第6話 ふたりの夢の交差点
魔王軍による捕虜奪還作戦は、ラグマたちの活躍により辛うじて阻止された。皆がしばしの休息を楽しむ中で、話題はそれぞれの描く夢へと移る。ラグマの描いていた夢は、参謀を解任された以上叶う見込みの立たないものと化してしまっていたが…
魔王軍の襲来から一夜明けた翌日、砦では防衛戦後の事後処理がひと段落していた。砦を攻めていた魔王軍は、朝には波が引くように残らず退却していった…おかげで、砦に残った守備隊も大した被害を受けずに済んだのだ。
だが、皆の顔に安堵の色はない。何せ、魔界将軍のいる宿営地への襲撃は現実のものとなり…その結果がどうなったか、俺たちは未だに把握できていなかった。と、そこに、砦に向けて街道を駆けてくる姿が見えた。
「伝令だ!伝令が戻ってきたぞ!」
作戦開始前、宿営地に急を告げに走った伝令であった。皆が一斉に彼に駆け寄る。
「大丈夫か!?ホラ、水だ!」
「ぜぇ…ぜぇ…報告します!」
皆に聞こえるよう、彼が精一杯の声で絞り出す。
「魔王軍は昨夜、4騎5名で宿営地を襲撃し兵舎に被害を出したものの…捕虜の退避は間一髪完了しており、将軍を含めて脱走者はおりません、逆に相手を2名捕虜といたしました!防衛作戦は…成功です!」
報告の後…一呼吸置いてから、歓喜の渦が巻き起こった。
「「「…ウオオオオオ!!!」」」
「やった…やったぞ!俺たちの勝利だ!」
「俺たちは王国を守り抜いたんだ!」
あちこちで歓声が上がる。
「ラグマ様!」
「ラグマ殿ォ!」
アーチェと守備隊長にガッシと手を握られる。アーチェは愛らしい瞳に涙をためて…守備隊長はとっくに決壊してだいぶ汚いことになりながら、俺を労ってくれた。
「やりました、作戦完遂です!ラグマ様のおかげです…本当にありがとうございます!」
「わっワシは…ワシは…ワシはラグマ殿とともに戦えたことを誇りに、グスッ、ズビビビビィッ!」
守備隊長の絵面がどんどんすごいことになっていく。特に口髭が鼻水まみれに…いやこの際それは置いておくとして、俺からも伝えなければ。
「いえ…ここに居合わせた皆が力を貸してくれたからこそ、皆がその役割を全力で果たしたからこその勝利です!お礼を言うのはこちらだ…ありがとうございます、皆!」
「「「ウオオオオオ!!!」」」
再びの大歓声に包まれる。こうして、突如として俺を巻き込んだ砦での騒動は、王国側の勝利で一旦幕を下ろしたのだった。
…その日の夕刻には後片付けも一通り終わり、俺たちはしばしの歓談を楽しんでいた。
「ラグマ殿、お嬢さん…いや、アーチェ殿」
アーチェと他愛もない話に花を咲かせていると、不意に守備隊長に声をかけられた。
「改めてお礼を言わせてくだされ。お二人のおかげで我が守備隊は長年の夢を叶えることができた…本当にありがとう存じます」
「い、いえそんな!私はきっかけを作っただけでして…」
「私もですよ、隊長。皆様が努力を重ねていたからこそ届いた結果だ。ところで夢というのはこの砦で戦うことだったのですか?これまでにはその機会はなかった、と…」
「ハハハ、その通り!…と言いたいところですが、当初我々が左遷された際に誓った夢は少しだけ違いましてな。『王都の守りの一翼を担うこと』、それを目指していたのですが…いつのまにやら、目に見える『砦』にばかり意識を持っていかれておったと、アーチェ殿の言葉で気付いたのです」
左遷って言っちゃったよこの人。やはりなんだかんだと苦労していたのだろうか…
「此度の戦では、砦を離れた配置も多く華々しく敵を迎え撃つでもなかった…我々が想定していたものではありませんでしたが、だからこそより素晴らしい…おそらく最高の勝利に届くことができた。我々は忘れかけていた、真の意味での夢を叶えられたのです!こればかりは間違いなく、おふたりのおかげですよ」
改まって褒められるとどうにも照れ臭いものだ。アーチェも同じようで、はにかみながら彼に応じていた。
「あの、そう言っていただけると…その、嬉しい限りです。私としても、ここで皆さんと戦えたことで、自分の夢に一歩近づけたような気がしていましたから」
「ほう、アーチェ殿の夢ですか!よろしければお聞かせ願えませんかな、お花屋さん?それともケーキ屋さんですかな?」
いや今回の防衛戦に花屋やケーキ屋に近づける要素は皆無だろう。俺がツッコミを入れる前に、アーチェが少しためらいがちに話し出した。
「私は…勇者になりたいんです。そのために村を出て…もちろん『勇者になって叶えたい夢』は別にあったのですけど、今は一人でも多くの人々を守れるようになることが、私の夢です」
「ほほう勇者!いいではないですか!さしずめ未来の勇者ブライトですかな!」
「そう、なんですが…私にはあんなにすごい戦いはとてもできそうになくて。勇者様の活躍を聞くにつけ、力の差を思い知って挫けそうになっていたんですけど…でも、もう少しだけ、頑張ってみようと思います!」
…それでも絶望的な差があることは彼女自身がわかっているのだろう、少し寂しそうに話す彼女を見ていると…自然と、言葉が口をついていた。
「…例えブライトのようになれなくても、アーチェには勇者にとって一番大切なものが備わっている。心配することはないですよ」
「え?で、でも私には、魔王を倒して人々を守るだけの力なんてなくて…」
彼女はまだ不安げな様子だが、俺は構わず続けた。
「『人々を守る力を持つ者』を勇者と呼ぶなら、その在り方はひとつじゃない。腕力、知力、交渉力…あるいは権力や財力でもいい。私たちの能力はひとつきりじゃないのだから、その活かし方次第で誰しもが勇者になれる。そんな可能性を秘めているんです」
「ただ、どんな勇者にも欠けてはいけないものがひとつだけ…『誰かを守りたい』という『意志』です。あなたがそれを持っていることは、はっきりと見せてもらったから…あとはアーチェなりの、勇者としての在り方を見つけるだけ。だから、胸を張ってください」
彼女を真っすぐに見据えて伝える。これはその場しのぎの慰めじゃない、本心なのだと伝わるように。
「ラグマ様…あ、ありがとうございます!私、少しだけ…自分に自信が持てた気がします!」
アーチェは笑顔で応じてくれた。うん、やっぱり彼女には暖かな笑顔が似合う。
「ふーむ、勇者の在り方はひとつではない、己の能力を活かすことが肝要と…深い話ですな!ちなみにラグマ殿は参謀として、勇者にはどのような能力を期待されていたのですか?」
「私はそうですね…忍耐力と生存力、あと観察力が欲しかった!魔王の猛攻を凌ぎ続け、『負けないまでも勝てねぇ』と思わせたところでしれっと交渉に持ち込み終戦に導く、そんな戦い方で平和な世の中を築くことが、私の夢でしたからね!」
尋ねてきた守備隊長に、俺はズバリ言いきってみせる。そう、ブライトとの戦いの中でも常に最終目標に据えていたことだ…これが俺の信じた参謀道なのだと!
「………ぶっちゃけ地味ですな?」
…言われてしまった。しかも相手は僻地の守備隊長。くそう、そっちだって相当地味な立ち位置に甘んじてきたくせに。
「…分かってますよ、そう言われてクビになりましたから…ハァ、一応理由があって目指してた夢なんですがね。担い手がいないことにはどうにも…」
「まー普通は華やかな大活躍に憧れますからなぁ。特に相手は魔王と呼ばれる難敵、せっかくの王道ですぞ王道。カッコよく勝利を決められるならまずそっちに行ってしまうでしょうな」
「うぅ、おっしゃる通りで…当面は職歴の空白期間が続きそうですよ…」
そう、身体能力に自信のない俺には協力者が不可欠なのだが、それはつまりこの地味地味ロードの道連れになることも意味する。今までは深く考えてこなかったが、どうせ同じく困難な道ならそりゃ見栄えのいい方を目指すのが人情だ。そこを軽んじてきたツケが、今の俺の状況である。
もうひとつ深いため息をつきながら天井を見やる。根本的なところの問題に気付いた以上、いつまでもこの夢にしがみつくのは不合理だ。とはいえこれからどうしたものか…と思案に暮れているとそこに、小さいながらもはっきりとした声が届いた。
「…私がなります」
「…へ?」
驚いて声の主に目を向けると、アーチェが決意に満ちた瞳で…今度は逆に彼女が俺を、真っすぐに見据えていた。
「私が、あなたとともに歩む勇者になってみせます!」
―――俺と彼女の運命が、動き出そうとしていた。