第1話 主人公、クビになる
「ラグマ、お前とは今日限りだ」
勇者であり、戦友でもあるブライトに言い渡される。先日来の作戦の後処理を終え、再び彼らと合流したその第一声は、あまりに予想外なものであった。
俺は勇者付きの参謀として、魔王軍との戦いを影ながら支えてきた。そして遂に俺たちのリーダーであるブライトが、陛下から居並ぶ勇者の最上級…筆頭勇者の称号を賜った、その連絡を受けたばかりだというのに…
「…理由を、聞かせてくれないか」
辛うじて絞り出す。
「理由か…あぁ言ってやるよ、それは…」
「それは…?」
ごくりと唾をのんだ。
「それは、『お前の作戦が勇者っぽくないから』だよおおお!」
机に突っ伏し号泣される。えっ…俺の作戦、勇者っぽくなかった?
「詳しく話しましょう、ラグマ。思い出してみて」
隣で聞いていたワンダ…精緻な魔法は王国随一といわれる魔導士が代わって続けた。
「例えばそう、魔王に従うドラゴンがねぐらにしていた地下ダンジョンの攻略を任されたとき…あなたどうした?」
思い出す。そうだ、あのときは。
「比重の大きい可燃性ガスを流し込み、自ら吐く火で自爆するまで待機してたな」
「「そういうところだよ!!!」」
ふたりに突っ込まれる。
「次!さすらいの麗しき魔族戦士を捕らえたとき!捕らわれた彼女が『生き恥を晒すつもりはない、殺せ!』って叫んだときは!?」
記憶を辿る。あのときは別に…
「発言はスルーして、通常の手続きに則り捕虜とした後、『士官待遇が相当』の意見を付して収容所に後送したな」
「「そういうところだよ!!!」」
ふたたび。で。
「次ィ!魔王軍を束ねる魔界将軍を迎え撃つべく、最前線の城塞を任されたとき!あなたどうしたの!?」
あったあった。そうそうあのときは…
「あえて無血開城し、敵が入城したところであらかじめ真下に掘っておいた坑道を崩落させて城塞ごと生き埋めにしたな」
「「そういうところだよ!!!」」
やっぱりきた。えっダメなの?
「いい!?いっこずついくわよ!まずダンジョン!ドラゴンの待ち受けるダンジョンなんて、アドベンチャーのクライマックスじゃない!なんで潜って冒険しないでボスをやっつけちゃうの!?あとガスはねぇよガスは!あれ以降ウチでも魔界でも禁じ手だよ!」
ほほうと目を丸くする。確かにその方が勇者の冒険っぽい。
「次は魔族戦士!捕らえた手口にはこの際目をつぶるわ…で!普通強いヤツが負けてから『殺せ』とか言ってきたら、『命を粗末にするんじゃない』って諭して、『もう一度俺と決闘しろ、勝てば自由を…負ければ、俺とともに来い!』みたいに昨日の敵は今日の友チャンスに持ってくもんなの!」
なるほどと手を打つ。めちゃくちゃ映えるなそのシチュエーション。
「最後城塞!城塞を一任されたからって崩すな!守れ!防衛戦は漢の華よ!確かにちょっと渋いけど、過酷な戦いの中でたまたま居合わせただけの戦士に芽生える友情とか、倍する敵に一歩も引かない奮闘ぶりとか、援軍が間に合って喜びを爆発させるシーンとか、一切合切まとめて埋めちゃってどーするのよ!」
言われてみればと舌を巻く。俺も好きだわそういうの。
「い、いや待ってくれ。確かにそういうのもあるが言わせてくれ。正直ガスは俺も二度目はないなーと思って一番ヤバそうかつ一番効果的な場面だったから使ったんだ、おかげでこちらは無傷だっただろ?」
「魔族戦士もそう、単独行動とはいえ所属的にはやっぱり魔界なわけだし、勝手な取り扱いをして陛下の責任問題になったら困るじゃないか」
「城塞もホラ、王宮での事前会議で『今後も維持するには場所が悪いね』ってことでご裁可もらったし、城塞は失ったが土地は取り返せても命と時間は取り返せない!兵力を温存しつつ直ちに作戦を終わらせたからこそ、別方面に軍を回せたじゃないか!救助した将軍たちも『やられたわぁ』って言ってたし!」
ハァァーッとふたりが頭を抱える。
「そうなんだよ…だからタチが悪いんだよ…」
「えぇ…ラグマ、確かに戦略的にはあなたの方に分があるわ。だから今まで言い出せなかったのよ…でもね」
ちらりと後ろを見る。そこにはスタッフィが…王国の至宝といわれるほどに腕を磨いた回復魔導士が座っている。のだが。
「あっ、いや、アタシのことは気にしないで…お話を続けてくださいでヤンス…」
「見なさい!アンタが無傷の勝利を重ねたおかげでアイデンティティが崩壊し、無理なキャラ付けをした後遺症が抜けきってないのよ!?」
なんとそうだったのか。もともと寡黙な方だったし、ヒマな時間は魔法の研鑽に充ててる自己完結系真面目人間だったから、かえって俺が助けになってると思ってたのに…
「ラグマ、私もね、名の通った魔導士なの…だから、可燃性ガスを無尽蔵に生み出したり、魔界最強の戦士すら捕らえる罠を張れたり、遠隔で坑道を爆破して城塞をきれいに崩落させたりできたの…でも私、ほんとはもっとキュートな魔法を使いたかった…」
まさか…彼女にしかできない、彼女ほどの力があるからこそ成立する作戦を立てることで、彼女の地位を勇者に次ぐ盤石なものとしようという心遣いが、それこそが彼女を苦しめていたなんて…
「…ラグマ、俺な。城塞戦の後、何か不安になってきて、こっそり魔界軍団長に決闘をお願いしたんだよ」
「何!?あの武勇を馳せた魔界軍団長と…!?そ、それでまさか」
「あぁそうだよ勝っちゃったよ!だって俺強いもん!忘れてたけど、忘れてたけど!」
またもや泣き崩れる。俺たちの勝利であれば当然、それを率いるブライトが一番の栄誉に与かることになる…目立った活躍の場は少なくてもそれで充分だと思ってたのに…
「あなたが悪いわけじゃないわ、ラグマ。皆が私たちの戦功を認めてくれている。でも…正直私たち、勇者の中でもパッとしない、『地味ながら凄い』『凄いけどやっぱ地味』な扱いなのよ…」
「俺が…俺が描いてた勇者像ってのは…もっとこうカッコよくてカリスマっぽくて、国民にチヤホヤされる感じのヤツだったんだよ…」
…確かに。ブライトの他にも『勇者』の称号を賜った者はいるが、国民レベルでの知名度というか人気度は彼らの方が上のようだった。
「…王国はこれから攻勢に転じるわ。作戦の主眼も王都を脅かす可能性の排除から、魔界攻略、魔王捜索へと軸足が移るでしょう」
「お前の、なんというか『負けない戦い』はよかったと思うし感謝もしてる。でもこれから来る見せ場ラッシュとは絶対相性よくないんだよ…」
ぶっちゃけそんな気はする。あくまで俺は、『致命的な敗北を避ける』ことを至上命題としてきた。うまく攻めれば絵になる場面かなんて考慮さえしなかったし、その癖はすぐには抜けないだろう。そうである以上は…
「…わかった、俺はここまでだ」
彼らの実力なら正面切ったぶつかり合いでもそうそう後れを取ることはない、要すれば後任も見つけるだろう…こうするより他はないのだ。
「私たちは北の国境地帯へ出発する、それに先駆けて…これはここだけの話だけど、臨時収容所が撤収を始めているわ。例の魔界将軍たちの後送ね…今からなら西の山脈沿いの裏道を行けば、南の宿営地で追いつけるはずよ」
「守備隊の砦もあるし道中は安全なはずだぜ。撤収に追いつければ…お前の名前を出せば、隠密作戦とはいえ何かと便宜を図ってくれるだろう。せめて送って行ってやるべきなんだろうが…すまない、ラグマ。でもやっぱり俺、イケててキマッてて女の子にモテモテな勇者の夢を諦められないんだ…」
どうにも決まりの悪そうなふたり(と奥でジメジメしているひとり)を前に、せめて別れ際は、と俺は努めて明るく告げた。
「…今までありがとう、みんな。次の作戦でも、気をつけてな」
そうして、仕えるべき勇者を失った俺の、新たな肩書を求める旅が始まったのだった…