第2話 元参謀は再び戦地に
魔界進軍作戦を前に、主人公ラグマは立案の方向性の違いから参謀役を解任されてしまう。前線に留まる理由を失くした彼は、後送される捕虜の護送隊に便乗すべく、南にある宿営地を目指すこととなった。目的地までの道のりには、特に困難は予想されていなかったが…?
勇者付きの参謀を解任された俺は、西回りの裏道を進んでいた。目標は南の宿営地、そこで捕虜の護送隊に合流できれば王都の近くまで楽に進めるだろう。彼らが俺の解任を知っていたとしても、そう無下にはされないはずだ…多分。
裏道は魔界側が急峻な山岳地帯ということもあって、作戦期間を通してもあちら側の山道との接続地点に小さな守備隊が置かれていただけ…比較的安全なルートだ。トボトボ進んでいれば無難に宿営地へ着ける…はずだったのだが。
「諸君!勇者付きの参謀殿が駆けつけてくださった!のこのこやってきた魔王軍もこれで返り討ち間違いなしだ!」
「「「ウオオオオ!!!」」」
…なぜか俺は守備隊の砦の中にいた。しかも防衛戦に巻き込まれるらしい。
「助かりました、ラグマ殿!兵隊も武器も引き抜かれた矢先の魔王軍でどうなることかと思いましたがこれで一安心ですな!」
「守備隊長、何度も言うように私は参謀役の任を解かれて後方に…」
「細かいことはよいのです!さぁ、この砦で魔王軍を粉砕せしめてみせましょうぞ!」
この調子である。どうやら偶然山道を進む魔王軍を発見したようで、大慌てで体制を立て直しているところに通りがかってしまったらしいのだ。広場に武器をかき集める様子を横目に、抵抗する間もなく作戦室に放り込まれた、というわけだ。
「…とりあえず状況を伺います。可能な限り手は貸しますから」
「頼みますぞ。魔王軍は山道の中ほどにいるようで、明日の夕刻前には砦に着くでしょう。狩人のお嬢さんのおかげで、警戒ラインのはるか先で見つけることができました」
白い口髭をいじりながら守備隊長が話し始める。その『狩人のお嬢さん』も話を聞いており、目が合うと軽く会釈された。
「数は約50人に馬が5頭と少ないですが、魔導士が一人混じっているそうで…その火力を主体にここを攻め落とす腹でしょうな。対してこちらは更に兵が少なく、武器もまとまった数があるのは槍と炸裂弾のみです」
見れば籠城戦にも心もとない戦力である。対して相手は貴重な魔導士まで投入して、とは…魔導士の出方にもよるが、籠城戦に徹すれば2、3日、それ以上は厳しそうといったところだろうか?
「…魔界進軍のため引き抜かれた兵を呼び戻すべく使いを送りましたが、今の手勢では砦を守れて数日。籠城戦には間に合わないでしょう」
守備隊長の見立ても似たようなものらしい、現有戦力の理解はおおむね正しそうだ。そうなると…相手も規模は大きくない以上、退路を確保しつつ籠城し、砦は犠牲が大きくなる前に放棄。消耗した敵を砦に閉じ込めつつ援軍の到着を待つのが妥当か。そのためには…
「そこでです参謀殿!我が守備隊は数日間の籠城の後…敢えて砦内部での乱戦に持ち込むと見せかけ、炸裂弾を一斉に起爆し、敵もろとも玉砕する所存です!!!」
………何ですと?
「守備隊長!件の城塞戦の再現を、我々の一命を賭して成し遂げるということですな!この砦には勇者殿も魔導士殿もおられぬが、我々の誇り高き魂を以て力の差を埋めて見せましょう!」
「遂に…遂に我が守備隊にも栄光の時が!ラグマ殿!どうか知恵をお貸しください!何卒!いっそ砦を失うのならば、敵を道連れに奴らの企みを、木っ端みじんに吹き飛ばしてやりましょうぞ!」
「「「ウオオオオ!!!」」」
熱気がよくない方向にヤバい。感極まってる人もいるし。い、いや呆然としている場合ではなくて。
「ちょっと待ってください守備隊長!その発想は今ドキじゃないですよ!何もそこまでの犠牲を出すことは…」
「ご安心くだされラグマ殿!策さえ授けていただければ後は我々が使命を果たすのみ!敵を首尾よく誘い込む手段と、人員や炸裂弾の配置が決まれば、ラグマ殿は狩人のお嬢さんを連れて直ちに離脱してくだされ!」
「ですが…ですが叶うのならば!グフゥッ…ど…どうか陛下に…我が守備隊は一兵卒に至るまで、己が使命を全うし華々しく散っていったと…グスッ…故郷の家族をよろしく頼むと…!」
あちこちですすり泣きが起こる。この空気感に取り残された狩人の少女がオロオロしていた。キミが正しいと俺は思うぞ。
「待った待った待った!例え一時的に砦を放棄しても、敵もすぐには追撃できる戦力はないでしょう!魔王軍の主力が来るまでに援軍が間に合えば勝てますから!籠城と後退を絡めて時間を稼ぎましょう、ね!?」
「し、しかし南にある最寄りの宿営地は視察に来る高官の警護でてんやわんやで救援は望めませんぞ!やはりここは我々が…」
確かにそちらは当てにできないだろうが他にも、と言おうとして気付く。ブライトの話では、宿営地の件は内密に進めている計画だったはずでは?さらに守備隊の兵士たちが続けた。
「えっ、宿営地には捕虜を連れてくるのではないのですか?」
「誰とは知らんが、大勢客人を迎える予定だと俺は聞いたぞ」
「そういえば明後日の朝にはドタバタも落ち着くから、厄介事が去るのが待ち遠しいとか言ってたなぁ」
一般の兵士の耳にも、それぞれ断片的ながら情報が入っているようだ。話題の発端となった守備隊長に改めて尋ねる。
「…守備隊長、宿営地の件はここにも伝わっているのですか?」
「あーいや、そのような噂が前からあったというだけで、ワシも直接は聞いておりません。あちらが慌ただしく動いていることから信憑性ありと踏んでおりましたが…む、違いましたかな?」
一つ一つは不完全だが、適切に拾い集めれば形が仕上がるだけの情報が流れてしまっている…それも非正規のルートで、だ。こうなると、魔王軍でもかなりのところまで把握していてもおかしくない。
もし魔王軍が、宿営地に来るのが魔界将軍を含む捕虜だとまで知っているとしたら…あちらの陣容に関する情報で、気がかりなものが出てきた。狩人の少女に問いかける。
「ちょっといいでしょうか、魔王軍を見つけたときのことを詳しく伺いたいのですが…えーと」
「は、はい!アーチェとお呼びください。あちらはずいぶん周囲を警戒していて、あまり近寄れなかったのですが…」
「思い出せる限りで構いません、奴らの馬はどの程度の荷物を運んでいました?」
アーチェと名乗る少し小柄な少女が、口元に手を当て考え込む。年のころはそう変わらない、長い三つ編みにくりくりとした瞳が印象的だ。
「ええと…周りをしっかり固められていたので詳細までは…ただ、身軽な印象であったと思います。少なくとも、荷車などは牽いていませんでした」
「なんと!?てっきり輜重隊と思っておりましたが…うぬぬ魔王軍め!我が砦など補給がなくとも落としてみせるとでもいうつもりか!」
…さすがにそれはないだろう。いくら魔導士の火力があっても、攻城戦が主眼なら長期化を見越した準備をするはずだ。そして、そのための荷運びならいざ知らず、身軽な馬を厳重に守りながら険しい山道を通ってくるのは…
「…アーチェ、もう一つ。騎馬で砦を迂回するルートはありますか?」
「山道を外れてはまず不可能です。ただここの手前あたりまで来れば、砦を避けて裏道に出ることもあるいは、と…結局は山の中を進むので、大軍では無理でしょうが」
大幅なショートカットはできないが、少数の騎馬隊を分離して送り込む手もないわけではない。通常の攻城戦でなら、砦には近づかなければならず騎馬隊の存在の露見が不可避な以上、活用するのが難しそうな話だが…宿営地までのルートは取れるということだ。
…嫌な想像が、俺の頭を覆いつつあった。