第四の事件
佳代子とドライブで山梨に来ている、免許が無事取得できたので、佳代子に腕前を披露するためだ、高級車を買う事が出来るが、二十歳前の大学生にはいきすぎだと思うので、レンタカーを借りて来た、最初は不安そうにしていた佳代子だが、俺の運転に合格点をくれたようだ、今はご機嫌にはしゃいでいる、観光シーズンなので、何処に行っても人がいっぱいだ
「わー、富士山、きれい」
佳代子が歓声を上げる、晴れ上がった空と富士山に湖、晴れ上がった湖の畔は格別な感慨がある、日本一の霊峰とそのふもとの空気に、都会の汚れが洗い流される気分だ、そんな清々しい空気の中で、浮かれている佳代子が、一際可愛く見える、俺の彼女なんだぞー、と叫んで自慢したい気分になる
「たかし~、最高に気分良い、あっちにいこう」
車を降りてから、佳代子に手を引かれて言われるままに歩く、公園、オルゴール館、土産物屋、湖畔、まあ、佳代子といれば、何処に行っても楽しいけれど、こんな日は特に気分が良い、河口湖の一角を歩いただけだが、十分堪能したので、山中湖まで行ってみる事にする、渋滞もなく意外にスムースに、車が進んで道が山中湖に突き当たる、右折して湖畔を走り湖を回りこんで、湖の向こうに富士山が見える場所で、喫茶店に入り、湖に面した席に向かい合って座る、顔を見合わせる
「今日は、ありがとう、楽しい、最高」
佳代子の満面の笑みに、俺の心がとろけそうだ、しかし、そんな気持ちをしられたら、この小悪魔は何を言い出すか分からない、だから、さりげなく
「そうか、良かった、喜んでもらえて」
月並みな返事を返しておく、湖と富士山を眺めながら、目の前に大好きな彼女がいて、コーヒーの味が最高なのは当然の事だ、こういうのを幸せというのだろう、湖のさざ波が眩しく輝いている、気を緩めるとだらけそうになる、顔を引き締め
「そろそろ帰ろうか、遅くなると心配するから」
「うん、そうしましよう、今からだったら明るいうちに帰れるわね」
「そうだな、余裕だと思うよ」
朝、早く出て来たから、十分楽しんだし、お互い満足して帰る事ができる、来た道の反対方向に周りこんで戻り、高速のインターに向かっていると、ヒッチハイクなのか、三十代くらいの男二人が手を振っている
「どうする」
佳代子に言うと
「方向が同じなら、乗せてあげましょうよ」
と言うので、男たちの処で停車する
「すみません、乗せてのらえませんか、何処でも電車の駅まででいいんで」
高速に乗ろうと思ったが
「下道を走って、駅まで乗せてあげたら」
今日はいいなりだ、彼女がおっしゃるので
「じゃあ、どうぞ、この先は河口湖の駅までで良いですか」
「ありがとうございます」
そう言って乗り込んで来た、車を発車して間もなく
「悪いがその先を右に曲がってくれ」
急に男の口調が変わった
「えっ」
「言う通りにして貰えるかな、これが見えるよね」
拳銃を握っていた、まったく、また事件かよ、俺というより、佳代子は何かに
取り付かれていないか、俺が知るだけで何件目だ、佳代子の顔を見る、舌を出している、少しも怖がっていない、そこまで、一連の事件を解決したのは、俺だと信じているのか、困ったものだ、逆らってもしょうがないので言われた通り右折する、山道は次第に細くなっていく、しばらく走ると、山小屋のような建物があり、前が広場になっていた
「降りて」
言うとおりに降りる、拳銃を突きつけられて、建物の中に入ると、小さな部屋に押し込まれた
「此処に入っていてくれ、車は借りるよ」
そう言って部屋に閉じ込められた、鍵をかけ、更にドアの前に何かを押し付けている、暫く作業の音がしていたが、それが終わり車が出て行く音がした、そして、周りの木々を渡る、風の音だけになった
「佳代子、お前、お祓いして貰った方が良いぞ、お前といると事件ばかりじゃないか」
「私のせいなの、って、そうか、慎也が助けてくれてから」
指を折り数えている
「四件目、多いね」
「多いねじゃないだろう、一生に一件も合わない人が普通だぞ、多すぎだ」
『そう言われれば、そうね」
ケロッとしている、ダメだこりゃあ
「弱ったな、俺たちをどうするつもりかな」
「どうするって、慎也がまたやっつけるんでしょう」
「馬鹿、まだそんな事を言っているのか、佳代子が言うような事、出来る人間が本当にいると思うか」
「うん、思う、三度も見たんだもの」
もう、どうすればいいのか、俺は頭を抱えて座り込んだ
「よくそこまで信じられるな、下手をすると奴等の顔を見ている俺たちは、殺されるんだぞ」
佳代子には言ってもしょうがない事が分かった、立ち上がりどこか出口はないか、部屋の中を調べる、どういう部屋だ窓がない、壁はコンクリート、明かりは天井に付いている蛍光灯だけ、そう言えば来る途中を思い出すと、電柱が立っていた、こんなところに電気が来ているのだ、今は使われていないが、何時か使う事があるのだろう、小さなテーブルと木製のベンチがあるだけ、脱出する方法がない、弱ったな、まあ、最悪は手袋を両手に嵌めれば、解決するが、佳代子に知られてしまうのは、非常にまずい、だが此処は山中湖から、距離的にそう離れていない、という事はこの季節、相当に温度が下がるはずだ、うかうかしていると凍死の危険さえある
「寒くないか」
「ちょっと、寒いかな」
佳代子に来ていたジャンパーを渡す
「良いよ、慎也だって寒いのは同じでしょ」
「俺はこうすれば、温かくなる」
尻ポケットから右手袋を出し嵌める
「手が冷たいからな」
騎馬立ちから綺麗な空手の型に入る、大分昔に習っただけだが、上級者の型は見ていた、不思議な事にそれを真似る事がができた
「凄い、かっこいい、空手の型ね、うちの空手部より、ずっとかっこいい」
佳代子が拍手している、この状況で危機感が全くない、あきれてしまう、こうなったらしょうがない、ドアを突き破るしかない、両手に嵌めれば、ドアなど関係なく外に出られるが、透明人間がばれるより、ドアを突き破った方、未だ言い訳のしようがある、頑丈そうなドア普通なら躊躇するだろうが、出来るような気がする迷いはない、一息いれるふりをして、佳代子が俺から視線を外すのを待つ、疲れたのかテーブルに顔を伏せた、今だ、ドアに近づくと
「はあっ」
気合を入れてドアのかぎ穴の部分を、正拳で突くとボコッと音がして穴が開いた、力を入れてドアを押す、コンクリートのブロックが詰まれていた、手を穴に入れてブロックをはねのける、手が届かず残ったブロックはドアとともに、強引に押して開ける
「やったじゃん、流石慎也」
痛みも感じない手を見たが、何ともなっていない、白い手袋が破れもせず嵌っている
「歩けるか」
「うん、大丈夫」
多分、国道まで十キロちょっとある、歩いて二時間くらいの距離だ、下りなのが助かる、二人で暗くなり始めた道を、十分ほど歩いたとき、車が登って来る音がして、ライトの明かりが下の方に見えた、咄嗟に林の中に佳代子を入れ、近くに会った倒木を道に転がす、周りを探し小石を三個手に持つ、ギリギリ間に合った、木陰に隠れて待つ、車は登って来ると倒木の前で止まった
「なんだ、こんな所に倒木何て」
男二人が下りて来た、他には誰も載っていない、二人で倒木を動かそうとして屈んだ、そっと忍び寄り、拳銃を持っていた方の男の、後頭部を叩く、驚くもう一人に、石礫を見舞う、腹を押さえて蹲る、拳銃男は気絶したようだ、蹲った男を押さえ
「何か縛る物はなかな」
そう言うと
「ちょっと待ってね」
そう言って車に走り寄り、ドアを開けると、バックを取り出し中を探っている、持知物は車の中に置いたままだったが、どうやら、そのままあったらしい
「これ使えない」
結束バンドを持ってきた
「なんでこんなもの持っているんだ」
不思議に思って聞くと
「これ、便利だよ、物をまとめるのに、百均で安いし」
「ふーん、上出来、これがあれば、俺も楽だ」
後ろ手に組んだ両手の親指を、結束バンドで締める、丁寧に二本巻いて置く
気絶した男も拳銃を取り上げて、後部座席に入れ同じ処置をする、二人の男を載せると
「佳代子、見張っていてくれ」
「分かってる、旨く行ったね、やっぱ、やるじゃん」
「まあ、偶然、うまくいったけど、お前といると、事件ばっかりで」
「別れたい」
何で突然そう言う話になるのか
「そうじゃないけど、どうしてなのかな」
急に佳代子が大人しくなってしまった
「慎也に捨てられたら、私」
ぽつりと言う
「馬鹿、何を言い出すんだ、別れるわけないだろう」
「本当、絶対に」
「ああ、絶対だ」
こんな可愛い彼女、二度と会えない、というより、さっき別れの話が出たとき、別れると言われたらどうしようと、焦ってしまった、佳代子のいない世界、今の俺には考えられない、そんな話をしているうちに、警察署に着いた、
佳代子が署の中に入り、警官を呼んで来た、何人か出て来た刑事たちに、男二人を引き渡した
その後、事情聴取とかいろいろあって、帰りは真夜中になってしまったが、担当した刑事が、家に電話してくれてあったので、二人とも叱られずに済んだ、結局男たちは、指名手配犯だったそうだ、車を盗もうと出かけたところに、俺たちが通り合わせ、急遽盗むより手っ取り早いと、こうなってしまったのだ、運が悪かったが、犯人たちも運が悪かった、俺たちを狙ったのが運の尽きだ、
お手柄という事になるのだが、目立つことは嫌なので、未成年という事と、犯人たちの仲間からの保護、という事で名前は伏せてくれる事になった、しかし、手袋の威力、あの時別に気が付かなかったが、扉は鉄製だったのだ、現場検証で何で穴をあけたか、問題になって問い合わせが来たが、最初から開いていたところに、詰め物がしてあって、それが外れた、という事になったそうだ、恐ろしい威力だ
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