天宮遥
中納言家の天宮遥が裏陰陽師と密会する場面
遙がいる所は中納言の別邸なのだがそれでもかなりの空間を所有している。ただただ無駄に広い気もする。そこで遙は鯉に餌をやったり庭花を愛でたりしていた。
そんな遙が事態の進展が遅いと焦れたり、真紅の暴走に喜んだりと、一喜一憂している時に、元陰陽師がどこからともなく接近してくる。
丁度、遙が庭先に出て気晴らしをしているときだった。
当然の如くに周囲を警戒している武士が阻止しようと身構えたのだが、虚ろな召喚物に襲われジタバタしている。
(元来虚ろなものなら実体はないのだから、武士とて襲われても被害はない。しかしながら、目の前で出たり消えたり、武器を持って振り下ろされれば、反応し反撃するのは致し方ないこと。もっとも虚ろなものに何をしても無駄なのだが)
その武士の警戒網を突破すれば、次に行く手を阻むものは侍女たちだ。
彼女たちが立ちはだかり、
「何者!!! それ以上近づくでない! さもなくば……」
と、そこまでは勇ましいのだが、後が続かない。
その慌てぶりにげんなりした遙は、
「よい、その方たちは下がっていよ」
と、何時もと同じ声質で命じた。
「しかし、遙様!」
と、それでも侍女は身の危険を訴える。
この時、複数名の侍女はすでに奥に向かって走り侵入者ありを触れ回っていた。
その少しの時間で、警護の武士たちの間でも虚ろなものから抜け出した者が数名出てきて、遙の側、あるものは陰陽師の周りを取り囲んだ。
それで遙も気分を持ち直したようで、
「良いから下がっておれ。この者と話があるのじゃ」
元陰陽師は膝をつき頭を垂れているが、何も言わない。
「そちが、そのような形をして来るから誤解されるのだ。が、門から入ってくるわけにも行かぬか。人目があるよってな」
「まさにそれ、かといって忍んで来るわけにもいき申さぬ。お姫様が不安に感じられますからな。だから身の安全を保ちつつ罷り越した次第でございまする」
「そちの気遣いと言う分けか」
そう言った遙は、他を見抜き、
「聞いたであろう。そちたちの不甲斐なさを。警護を見直さねばならぬな!」
側付きの武士が悔しそうだが声には出さず、
「は!!! 心得ましてございまする」
その後、離れの庵に場所を移し元陰陽師との会談が始まった。
侍女が茶菓子などを出し終わると、遙が重そうな口を開く。
「結界は破ったであろう? それなのに何故進まぬ?」
「あやつらとて生き物でございますれば、右から左と言うわけにもいきませぬ。それに手に負えぬようになればそれこそ一大事。ここは匙加減を間違わぬようにいたしませぬと京が、いえ、日本全土が物の怪の天下になってしまいます」
「手懐けている最中という分けか? それで首尾の程は?」
「上上でございます。それとは別に朗報が入りました」
「話せ!」
「は! 京極で野放しにしている物の怪なのでございまするが、あやつらが百鬼夜行を行うとのことでございます」
「百鬼夜行とな? それは危険なのではないのか?」
「知行にとったら危険極まりない代物でございましょうな。しかし、闇に蠢くものにしてみたら、これ以上ない好条件でございましょうや!」
「それは制御可能なのか? 不作為にしても限度があるぞ」
「左様、落としどころを見極めながらの所行でございますれば、ご安心を」
「落としどころとは?」
「憎き陰陽師を葬ることでございます」
「そしてうぬがその代わりとなる手筈なのだな?」
「は!!!! 左様でございまする」
「そこで聞きたいのじゃが、朝比奈家はどこまで強いのじゃ?」
「あのお婆は陰陽師きっての最高峰でございましょう。しかしながら、年も年です。かつて持っていたほどの力量はございますまい。ただの経験豊富な年寄り、と言う事でございましょう」
「経験豊富とな? それは危険人物ということではないのか?」
「絵空事の! でございます。いかに経験豊富と申しましても、陣頭指揮を執れませぬと実践では役に立ち申さぬ。まさしく絵空事の名軍師と言った具合でしょう」
それには大満足と言った遙だが、
「して、その小娘の真紅に至ってはどうなのじゃ?」
と、一番気になっている部分に突入した。
元陰陽師は言いにくそうに、
「真紅なるおなごでございましょうか?」
「そうだ。朝比奈真紅のことだ!」
「あれを陰陽師と言うには抵抗がございまする」
「どういうことじゃ? 宮殿ではそこそこの評価だぞ」
「それは素人衆にしてみたら業師かも知れませぬが、わしら正規の陰陽道を納めしものにしてみたら、きやつの業など児戯にも等しいかと」
「ほう! それほどの為体か?」
「は!!! まさしく為体にございます」
「ならば、その百鬼夜行に真紅を始末させ、私が老婆を納得させれば、おぬしが陰陽博士に推挙されると言うわけだな。そして横溝がお家再興と相成るわけか」
「その暁にはお姫様が九条家の何某を婿に迎えるという手筈ですね」
そこで大きな声で遙が、
「馬鹿を申せ! 声が大きい!」
「これはとんだ失礼をば! しかし、あんな男のどこが良いんだか?」
「おなごでないお前には分からぬわ!」
池の水面を眺めている遙は、その昔のことを思い出していた。