暴徒その一
京の町での騒動の場面です。
京極の界隈で異なる噂が流れ出している。
それも生活苦に喘いでいる庶民にしたら喜びそうなことだった。
「京極七堂の角屋さんが襲われたんだって」
と、知ったか振った男が話している。
「へぇ、それじゃ番屋に泣きついたんじゃねぇの?」
と、少し阿房ずらした男が聞き手になっている。
「それがそうじゃないんだよ。どうも弱みがあるみたいなんだ」
聞き手の男が驚いて、
「なんじゃそれ? 盗まれっぱなしってことか? だったら?!」
知ったか振りの男がそれを制止、
「馬鹿、滅多なことを考えるなって、あっちだって命がかかっているんだ」
しかし、阿呆はさすがに阿呆だ。
「しかしよ。先越されたら残りはありません、なんちゃったら割が合わないぞ」
と言うが、どんな割合なのかは考えていない。
「なら、今度、二人でやるか?」
「おぉ、今夜いくべ!」
「よし、決まりだな!」
と、こんな話があちらこりらと出回っていた。
その日の夜。
角屋の周囲に異質な人影があちらこちらと蠢いている。
『おい、なんだこれは?』
と、知ったか振りの男が言えば、
『今夜にしてよかったじゃないか。明日にはなくなっていたぞ』
と、阿呆の男が言う。
『馬鹿、そうじゃない。こいつらのことを言っているんだ』
『あん? 何を言っているんだ? こいつらのどこが変だって?』
『だって、こいつら……』
と、言いかけた知ったか振りの男、まじまじと阿呆の男の顔を見れば、口を半開きにし涎を垂れ流しているし、視線がどうも変だ。どこを見ているのか分からない。名前を呼んでも視線が合わない。
いくら阿呆と言ってもここま酷くはなかったし、その鼻息の荒さが気になって、
『お前、大丈夫か?』
と、宥めるように聞いてきた。
『俺は大丈夫だぞ? どうしたって言うんだ?』
『あぁ、それなら良いんだが……』
そう言ったものの知ったか振りの男は、阿呆の男が異様に興奮していることが気になって仕方ない。それで、
『お前、討ち入りしたらどうする? 手頃なもの盗んだらとっととずらかるか?』
阿呆の男は更に息を荒くし、
『馬鹿言っちゃなんねぇ。女は犯し、男は殺し、金目のものは根こそぎ奪って、最後に火をつけるに決まってるじゃねぇか!!!!!!!!!』
と、持ってきた鎌に唾を吐きかけた。
『そこまですることはないだろ!』
それを聞いて狂ったように怒りだした阿呆の男が、持っていた鎌を一振りした瞬間、
『ガァ!!!!!!』
と、知ったか振りの男の断末魔が消し飛んだ。
声も発せぬまま崩れ落ちる男を踏みつけ、
『馬鹿は死ななきゃ直らないってな! 一度死んで直してこい』
そう言って阿呆の男は他の集団に紛れていった。
その日の角屋でそれはそれは恐ろしい夜が訪れたと思いきや、角屋側でも対策を取り全ての家人が、全ての資財を余所に移していた。
「角屋はどこだ!? どこにいる?」
角屋に雪崩れ込んだにわか盗賊たちが狂ったように探し出している。その中に先ほどの阿呆な男も加わっていた。
「いないぞ!!!!」
他のものは、
「探し出せ!!」
そうやって激高していると、誰かが、
「もう誰でも良いだろう!!!!」
その言葉で生き返った暴徒集団は、
「そうだ、手当たり次第にやってしまえ!!!!!!!!」
それで封を切ったように隣家に雪崩れ込んでいく。
その姿は人の姿をしているのだが、まさしく物の怪に見えるのだった。
けたたましい人の叫びが至るところで湧き上がり、それと共に家中が破壊されるような、物を壊す音、箪笥などをなぎ倒す音、障子襖は破られる音などに混じり、燃え出すときの恐ろしげな音までしだした。
その家で刃向かう物がいなくなり、壊す物が無くなったとき、暴徒どもはまたしても隣家に襲いかかった。
そして不思議なことに、その暴徒どもの人数が増えていたのだ。それは多分に襲われた家で虐げられていたものか、それとも精神に異常をきたした者が加わったためであろう。
その日の暴徒どもは二軒三軒、そして四軒目に雪崩れ込んだ時、ついに町の治安を守っていた町方に囲まれた、が、この暴徒どもは人の力ではどうすることも出来ないほど強者であった。
町方は人数上は足りているはずなのに力負けし取り押さえることすらできない。
「うむむ、何か手はないのか?」
と、弾正が配下の者に問い糾すような勢いで聞く。それだけ彼も追い詰められている。
その配下も、
「しかし、こちらも死人が出てます。捕らえることは諦められてはいかがです?」
「それで奴らを押さえつけられるのか?」
「弓で射貫き、網で動きを封じ、槍でとどめを刺すのです」
「うむ、それでよい、やれ!!!!!」
手下たちは延焼を避けるために、周囲一帯の家を取り壊したり、暴徒たちを取り囲んだりと、やることが山積みなのだが、それでも梯子を数多く用意しだし、その梯子で暴徒たちの行き先で通せんぼした。
睨み合う暴徒たちと弾正の配下たち。だが、数の上では弾正の配下の方が断然多い。
しかし、暴徒たちの気迫に鬼気迫るものがあり、弾正の部下たちが尻込みしている。そこに弾正から下知が下り、
「いけぇ!!!! やるんだ!!!!」
と、威勢のよい怒号が木霊した。
顔を見合いながら手下たちは自分たちで出来うることをしだす。
あるものは持っていた網を投げ、あるものは梯子を縦にし突っ込んでみたりした。
しかしながら、その全ては及び腰のため、そうそう効果があるわけもない。
そのうち囲まれた暴徒の方が囲みを破るつもりか、突っ込んできた。
「グゴォォォ~~~~!!!」
雄叫びを放ちながら集団で駆け出した暴徒たちを、弾正たちが止められるはずもなく、次第に遠ざかる暴徒たちを見送るばかりだった。
こうしてその日の事件は収束した、のだが、朝廷では大問題となった。
そしてその解明に弾正台が任じられた。
弾正台の藤原司が頭を悩ましている。
部下の弾正から報告を受けたためだ。
そこで藤原司弾正台は武官の坂上田村に協力要請した。
坂上田村は渋い顔で、
「あの人数で誰一人捕らえられなかったんですよね?」
「そう、報告を受けている」
「それは面妖としか言いようがないとか、それを武官に何とかせよと命じる方が無理というもの!?」
「では、そこもとはわしの要請を拒むと申すのか?」
「いえ、そうではござらん。弾正台様で出来ないことが我ら武官に、その我ら武官にでも出来ないことは」
と、一息ついてから、
「陰陽博士に持っていくのはいかがでしょう?」
弾正台も意表をつかれたように、
「陰陽博士とな? 面妖な出来事だからか? 相手は盗賊崩れの暴徒だぞ!?」
「しかし、その暴徒に手を焼いたのでしょう。いや、それ以上の手も足も出なかった。そこから考えれば人の仕業とは思えぬのでは? それに、これ以上の失態は面子に関わるのでは? 此度は出来ませんでは、済まないように思えますが?」
弾正台も対面を気にしている場合ではないと気が付き、
「そうよの! 失敗したときの尻ぬぐいも考えねばならぬか。よし、わし直々出向くとしようか。そちも付いて参れ」
「はは!!!」
こうして陰陽博士の朝比奈家で三者が揃うこととなった。