからいろいろなことを教わったけど…彼はその後、また王宮に執政官として戻っていった。そのとき俺に、『キミならもう大丈夫、期待しているよ』と言ってくれてね」
うん、やっぱダメだわこれ。怒られるヤツだわこれ。バッチリ期待を裏切ってますやん自分。
「そんなこんなで彼とのコネクションはあるし、彼に命令文書の件を依頼する筋を通す見込みもあったんだけど…ごめん、話しててそれ以前の問題がある気がしてきた…アーチェ、俺の骨は拾ってくれなくて構わないから…」
儚げに微笑む。許してくれアーチェ、キミとの旅は始まる前に終わるかもしれないよ…
「い、いえきっと大丈夫ですよ!きちんとほら、相当ささやかになっちゃいましたけど再就職先が見つかったわけですし!あっそれよりもう王都に着きますよ!さぁ元気元気ですラグマさん!」
アーチェの励ましに力なく応えつつ、無事に王都にたどり着いた俺たちはそのままの足で王宮の入り口へと向かった。幸いなことに王都には戦火の影も見えず、むしろ以前より活気があふれているようだった。
王宮の入り口では、これまた幸いなことに顔見知りの衛兵が警備に当たっていた。俺を見つけた彼の方から声をかけられる。
「ラグマ様!お久しぶりです、王都に戻られていたのですか?」
「お久しぶりです、お元気そうで何よりで…フィックス執政官に要件があるのですが、お目通り願えませんか?」
「執政官ですか?彼はちょうど用務で外出しておりまして…昼の鐘が鳴るころまでは戻られないかと思います。中で待たれるのならご案内いたしますよ」
残念、空振りだ。さて、外出中となれば部屋で待つのが確実ではあるのだが…
「…いえ、久しぶりの王都を探索してきます。昼の鐘前には戻りますが、それまでにフィックスが帰ってきたら『ラグマからの面会希望あり』とお伝え願えますでしょうか」
王宮への道すがら、初めて訪れる王都の街並みに目を輝かせていたアーチェを思うと、俺としても彼女と街歩きを楽しみたかった。昼の鐘まではかなり時間がある、めぼしいところは見て回れるだろう。
「かしこまりました、確かにお伝えいたします。そうですね、王都も、そして王国もいろいろと変わりつつありますから…ラグマ様も驚かれるかもしれませんね。行ってらっしゃい!」
「ありがとう、よろしくお願いいたします…じゃあアーチェ、行こうか。少し王都を散策しよう」
王宮に見とれていたアーチェに声をかけると、彼女は慌てて返事をして衛兵にもペコリと頭を下げていた。
「あっ、はい!わかりました!…あの、ありがとうございます!よろしくお願いいたします」
「王都はよいところですよ!ぜひとも楽しんできてくださいね!」
手を振る彼に別れを告げて、俺たちは王都の中心街へと向かっていった。
「…あのう、王宮で待たれなくてよろしかったんですか?」
歩きながら、アーチェが尋ねてくる。少し心配そうな様子だった。
「昼まではまだかかるからね。王都の様子は俺も確かめておきたいし…それにずっと俺の都合に付き合わせてばかりだから、アーチェにも行ってみたいところがあるかなと思って」
「ラグマさん…ありがとうございます!カナイド村では王都なんて話に聞くことも少なかったから、楽しみです!」
彼女の表情がパッと明るくなる。そう、俺はこの笑顔が見たくて王都散策を決めたのだ。これは現実逃避ではない、フィックスにごめんなさいするために部屋で待つ時間の重圧に耐えられないとかでは断じてないのだ。
通りを歩いていると、連れ立って走っていく二人組が見えた。彼らの話し声が聞こえたのだが…
「おい、早くしろよ!広場に勇者様がいらっしゃるのはもうすぐなんだぞ!」
「わかってる、わかってるよ!俺だって会ってみたかったんだ!」
…王都の広場に勇者が?その言葉に違和感を覚える。魔界進攻作戦が目前に控える中で、戦力の中心である勇者をわざわざ呼び戻したのか?
「勇者様、ですって…ラグマさん、私たちも行ってみましょうか?」
「…ああ、そうしよう!」
広場に向かって駆けだす。戦勝祝賀にしては時期が変だし、勇者の誰かが負傷して戦えなくなり戻ってきた、とかでなければよいのだが…
「あの、ラグマさん。勇者様がどなたを指すのか、お心当たりはありますか?」
「いや、ないな。ブライトでないのは確かだろうけど…彼の他には5人の勇者がいてね、その誰かまでは…おっとと、ちょうど広場だ」
特に理由はないのだが、建物の陰からふたりして様子を伺う。他の勇者とも顔見知りではあるから、見れば誰かは分かるはずなのだが…観客で賑わう広場のお立ち台の上から、ひときわよく通る声が響いた。
『情熱の勇者、レッド!!!』
『癒しの勇者、グリーン!!!』
『魅惑の勇者、ピンク!!!』
『影の勇者、ブラック!!!』
『カレーの勇者、イエロー!!!』
『『『『『5人そろって、勇者戦隊ブレイブファイブ!!!!!』』』』』
「あれで全員ですか?」
「一人残らず初対面だよ!!!」
失意体前屈で咆哮する。俺の知らないうちに、王国はとんでもないことになりつつあるようだった…