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黒の勇者 ―逆襲のゴーレム使い―  作者: 丸瀬 浩玄
第一章 勇者の残滓
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注:残酷な描写あります

 そこには、目を覆いたくなるような凄惨な光景が広がっていた。

 壁沿いには、全裸で逆さ吊りにされた若い女性が幾人も並んでいた。その女性たちは一様に腹を引き裂かれ、ハラワタが取り出された状態であった。

 絶望と苦痛に歪む死顔を見ると、彼女たちがどのように殺されたのか想像するに難くない。

 視線を別の方に移せば、手足を切断された女性たちの死体が、折り重なるように積まれてあった。

 他にも鉄の処女(アイアン・メイデン)で全身を串刺しにされたかのような女性の死体。頭を割られ脳を取り出された女性の死体などが、そこかしこに積まれている。

 部屋の奥に視線を移せば、作業台のような物が置かれているのが目にはいった。

 その上には唯一の生き残りと言える女性の姿があった。ただ、彼女もまた四肢はすでに切断されており、声にならない呻き声を上げながら、虚ろな目で天井を見つめ涙を流しいていた。

 その表情から、彼女はすでに〝壊れている〟と、嫌でも分かってしまう。

 拷問部屋。そんな言葉すら生ぬるい光景が、そこには広がっていた。

 そんな胸糞悪い光景の中、部屋の奥で人骨で作られた椅子に座り、こちらを観察するようにじっと見つめる者がいた。



 そいつは、人とは思えぬ雰囲気を持った男だった。

 異様なまでに痩せ細った体は、病的なまでに青白く、まるで生気が感じられなかった。

 男の顔を覆い隠すように長く伸びた白髪の所為で、その表情は窺い知ることができないが、髪の隙間から覗くその目は、落ち窪んだ眼窩の中、異様な光を放ち、蒼汰の様子を窺うように見つめていることだけは分かった。


「お前が、メスト・サンチェスか?」


 距離にして約七メートル。それだけの距離を置き蒼汰は男に問いかけた。


「何を思って、そんな突飛なことを思ったのかは知らないが、私はサンチェス様ではないよ」


 (しわが)れた声ではあったが、男が発した言葉は、その異様な容姿からはかけ離れた、理知的なものだった。


「私の仕事場に、勝手に入ってきて、君こそ誰なんだい?」

「お前は何者だ?」


 蒼汰は男の誰何には一切答えず、逆に威圧を込めて誰何する。


「私の質問に答えないくせに……何とも失礼な侵入者だ。まあいい、ここを見た以上、どうせ死んでもらうことになるのだ、それぐらいは答えてあげてもいいだろう」


 男は椅子に立て掛けてあった、血塗れの大きな肉切り包丁を手にして立ち上がる。


「私の名はハイメル。サンチェス様専属の料理人(・・・)さ」


 男の口角は異常なまでにつり上り、およそ人間とは思えない、不気味な笑みを蒼汰に向けた。

 蒼汰は男の言葉を聞いた瞬間、全身が粟立つのを感じた。

 目の前の男――ハイメルはここを仕事場と言った。そして自分がサンチェス専属の料理人だとも……

 つまりここにある女たちの死体は、メスト・サンチェスに出すための食材であると、あんに言っているのだ。

 死徒は確かに人を喰うことがある。だが、喰う必要はない。

 彼ら死徒が人を喰うのは、生きるためではなく嗜好品としてだ。言ってみれば酒やタバコのようなもの。必要ではないが嗜みたいと思うものと言ったところだろうか。


 死徒には大きく分けて二種類いるとされている。

 一つは死界(カーズヘル)と呼ばれる彼らの世界からやってきた原種。もう一つは、この世界の人間が突如として死徒へと変異する変生種。

 本来人を喰らうのは前者である。元々人間であった後者は、カニバニズムとも言える嗜好を持った者は少なく、人を食すことはまずない。それなのに……である。

 状況から考えて、メスト・サンチェスは後者に当たる変生種であるはずだ。

 どういう経緯で死徒になったかまでは分からないが、メスト・サンチェスが三年ほど前に、死徒になったことは間違いないだろう。

 そしてこの隠し部屋を見る限り、そんな元人間であるはずのメスト・サンチェスが、食人を嬉々として行っているということ……

 そこまで思い至った蒼汰のメスト・サンチェスへの嫌悪感は、察するに余りあった。



 蒼汰はすぐに行動を開始する。

 ただ蒼汰が向かったのは、ハイメルの下ではなく、唯一生き残っている女性の下へだ。

 ハイメルなど眼中にないかのように、女性の下にゆっくりと向かっていく。そんな蒼汰の姿に何かを感じ取ったのか、ハイメルは目で追うだけで動こうとはしない。

 女性の下にたどり着いた蒼汰は、彼女の肩に手を置き「すまない」と一言呟くと、背中に背負っていた大剣を振り上げ、女性の首目掛け振り下ろした。


「何をするのだ君は、それはまだ仕込み中(・・・・)だったんだぞ」


 元々予想済みの行動だったのか、ハイメルは余裕の態度を崩さなかった。それどころか〝仕込み中〟という言葉をワザと強調して、蒼汰の感情を煽った。


「仕込み中……だと?」

「そうだ。人間の肉は、恐怖や絶望といった負の感情を持てば持つほど旨味が増す。肉は熟成が大事なのだよ。その食材はまだ――」

「黙れ!!」


 自慢げに話すハイメルに、蒼汰の怒気の込もった声が飛ぶ。


「何を――」

「黙れと言ったんだ! もうお前と話すことは何もない。すぐに殺してやる!!」

「誰を殺すというのだね。人間ごときが舐めるな。私はサンチェス様より力を頂いた超越者なのだ。貴様ごときが私を殺せるわけがなかろうが!」


 不機嫌さを露わにしたハイメルは、巨大な肉切り包丁を片手に、五メートルはあるであろう蒼汰との距離を一気に飛び襲いかかってきた。


 金属同士が互いに削り合う音が部屋中に響きわたり、激しく散った火花が部屋を明るく照らす。

 ハイメルによる電光石火の一撃を、蒼汰はこともなげに愛剣、天羽々斬(アメノハバキリ)で受け止めたのだ。

 まさか受け止められると思っていなかったのか、ハイメルは驚きの表情のまま動きを止めた。

 そんな大きな隙を蒼汰が見逃すはずがなく、動きを止めたハイメルの腹に鉄靴を蹴り込んだ。

 およそ人間が放ったとは思えない威力の蹴りに、吹き飛んだハイメルは先ほどまで座っていた骨製の椅子を巻き込み石造りの壁に突っ込む。

 骨の椅子の残骸に埋もれ倒れているハイメルに、蒼汰はわざわざとゆっくりと歩き近付いていく。


「き、貴様……許さん! 絶対に許さんゾオオオオ!!」


 勢いよく起き上がったハイメルは、怒りの咆哮を上げた。同時に異様なまでに痩せ細っていた体は急激に隆起しはじめ、大鬼人(オーガ)すら凌駕するほどの肉体にふくれあがる。

 さらにギリギリ人間だといえたハイメルの顔が、今では口が大きく裂け、鋭い牙が無数に生え出し、眼球がカメレオンのように飛び出すとくすんだ金色に染まった。


「やっぱり人間辞めてたみたいだな。いや、なるほど、イリスが言っていた混じってる、って意味がようやく分かったよ。あんた、寄生されてるな、サンチェスに。道理でいろいろぶっ壊れてると思ったよ」

「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す……」

「そうなると、理性もぶっ飛ぶみた――」


 蒼汰の言葉を遮り化け物とかしたハイメルが、野生の獣のように飛びかかってきた。

 蒼汰は咄嗟に体を捻って、それを躱す。

 ハイメルは勢いそのままに、後ろの壁に轟音を響かせながら激突した。だがハイメルはその程度では止まらない。

 激突の衝撃で舞った土煙を切り裂き、ハイメルは再び蒼汰を襲わんと飛びかかり、全体重を乗せ肉切り包丁を振り下ろす。

 蒼汰はわずかに体を逸らすだけでそれを躱しさらに逆撃――肉切り包丁を持つ腕目がけ、天羽々斬(アメノハバキリ)を斬り上げた。


「ウガアアア!!」


 肉切り包丁と共にハイメルの右腕が飛び、肩口からはドス黒い鮮血が噴き出す。

 突如襲った激痛にハイメルは悲鳴を上げ、部屋全体の空気を揺らした。

 蒼汰の攻撃は止まらない。

 返す刀で天羽々斬(アメノハバキリ)を袈裟懸けに一閃。大量の血しぶきが舞う。

 ハイメルは噴水のように血を噴き上げながらたたらを踏み数歩後退すると、力尽きたのかゆっくりと自ら作り出した血溜まりの中に両膝をついた。


「へえ、今のでまだ死なないのか、まがい物にしてはタフだな」


 膝をつき傷を抑え、苦しげな表情を見せるハイメルを、蒼汰は冷めた目で見下ろした。


「……き、貴様……いったい、何者だ?」


 ハイメルは恐怖と憎しみが入り混じった目を蒼汰に向けた。

 だが蒼汰はその問いに答えることなく、ハイメルの頭上に天羽々斬(アメノハバキリ)を振り下ろした。



 部屋には、再び静寂が戻った。

 血に濡れた天羽々斬(アメノハバキリ)を一振りして背中に収めた蒼汰は、頭から真っ二つとなったハイメルの死体を見つめた。

 そしてすでに事切れているハイメルに向け、彼の最後の問に答えるかのように呟いた。


「……俺は、復讐者だ」


 それは一見感情のこもらない淡々とした声に聞こえた。だがもしこの場に、感情の機微に敏感な精霊であるイリスがいたのならば、蒼汰から発せられたドス黒く渦巻く負の感情を感じ取り、恐怖に体を震わせていただろう。

 蒼汰は最後にハイメルを一瞥すると、踵を返し二度と振り向くことなく隠し部屋をあとにした。



「ソータ、終わった?」


 出会った時のように、両膝を抱えて座って待っていたイリスは、蒼汰の無事な姿を見て、安堵の表情を浮かべながら聞いてきた。


「いや、まがい物だった。次を探す」


 それだけ答えると、蒼汰は暖炉の部屋に戻るため階段を上がっていく。

 そんな蒼汰の背中を見たイリスは、何かを感じ取ったが「りょうかーい」とだけ答え、それ以上何も聞かず、飛んでそのあとを追いかけたのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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