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囮になった天宮遥

おびき寄せるために遥が囮になった場面です。

 その日は朝から陰鬱な日だった。大粒の雨ではない、霧雨でもない。靄のようなものが垂れ籠め、空は分厚い真っ黒な雲で覆われていた。


 そして嫌なことに生温かでじとじとした空気が漂っている。そのへばりつくような空気は、どこかが腐っているような、或いはどこかで腐ったような、腐敗した臭気を包含し、それを嗅ぐ人間に嫌悪感を、またはおぞましさを抱かせるのだった。


 安西にいる横溝は朝から術の発動に余念がない。


 その尋常ならざる所行に心配しだした物の怪、

「横溝殿、そう術を連発されますと、いざ、戦いとなったら疲労しました、負けましたでは許されませぬぞ!」

 と、上から目線での窘めだ。


「フン、そこにあるだけの物の怪の分際で、よく言えたものよ」


「おのれ!?? わしに向かってどの口がそれを言う?」


「見て分からぬお馬鹿とはうぬのことだな。いや、低脳物の怪ならではか」


「わしを怒らせてどうしようって言うんだ?」


「ちっとはやる気になったか? なら、今宵は決戦ぞ! 少しは用意をしたらどうだ」


「あぁ、そう言うことか。本気で喧嘩を吹っ掛けたのかとのかと思ったぞ」


 その横溝、心底物の怪を侮蔑しながら、

「手順など決めても無駄だろうから、うぬはこちらに向かってくるやつを手当たり次第に嬲ってくれ。わしはそれをかいくぐってくる化け物を相手にいたす」


「そんなやつがくるのか?」

「そんな奴らだから、うぬをかいくぐってくるのよ。そこまでのやつじゃなければ、目先のうぬにかまけるだろうがな」


「なるほど、そう言うことか。わしは露払いって分けだな。では、払って払って払いまくるとしようと。と、その払ったゴミは食っちまっても良いんだよな」


「あぁ、存分に食ってくれ。しかし、この後も食い放題なんだぞ。食い飽きても知らぬからな!」

 と、横溝は大笑いしていた。


 そのおろちも大爆笑し、

「わしの腹は百八つあるのだぞ! 京じゅうの人間どもを食ったとしてもまだ余裕があるわい! なんならぬしも食らってやろうかの!?」

 そう言ってもう一度大笑いしだした。


 そのおろちの醜さに悪感情をいだいた横溝だったが、その場では黙することにした。


 そして囮の遙が居場所が分かった。


 横溝はこれぞ本懐といわんばかりに突撃命令をだした。


 しかし、おろちの方は驚き、

「どうして今更、こちらが動くのだ? うぬの作戦では向こう動くはずだったが?」


 そこで横溝は、

「場所はここより目と鼻の先ほどもないわい。それに目の前にご馳走があると言うのに、うぬは手を拱いているというのか? それにあやつはわしの嫁だしな」


「ほう? 嫁にするほどの良い女と言うのか? わしにも食わせてくれ」


「馬鹿を申せ! わしが嫁じゃ。いたぶっていたぶっていたぶり尽くした後、つま先から食ろうてやるのさ」


「なんともおぬしらしいゲスが思いつきそうなことよのう! で、そのおなごは美形なのか? わし好みじゃないだろうな?」


「安心せい! おぬし好みの下手物ではないわ! 超美形でありながら鼻持ちならぬいけ好かない女だ」


「ほう! されはぬし好みではないか」


「だろ! あのいけ好かぬところを、ねじ曲げる快感は凄いぞ!」


 おろちは参ったとばかりに、

「おぬしのその感覚にはついていけぬな。ぬしこそ物の怪になった方が相応しい気がするぞ。いやさ、ぬしこそ物の怪と言うか、怪物というか、いやさ、変態だな」


 その時、天宮遙は安西の中程にある寛永寺の本堂でただ一人で座っていた。


 多くの落葉樹に混ざって榊が植えられている。それも陰陽道に照らし合わせ、最大の効力が発揮できるように位置取りされていた。


 真紅の祖母がここを選んだのには榊で作られた結界があるからだ。しかしながら、その効力を遙から問われても、祖母は不確かなものだと良い明確には答えなかった。


 遙にしてみたら、そんな不確かなものに自分の命を託すのかと言いたかったが、祖母曰く、遙に話せば顔に出る、態度に出る、そして騙されて話してしまう、それではしたたかな横溝を罠に填めることなど出来ない、こう言われれば遙も納得するしかなかった。


 こんな身の危険を感じる場面ではより一層の警護、より一層の警戒をと、その周囲には天宮家の武人たちに、自称でも構わずに集められた陰陽師たちが集められていた。その数、数百を超えている。


 その物々しさに寺の住職たちは他寺に避難せざるえなかった。


 遙一人でいる事に心配する侍女たちがときおり声をかけるも、

「大丈夫じゃ、心配ない」

 そう気丈にしている、が、相手は化け物だ。怖くないはずはない。ましてや彼女は普通の女子だ。能力者とは分けが違う。


 夜に入り明かりのロウソクが用意されたのだが、そのロウソクの火が風もないのにゆらげば遙の両手も僅かに震え出す。


『誰かいるのですか?』


 遙は声にならない声を出す。しかし、それに応える者がいないことが分かっていて声を出す。或いはいないで欲しいから声を出すのかも知れない。


 その願い叶わず、

「わしじゃよ! あんたと赤い糸で結ばれている!」


 遙は一気に血が退いていくのを感じた。それは赤い糸などと言う言葉を九十九にでも聞かれた日には取り返しが付かないと、乙女の心が悲鳴を上げたからだ。


「どうやってここに? えぇい、誰かおらぬか! くせ者じゃ!」


 瞬時に判断した遙の勇ましい雄叫びだ。


 しかし、それに呼応するものはいない。


「無駄じゃよ! 外にいる奴らはわしが片付けた!」


 遙の握っている懐剣に力が入る。


「その物騒なものはしまってもらいましょうか。ねぇ、天宮遙お嬢様! わしが楽しむまで生きていてもらわねば困るでの! オーーホホホホ」

 と、気色の悪い笑い声を高々とあげる。


「馬鹿を申せ! 懐剣は婦女子の嗜み」

 そう言って遙は抜き身を握り締めた。


「そのお転婆なところがまた堪らぬよのう! 今のうちに虚勢を張るが良い。そしてわしに捕まり絶望するんだ。強気に出れば出る程、捕まったときの絶望感が半端ないからな。文字通りの奈落の底に突き落としてくれるわ。フフ、楽しじゃて、その澄ました顔が醜く歪むさまを見るのはな。だから精精強がるが良い。あがいてあがいてもがき苦しめ。トンボが羽を毟り取られる絶望を知れ。高みにあって自由奔放だった我が身が、わしの慰めものという一遍の価値もない人生になるのだ。そうよ! この驚愕するほどの落差がいかんともしがたい悦楽に変わるのよ!! ホーーーホホホホホホホ」

 またしてもおぞましくも笑い声を上げ、横溝は一歩二歩と近寄っていく。


 遙には、横溝の声すら気色悪くて堪らないのに、それが吐く言葉がこの上なくえげつないくも下品極まりない。その上に横溝には特別に備わっているのか、それをも身につけたのか、特に若い女子に効果覿面な心底嫌悪させる響きがあり、それが故に彼女たちは横溝をどんな時でも侮蔑をもって見ることを忘れない。それが彼女たちに取ったら、気分を害させられた仕返しにもなっていたのだ。


 そんな横溝が一歩一歩と我が身に近寄ってくる。


 これほどおぞましきことがあろうかと、遙は涙が出そうなほど戦々恐々としているが、祖母から言われたことだけが心の支えとなっていた。


 しかし、このまま接近を許せば横溝の手が自分に届いてしまう。それだけは死んでも嫌だと覚悟を決めた瞬間、懐剣を自分ののど元に突き当てた。


「あ!!!!!!! 待て! 早まるな!!!!!!!!!!」

 と、横溝が一歩踏み込んだ。


 その時だ。遙に繋がれていた横溝が密かに差し込んでいた蛇が実体化した。


 すると遙はその実体化した蛇に懐剣の一太刀を突き入れた。


『グギャァァ!』


 と、横溝は声にならぬ鈍い響きを挙げた。


「おのれぇぇ!!!」


 と言った横溝の目には怒りで真っ赤になった目が爛爛と輝いている。


 しかし、横溝が受けたダメージが回復する前に、遙は本堂から逃げ出していた。


 本堂の外に出てみれば、そこには散乱する武士たちの亡骸に混じって侍女たちの骸が横たわっていた。


 それを見て遙は悪いことをしたと心に痛みを覚えた。


 見覚えのある顔に今朝方の出来事が思い出される。

『あの時、願いを聞いてやれば良かった』


 忙しかったのだ。朝の支度を入念にさせていたため侍女たちは大忙しだった。


 そんな降り、彼者が、

『明日、娘の婚礼でお昼からでも良いのでお暇を頂けないか』

 と言ってきた。

 その顔には焦りが有り有りと浮かんでいた。

 かなり大事にしている娘だと読み取れた。


 しかし、自分は今夜のことで頭が一杯だった。だから、

『代わりの者は自分で探しやれ』

 と言ってしまった。


 なれど、堅物な自分付きの侍女などそうそう簡単に見つかるはずはない。それを知っていて側用人に話をしなかったは自分の意地悪だった。遙自身の恋の行方が定まっていなかったからだが。


『なにが娘の婚礼よ! こっちは命がけだっていうの』


 こう遙は自分を正当化していた。


 なのに侍女の彼女が死に、自分はまだ生きている。


『この戦いが終わったら供養をしよう』


 そう決心したらなんとなく力が湧いてきた気がした遙は、真紅の祖母が指定した場所まで走った。今まで早足すらしたことのない遙だが、この時だけは走った。着物の裾が少し開き加減になったことが気になって仕方なかったのだが、気にしないようにと懸命に無視し足を左右に動かしたのだ。


 そうすると心臓の鼓動が激しくなってきた。で、

『え? どうなってるの? 心の臓が痛いんですが?』

 と、誰でも分かる事に疑問を感じた。


 そこに怒鳴り声のような、

「待てぇぇ!!! 待てぇぇぇ!!!」

 その横溝、人間とは見えないように走ってくる。


『なんなの? あれで人間?』

 と振り返った遙だが、その時言われた場所に着いたのだ。

『さぁ、これでお仕舞いよ!!!!!!!!!!』

 と、渡された地蔵のこけしを取り出し、そっと身の側に置く。


 遙は榊の木に身を預けた。


「ここまでだぞ!!! ここで終わりだ!!! わしの忍耐にも限度があるでな!」


 横溝の爛爛とした目が恐ろしげにも光っている。


 遙はその目を見まいとまぶたを閉じ、

『お地蔵様、お願いします』

 と心の中で唱えれば、

『あいよ! 任せな!』

 と、どこからか返事がした。


 それで薄目を開けると横溝が地蔵のこけしと相対している。


「フフ、なんだ、それは? 金剛杵などどこから取り出した?」


 そう言って急に横溝が警戒しだした。


 少なくとも遙にはそう見えた。なぜなら生身の遙だったら横溝は飛びかかっていただろうと、容易に想像がつくからだ。


 なのに横溝は間合いを取って隙をうかがっている。そして懐からなにかを取り出し、

「これでも食らえ!」

 と、糸のような蜘蛛の巣のような、網のようなものを投げつけた。


 地蔵はその糸を金剛杵で容易く断ち切った。


「おう?」

 と、横溝はやはり驚く、で、

「これならどうだ!」

 と、今度はお札のようなものを複数枚投げつけた。


 それは一枚一枚が火の玉になったのだが、ただ漂っている火の玉ではない。まるで糸で操っているような油断のならない動きをする。


 それから横溝は、

「その着物に燃え移らぬように注意しながら仕留めるつもりだが、お前が抵抗すればするほど火だるまになる危険が増えるからな。あまり抗うなよ」

 と言いながら、じわりじわりと間合いをつける。その後ろに火の玉が逃げ道を塞いでいるのだ。


 その様子を見ていた遙は、

『もしや、地蔵様を私と勘違いしているのか?』

 と、漸く気が付きだした。


 地蔵のこけしは金剛杵を右手で振りかざし、

「榊!!! 顕現せよ!」

 そう言って左手に持っていた榊の枝を数本投げつける。


 すると榊だったものが木人と化した。


 それを見て大笑いしだした横溝が、

「木人とな!? だったら松明に使ってやるわ!」

 そう言って火の玉に命じ木人に取り付かせる。


 木人に気を取られ過ぎて火の玉を右往左往と操っていた横溝に隙が生じた。


 地蔵はその隙を突き横溝の右腕を切り落とした。


(多分横溝は、本当は地蔵なのだが、見た目にはおなごの遙に見えていたために、金剛杵を持っていても危険はないと思い込んでいたのだろう)


「ギャァァァ!!!!!!!!!!!!!!」


 失った右腕を拾い上げ、憎悪に満ちた眼差しを向け、

「おのれ!!! もはや生かしてはおけぬ。この場でぶっ殺してやる!!!」

 そう言って横溝は懐より宝玉を取りだし、

「八岐大蛇様、我に力をお授けくだされ!!! 我が命をお捧げいたします!!!」


 そう言って横溝は宝玉を天に掲げると玉が光り出し自力で宙に浮いたかと思えば、その光で横溝を覆っていった。


 横溝はその光を受け、次第に縮んでいっき一気に宝玉を呑み込んだ。


『グギェゲェェェ……』


 その最後の言葉も途切れ、横溝は人畜さえも止めたらしく姿を変えていく。


 その変化のおぞましさに遙は声を出しそうになった。が、慌てて両手で口を塞いだ。


 大蜘蛛になりはてた横溝はその気配に反応し遙に飛びかかろうとしたが、


 地蔵がその間に割って入り、左腕に斬りかかった。


 残り七本ある腕の二本を使い蜘蛛は軽々と地蔵の金剛杵を受け止め、そして残りの腕で地蔵を上下半分に裁断した。


 すると今まで地蔵の姿だったのが、もとのこけしにかわり、そのこけしも上下で半分になって地べたに転がっていった。


 それで気が付いた蜘蛛の横溝は、

「おのれ!! 天宮遙殿はどこに隠れた!!??」

 と、匂いを頼りに探し出す。


 その遙は大木である榊の香りに守られ、容易に蜘蛛に感づかれることはない、のだが、その蜘蛛は悪知恵が回った。


「これでも出てこないと言うのか?」


 そう言ってはすでに死んでいる侍女の体を弄び、加え五体の死体の腕をもぎ取ったり、足を切り取ったり、半分に引き裂いたり、挙げ句に食いだしたのだ。


 それを何体かしているとついにかの侍女の体を持ち上げた。それは遙に暇を願い出て娘の婚礼に出たいと述べた者だった。


 それを見てついにいたたまれなくなった遙はこう叫んだ。

「またれ! 私はこれにおる!」


 その声で蜘蛛は死体を投げ捨て、

「とことん可愛がってやるぞ!」

 と、尻から糸を出し、後ろ足で巻き取りだした。


 それはまさしく化け物大蜘蛛の所行だ。


 が、そこに真っ白な何ものかが、丸太ほどの胴回りのようなものが数匹も這い回ってきた。そしてその頭部は蛇の様であり赤い舌を出し入れしている。


 その異形に大蜘蛛の横溝はその場から飛び退き、

「これは朝比奈だな!? どこにいる? 恐れずに出てこい!」

 と、幾度も幾度も騒ぎ立てる、も、蛇が怖くて逃げ回る。


 そして真紅の祖母がその姿を見せた。


「うぬは!? 朝比奈真紅か? いや、真玉だな!? おのれ! わしの恨み、今宵果たしてくれようぞ!」


 その真紅の祖母は穏やかな口調で、

「周りが見えぬとはこれほど情けないものなのか!」

 そう言って扇子をソヨソヨと扇いでいる。


「周りが見えぬのは真玉の方じゃ! 見よ。わしは大蜘蛛となりぬしなど一息で食ってしまえるのじゃ。どうじゃ、恐ろしかろう!?」


「おぬし、陰陽道に入る時、彼岸道には気をつけよと言われたことを忘れたようだの」


「馬鹿を申せ! わしは彼岸道を征服したのじゃぞ! それにぬしだってこの得体の知れぬ業を使いよるではないか! それも彼岸道の業であろうに」


「ホッホホ、ほんに何も知らぬ愚か者よ!」


「なんだと!!!」

 と言った横溝が尻から糸を大量に出し、それを真紅の祖母に投げつけた。


 が、その糸が空中を飛び祖母に飛びかかろうとしている間に、つまり空中の間と言うことだが、その宙の間に溶けてしまった。


「なんだと!?? ぬし、なにをしやって?」


 慌てふためき驚く横溝に、祖母は扇子の風を送り込むようにしながら、

「まだ分からぬのか。ここはぬしにとったら浄化の聖域。すでに徐々にだが体も溶けかかっているだろうに。それすら気が付かぬか!」


「ギョエェェェ!! な、助けてくれ、後生だ。命だけは助けてくれ!」


 と、そんなで横溝は命乞いをするような恰好をした。


「愚か者奴。自分がどうなっているのかすら分からぬのか。ぬしはすでに人ではない」


「そんな馬鹿な、これは術でこうなっているだけで……」


「それなら術を解いてみろ。解けるものならな」


 急に動転しだした横溝は七本の腕をあれやこれやと動かし、なにやらをしているようなのだが、蜘蛛が自分の糸で遊んでいるようにしか見えない。


 大蜘蛛の横溝はついには諦めたらしく、逃げの算段のつもりか糸を巨木に吹きかけたのだが、その糸ですら途中で解けきってしまった。


 それで祖母は、

「もはや良いであろう。観念するのじゃ」

 そう言って祖母は扇子の動きを早めていく。


 そうすると真っ白な蛇は何度も大蜘蛛を素通りしていく。それも何度も何度も、その度に大蜘蛛は体が溶けていく。最初は細い足が七本とも解け、次には小さな頭がなくなり、最後には腹部が解けきっていった。


 そして横溝が掲げた宝玉だけが残った。


 祖母はその玉に持参してきた塩の結晶を振りまき、

「これで全てが浄化される」

 そう言ってると、塩の効き目か、玉の表面が土色に変わっていきついには砕け散った。


 そこに怯えきった心情も落ち着いた遙が礼を言いに寄ってくる。

「お婆様、ありがとうございました」

 そう言ってはかなり崩れた髪形に手を添えている。


「遙殿も無事で何より何より」


「それで全てが終わったのですか?」


「いや、人の姿をした屑が浄められただけで、まだおろちが彷徨いていよう」


 それを聞いて遙がビックリし、

「おろちですか? それって危険なのでは?」


「そうじゃの、宝珠の結界がなければ極めて危険じゃの!」


 そう言われると合わせる顔がない遙は下を向いてしまった。


 それに気が付いた祖母は、

「なにもぬしを責めているのではない。ぬしも騙されたのじゃから被害者じゃろう」


 そう言うと遙はホッとしたようで顔を赤らめた。


 それを見て祖母も、

「その気があるのなら」

 と、区切って見せる。そして遙の心の中を覗き込み、

「気がかりがあるのなら、時を逸してはならぬぞ。時を逃がせば追いつけぬ。追いつかぬと分かれば心に鬼を棲まわせることになる、やも知れぬからな」

 そう言って軽快に笑い出した。


 その謎めいた言葉に押された遙の背中を更に押すように、

「はよう行ってきなされ、もうじき夜も明け、婚礼が始まる」


「しかし、お婆様、おろちは?」


「ぬしの仕事はこれで終わりじゃて! 後は陰陽博士の仕事だろうて」

 そう言って祖母もトボトボと歩き出していった。

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