第7話 歩み始めたふたりの旅路…?
防衛戦後の歓談の折、互いの夢を語り合う中で…降って湧いたアーチェからの『参謀への就任』依頼。ラグマが目指すのはちょっとクセのある茨の道、そんな彼を敢えて選ぼうとする彼女の理由とは?そして、彼の出した答えとは…
「私が、あなたとともに歩む勇者になってみせます!だからどうか、私の参謀になってください!お願いします!」
勢いよく頭を下げるアーチェをポカンと見つめる。徐々に思考が回転し始めるが…彼女は何と言った?俺を参謀に?いやいやいやさっきの話聞いてたのか!?俺を採用するってつまり、勇者としての晴れ舞台から遠ざかるんですよご承知なのですか!?俺が指摘を入れる前に、守備隊長の横槍が入った。
「お待ちなされアーチェ殿!ワシはあまりおススメしませんぞ、何せ待ち構えるのはじっとり湿った日陰道!ともに歩むはションボリしょっぱい元参謀!アーチェ殿はラグマ殿に頼らずとも、もっとこう歌って踊れる人気者勇者を目指せる器でしょうに!」
どさくさ紛れで守備隊長に好き放題言われてしまう。ええい黙っとれ!だが話の中身は正論だ!俺としてももうスタッフィのような悲劇を繰り返したくはない…アーチェまでヤンス口調の犠牲者にしてなるものか!とにかく説得だ!
「アーチェ、気持ちはとても嬉しいし俺としても願ってもない話だけど、実際のとこホントになんというか、せっかく勇者になってもイマイチパッとしない扱いを受けかねないというか!煌びやかでセレブリティな世界から遠ざかっちゃうというか!」
「何よりほら守備隊長の言うように、今からなら自分の力で勇者になれる道も目指せるって!俺なんかと組んで、むざむざ自分の未来を狭めてしまうことはないから!アーチェならきっと、もっと勇者っぽい勇者になれるから!」
もう普通に素が出ていた。あと自分で言ってて情けない。しかし彼女の答えは、俺の想定していたどれとも違うものだった。
「…それでは、ダメなんです」
彼女はきゅっと唇を結んでから、話を続けた。険しい彼女の表情からにじみ出ていたのは、苦悩などでも悲痛などでもなく…確かな決意だった。
「私、ほんとは…自分の夢を、諦めるつもりだったんです。『もう少しだけ頑張る』と言ったのも、夢を追い続けるためではなくて、夢を諦めるためで…『私は精一杯やったんだ、それでも無理なら仕方ないんだ』と、自分を納得させられる言い訳が欲しかっただけなんです」
「けれどあなたは、私自身が諦めかけていた私の可能性を認めてくれた…途絶えかけていた私の夢へと続く道を、もう一度つないでくれた!私はそのことが本当に、本当に嬉しかったんです!」
「だからこそ私は…私の手で、あなたの夢を叶えたい!そのためには、ただ勇者になるだけではダメで…あなたの夢を叶えられるような勇者にならないといけないんです!私は確かに未熟者で、力不足は承知の上ですが…私はもう諦めたりしません!だからどうか、お願いします!」
アーチェの言葉にハッとする。彼女は確かに、『俺の夢』を叶えたいと言ってくれた。それも、彼女自らの意志として。
もともと俺が勇者と組んでいたのは、自分の夢を叶えるためだ。それは言ってみれば、勇者は参謀の策を使い、参謀は勇者の力を使う、その結果としてお互いの目標が達成されるという打算的な関係を想定していて…俺自身が誰かの夢を叶えたいとか、俺自身の夢を誰かに叶えてほしいとか、そんなのは考えたこともなかった。
けれど彼女は、『私を勇者にしてくれれば、あなたの夢も叶いますよ』と言ったのではない。『あなたの夢を叶えるために、私を勇者にしてください』と言ったのだ。彼女にとっての『俺の夢』とは、彼女の夢を叶える手段のひとつなのではなく…彼女が叶えたい夢そのもののひとつなのだと言ってくれたのだ。
「………」
目頭が熱くなるのを感じていた。俺はこれまで、互いの利益を媒介とした関係性にばかり重きを置いてきた。安定こそしているけれどどこか孤独で…それでも別に構わないと思っていた。けれど今、俺は、まごうことなきその人の意志で、ともに歩もうと誘われる心強さを、暖かさを、身をもって知ることができたのだ。
「…あ、あの…」
彼女がこちらを伺うように、おずおずと顔を上げる。彼女の瞳は不安げに揺れていたが…俺の答えはもう、決まっていた。
「…俺も、あなたの夢を叶えたい。夢を叶えたあなたの姿を見てみたい。俺自身、一度は参謀をクビになった未熟者だけど…けれど必ず、あなたの力になってみせる!こちらこそどうか、よろしくお願いします!」
そう…これは彼女の純粋で真っすぐな心が呼び起こした、紛れもない俺自身の意志なのだ。決して、彼女の背後で『はよ返事しろ』『ここはオッケーするとこですぞ』とジェスチャーで煽っていた守備隊長たちの影響などではない。いや待てギャラリーが増えてないか?
「あ、の…あっ、ありがとう…ございます!」
アーチェが涙を浮かべて、一層深く頭を下げた。そんな彼女に俺は、そっと手を差し伸べて…
「約束する、ふたりで夢を叶えよう!」
「…はいっ!約束です!」
約束を交わし、固く手を結んだ俺たちの周りでは、戦勝報告に勝るとも劣らない大歓声が響いていた…というかいつの間にか、守備隊に総出で見守られていた。
「おめでとうございます、ラグマ様、アーチェちゃん!ふたりの道行きに祝福あらんことを!」
「いやぁ目出度いことが重なるものですね!面白そうだから皆を呼んできて正解でした!おい書記、ちゃんと一言一句漏らさず書けたか!?」
「おうバッチリだぜ!報告書が厚くなるな!」
大騒ぎしていたこっちも悪いが、つまり知らないうちに勢揃いで聞き耳を立てられていたということか。覚えてろよ…あと報告書の該当部分は破いてやる。
「ふむ、納まるべきところに納まったということですかな!何よりですぞ!ともあれ、まずは勇者の称号を目指すということであれば…魔界進攻の最前線に向かうこととなるでしょう。どうか、ご武運を!」
真っ先に彼女を引き留めた守備隊長から何事もなかったかのように祝福される。この人もこの人だが…まぁ実際、目的地は必然的にそうなるだろう。ここから、ふたりの旅路が始まるのだ。
「ラグマ様!どうかこれから…一緒に、頑張りましょうね!ファイト、オーです!」
アーチェが胸の前できゅっと手を握ってみせる。
「そうだな…よし、頑張るぞ!ファイト!」
「「オー!!!」」
そうしてふたりで拳を高く突き上げた…ところ、俺のポケットから、とっくに効力を失った『ブライト付き参謀時代の印章』が転がり落ちた。
「あ゛っ」
「あ…」
…忘れていた。つい一昨日の、剥奪された権威を冒用した命令文書という特大の地雷処理がまだであったのだ。
「………」
「………」
沈んだ顔でうつむく俺をアーチェが心配そうにのぞき込む。
「…アーチェ」
「…はい」
「…その、王都に戻ればなんとかできる当てがあるので、その…」
「…まずはそちらから頑張りましょう!目指すは王都!ファイト、オーです!!!」
俺を気遣い明るく仕切りなおす彼女に溢れんばかりの申し訳なさを感じながら、ふたりの旅路は一旦順延と相成ったのだった…