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遥の回想

遥が昔あったことを思い出している場面です。

 この時代にもブランコというものがある。


 巨木の太い枝から鉄鎖を垂らし、尻を乗せる横板を備えている子供の遊戯具だ。


 当然、その利用は高貴な子供たち、それも上位な子しか乗ることが許されない。下手に下賤な民の子が触ろうものなら即刻その首が飛ぶほど厳しく管理されている。


 遙の回想はここから始まる。


 どこらともなくやってきた一人の男の子と、どこから見ても醜い雌のガキが、そのブランコに乗って遊んでいた。


 見るからに仲が良さそうな二人。


 女は板の上に座り、男の子は立ってブランコを勢いよく揺らしている。


 時折、女の声で、


「揺らしすぎだよ!」

 とか、

「九十九殿、危ないよ!」

 とか、調子に乗った声がうわずっている。


 男の子はどこまでも優しく、

「大丈夫だよ。飛び出しそうになったら飛び出せば良いんだ」


 それなのに女は甘ったれた声で、

「そんなことしたら着物の裾が広がっちゃうよ」

 と、本当ははしたないくせに、貞女ぶりやがる、と、回想する遙の内心は叫ぶ。


 そこに遙自身が手下を引き連れて遭遇する。


『私の姿は神々しいまでの光を放っていたわね』

 と、これも遙の内心の声だ。


 そして遙が指図すると、手下の一人が駆け出し、

「そこがお前ら! なにやっとるか! そこは下卑たるものが触って良いものではないんだぞ。早く離れぬか!」


 それに呼応して他のものが、

「誰かおらぬか! 狼藉者だぞ! 狼藉者だぁ!!!」

 と、大声で叫びだした。


 その様子を澄ました顔で見ている遙の内情は、この二人が慌てふためき罪をなすりつけ合う醜い人間模様を期待しワクワクしていた。


 なのに警護兵を呼ぶ声を聞いても、この二人は慌てもしない。


 それどころか聞こえないふりをしてそのまま遊んでいる。それも、先ほどより楽しそうにキャッキャとはしゃぎだした。


 遙の腸が煮えくりかえっているが、それを表に出すほど幼稚ではない。しかし、それだからこそ憎しみが倍加した。


 その微妙な表情の変化を読み取る手下の一人が、(読み取れなければ手下にはしてもらえないのである)集まりだした護衛兵に、

「あいつたちじゃ! 即刻引っ捕らえろ!」

 そう言ってから遙に判断を仰ぎ、

「お姫様、いかがいたしましょうか?」


 聞かれた遙は扇子で口元を隠し、聞こえないほどの声で何語かを言う。


「は!! 子細承知いたしました」

 そう言った手下の一人は、(手下とは言え、遙と同じ年の幼女である)

「早く捕らえぬか! なにもたもたしておる!」

 と、幼女が大人の警備兵を怒鳴りつけている。


 周囲を取り巻いていた警備兵も、大きく揺れているブランコに乗った二人に、どうやって手を伸ばしたらよいのか考えあぐんでいる。それもそうで、下手に手を出せばブランコに乗っている二人が飛んで怪我をするかも知れないからだ。


「早くいたせ!」

 と、命令される警備兵の長官が、

「しかし、危のうございまして!? もう少しお待ちくださらぬか?」

 と、ブランコの二人が疲れるのを待つつもりらしい。何しろ相手は幼児なのだ。


 そこで再び遙が、何事かを告げると、手下が、その長官に向かい、

「槍を突き立て、奴らに脅しをかけろ。前も後ろも槍だらけにするのじゃ。さすれば恐ろしくなって降りるじゃろう!」


 長官はビックリして、

「そんなことをしたら、間違って飛び出せば串刺しになってしまいます」


 が、その手下は、

「それがどうした? 天宮様のご不興をかったのじゃ。死んで当然ではないのか!!」


「されど……」

 と、長官は大人の判断をし尚も食い下がろうとする。


 が、それを一喝し押しのける手下は、兵の方に向かい、

「早くいたせ! そちたちにも罪を問おうぞ!?」


 これには警備兵も致し方なく前後に槍を突き立てる。


 それで手下が煽るように、

「どうじゃ、死にたくなかったら」

 と、もったいぶって区切り、

「そこの男の子! おぬしじゃ、死にとうなかったら、その女を突き飛ばせ。突き飛ばし、そこの女が串刺しになれば、お前だけは許してやる」

 そう、長々と嘯くのだ。


 それまで楽しそうにしていた二人は、互いに顔を見合うと笑いだし、

「そこの女たち、特に天宮って言う威張った女!」

 と言いながら九十九は右手を伸ばし、真紅を抱き抱えれば、

「お前、最高に感じが悪いぞ!」

 と言ったが早いか、九十九はブランコから飛び出し、警備兵の頭を越え、一回転して着地した。


 その時の真紅、九十九の胸にしがみつきちょこんと膝を曲げていたのだが、ほんの少しだけ着物の裾が乱れたらしく、

「こら! 九十九殿、足袋が見えちゃったじゃない!」

 などと言いながら九十九の胸板を叩いてもいる。

「だってよ。宙返りしたんだから致し方ないだろ」

 と、困った顔をする九十九に、尚も真紅は、

「だってじゃないの。幼馴染みで許嫁なんだからもっとしっかり……、してくれなくっちゃいけないの!」


 と、真紅は九十九にだけ言ったつもりなのかも知れないが、本当は、遙たちにも聞こえるように言ったのかも知れない。この辺は幼女といえども女の子の天性的な心理戦があったかも知れないのだ。


 それを遠目からとは言え見ていた遙には、決して許せぬ出来事として記憶にはっきりと刻みつけられていく。


 それでも遙は九十九の言葉を待っている、が、いつまで経っても言い出してこない。仕舞いにはそのまま立ち去ろうとしている。だから仕方なく、


「ちょっと待ちなさいよ! そこの男の子! 私に言いたいことがあるんじゃなかったの? あるんだったらさっさと言いなさいよ!!!」


 歩き出した足を止め九十九は振り返り、

「え? 俺? 俺にはないぞ!?」


「だって、さっき感じが悪いとかって言ったでしょ?」


「言ったけど、それだけさ。お前、嫁のもらい手がないぞ」


 真っ赤になった遙が、

「なぁ!!!」


 と、絶句している間に、手下の一人が、

「馬鹿者、天宮遙様は嫁がないの。婿をもらうんだから、よりどりみどりよ。そして私たちはそのお零れをもらうんだからね!!!!!!」

 と、かなり余計なことまで言ってしまった。


 そこに警備兵が立ち止まった九十九たちに槍を持ち、或いは刀を抜き、

「お姫様にむかっての数々の無礼、もはや容赦は出来ぬ。即刻串刺しにしてやる」

 と、身構えて凄む。


 その九十九、

『勘九郎! 六角!』


 その声で大空を飛んでいた烏天狗の勘九郎が持っていた六角棒を落とした。


 その六角棒を受け取って身構える九十九。


 その構えをみて長官が各兵士に、

「気をつけろ。ガキとはいえかなり出来るぞ」

 と、注意喚起する。


 が、兵士は幼児と馬鹿にし槍で威嚇したのだが、九十九は六角でその槍を払い飛ばしてしまった。


 兵士は意表をつかれ、

「なに?!」


 と言って刀の柄に手を添えたが間に合わない。


「ぎゃ!」


 兵士が刀を抜く前に九十九が腹に六角棒を突き刺していた。


 崩れ落ちる兵士に、長官の叱責が飛ぶ。


「愚か者、格の違いも分からぬのか!」



 それでも長官はこのままでは引き下がれず、

「天宮様、お下がりください。こやつただ者ではありませぬ」

 と、彼女たちのことを気にかけていた。


 当の遙は制止を振り切り前に進み出れば、

「その方、私を天宮遙と知っての狼藉か? 名を名乗れ!」

 と、どこかちぐはぐな言い分だ。


 真紅はそんな遙を無視するように、

「こんなことより早く行きましょう。そろそろ夕餉のお時間よ」


 それでもと九十九は、

「しかし、こいつらが……」

 と、相手に情けをかけている。


「子犬は吠えるものよ。そんなものをいちいち気にかけていたら時間に遅れるわ」


「でも、なんだかこいつって可哀想だぞ?! 目がうるうるしている」


「もう、九十九は女子とみれば誰にでも優しくしちゃうんだから」

 そう言ってから遙の方に向かい、

「だからもう良いでしょ。あっちにお行き!」

 と、子犬でも追い払うような手の仕草までした。


 天宮遙、今まで生きていてこれほどの屈辱を受けた覚えはない。


 そのショックで言葉が出てこない遙に、

「ご免な、こいつ口は悪いけど中身は良い奴なんだ」

 と彼女に向かって手を振り、

「それに君だって可愛いんだから、お転婆してたら駄目だよ」

 そう言って九十九は笑って見せた。


 その笑顔を見た瞬間、遙の心臓が飛び上がるほどの衝撃を受け、自分にこれほどの熱い血潮が流れているんだと自覚させられた。


(彼女はこの時を境に、恋という甘くも辛辣な、自分ではどうすることもできない囚われの状態が続くのだった)


 耳まで赤くした遙を置き去りにするように、そのまま立ち去ろうとした九十九に、彼女は渾身の思いで、その思いを言葉に変えた。


「あなたはなんというお名前なの?」


 九十九は自分を指差しながら、

「俺?」


「そう、あなたよ? お名前は?」


「俺は九十九、九条九十九だ。それで、君は?」


「私は天宮遙、中納言の天宮家の……」


 そう遙が自家の説明をしようとしたのだが、九十九は手を振って立ち去っていた。


 遙の回想はここで終わった。


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