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第8話 元参謀の脳の裡、勇者のタマゴの胸の内

 ラグマとアーチェは互いの夢を語り合い、互いに夢を叶えあうためにともに歩むことを誓い合った。だがそのためにも解決しておくべき問題があり、ふたりは一路王都へと向かうこととなる。その途上にも彼らは語らいを重ね、心の距離を近づけていくのであった。

 アーチェと俺がともに歩むことを誓った翌朝、俺たちは守備隊の皆に別れを告げ王都に向けて出発した。何となく『やれやれ』的な雰囲気で見送られたことについては…俺自身も印章冒用の件は忘れていたことだし甘んじて受け止めようと思う。


 砦を離れて少ししたところで、アーチェから話しかけられた。


「あの、ラグマ様。今のうちに聞いておきたいことがあるのですけど…」


「それはいいんだけどアーチェ、その、『様』っていうのはもう…俺なんかこんな調子で話してるし、もっと気楽な感じで大丈夫だよ」


 あくまで勇者(見習い)と参謀って関係なんだし、と苦笑する。


「そ、それもそうですね!ただ私、話し方は普段からこの感じで…じゃあ『様』は止めて『ラグマさん』でいきます!どうでしょう?」


「了解、そこはおいおいということで…あと気になったことはどんどん聞いてよ。何せホラ、俺は今アーチェの参謀役だし!」


 彼女はニコリと笑顔で返してから、改めて俺に尋ねてきた。


「その、ラグマさんが所謂『粘り勝ち』を選んだ理由を教えてほしいんです。私も魔王を倒さなくても平和が訪れるならその方がいいと思ったんですけど…理屈のところをきちんと聞いておきたくて」


 彼女の問いは、俺の…そして、これからの俺とアーチェの在り方の根底に関わるものだった。歩きながらで話しきれるものでもないだろうけれど…それでも俺は、限られた時間で少しでも伝わるよう、丁寧に言葉を探していく。


「ざっくりの説明になるけど…それは俺たちの勝利を『勇者として』のものでなく『勇者の率いる王国として』のものにして、少しでも平和を長続きさせたいからなんだ」


 彼女は、話し始めた俺のことを真剣に見つめてくれていた。


「まずは土台の部分なんだけど…アーチェは、王国の敵を残らず打ち倒すことはできると思う?」


「それは…勇者であってもまず不可能と思います。例えば魔界を見ても、どれほど広くどれほどの魔族がいて、そのどれほどが王国の敵なのかわかりませんし…何より、気乗りのするお話ではないですから…」


 おそらく、最後の部分がアーチェの本心、本音なのだろう。そんなことを勝手に思いながら、俺は彼女の答えを受けた続きを投げかける。


「うん、俺もそう考える。今は敵だと思う相手とも、必ずどこかで、共栄なり不可侵なりの、共存の道を目指さなければならないはずなんだ。じゃあ次、その『共存の道』が『勇者が魔王を倒して勝利すること』によって拓かれるとすると…そのことにはどんな利点と欠点があると思う?」


「え?えぇと…まず、そのなんというか、手っ取り早いのは利点だと思います。欠点は…不安定なことでしょうか?万が一勇者が負けてしまったら、それだけでもうお終いですから」


 話が早くて助かる。とっさにでも要点、肝となる部分を押さえられる判断力も狩人であるがゆえなのだろうか?感心しつつ俺はさらに続けた。


「概ねその通り…なんだけど、加えてその不安定さが戦後も続く点を俺は懸念してる。魔王を倒してからも王国は勇者の力を失うわけにはいかなくなる、何せ『共存の道は勇者のおかげ』ともいえる状態になるから…」


「だから俺は、『王国が』魔界に負けることはない、と認めさせてから彼らとの共存を模索したい。そこで『粘り勝ち』なら王国が力を発揮する場面も圧倒的に多くなるし、何度やっても勝てない相手と思わせることもできる寸法ってわけ」


 特に魔王を倒せば魔界の結束も打倒できる、あるいは第2の魔王は現れないという保証がないのも重要だ。『魔王を倒しての和平』よりは低リスク(実現できるのが前提だが)と言っていいだろう。ここまで話したところで、アーチェが難しそうな顔をしてつぶやいた。


「と、いうことは…勇者になるといっても、『今すぐ魔王を倒して平和になればいい』なんて簡単な話ではなかったんですね…」


「あーいや、それも正しくて…『今すぐ平和になるからこそ守られるもの』も確かにあるし、それも大切にされるべきだ。その『今すぐ』の目途が立たなかったのも、今のやり方を選んだ理由のひとつで…けれどブライトたちの規格外の力ならそれも実現しうるし、彼らの選択にも非常に大きな価値があると思う」


…そう、コストの問題は痛いところだった。戦いが長く続くことのデメリット、即ち王国民の負担は非常に大きいし、避けられるならそれに越したことはない。それでも俺には、今のやり方を続ける理由があった。ひとつには、彼らなら俺抜きでも魔王を倒せそうというのもあるが…


「ただこれは、どちらかだけが正解って話でもない。むしろ違う道を進むからこそ『取りこぼされる人々を少なくできる』、彼らが敢えて選ばなかった道を選ぶことにも意味はあるんだ」


 一番大切なのはそこだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


「だからまぁ、これからブライトたちが魔王を倒して平和が訪れたとしても、『アーチェにしか守れない人々を守り抜いた』ことは…アーチェも間違いなく勇者のひとりであることは俺が保証するし、陛下にも必ず認めさせてみせるよ」


「なるほど…『競走』じゃなく『並走』ということでしょうか?そう考えると一層やる気がわいてきますね!私、頑張ります!」


 最後はアーチェが前向きに締めてくれる。とりあえずは伝わってくれたようで何よりだ…ここで『やっぱよくわかんないんでやめます』とか言われたら立ち直る自信がなかった。


「ところで、俺もアーチェに聞きたいことがあったんだけど…別にあった『勇者になって叶えたい夢』のこと。聞いてもいい?」


 そう、彼女は砦で『人々を守れるようになること』の他にも勇者を目指す理由があると言っていた。それが気になっていたのだが…尋ねられた彼女の表情が少し曇ったような気がした。


「それは、その…私…故郷の村を、救いたかったんです」


 話したくないこともあるか、と話題を変えようと思っていたが、彼女はゆっくりと俺に語って聞かせてくれた。


「私の故郷はカナイド村といって…北部の国境地帯にある山の中の、小さな小さな村でした」


「―――」


 その言葉に、息をのんだ。北部の国境地帯、今は魔界進攻作戦の開始地点であり…開戦劈頭には、()()()()()()()()()()でもあった。


「村は不便で貧しくて何もなかったけれど…私は大好きだったんです。けれどある日、魔王軍が国境を越えてなだれ込んできて…彼らは、私の村にもやってきました。そして…」


…そうだったのか。彼女は故郷の村の、復讐のために…


「そして彼らは、村の余りの寂れっぷりに廃村と勘違いして、そのまま去っていったんです!『こんなとこに住む物好きはいねーわな』『罪人の隠れ里だったんじゃね?』という捨てゼリフを残して…!」


………えーと、なんだ?何ですって?


「その後辺り一帯は勇者の一人によって取り戻されました。けれど彼も、私の村を見てこう言ったんです…『なんということだ、この村の財産は根こそぎ奪われた後だったなんて』と!何ひとつ…何ひとつ取られてなんかいないのに…!」


 声を震わせる彼女に、俺はかける言葉が見つからなかった。いろんな意味で。


「私はそのとき気付きました、『このままでは魔王とか関係なくじきに村が滅んでしまう』と…だから私は勇者になってカナイド村の広告塔となり、観光資源でのテコ入れを図ってみせると心に決めたんです!」


 彼女は涙ながらに話してくれた。分かるよ、寂れつつある故郷ってめっちゃ悲しいよね。


「ご、ごめんなさい、変な話をしてしまって…あの、ほんとにのどかで自然豊かで、とっても温かみのあるところなんですよ!ぜひ今度、私がご案内しますね!」


 アーチェ…言いづらいんだけどそれは、他に褒めるところのない田舎が最後にすがるキャッチコピーのオンパレードなんだ。でもまぁ、一度行ってみるのはいいかもしれない。それこそ集団疎開してしまう前に…


「けれど…旅を始めてみると、行く先々で魔王との戦いに苦しむ人々がいて、怯える人々がいて。原因こそ違うけれど、この人たちも自分と同じような思いを抱えているんだと思ったら…どうしても力になりたいと思ってしまって。だから今の一番の夢は、やっぱり『人々を守れるようになること』ですね!」


「…身の程知らずなのは、百も承知なんですけどね」


 彼女は少し困ったような笑顔を見せていた。彼女はその優しさゆえに、今の自分には大きすぎると知っていながらも、必死にその夢を抱えようとしてきたのだろう。


「…アーチェなら、大丈夫。俺も、ついてるから」


 そんな彼女に俺もまた、月並みと知っていながらも、そう言葉をかけずにいられなかった。


「…はい、ありがとうございます!ラグマさん!」


 アーチェとの距離が少し近くなった気がして、俺は自然と頬が緩んでいくのを感じていた。


「えへへ…何だか元気が出てきました!この勢いで、ラグマさんの問題もバッチリ解決しちゃいましょう!」


…そう、あとはこれが、俺の尻ぬぐいの途上のことでなければ完璧だったのに…()()()()旅路の始まりは、まだ少し遠いのであった。

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