ノンフィクション適なフィクション(裏
「あの……ここ、どこですか?」
それでも莉里さんは止まらなかった。
莉里さんとはさっき出会ったばかり。大人っぽくてわたしの学校の先輩でもある。そんな二人でウィンドショッピングを楽しむこと数十分。「そうだ、折角だからもっと良い場所があるんだ」というセリフと共に私たちは一旦外へ出た。でも、さっきから何回も同じ事を聞いても莉里さんは答えてはくれなかった。
角を曲がるたびに通行人が減っている。気が付けば誰もいない暗い道、いわゆる『路地裏』というやつまで来ていた。ここを通り過ぎたら目的地なのかもしれないとか思ってもみた。けど莉里さんの足がここで止まったという事は、残念ながらここが終点らしい。
わたしは変な緊張感に襲われていた。こんな事は初めてじゃないはずなのに。二人きりの静かなこの場所で唯一聞こえてくるのはわたしの心臓の音だけ。せめてわたしの思い込みであってほしい、そう思ってると莉里さんの方からしゃべりかけてきた。
「こんな怪しい場所まで来て何も疑問に思わないんだね、芳乃ちゃん。それとも察して黙ってくれてるのかな?」
声のトーンがさっきとまるで違う。一見演技のようにも見えるけど、莉里さんは本気だ。テレビドラマの殺人犯みたいに人を殺すことをなんとも思ってない顔をしてる。わたしは生まれて初めて命の危険を感じた。あの時よりも何十倍も大きいそれを。
「それで、どっちなの? 」
どっちでもない。ここにいる事自体が不思議で仕方ないし、察する事もできない。でも、否定しようとしても怖くて声が出ない。さっきまではずっと質問できてたのに、今は黙ったまま。正反対だ。お願いだから、震えてでも怯えてでもいいからでてよ、わたしの声。莉里さんに「違う」っていってよ。もしかしたら莉里さんの冗談かもしれないから。でも声は出ない。理由ははっきりしている。否定する勇気よりもこの場への恐怖の方がはるかに上回っていたから。
「何も喋ってくれないのかぁ……じゃあ何か秘密を隠してるって事だよね?」
莉里さんがあきれたようにいって、スカートのポケットに手をやる。莉里さんはここからケータイや手鏡を取り出す事は無いのは察せた。あんなに本気な声の莉里さんが知り合ったばかりの他人を冗談で路地裏まで連れてくるはずないって。中学のときから、そこのあたりのカンは妙にするどかったから、間違いないはず。
莉里さんは一気に出そうとせずに、ゆっくりとポケットから手を引き出す。その姿は、解答者を焦らして楽しんでるクイズの出題者のようだった。
だんだんとその正体が明らかになってくる。最初は 変な形をした黒い棒。でも途中から銀色に光る刃が見えてきた。正解はナイフだ。
「へえ、本当になんにも知らないなんてそんな事あるのかなぁ」
わずかに路地裏を照らしている日光の一部がナイフの刃に反射して白く光る。莉里さんはゆっくり、ゆっくりとこっちに近づいてくる。逃げられない。逃げても何も変わらない。それが分かってたから逃げなかったのかもしれない。
「そんなに隠しておきたい秘密なら、こうすれば教えてくれるかな?」
ずっとゆっくり動いていた莉里さんが一気にわたしにナイフを向けていた。その動きに躊躇がない。わたしは怖くて目をつぶって気をそらすことさえも忘れている。
結局わたしは何もできなかった。逃げるか、あきらめるしかできなかった。いつのまにか嫌われるし、大事な物はなくしちゃうし。せっかく友達ができても今は一人。わたしはこうすることしかできなかったんだ。
莉里さんがわたしを刺そうとしたその瞬間、辺りが暗くなった。日が暮れたというより、舞台が暗転したという表現が正しい。ここは路地裏。薄暗くても一応外のはずなのに。
刺されたような感覚は無い。それと同時にだれかがわたしの手を引っ張る。その手は高校生にしては小さ過ぎる、成長期を前にした子どものもの、莉里さんのではない。もしかして莉里さんの仲間?
「きて。マコはおねえさんのみかただよ」
声の高さは確実にまだ幼い子どもだった。まさかこんな小さい子に助けてもらうなんて。暗いから顔は見えない。だれかもわからない。でもこのまま止まってたら? 絶対に莉里さんに刺される。この子も危ない。わたしは手の引っ張りにつられて走り出した。
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またさっきのような事になるかもしれない。でも今は逃げるしかなかった。ただ引っ張られて右へ左へ不規則に曲がる。暗すぎて戻ってるのか、別の道なのかはわからない。でもかなり走った。多分さっきの二倍は軽く超えてると思う。
「もうそろそろだいじょうぶかな。つかれてない?」
あの子が手を放したとたん、さっきの明るさに戻った。やや日は傾いているけど、ずっと暗かったから今のわたしにはとてもまぶしかった。
「おねえさん、まだ時間ある?」
少し目線を下げると女の子がいた。初めてはなすはずなのに、どこかで見た気がする。
「うん、多分……」
場所は変わったけどまだ結局路地裏だし、今から帰っても遅くなるのは確実だし、多少なら大丈夫だろう。
「ねえねえ、さっきのあのおねえさんってだれか知ってる?」
「うん、名前だけなら」
わたしは女の子の目線に合わせてしゃがむ。女の子は小学生ぐらいだろうか、かわいい。
「マコはね、あのおねえさんを知ってるんだ。おねえさんにおしえてあげる。あのおねえさんはね……」
女の子は一回転した。おそらくはタメだろう。でもどことなくあどけない。一瞬だけ真後ろを向く。わたしの中の記憶の一瞬と女の子の後ろ姿が重なった。そうだ、この子は……その真相にたどり着くのとほぼ同時に女の子、マコちゃんが続きを言った。
「……《ちょうのうりょくしゃ》なんだよ」
思い出した、ゲームセンターにいた女の子だ。
今度は二ヶ月空きましたね……
私もブランク長くて書くのが大変でした。次回はいよいよ説明回。一ヶ月以内に更新できるように頑張ります。




