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暴徒その二

暴徒化した百鬼夜行との対決する場面です。

 弾正台軍の暴徒との接触はそれよりずっと早くに行われていた。


 坂上田村武官は配下の者を鼓舞しつつ、

「無理して戦うな。誘き寄せるだけで十分だ!」

 と、入れ替わり立ち替わり兵を前後させていた。


 ちょっかいを出され怒り狂った暴徒たちは、その手を出してきた兵士を追いかけ回すのだが、兵士達はすぐに集団に隠れ見えなくなる。


 そこで一度暴徒たちは追えなくなる。


 そんな暴徒たちに別の兵士が石などを投げ手を出してくる。そうすると再び暴徒たちは怒り追いかける。


 そんな遣り取りし、ついに三十三間堂まで引っ張ることに成功した。


 藤原司弾正台が真紅の姿を見たときはほっとし、大きく手を振り、

「連れて来ましたぞ!」

 と、大声で叫びだした。


 そこで暴徒たちはなにやら気が付いたが、怯えもせずに、

「ふん、そんなことだろうと思ったが、なんだい? このみすぼらしい結界は? こんなんで我らを縛るつもりか? 大笑いも良いとこだ、な、そうだろ!」


 そう暴徒の大将らしきものが言えば、手下たちが一斉に、

「おぉぉ!!!」

 と、掛け声を挙げた。


 その威勢に恐れをなした藤原司弾正台が、顔色を失いながら、

「朝比奈殿、大丈夫でござろうか?」

 と、今にも真紅に縋り付くような怯え方だ。


 その真紅平然と、

「これで大丈夫などと思えるなら、それは底抜けの阿呆でしょうね」


 そんなことを言われ、更に体まで震えだした弾正台が、

「そんなぁぁ」

 と、男なのに情けない声まで出した。


 それでも真紅は祖母から借り受けた一葉を取り出し、

「勘九郎殿!」

 と、烏天狗を呼び出し、

「それ、これを授ける!」

 そう言って一葉を烏天狗に手渡した。


 その烏天狗、一葉を受け取り、

「かたじけない!」

 そう言うと九十九の肩に乗れるほど小さかったのが、いきなり大男になり、

「これで本来の力を出せるぞ!」

 と、吠え猛るような雄叫びを上げた。


 そこで真紅も、

「さて、私も一働きしましょうか」


 そこに心配そうな九十九が、

「真紅殿、無理は禁物ですぞ!」

 と、顔色が全てを物語っている。


 巨大化した、と言っても二メートルを少し超えたくらいの大男なのだが、その烏天狗を見ても暴徒たちは怯まない。


「おぉ、大きくなった烏ではないか。しかし、烏が大群になっても恐るるに足りぬ。ましてや一匹だけとは片腹痛い。それ、者共やってしまえ!!!!」


 掛け声合わせ暴徒たちが烏天狗目掛け襲いかかる。


 その頃合いを見計らい真紅は五枚の札を取り出し、一枚を掲げ、

「愛染明王よ! 顕現せよ」

 というなり、その一つの札が燃え上がり周囲の一カ所に仁王立ちした。

 真紅は続けざまに、もう一枚掲げ、

「降三世明王よ! 顕現せよ」

 これも同じ区域の一角に明王がその姿を現した。


 そして残りの三枚の札を使い、軍荼利明王、金剛夜叉明王、大威徳明王を顕現させ、五芒結界をこの区域に完成させた。


 が、もっとも札によって召喚した明王なのだから、その効力は限定的だ。


 それを瞬時に看破した暴徒たちの首領が、これまた大笑いしながら、

「今度は張り子の明王ときたか。野郎ども、そんな紙切れ破り捨ててしまえ!!!」


 暴徒どもが集団で走り回り、烏天狗に各明王に、それぞれ襲いかかっては次に向かい、再び襲いかかっては別のに向かい出すという、まるで効率が悪い攻め方をしているように見えるのだが、しかし、それが最有力手段だった。


 なにしろ一カ所に力点をかければ、後ろから五体が襲ってくるのだ。そうなれば挟撃された方の分が悪い。だから、後ろを取られないよう、囲まれないように攻撃先を変え移動していたのだった。


 その中にあって暴徒たちの首領はその有様を傍観しつつ、真紅に挑む機会を伺っていた。やつの眼中には藤原司弾正台の武官たちなど入ってはいないのであった。


 しかし、それは真紅にとっても同じであった。この術は為損ずる分けにはいかない。だから彼女は慎重にならざる得ず、その時を、その瞬間を持った。


 それが藤原司とか坂上田村とかからみたら、手を拱いているよに見えたのだろう、

「朝比奈殿、なにをグズグズしているのだ?!! 早くそこの下郎どもをやってしまえ」

 と、大声で檄を飛ばす。


 それが首領に聞こえたのだろう。かなり怒りだし、

「お前らから始末してやっても良いのだぞ!」

 と、微かだが乗り移った姿を現しだしたようだ。


 その姿は九尾の狐そのものだった。


 それを見た藤原司とか坂上田村とかは狼狽えだし、

「なんだ! あれは! あんな化け物に勝てるわけがない!」

 と、武官ともども震え上がった。


 と、それが首領の余裕と、油断だと見抜いた真紅は、右手に術書、左手に法書を持ち、

「秘儀、明鏡止水!!!!」


 その言葉と共に真紅の体は崩れ去った。


 驚いた九十九が真紅の体を受け止めたが、彼女の意識はなかった。


 だが、その効果は瞬時に訪れた。


 九尾の狐自身の身に恐ろしい変化が生じたのだ。


 その九尾の狐が仲間に襲いかかる。


「ぎゃ!? どうして?」

 九尾の狐の一撃で沈んだ暴徒の一人が断末魔にそう叫んだ。


 その異変で凍り付いた暴徒たちは、

「お頭? どうしたんですかい?」


 その首領が次の暴徒に手をかけ、噛み切ったのど笛から血飛沫を飛び散らし、

「うぬ!!!!!!! これでどうだ!!!!!」

 そう言いながらも噛み切った男の体を振り回す。


「お頭! 止めてください!!! お頭!」

 と、暴徒の一人が絶叫していると、


 首領の方が、咥えていた男を吹き飛ばし、

「あん? そこにいやがったのか!!!!」

 そう言っては先ほどの男に飛びかかった。


「ギャァァァァ!!!」


 これものど笛を噛みつかれた。


「お頭???」


 そう言うのが精一杯か、その男も血飛沫を上げ舞いだした。


九尾の狐の首領はケタケタと笑いながら、

「どうだ! 殺してやったぞぉぉ!!!」

 と、血を吹き上げている男を玩具にしていたのだが、他を見るとまたしても形相を変え、襲いかかり、

「そこに逃げおったのか!? 今度こそだぁ! 殺してやる!!!!」

 これで何人目なのだろうか、次々に暴徒を血祭りに上げていく。


 その対応が遅れた暴徒たちだが、次第に状況を飲み込めだし、

「お頭が狂ったぞ!!!」

「皆逃げろ!」

 と、判断するものがでだした。


 それで暴徒たちは次第に散り散りになっていく。


 こうなると集団の力が無くなり、結界の内部を右往左往するしかなくなった。


 その状況を理解しだした藤原司弾正台たちは、ほんの僅かずつだが、暴漢たちに立ち向かいだし、一人また一人と拘束しだしていく。


 それと共に烏天狗も活躍しだした。


 ただ、九尾の狐の首領だけは大暴れのまま暴漢共に襲いかかっている。


「こやつか!??? どこに行きやがった!???」


 それは狂ったものが所行で誰にも止められない。


 そこに祖母から使わされたあるじがやっと到着し、この現実を直視した。


『あぁ???? 遅かったか!?』


 そこに九条家のあるじを見つけ、

「ぬし! どうして止めなんだ!? これは全てぬしの責任だぞ!」


 こう一方的に言われた九条家のぬしは、

「なにを!? これとはどう言うことだ?」

 と、未だに状況把握が出来ていないことを露呈した。


『まだ分からぬのか! 真紅殿が明鏡止水の大技をやったのよ! しかし、それが不完全で術が解けぬのだ!』


『なんとしたことだ? ぬし!? おぬしのせいでこうなったのだな!? おぬしのせいでこうなったんだ!!!! 全責任はおぬしにある!!!!』

 と、九条家のぬしは言い張ったのだ。


『なんだと!!!!!!!!』


『おぉ!!! 罪人の分際でやろうって言うのか!!!』


『片腹痛いとはこの事よ!』


 朝比奈家のあるじは、

『お婆様に言いつけて、ぬしを成敗してもらっても良いのだぞ???? 謝るなら今しか猶予はないんだぞ。で、どうするのだ???』

 と、脅し文句を忘れない。


 この状況では、朝比奈家のあるじが一番立場が危うい。なんと言っても真紅の身に何かが及べば、真っ先に責任追及されるのは、このあるじなのだ。


『おぉぉ、おのれ!!!! わしを愚弄するつもりか!? どうしてわしの責任にならねばならぬのじゃ????』


『そんなの決まっていようが。側に居たものが最大の責任を背負うのだ!』


 これには九条家のあるじは返答しようがなかった。確かに側に居たし、止めもしなかった、が、それには知らなかったという言い訳も出来る。それで、

『わしは知らなかったのだ。だから致し方ないではないか!』


『えぇい! 女々しいやつめ。この後に及んで言い訳をするとは。真紅殿が術をせねばらなぬ状況を生んだのはぬしの所為であろう! だったらその責を負え!!!』


 その遣り取りに怒りを覚えたのは九十九だ。彼の腕には反応しない真紅がいるのだ。


「馬鹿者!!!! 真紅殿が戻らぬのだぞ!!! 喧嘩ならどこかへ行ってしまえ!」


 それでぬしの二人はしょぼくれ、その場でしゃがみ込んだ。


 その言い争いをしていた間も、藤原司弾正台軍と共に暴徒たちを制圧していた烏天狗は、最後の暴徒を倒し終えた時、

「おい、お前らも手伝え!!! この狐で最後だ!」

 と、九尾の狐の首領を指し示した。


 そこで端と思い出した朝比奈家のあるじは、

「その狐を殺してはいけない。手を出すな!!! そこには真紅殿が宿っている」

 と、大声で叫んだ。


 ビックリした烏天狗だったが、

「しかし、捕まえなければどうするというのだ? ここは明王の結界が有効だと言っても何時までも効力があるわけもない。いずれは掻き消えるのだぞ。そうなってからでは打つ手がないではないか!」

 六角棒を構えながら、そう言って狐に躙り寄っていく。


 その九尾の狐の首領は武官たちで周囲を囲まれ、さらに明王の結界で逃げ道を失っていた。そして狐にはその全てに真紅の姿が映し出されているのだ。だから、


「おのれ!!! 何度殺せば死ぬのだ??? どうして死なぬのだ?? どうして?」


 と、完全に狂気に陥ってしまった。狂気は思考力を奪っていったが、その代わり得たものもある。


 得たもの、それは狐が本来命じられた目的、朝比奈真紅を無き者にすることを度外視したのだ。


 目的のない行動には規則性がない。その場その場で狂気じみて動き回るだけだ。この狂気に囚われた物の怪を理性的に見極めることは不可能だった。それすなわち先回りすることが出来ないのだ。


 それがために烏天狗も藤原司弾正台軍も後手後手に回り、逃げ惑う狐を追いかけるしか手がなかった。そしてそのうちについに結界を破られてしまった。


 右往左往する武官の兵士たちには酷というものだろう。一対一ではとても勝ち目のない物の怪相手に補足せよという命令だ。向こうが逃げているのか自分が逃げているのかすら分からなくなった状態では、どこかに囲みが薄い部分が出来ても仕方がない。


 それは兵士の心理からも当然だった。彼らはとかく集団になりたがったのだ。纏まっていれば、少なくとも自分が死ななくて済むと思えるからだ。


 こうして一塊の集団が所々に出てくれば、その間に逃げ出すに十分な隙間が出来た。そしてその上で九尾の狐は自身の体を火に変え、結界主たる明王に突進していく。


 結界を構成していた明王は、真紅が召喚したものだが、その基本は紙で出来た札であった。そしてその札は、炎とかした狐の火が燃え移りあっと言う間に灰となった。それと同時に結界も崩壊したのである。


 そうして狐はその間隙を縫って逃げ出したのだ。


「逃げたぞ!!!」

「追え! 追うのじゃ!!!」


 と、藤原司弾正台の悲しいまでの怒鳴り声が響いていた。

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