第4話 山道を行く魔王軍
“元”参謀ラグマは、砦を目指す魔王軍の真の目的を捕虜奪還と見定め、居合わせた狩人アーチェの力を借りながら、守備隊とともに迎撃準備に奔走することとなる。その頃魔王軍は順調に山道を進んでいたが、アーチェたちの仕掛けた罠が、今まさに彼らのゆく手を阻もうとしていた。
細く、決して平坦とはいえない山道を進んでいく。我々魔王軍強襲隊に課せられた使命は、『魔界将軍を救出すること』。国境の砦への襲撃を装いつつ、闇に紛れて騎馬隊を王国側に進出させ、捕虜となった将軍閣下の逗留先である宿営地に夜襲をかける。必要な情報は偵察兵が揃えてくれた、後は我々の奮闘如何だ。
本来なら少しでも大規模な部隊を用意したかったが、それでは戦力が揃っても時間的に間に合わない。兵士は優秀だが、部隊としてはにわか仕立てなのが惜しまれるところだ。
騎馬隊のみなどあまりに脆く、魔導士の火力を使ってもなしうることは限られている。だが百戦錬磨と謳われた将軍閣下とその部下たちだ、例え蟻の一穴であろうと敵を突き崩すそのチャンスがあれば、必ず呼応してくださるはずだ…!
「隊長、今のところは順調ですね。この様子なら夕方には問題なく例のポイントに着けるでしょう。後は敵が正々堂々迎え撃ってくれればバッチリですね!」
傍らの部下に話しかけられる。その通り、ここまでは順調だ。多少隊列は間延びしているが、皆が高い士気を保っている。ここで一度気合を入れなおすのもよいだろう。
「うむ…だが砦が近づけば必然敵の警戒も高まるであろう。皆の者、気を抜くなよ!必ずや作戦を成功させるぞ!」
「「「オォー!」」」
と…声が上がった直後に、前方で甲高い破裂音とともに土煙が舞い上がり、先頭を進んでいた兵士が吹き飛ばされた。
「ウオォーッ!?」
「敵襲!」
叫ぶと同時に陣形を整え警戒態勢をとる。細い道では何かと不利だが、ともかく馬と魔導士だけは死守せねばならない!…が、周囲ではまるで動きがなかった。
「隊長、おそらく罠ですが足を止めた我々を襲う気配がありません!日頃から仕掛けてあるものでしょうか?」
「さすがに砦から距離がありすぎるし、偵察兵からの報告にもなかったが…警戒態勢を維持!とにかく状況を確認しよう。今の奴は無事か!?」
兵士の一人がにじり寄り確認する。
「うぅ、閣下…隊長…どうにも申し訳ありません…」
「負傷しています!意識はありますがこれ以上の進軍は困難かと!」
とりあえず胸をなでおろす。罠の確認も兼ねて、倒れた兵士の方に近づき声をかけた。
「手当てをして休ませてやれ、本隊が来れば拾ってくれるだろう…おい、ここでおとなしく待っていろ!あるいは作戦を完遂した我々の方が、先に戻って来るやもしれんがな!」
「隊長ォ…ありがとうございます…」
「隊長!おそらく炸裂弾を踏み抜いたものと思われます!だが奴らも大急ぎで埋めたらしい…よく見れば埋めた跡がわかります、結構ありますよ!」
敷設はごく最近…ここまで順調と思っていたが、どこかの段階で気付かれていたか。罠の隙間を縫うのは…ダメだ、馬がいるし跡が見えているのがすべてとは限らない。ふぅむ…
「迂回は…無理ですね。何が潜んでいるかわからないし、それこそ迂回のために陣形を崩す機を伺われていたらたまったもんじゃない。結局は一つずつ解除するしかないですか…」
「…いや、敵の狙い通りに動いてやる必要はない。魔導士を呼べ!」
「ここに!いかがいたしやすかい?」
そう、この罠は明らかに我々に対する時間稼ぎを目的としている。ならば…
「魔導士、この先の地表を削り取るように魔法で吹き飛ばせ。その後は最低限埋め戻し、直ちに再出発する!」
「おぉ、思い切りますね隊長!しかし魔導士の燃費的に大丈夫ですか?」
「最悪は、例の決戦で使うだけの力が残ればよいのだ。作戦決行が間に合わなければすべてが無駄になるのだからな…準備はよいな?撃て!」
「へい!」
先程とは比較にならない轟音と土煙が上がる。それが収まると、敵の罠がきれいに吹き飛ばされていた。
「ヒュウ、爽快ですね隊長!これで奴らの目論見も消し飛んでしまいました、ヨッ!まさに破竹の権化!またの名を魔界ダイナマイト!ニクいね爆弾魔!」
「ハハハ、そう褒めるな…いや褒めてるのソレ?ま、まぁいい…準備が整い次第、進軍を再開する!」
勇者の転進にあわせて近辺の戦力も引き抜かれていることは掌握済み…奴らの貴重な戦力を大胆に投入した時間稼ぎを見事うち破ってみせたことで、却って士気が高まったというものだ。我々は意気揚々と再出発したのだが…
「ぅおっ、隊長!また罠です!」
「よし、魔導士を呼べ!」
「ここに!」
………
「た、隊長!またまた罠です!」
「魔導士!」
「ここに!」
………
「隊長ー!罠ー!」
「魔導士ー!」
「ここにー!」
………
「隊長!またもや罠です!いい加減しつこいですね!?」
「むぅ…」
おかしい、いくらなんでも多すぎる。例え『砦が手薄』の情報が欺瞞だとしても、籠城戦でも使い道のある炸裂弾をここまでこちらに回す余裕があるだろうか…?
「…ま、まさか!?」
罠に近づき確認しようとしたところで、部下に引き留められた。
「あっ隊長!自分が行きます!」
「…任せた、どれか一つ掘り返してみてくれ!他の者は下がって、姿勢を低くしていろ!」
部下が慎重に、わずかながら見える埋めた跡を掘り返していく…が。
「…!隊長、何も埋まっていません!と、隣もです!」
「やられた!炸裂弾を埋めたのは最初のみ、後はただ掘って埋め戻しただけ…こちらの警戒心を刺激するだけのブラフでしょうぜ!」
奴らめ、炸裂弾の節約と時間稼ぎの両立を図ったのか!?こちらが進軍速度を第一にすると踏んで…となれば、二つ目以降は無視するのが正解だったと…?
「隊長の戦法のおかげで時間は食ってないとはいえ、魔法をずいぶん無駄撃ちさせられたってわけですか…してやられた、ちくしょう!」
先程の部下がもう一つ隣の埋設痕を思い切り踏みつけた。と、同時に。
「ぐっはぁ!?」
またもやの破裂音とともに彼も空中に投げ出された。今度のは当たり…いや、外れということか!?地面にたたきつけられた彼がうめき声をあげる。
「ば…バカな…罠はブラフのはずでは…」
「…しまったそういうことか!奴ら、ランダムに炸裂弾を埋めたんだ!弾数を節約しつつ、からくりに気付かれたとしても容易には前に進ませない…くそっ、キツネのように知恵の回る奴らですぜ!」
「た、隊長!どうされますか!?」
後方の兵士から問いかけられる。だが…
「…これが仕掛けの正体ならば、ここでの手変わりはない!いけるか、魔導士!?」
「へい、問題ありません!」
下手に気付いたがゆえに時間を取られたが、襲撃部隊を確実に守り抜くためには結局はこうするしかないのだ。どう転んでも手痛い損耗を被るとは…面倒な真似をしてくれる。
「…皆の者!敵はずいぶん悪知恵が回るが、決行時刻の徒過という最悪の事態を我々は見事回避してみせたのだ!ひるむな、進むぞ!」
どうやら同様の罠はこれが最後であったらしく、魔導士の魔法残弾はギリギリで間に合った。炸裂弾地帯を越え、少し進んだところで魔導士が声を潜めて話しかけてきた。
「…隊長、どうにも奇妙な気がしやすぜ。いろいろケチってるとはいえ罠の設置もタダじゃない、砦から戦力を回してる。ここまで『山道での時間稼ぎ』に拘ってたのは、あるいは宿営地の夜襲まで見抜かれているのでは?」
「…かもしれん。だが本作戦は、例えこちらの意図が露見しても手を打つ暇はない類のものなのだ」
他の兵士に聞こえぬよう、こちらも声を潜めて返す。
「守備隊がどの時点で気付いたとしても、夜までに宿営地への報告から対策の実施まで完遂するのは相当厳しい。ついでに、確実な対策といえば捕虜を更に移送するくらいだが、そこまでの大事となれば現地指揮官レベルの判断では軽々には動けないはずだ」
「作戦中止の決断の条件は、原則として騎馬隊かお前という戦力を喪失すること、若しくは夕刻までの分離ポイント到着が不可能となること…状況は未だ、それらを満たしてはいないということだ」
「そう…ですね。すいやせん、余計なことを申しました。今はただ信じて進むのみ、気合入れやすぜ隊長!」
魔導士が握りこぶしを作ってみせる。どうにも荒っぽいことだが…今はその通り、悩むべき時ではないのだ。
「あぁ…よし!皆の者聞け!敵の砦は目前だ、ここからは少し足を速める!疲れていることは承知だが踏ん張りどころだ、ついてこい!」
「「「オォー!」」」
幸い、兵士たちの士気は高いままだ。そして私自身も、自らを包み込むえもいわれぬ焦燥感を振り払うかのように、一層力強く歩を進めるのであった。