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トーストハプニング  作者: 谷村碧理
apple 落し物から始まる異能バトル⁈
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新しい季節に(表

 

 絶対絶命のピンチ、といったらみんなはどのような光景を思い浮かべるのだろう。


 ある人は地球の危機を思い浮かべるかもしれないし、またある人は大切な何かをなくしてしまうことを思い浮かべるのかもしれない。基準はかなり曖昧だ。そして僕にとっての絶対絶命のピンチは今この状況だった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 僕は自転車のペダルを全力で漕いでいた。始業のチャイムが鳴るまで残りは約二十分。だけどギリギリに来てみんなの笑い者にされたくなければそれよりも早く着かなければならない。高校生になって数日でそんなことにはなりたくない。どうしてこうなったのか、朝の出来事を思い出す。



 今朝は余裕を持って登校できるように早めに起きたはずだ。もちろん二度寝もしていない。でも気がついたら漫画を読んでいた。一向に治る気配のない癖のせいで朝の余裕は綺麗サッパリ消えてしまった。そこからネクタイを締めるのにものすごく苦戦した。で、気づいたら遅刻するかしないかのグレーゾーンな時間帯になった。以上、回想終わり。



 漫画に熱中して時間が無くなるのはいつものことだ。でもこれからはその癖をどうにかしないといけなさそうだ。


 そんな事を考えるうちに信号だらけのエリアを通過して、通学路のラスボスである急な上り坂の前まで来ていた。電動自転車なら登れそうなのだが残念なことに僕の自転車はそこまでハイテクではない。せっかく出したスピードがもったいないがここの坂は自転車を押して走った方が速い。自転車を降りて坂を登ろうと助走をつけた。その直後、僕は予想もつかない現象を目撃した。


「うあ、おっとっと……あ、大丈夫?」


 僕はそう言った。どうやら横の道から来た女の子とぶつかったらしい。肩にかかるぐらいの長さの髪で今僕が着ている制服と似たデザインの服を着ている。同じ学校なのだろう。そして彼女は、


()、はい、大丈夫です(はいひょうふえふ)


 何故かトースト(食パン)を口にくわえていたのだった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「あ、あの……本当にありがとうございます」


「いいっていいって。その代わりバレたら一緒に怒られるけど」


 そんなトラブルのあと、とりあえず坂を登り、お詫びとして彼女を後ろに乗せることにした。俗に言う二人乗りというやつだ。カッコつけて言ってみたものの二人乗りなんてこれが人生で初めてだ。多分これからの人生でも二度とやらないと思う。


 もしもこれで手こずって完全に遅刻したらどうしようとも考えたが坂を登りきったらほとんどが平坦な道なのが幸いして結構あっさりとできた。だけど重さがいつもの二倍あるからペダルが重い。かといって見過ごす訳にはいかないような気がしたので乗せることにした。


 ちなみにその彼女は僕の真後ろで食パンを食べている。他の人が見たらかなり驚くような光景だった。


「あの……本当に助かりました。入学してすぐに遅刻してしまうのかと完全に諦めていました」


 食パンを食べ終わった彼女はそう言った。どうやら僕と同じ一年生らしい。


「もしかして一年生? 僕もだよ。なら敬語じゃなくていいのに」


 彼女は引っ込み思案なのか、声も小さめで、あまり喋りたがらない。なのでこの二人乗りはかなり無言の時間が長い。なんか気まずい。だから話題を振ってみることにした。


「そういえば、さっきなんで食パンをかじりながら走っていたの?」


 僕はなるべく彼女の気を害さないことを意識しながらさりげなく聞いた。


「えっと、それは……」


 彼女は言葉を詰まらせる。やはり言いたくなかったのだろう。僕が慌てて前言撤回しようとしたとき彼女が一足先に口を開いた。


「わたし、家が遠くて通学に二時間とちょっとかかるの。だから朝起きてすぐに身支度をして家を出ても結構ギリギリなんだ。だからここでしか食べるタイミングがなくって……さすがに電車の中で食べる訳にもいかないし」


「寮とかにしなかったの?」


 一ついっておこう。僕はこの学校に寮があるのかどうか全然知らない。話を繋げるために適当にした質問なのだ。それでも彼女はちゃんと答えてくれた。


「ううん。そうしようかなとは思ったけどお母さんに高いからって言われちゃって……」


「じゃあなんでこの学校にしたの?」


 少し不思議な話だ。正直に言って僕達がこの春から通い始めた学校は学力はそんなに高くなければ特別低くもない。そして主に野球とサッカーに力を入れているけど、どちらも男子のみだったはずだ。特殊なコースがある訳でもない。どうしてそんな学校に片道二時間強もかけて来ているのだろうか? そんなささいな疑問が僕の頭の中をよぎった。


「わたしの学力で全額免除を取れたのがここしかなくて。これ以上親に負担をかけたくなかったから」


 返ってきたのは想像の斜め上をいく立派すぎる回答だった。滑り止めだからといって適当に選んだ私立高校に受かったからといって調子に乗って本命の公立高校に落ちてしまったどこかの誰かさんはさぞ驚くだろう。…………まあ僕なんだけど。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 そんな感じでかなりぎこちない会話を続けているうちに学校が見えてきた。ふと腕時計をみると始業五分前だった。なんとか間に合ってホッとした。私立活明高等学校。僕と彼女、それから大勢の生徒が通っている学校だ。といっても始業五分前なので校門周辺には人はそんなにいない。


 校門の近くで自転車を止めて彼女を降ろす。そのまま二人でしばらく歩く。不意に彼女が口を開く。


「あ、あの……今日は本当にありがとう」


 僕は彼女の素朴なお礼の言葉にどう返すべきか戸惑ってしまった。少し考えた後、僕は冗談を入れつつこういった。


「もう食パンくわえながら走るときは周りに気をつけろよ」


 彼女は表情を曇らせ小さく頷いた。何かまずかったのかもしれない。



 そんな冗談を訂正する間もなく別れの時が来た。彼女は昇降口へと歩き出した。もしかするとこれは夢だったのかもしれないと考えているうちに彼女の後ろ姿がだんだんと小さくなっていく。その時強い風が吹いた。大量の桜の花びらが舞い散り、より一層この場を幻想的に見せた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 この時僕は思ってもいなかった。まさかこの出来事が、これからたくさんやってくる絶対絶命のピンチのほんの始まりに過ぎなかったなんて。


 でも彼女は知っていたのかもしれない。僕達の高校生活は決して()()ではなかったことを。


 でも実際のところは分からない。でもこれだけは分かる。これは、個性豊かな子供達の不思議な不思議な物語だ。

本編スタート、主人公が登場です。まあ、しばらくはこんな感じです。どうぞよろしくお願いします。

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