4(完)
本日は2話更新です。
読み飛ばしのないようにご注意ください。
結局のところ、彼女が実在していた形跡は見つからなかった。
死体も、住んでいたはずの場所も、どこにも見当たらない。
何もかもが、曖昧なまま閉ざされてしまった。
確たる真実もろとも全てが。
もう戻らない。
僕は、彼女の死体があった場所に腰を下ろした。なんだか彼女と初めて出会った時も、こんな風に土に腰を下ろしていた気がする。気がするだけで、あんまり覚えていないけれども。
結局のところ、僕は何がしたかったんだろうか。
彼女の実在を確かめたかったのか、それとも魔女であることを確かめたかったのか。或いは死んでいるのを確かめたかったのかも知れない。
あれは本当に永遠の別れだったんだ、と自分自身に言い聞かせるために。
――でも、本当はもう一度見たかっただけなんだと思う。
僕は、彼女が笑うのをもう一度見たかったのだ。初めて出会った時のような、眩しいくらいの彼女の笑顔を。
そうだ。そうなのだ。
僕は、本当にあの彼女の笑顔が好きだったのだ。
とても綺麗で、見ているだけで泣きたくなるようなそれを。
彼女のことが本当に好きだったのだ、僕は。
――でも、もう彼女はいない。
僕は気が付けば泣いていた。子供みたいに大きな声を上げて、わんわん泣いていた。夜の闇を引き裂いてしまいそうなくらいに、胸の奥が苦しくて泣き喚いた。
止まらない。
涙腺を調節するバルブは粉々に砕けてしまった。
僕は泣きながら、彼女と死に別れた時に泣かなかったことを思い出す。
彼女が浮かべる最期の笑顔を崩したくなかったから、あの時に僕は泣けなくて。それっきり、彼女のために泣いてあげる機会を忘れていたんだと思う。
だから、僕は泣き続けた。
子供のように、ずっと、ずっと、いつまでも。
けれども。
「――やぁ、君。こんな夜更けにどうしたんだい?」
――ふと声が聞こえた。
聞くはずの無い声を。
聞こえるはずの無い声を。
永遠に失われてしまったはずの――彼女の声を。
「なんてね、冗談だよ。それにしても、随分と酷い泣き顔だね。そんなに悲しんでくれてたんだ。お姉さん嬉しいような悲しいような、ちょっと複雑な気分だよ」
僕は、夢を見ているんだろうか。
それとも、まだ現実の世界にいるんだろうか。
はたまた、自分自身に都合の良い虚構の中に足を踏み入れてしまったんだろうか。
わからない。
本当にわからない。
――でも、もうそんなのはどうだって良かった。
「――約束覚えててくれたんだね」
目の前には、彼女がいた。
最後に別れた時と何ら変わっていない。
ファンタジーな絵本に出てくるような黒ずくめの服装――黒いとんがり帽子に、黒いマントに、黒い靴。
いかにも魔女な格好だった。
「ボクのために、泣いて欲しいなって」
彼女はそう言って笑みを浮かべる。
可愛らしくて、本当に綺麗な笑みを。
ああそうだ。
――僕は、ずっとこの綺麗な笑顔を見たかったんだ。
「でも、もうそろそろ泣くのを止めて欲しいなぁ。うん。ボクのために泣いてくれるのは嬉しいけど、やっぱり君は笑ってる時の方が好きだな。確認してハッキリしたよ」
そうかな、と僕は問う。
そうだよ、と彼女は自信満々に頷く。
でも、少しだけ心配だった。僕は大人を自称できるほど年を取ってしまったから。自分の笑顔が変わってしまったかもしれないと思ってしまう。
「それなら、まずは試しに――ほらボクみたいに、笑って」
不安がる僕の背中を押すように、彼女は子供みたいに笑みをますます釣り上げた。
釣られるようにして僕は笑う。
無理矢理で自然な笑顔じゃ無いかも知れないけど、上手く笑えてきたような気がした。
「――うん、やっぱり、ボクの好きな笑顔だ」
そして、僕らは笑う。
深い森の中で夜闇に包まれながら、子供みたいに盛大に笑い合った。嬉しくて楽しくて、幸せだから笑っていた。
笑いながら、僕は思う。
笑い終わったらどんなことを話そう?
どんなことを聞こうか?
まずは彼女が実在しているのかどうかだろうか。それとも改めて魔女についてのことを詳細にだろうか。
あと、あの別れの時は何だったのかとか、あれはトリックだったのではないかとか、とにかく何もかもがわからないことだらけだから全部話して欲しいだとか。
ひょっとしたら目の前の光景はすぐに覚めてしまう夢でしか無いのかもしれない。そうだとしても、僕には充分だった。
それなら、と僕は一つ聞きたいことがあったので問いかける。
これが夢であろうと現実であろうと、都合の良い虚構であろうと何でも良い。
どうして僕を見つけた時に生きようと思ったのか。
その問いかけに、彼女は笑いすぎて泣きそうになりながらも、幸せそうに答えた。
「ボクは、君の笑顔を見たいから生きるんだ」
――それは、本当に綺麗で、僕の大好きな笑顔だった。
FIN.
――でも、もう少しだけ続きます。
物語は閉じ、別の視点へ。
そこから先を読むかどうかは、あなた次第。