回想録…… 3 years ago
※今回残酷描写があります。苦手な方はご注意してください。
あの写真を撮ってから、あのペンダントをもらってから、お兄ちゃんが家を出てから一年が経った。中学になってからは、やっぱりお兄ちゃんのことを気にしている人もチラホラいたけど、特別変なことは言われなかった。
小学校の時よりも楽しかった。友達ももっと増えた。毎日がとても幸せだった。
でも一つだけ、気になっていたことがあった。教室のどこかでずっと一人ぽっちで座っている長い髪の女の子。クラスの中の一人、深尾 悦。なぜかクラスの人も学年の人も彼女には話しかけようとしなかった。一度話しかけようとしたら止められた。
「エツと喋るのはやめときな。アイツのヤラシイ癖が移っちゃうよ」
わたしを止めた子がいった言葉だった。でもわたしは友達になりたかった。あの子と話がしたかった。もしかしたらあの子は昔のわたしと同じなのかもしれない、そう思ったから。でも二人きりになんてなれなかった。
わたしの周りにはいつも誰かいた。気がついたらわたしはある女の子のグループの中にいた。そしてどんなときも出してもらえなかった。気がついたらそうなっていた。他のグループの人とはほぼ喋らない。どこのグループにも入っていない子はあんな風に一人ぽっち。周りからイヤな目で見られる。そんな暗黙の了解に気づいたのはかなり後のことだった。
ある朝、いつも遅刻十分前に学校に到着しているわたしにしては珍しく八時前に教室に入った。そこには悦ちゃんの姿があった。それ以外には誰もいない。今日なら話せるかも。わたしはすぐに行動に移した。
「おはよう悦ちゃん。いつも学校くるの早いの?」
わたしがそう言い終わる前に悦ちゃんは立ち上がって、教室を出ていった。途中
「あんたのせいだ」
といっていた。わたしはどうしていいのか分からず、その場に立ち尽くしていた。悦ちゃんはクラスのみんながほぼ揃ったぐらいの時間になると、何事もなかったかのように教室に戻ってきた。これが会話というのかどうかは分からないけど、悦ちゃんと話したのはこれが最初で最後だった。
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中学二年生になった。新しいクラスになった。去年クラスが離れてしまったハナちゃんと同じクラスになった。ハナちゃんとは別のグループだから今はあまり話さないけど、でも、うれしかった。そして、悦ちゃんも一緒だ。さらに転校生がやってきた。
その人はとても『カッコイイ』人だった。名前は佐谷田礼保。モデルのように細い体で、短い髪、鋭い目つきがとても印象的だ。短い自己紹介の間にクラスの男子も女子も、もちろんわたしも釘付けになった。
そのあとすぐ、ある子が「私達のグループに入らない?」と、礼保ちゃんを仲良しグループに誘った。でも礼保ちゃんは断った。そこのグループだけじゃない。全部のグループの誘いを断った。いつのまにか礼保ちゃんは『氷結の一匹オオカミ』と陰で呼ばれるようになった。
でも礼保ちゃんが一人ぽっちだったかと言われたらみんな『ノー』というだろう。礼保ちゃんは、『グループ』ではなく、『個人』と話していたからだ。わたしも一人でいた時に何度か話しかけられた。
その中でも礼保ちゃんが一番よく話かけていた人がいた。それが悦ちゃんだった。どのグループの子も、それが気に入らなかった。
クラスの女子達はグループごとに悦ちゃんをいじめはじめた。
最初は軽いグチを言うだけだった。でもある日、誰かが黒板に『エツのようなヤツには生きる価値はない』と大きく書いたのがきっかけで、悦ちゃんに対する嫌がらせが言葉から行動に移ってきた。
靴を隠されてたり、教科書にイヤな落書きをされたり、筆箱を窓から落としたり、机の上にゴミ箱の中身を置いたり、トイレ掃除のときには、同じ班の人がわざとらしく水をかけたりもした。
悦ちゃんが何か発言したり、動いたりするだけで笑い声やヒソヒソ声が聞こえてきた。悦ちゃんのチームが負けるとその原因や責任は全部悦ちゃんに押し付けた。クラスの女子は、悦ちゃんと同じ係やチームになるたびに、どんな嫌がらせをしようかと考えていた。いつしか悦ちゃんをにたくさん嫌がらせをした人が一番すごい人になった。
こんなことおかしいに決まってる。分かってるけどみんないおうとしなかった。そんなこといったら次はわたしがいじめられる番になる。みんな『第二の悦ちゃん』になりたくない、そう思っていた。そんな毎日が二ヶ月も続いた。
その異常な光景が日常となりつつあったあの日、『第二の悦ちゃん』が誕生してしまった。
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それは本格的な梅雨が始まって、外がこのクラスのようにジメジメとしていた日の出来事だった。
その日の朝、いつも通りに教室に入ったときにはもう遅かった。あの日に感じたあのゾワリとした違和感は今でも忘れられない。
わたしは教室に入って、いつも通り荷物の整理をした。教室やろうかではすでにいくつかのグループがわをつくりはじめていた。朝のおしゃべりのテーマは大体昨日の放課後にあったことについて。わたしは今朝の寝癖のすごさについて喋ろうと思っていた。こんなしょうもない話題でもみんな笑ってノッてくれる。それがとても楽しかった。
荷物の整理が終わると、わたしのいるグループのお決まりの場所、学級文庫の本棚の前にいった。いつもなら「よっす、サヨ」とか「ねーねー聞いてよ〜さっきの話がさぁ〜」とかそんなのが聞こえてくるはずだったのに、その日はそうじゃなかった。
「あ、ごめんねサヨさん。学級文庫の本取りたいんだよね」
そういってわたしの目の前にいた人達はわたしから距離をとった。それからわたしを見てクスクスと笑った。
昨日まではいつも通りだったはずなのに。みんなで楽しく喋ってたのに。そういえば教室に入ったときも誰からも「おはよう」っていわれてなかったなんで、どうして。昨日なにがあったの? わたしはまだケータイを持ってなくてチャットもしてないけど、その内容は電話とか学校で教えてくれたのに。
わたしは少し遠くにいる仲良しのみんなを見る。そのグループのわたしがいた位置は空いていなかった。そこには……悦ちゃんがいた。
それからは、悦ちゃんへのイジメが全てわたしにくるようになった。イジメは今までよりもさらにエスカレートしていった。
ある日は一時間熱いトイレの中に閉じこめられて、
ある日は机の上に大量の腐ったなにかが置かれていて、
ある日は出したはずの提出物が出されていないことになっていたり、
ある日はがんばってやった宿題がビリビリに破られた状態で返ってきて、
ある日は持ってきたお弁当がなくなっていた。
悦ちゃんはそんなわたしを見て笑っていた。「いい気味だ」とでもいうように。
ある日、また誰かに嫌がらせをされないようにと誰も使わない階段にいたとき、
「どうイジメられた気分は」
礼保ちゃんがわたしに話しかけてきた。
「礼保ちゃんはなにか知っているの?」
わたしはなにも考えることなく、すぐに聞いた。礼保ちゃんはためらうことなく教えてくれた。
「学校の裏サイトって知ってる? そこでね、エツは一年の頃からずっと色々と書かれていたの」
そういいながら礼保ちゃんはポケットの中からケータイを出して、そのことが書かれているページをわたしに見せた。今は校則がどうこうとかそんなことをいっている場合じゃない。わたしは画面を見た。
「最近エツのことばっかりしか話題がなかったんだよね。このサイト。でも、こんな投稿があったんだ」
礼保ちゃんは画面を操作して、さっきとは別のページを出した。そこに書かれていたのは、
『みんな、超大ニュース! 実は深尾 悦のウワサは全て、あの消えた不良の妹、二年三組十二番 佐倉 芳乃だって!!』
そこに書かれていたのは、間違いなくわたしの名前だった。
「わ、わたし、こんなことしてない……」
わたしは口を押さえて、そのケータイの画面を見た。思わず泣きそうになった。いや、多分泣いていた。
「そういうことなの。じゃ、がんばってね」
礼保ちゃんはどこかへ行こうとした。多分教室だろう。わたしは追いかけることもできなかった。「待って」と叫ぶことしかできなかった。礼保ちゃんは振り向かずに、
「こうしてサヨといるだけで私の株はさがんの」
とだけ言葉を残した。礼保ちゃんがいってしまってからしばらくして、
「あ、いたいた〜。おーい、サヨ〜」
階段の下からハナちゃんの声がした。わたしは階段を降りようとした。一段目の階段に足を出したとき、
階段から突き落とされた。なんとか受け身は取れたけど、なにも考えることができなかった。わたしの顔の上にはハナちゃんの顔があった。
「ちょうどサヨに渡したいものがあったんだ」
そういってハナちゃんは、いつのまにか持っていたバケツの中身をわたしに思いっきりぶちまけた。それは、とてつもなく臭い泥水だった。目の前からも上からも笑い声が聞こえてくる。今まで隠れていた人が次々と出てきて、わたしに泥水をかけていった。
わたしはびしょ濡れになったままカバンを取りに教室に行った。みんなは笑っていた。
「ざまぁみろ」
そんな悦ちゃんの声が聞こえた。わたしはただ黙っていた。
わたしは全速力で学校を出た。こんなところにいることができなくなった。小学校からずっと皆勤賞だったわたしが初めて早退した日だった。
それからわたしはずっと学校を欠席した。
かなり長くなってしまいました……。描写、大丈夫でした?
次回(裏)はあと一回だけ回想です。




