表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/43

第3話 紛糾する作戦会議

 参謀を解任されたラグマは、前線からの帰路の途上で砦の防衛戦準備に巻き込まれてしまう。守備隊は自爆覚悟で血気盛んな様子だが、彼らの持つ情報を改めて整理してみると、これは単なる防衛戦に留まらない気配が見え隠れしてきて…

 状況を整理する。魔王軍の目的は砦の攻略とみられていたが、それにしては陣容がちぐはぐだ。一方敵は捕虜の後送に関する情報を把握している可能性があり、そちらは砦よりもはるかに戦略的価値が高く、襲撃も物理的に不可能とは言えない…


「ラグマ殿…もしや敵の狙いは、砦ではなく宿営地なのですか?この付近を夕刻に馬で発てば、夜のうちに宿営地にたどり着けます」


 察しのいい兵士が気付く。


「い、いや待て。たったの5頭だろう?そんな数では宿営地の厳重な警戒を突破することなどとても…」


「そうか魔導士!砦ではなくあちらに魔導士を振り向け、夜襲と火力とで押し切るつもりか!」


「だがそれでも、一時の混乱を引き起こすのがせいぜいだ。その間にできることなどたかが知れている…あまりに大博打が過ぎないか?」


 通常であればその通り、危険ばかりが大きく、そこまでしても到底割に合う話ではない。ではないのだが…事の重大性を察してか、守備隊長が真剣な目で俺に問いかける。


「ラグマ殿。宿営地には誰が来るのか…ご存知なのでしょうか」


 一息おいて、答える。


「…先の城塞戦で捕虜とした、魔界将軍とその一派だと聞いています」


 そう、大博打を打つに値する人物が来るのだ。一瞬部屋が静まり返った後、ざわめきが起こりだす。


「だ…だとしたらまずい!敵を通すわけにはいきません、直ちに迎え撃たないと!」


「いや待て!そのためには砦を出ないといけないだろ!?俺たちは籠城しても五分といえないような戦力だ、打って出て勝ち目など…」


「しかし砦に籠っていては敵の思うつぼだ!もとより決死の作戦なんだ、みすみす相手を見逃すよりは…」


「待った、そもそも宿営地が目当てと決まったわけではないだろう!?みすみすというなら、ここを手薄にして砦を失うことこそ守備隊としての使命に…」


「た、確かに…やはりここは当初の通り玉砕で…」


「そうはいってもだな…」


 案の定というか、意見が分かれた。本来ならよそ者の俺がかき乱すべきではないのだが…今回に限ってはそうもいっていられない。何せ一手遅れれば、魔王軍を束ねていた重要人物が再び野に放たれかねないのだ。


 敵の頭の中を覗いたわけでもない以上、『砦か捕虜か』を確定させることはできない。それならば無用な混乱を避けるためにも無難な籠城戦を選択し、一刻も早く態勢を整えるのも一手だ。だが、万一将軍の逃走を許してしまえば、魔界進軍計画の頓挫という致命傷になりかねない。


 こんな状況からの判断だ、砦に籠る選択であれば、読みが外れても責任を軽くするための方便は立つだろう。しかし、『守備隊と俺のリスク』と『王国のリスク』というのなら、秤に乗せるまでもない。何とか守備隊を説得したいのだが…


「あ、あの!」


 ここで、澄んだ声が響いた。狩人の少女…アーチェだ。皆の視線が一斉に彼女に集まる。彼女は呼吸を整えてから、ひときわ通る声で訴えかけた。


「…守備隊に課せられた使命とは、突き詰めれば王国の平和を守ることだと思います!もし将軍を奪還されれば、砦での奮戦がどうであれ王国は危機にさらされることになります…つまり今は、そういう岐路に立っているのだと!」


「ですから、その…うまく言えないのですが、悩むことを止め砦と運命を共にすることよりも、最後の最後まで自らの使命に向き合い続けること…王国を、民を守るための手段を追求し続ける姿こそ、真に誇るべき守備隊の在り方なのではないでしょうか!」


 意外なところから声が上がった。彼女は部外者ではあるものの、魔王軍の早期発見があればこそのこの時間…ひいては最大の功労者ともいえる。そんな彼女の真っすぐな言葉に、守備隊の心も傾きかけていた。チャンスとばかりに俺も畳みかける。


「今すぐに動ければ、より損害の少ない形で時間を稼ぐ、少なくとも敵に消耗を強いる手を打てます。砦は確かに手薄になりますが、例え当てが外れたとしても砦の防衛もしくは奪還に資するところ大でしょう。決して分の悪い賭けではありません」


「何よりもこの砦を要とする街道は、魔界進軍作戦においても重要な補給路の一つです!王国としても今ここで、砦を知り尽くしたベテランの守備隊を失うわけにはいかない、どうかご決断を!」


 正直補給路の価値としては話を盛っている。あくまでここはサブのサブルートだが、言わぬが花というやつだ。ここで、先ほどから考え込んでいた守備隊長が口を開いた。


「…守備隊諸君!我々はこの僻地に放り込まれて以来、陛下より賜った『砦』を心の支えとし、来るべき華々しき戦場を夢見て日夜励んできた!そして遂に!遂に魔王軍がこの砦を目指して進軍している!これは最初で最後の好機となるだろう!」


 僻地の自覚はあったらしい。あと魔王軍にとっても。うーん…この砦の存在意義とは?街道や宿営地の警戒にしても、もっと効率的な配置を考えるべきでは?…この話は今は置いておこう、うん、それがいい。守備隊長の言葉に再び耳を傾ける。


「だが諸君!忘れてはならない!我々が背負っているのは『単なる守備隊の誇り』ではない、『王国民すべての幸福』なのだということを!ワシは守備隊長としてここに決断する…『魔王軍の狙いは宿営地にあり、彼らを守るための作戦行動を開始する』と!!!」


「「「………」」」


「「「オォ…」」」


「「「ウオオオオオ!!!!!」」」


 歓声が上がる…決まりだ。直ちに準備を始めるべく、言い切った感の余韻に浸る守備隊長に声をかけた。


「守備隊長、山岳地の移動に長けた兵士を5名ほど集めてください。それと炸裂弾も、彼らに持たせます」


「山道で急襲し、馬か魔導士を叩くのですかな?でしたら腕自慢を優先的に…」


「いえ、警戒が厳重なようですし、弾にも人にも余裕がない。一方で敵は当面は山道を進むほかない…なので、罠を張って時間を稼ぎます。あくまで足を重視してください」


 魔導士謹製の炸裂弾は、シンプルで使いやすく暴発不発とも縁のない傑作だ。一方で威力の減衰が大きく、直撃させなければ相手を行動不能にできないだろう。警戒態勢の相手に決死の突撃は、手痛い反撃を食らって終わるのがオチだ。


「わかりました、すぐに兵を集めましょう!」


「ラグマ様、私も行きます!山には誰よりも強い自信がありますし夜目も利きますから、往復しても明日の昼には戻ってみせます!」


 アーチェが声を上げる。


「さすがに危険です、直接手出しはしないとはいえ、逆にあちらから発見されないとも限らない。ここは私と守備隊で…」


「今は、参謀としての最善手を打つべきです!私が力になれるというのなら、皆さんを見捨てるわけにはいきません!」


 どこかあどけない顔立ちに似つかわしくないほどの、強い瞳で告げる彼女に圧倒される。これはあれだろうか、勇者の片鱗というやつだろうか?俺もこのくらいバシッと決められたらよかったのになぁ…


「…決して無理はしない、身を守ることを最優先に行動することを心してください。お願いします、アーチェ!」


「は…はい!」


 再び守備隊長に向き直る。やるべきことは盛りだくさんだ。


「守備隊長、あわせて宿営地に警告文書を打ちます。伝令を一人呼んでください」


「おぉそれでしたら既に!魔王軍発見の一報の直後に使いを送っています、知らせを見れば彼らも警戒レベルを引き上げますかと」


「いや、彼らが『砦で持ちこたえる』ことを前提にすると非常にまずい。ついでに相手の出方次第では、山道で稼げる時間も相当短くなります。最悪の事態に備えるよう…出発の繰り上げや捕虜の緊急退避まで考慮するよう強く要請すべきでしょう」


「むう、確かに…籠城戦ならば少なくとも数日はここに押しとどめられますからな。今の宿営地では、猶予は十分と判断しても不思議ではない」


「守備隊長、参謀殿!自分が行きます!」


 一人の兵士が素早く手を挙げた。方針さえ決まってしまえば砦全体がきびきびと淀みなく動いていく…『日夜励んだ』というのは誇張ではないらしい。守備隊長が頷くのを確認して、兵士に伝える。


「お願いします、文書は私と守備隊長それぞれの印章を使って2通切ります。彼らが私の解任を知らないようなら私の…『勇者ブライト子飼いの参謀』の方で。勇者の肩書は陛下のそれの次にご利益がある、最後まで使い倒させてもらいましょう」


「ハハハ、それはいい!バレたら大いに問題だが…そのときはワシも共犯にしてくだされ、ラグマ殿。ワシらの首2つでお目こぼしを乞いましょう!」


「下手をしたら、守備隊長としてどころか本物の首が飛びますよ?」


「大いに結構!こんな愉快ないたずらをする機会などそうはありませんからな、ぜひとも片棒を担がせていただきたい!おっと…兵士たちの準備が整ったようですぞ」


 山道に充てる数名と、こちらに残る守備隊の指揮官が揃っていた。皆の決意に満ちたまなざしが俺に注がれる。


「…では、作戦を伝えます!」


―――ここからが、正念場だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ