おろち退治
おろち退治です。
五芒結界を発動させる準備も整い、後はおろちを所定の場所に誘導するだけとなった。
「で、真紅に狐よ。お前たちが囮となるのだが、最後の仕上げまでやってしまっても良いのだからな。わしたちが到着するまでには半時ほどしか猶予はない。分かったな」
こう言って祖母は真紅を送り出していった。
その真紅、滅入っているわけでもなく、かといって楽しげでもない。それはそうで九十九と一緒でもないし、この前からへばりついてくる狐と一緒だし、と、彼女なりに気苦労が絶えないのだ。
その真紅、半分以上遊び気分で指示された場所にひょいひょいと進んでいった。そしてたどり着いた先には本願寺があった。
「ここも久しぶりだわ。子供の頃、お婆様に連れられてきたっきり」
そこに九尾の狐の首領が、
「それは結界となにか関係があるのですか?」
「さぁ、私には分からなかったわね。もっとも、そう考えるのは当然でしょうね」
「ほうほう、わしとて五芒結界を知らぬ分けでもない。あの凄まじい作用は外にいる奴らなどには分からぬであろう」
「そうなると、おろちにも分かっていると?」
「当然でしょう。だからおろちは最初から五芒結界を潰しにかかったのですから」
「では、この罠にはかからないと?」
「さぁ、用心深ければこないでしょうな」
「しかし、お婆様は確信がありそうだったわよ?」
「そうなりやすと、何かありますな」
「もう、それくらいなら聞かなくとも分かるわよ!」
しかし、真紅の胸には別なざわつきがあった。彼女は、『もしかして?』と言った思いがあった。それには当時の記憶が曖昧なのと、そこで何かがあったとこを忘れていることが大きな要因だ。
『何かあったのなら忘れるはずがない、のだけれど、どうしても思い出せない』
こう真紅は思い出そうとして苦しんだ。
なのになんの手がかりも思い出せない、のだが、重要な出来事があったと言う事だけは肌で覚えていた。
『何があったのだろう? お婆様はその時、私に何かをしたようなんだけど』
そう思い悩みながら本願寺をブラブラと歩いていると、なにやら記憶と一致する場所に出くわした。
『あ? ここ、覚えている!?』
『そう、あの時、お婆様は……、私に宝珠を、そうよ。私に宝珠を渡して、その後?』
と、そこまで記憶を辿ると急に目眩がし、
「きゃ!」
とよろけてしまった。
それで狐は驚いたのなんのって、いきなり真紅が倒れるからどうしたら良いのか分からなくなってしまった。が、その狐は正しいことをし出した。
九尾の狐の首領は真紅の周りで警戒態勢をとったのだ。自分だけでも何とか時間稼ぎをし、その間にも真紅の意識が戻れば良いと、その希望にかけたのだった。
が、現実は都合良く行かず、そこにおろちが舞い降りた。
「ほうほう、丁度良かったな。その宝珠を渡してもらおうか!」
それはおろちが狐に語った言葉だ。
「巫山戯るな。この子は渡さぬぞ!」
「なんだと? 物の怪の分際で我に逆らうというのか? このおろち様に!」
「ふん、たかが蛇の分際ででかい口を叩くな!」
「今、吠えたな! これでうぬの毛皮を剥いでやるからな!」
おろちはとぐろを巻く蛇の形になり、狐の隙をうかがい、飛びかかる気満々でいる。
しかし、狐は狐で出来るだけ真紅から離れようと少しずつ間合いを遠ざけていく。
それでおろちが、
「臆したのか!? しかし、今となってはお前はわしの腹の足しになってもらう」
おろちが狙っていると、どこからか五芒星が刻み込まれていった。
「なんだ? なにが起こっている?」
こう、おろちは狼狽えだした。
それで狐は察し、
「ほれ、われを捕まえ食うてみろ!?」
と、挑発することに余念がない。
「なにを!!!!」
と言ったその瞬間に、五芒星が発動し、五芒結界が顕現した。
「グギャァァァ!!! 何故に結界が???」
おろちはそう叫びながら結界の発動地点を探ろうとした。
そのおろちより速く、真紅は起き上がり、
「不動明王! 見参!」
と言ってまさしく剣に羂索を振りかざした。
「何者だ!????」
その問い掛けに困り顔の真紅は、
「もう一度言おうか? 私は……」
おろちも困り顔で、
「いや、そう言うことではなく、どうしてここに顕現したのだ?」
「ならば答えよう。ぬしを成敗しにきたのじゃ!」
と、ポーズらしい恰好を取った。
しかし、真紅の着物姿のままだ。この事実を後に真紅が知ったらどれほど怒り出すことか想像もしたくはない。
「いや、おぬしはどう見ても人間だし女体ではないか。ましてや晴れ着姿だしな。なのに不動とか、巫山戯たことを言う」
「なら、その証しを見せよう!」
と言って真紅は地面より一メートルは浮かんだだろうか、そこから、
「成敗!」
そう言って剣を巨大化すれば、おろちを半分にぶった切って見せた。
「ギャァァァ!!!」
その残ったおろちの体に羂索を投げると、糸と糸が絡まって現れた網のようなものがおろちの体を包み込んだ。
「出せ! わしをここから出せ!!!」
その羂索を引き寄せると手軽に巻き取れば、小さな蛇が真紅の手の平の上に乗った。
「ほら、良い子にしていなければお仕置きしますからね」
真紅がそう言うとその手の平の蛇と共に、不動明王も天に昇っていった。
それを眺めていた狐は、狐につままれたような顔で、ポカンとしていた。
そこに祖母が気さくな声で、
「全てが終わったようじゃの!」
とぼとぼと現れた。
「どうなっているんです? 真紅殿がいきなり不動明王様になりやしたが? 、もしや真紅殿に宝珠が内包されているんですか?」
しかし、祖母は何も答えず、意識を失っている真紅に活を入れる。
静かに意識を取り戻した真紅は、
「えぇ??? 私はどうなったのです?」
と、今までのことを全て覚えていない様子だ。
そこに祖母が狐に釘を刺し、
『よいか、喋るでないぞ。これは真紅のためなのだからな』
脅しのような言い分に狐も従うしかなかった。それでこの事は今までも秘密となった。




