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「待て」
暖炉の部屋まであと少しのところで、蒼汰は歩みを止めた。
「なに? どうしたの?」
不安そうに聞いてくるイリスを手で制し、蒼汰は暖炉の部屋の状況を闇御津羽を使い探る。
「さすがに音を立て過ぎたか。せっかく夜を待って抜け出したんだがな」
しばらくして蒼汰がボソリと呟くと、イリスに向け話を続ける。
「ちょっと掃除をしてくる。護衛にこいつらを付けておいてやるから、お前はここで待っていろ。終わったらこいつらを通して伝える」
そう蒼汰が言い終えると、突然目の前に二体の黒い騎士が現れた。
イリスは驚きのあまり、いきなり現れた黒い騎士を茫然と見つめ、固まってしまう。
この世界では見たことのない、洗練された意匠の鎧を身に付けた二体の黒い騎士――武甕雷は、右手を胸に当て、この世界の騎士の礼をイリスに向け行った。
イリスと武甕雷とのやり取りを横目に、蒼汰はそれ以上何も言わず、一人暖炉の部屋に向かい歩き出した。
暖炉の部屋には、十八人もの騎士が詰めかけていた。
大きな物音に気付き、この部屋に駆けつけた騎士たちが、入り口の仲間の死体と共に暖炉の隠し通路を発見したのがつい先ほど。
元々ここはサンチェス将軍専用の特別休憩室ということで、一般兵は立入禁止とされていた場所である。そのため、今ここに集まったのは、全員が正騎士以上の地位を持った者たちだけであった。
だがこれだけの数の正騎士がいても、この隠し通過について知る者は誰一人おらず、ここにいる者たち全員が、多かれ少なかれ戸惑いの表情を浮かべていた。
数も集まり、ようやく隠し通路への突入を決行しようとしたその時、その隠し通路の奥から漆黒の鎧を纏った男――蒼汰がゆっくりと歩き姿を現した。
「そこで止まれ!! 貴様、いったい何者だ!? それにその奥はいったいなんなのだ!?」
隊長らしき騎士の誰何に蒼汰は表情一つ変ず、何も応えることもなく、天羽々斬を片手に部屋の中に足を踏み入れていく。
「貴様!! 止まれと言ったのが分からんのか!!」
歩みを止めぬ蒼汰に威嚇のためか、騎士隊長は怒鳴るように命じ、それに合わせるように、騎士隊長を除いた十七人の騎士が、蒼汰を扇状に二重三重に囲んでいく。
それでも蒼汰は歩みを止めない。視線のみで騎士たちを牽制し、一人悠然と部屋の中を進む。
苛立たしげにその行動を見た騎士隊長は、遂に攻撃命令を下した。
「手足の一、二本は構わん! 生きたままその男を引っ捕らえよ!!」
騎士隊長の命により、一斉に動き出す騎士たち。
そんな騎士たち中でも、蒼汰の正面に対峙していた騎士が最も早く蒼汰に攻めかかる。
――だが次の瞬間、その騎士は首元から大量の血を撒き散らし崩れ落ちた。
「なッ!?」
騎士たちが見たものは、凄まじい速度の剣閃。訓練され鍛え上げられた騎士だからこそ分かる、目の前の男の凄まじさ。しかもその振るった剣は自分たちでは扱うことができそうにないほどの大剣。
故に騎士たちの中に一瞬にして動揺が広まる。
動きを止めた騎士たちを無視するように、蒼汰はさらに歩みを進める。
「怯むな!! 囲め! 敵は一人、複数で同時に当たるのだ!!」
騎士隊長は、動揺のあまり動けなくなった部下たちを、叱咤し命令する。
隊長の檄で騎士たちは気持ちを立て直し、上官の命令を忠実に遂行するべく蒼汰を五人で囲む。
これなら何とかなる。騎士隊長が思った刹那、蒼汰は天羽々斬を横薙ぎに一閃。五人の騎士は一刀で両断され地面へと転がった。
その凄まじ光景を見た騎士たち全員が、今なにが起きたのか、一瞬理解できなかった。
起こった事は単純。目の前の男が剣を横薙ぎに一振りしただけ。だが結果が理解できない。
プレートメイルを身に付けた五人の騎士が、たった一振りで、プレートメイルもろとも切断されたのだ。いったいそんな事が本当に可能なのか?
現実に目の前で起きているにもかかわらず、どうしてもそれが理解できない。いや、理解したくない。そんな思いが、騎士たちからありありと伝わってくる。
茫然と立ち尽くす騎士たちを尻目に、斬り殺した騎士たちによって作られた血と臓物の海の中、蒼汰は悠然と歩み進む。
「クッ、行かせん、行かせはせんぞ! 怯むな!! 敵は一人、全員でかかれ!!」
蒼汰を睨み、騎士隊長は覚悟を持って最期の命令を下した。
◆◇◆
蒼汰が出ていってから五分が過ぎた頃、イリスを護衛していたはずの武甕雷たちが、蒼汰のあとを追うように歩きだした。
「あれ? 黒騎士さん、もしかして、もう終わったの?」
恐る恐るイリスは尋ねるが、武甕雷たちは答えることなく、暖炉の部屋に向け、歩みを進めていく。
さきほどまで聞こえていた怒号や、剣戟の響きが今しがた止んだ。そのすぐあとに、蒼汰が残していった黒騎士たちが動き出したのだ。そうなると、自ずと答えは出てくるというもの。
「終わったら、黒騎士さんを通して伝えるって言ってたわけだし、それじゃあたぶん、〝終わった〟ってことでいいんだよね……これ」
状況を見て、一人呟き考えていたイリスだったが、物言わず先をドンドンと進んでいく武甕雷の姿に、「まあいいや。黒騎士さんについてこ」と決めると、慌てて武甕雷のあとを追って飛んでいった。
「えっ!?」
隠し階段を上りきり、暖炉の部屋に広がる光景を見た瞬間、イリスは驚きのあまり口を開けたまま固まった。
屍山血河――まさにそんな光景が、イリスの目の前に広がっていたのだ。
バラバラとなり死屍累々と横たわる騎士の死体。床を赤黒く染め上げる血の海。そんな凄惨な光景の中、もの哀しげな表情で一人立つ蒼汰の姿。
そんな地獄もかくやという光景を見たイリスだったが、何故か怖さや嫌悪感という負の感情よりも、まるで美しくも神々しい、英雄を描いた一枚絵の名画を見たような、そんな感動にも似た感情に襲われていた。
自分でもこんな凄惨な状況で、何故そんな感情が浮かんできたかイリス本人にも分からかった。だが蒼汰の後ろ姿に、昔話に聞く英雄の姿が重なったのは確かであった。
「またすぐに衛兵が来る。移動するぞ」
また、という言葉通り、先ほどの戦闘中にも、援護に駆けつけてきた騎士がいた。
本来蒼汰は、標的であるメスト・サンチェス以外とは、極力戦闘を避けるつもりではいた。だがだからといって、目の前に立ち塞がる者には、一切容赦をするつもりもなかった。その覚悟もとうにできているのだ。
もちろん好き好んで人を殺しているわけではない。だからこそ、ここまではできるだけ目立たぬよう、行動しようとしていたのだから。
(できれば、すんなりとサンチェスの下まで行けられたらいいんだが……まあ無理だろうな)
と、そんな思いを胸に蒼汰は移動を開始する。
惚けたように立ち尽くしていたイリスも、蒼汰に言葉で我にかえり、すぐに武甕雷たちと共に蒼汰の後ろをついていくのであった。
◆◇◆
深夜とはいえ、ここは千余名の兵士が詰めるオルテイブ要塞の内部。一度誰何の声が響き渡れば、兵士たちが雲霞の如く押し寄せて来るのが当然であった。
つまり蒼汰たちは今、次々と集まる兵士たちの中心にいた。
蒼汰たちは、幾重にも重なり囲んでいる兵士たちを、視線のみで牽制しつつ、止まることなく歩き、廊下を進んでいた。
だが兵士たちは、そんな蒼汰たちを囲みながらも攻撃を仕掛けることができないでいた。それどころか蒼汰たちの歩みに合わせ、恐怖に彩られた表情を露わに、一定距離を空けてついていくことしかできないでいた。
始めは女を含む少数の侵入者と侮った兵卒たちが犠牲になった。
侵入者たちの戦闘力、いや、先頭を進む蒼汰の戦闘力は凄まじく、兵卒は誰一人、近付くことすらできず、ただただ無残にも命を散らしていった。
続いて蒼汰たちの前に立ちはだかったのは、正騎士の位を持つ者たち。兵卒であれば二十人でも三十人でも同時に相手どれるほどの猛者たちである。
だがそんな猛者たちであっても、蒼汰にとっては兵卒と差して変わらない。金属製の鎧を身に付けた騎士たちが、まるで試し斬り用の藁にでもなったかのように、鎧もろとも斬り飛ばされていったのだ。
ならばと目の前の化け物を避け、後ろに控える女――イリスに襲いかかろうとする兵士もいた。だが、女の傍に控える黒い騎士――武甕雷によって、結局は命を失うことになった。
兵士たちにとって、それはまさに悪夢のような存在だった。
そんな悪夢を目の当たりにした兵士たちが、悪鬼羅刹の如く、圧倒的な強さを見せる侵入者に、戦いを挑むことなどできるはずもなく、かと言って兵士としての責任感からか、この場から逃げ出すこともできず、ただただ一定の距離をとりついていく、という現状が出来上がっていた。
◆◇◆
それは四階へと続く階段ホールに差しかかった時だった。
「何をしている、馬鹿ども! 道を空けろ!!」
落雷を思わせる怒鳴り声がホールに響き渡った。
「おお、ゾルト団長だ!」
「大戦斧のゾルト団長だ!」
「すぐに道を空けろ。すぐにだ!!」
怒鳴り声に合わせ、そこかしこから声が上がり出すと、蒼汰の前を塞ぐ兵士の壁が割れていき、一本の道が姿を現わす。
道の先に待ち構えていたのは、身の丈ほどの巨大な戦斧を担いだ、二メートル超えの巨漢の騎士だった。
「貴様らが何者かは知らんが、ここまでのことをしておいて、無事で帰れると思うなよ!!」
美声とは程遠い声。だが上に立つ者としてゾルトの声は力強くカリスマ性を帯び、聞く者全員の心を奮い立たせる力があった。
これにより、折れかけていた兵士たちの心に再び火をつけた。一斉に湧き上がる歓声、沈みきっていた兵士たちの士気は、一気に跳ね上がたのだ。
その光景に満足したのか、ゾルトは悠然と頷くと、蒼汰たちに向け歩き出した。
「我が名はゾルト・ムーア。オルテイブ要塞におて、第一騎士団の長を任されている者。ここを通りたければ俺を倒してゆけ!!」
それはまさに、経験と実績を積み上げてきた、強者のみが言える言葉だった。
そんな強者に対し蒼汰は、愛剣天羽々斬を構え対峙する。
「では、押し通る!」
蒼汰の言葉を合図に、二人の距離は瞬時に失われる。
ホールに響き渡る剣戟の響き。――そして鎧を纏った人間が倒れる音。
数えきれぬ兵士で埋め尽くされ階段ホールは、その瞬間静寂に包まれた。
あり得ない。全員がそんな表情をありありと浮かばせる。
大戦斧のゾルト。彼はこの要塞の兵士とって、まさに強者の象徴であった。
ゾルトに勝てる者は、このオルテイブ要塞にておいて、将軍であるメスト・サンチェスただ一人だけ。
そんなゾルトが、今は頭部を失い、自ら作り出した血溜まりの中で倒れている。
戦いは一瞬だった。
振り下ろされた天羽々斬と大戦斧が激突した瞬間、体型で上まわっていたはずのゾルトの大戦斧が大きく弾かれた。
次にゾルトの目に映ったものは、振り下ろされる天羽々斬の剣先。
ゾルトが見た、最期の光景だった。
静寂が包む階段ホールに、蒼汰たちの足音だけが響く。
誰もが言葉を失い、現実を受け入れられずに茫然と立ち尽くしていた。
蒼汰たちは四階へと続く階段に足をかけた。だがそんな蒼汰たちを追おうとする者は、誰一人としていなかった。
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