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ランプの灯りと月明かりに照らされた廊下を、蒼汰とイリスは進んでいた。
場所はオルテイブ要塞一階の廊下。
無警戒進んでいるように見える二人だが、実際には彼らの周りに三体の闇御津羽が潜んでおり、油断なく周辺警戒を行なっている。
そんな中、蒼汰は今回の作戦が思いの外上手くいったことに思いを馳せ、わずかに口角を上げた。
元々このオルテイブ要塞には、正面から入るのは不可能だと分かっていた。
その為、何か方法がないかと考えた蒼太は、買い出しの際、街で聞いた情報を利用することを思いついた。
その情報とは、城主であるメスト・サンチェスの異常なまでの警戒心であった。
以前から多少傲慢な所はあったようだが、それでも厳格で有能だと言われていたサンチェス将軍が、二年ほど前から、突如人格が変わったように人を信じなくなったのだという。
そのためそれ以降、オルテイブ要塞都市内では、サンチェス将軍の話はご法度となり、もしサンチェス将軍の事を探る真似でもしようものなら、間者として捕らえられ厳しい処罰が下されるようになった。そしてその厳しい処罰とは、当然とばかりに処刑であった。
それでも一年前までは、ここまで酷い状態ではなかった。それが今から一年前、蒼汰自身も関わった、国の屋台骨を揺るがす程のある大事件をきっかけに、箍が外れたかのように一気に酷くなったと言われている。
そんな恐怖政治ともいえることを行えば、当然街から人は離れていく。街に活気が無いように見えたのもこのためだった。
この話を聞いて蒼汰が考えたのが、サンチェス将軍の恐怖体制を利用し、わざと衛兵に捕まることで要塞内部に入り込む、というものだった。
そうと決まれば、実行はさして難しいものではなかった。
あえて治安の悪い場末の酒場におもむき、サンチェス将軍についれ聞いてまわる。ただそれだけで、小遣い欲しさに誰かが衛兵に密告してくれる、という流れである。
そこからは、既定路線を進んでいくだけでいい。
翌朝、早速密告を受けた衛兵が、宿まで押しかけ蒼汰を拘束。そのまま地下牢まで連行され投獄。その際蒼汰は、闇御津羽を牢屋の外に忍ばせ、夜まで待機させた。夜がふけると共に、牢屋の外に忍ばせていた闇御津羽を動かし、看守の抹殺と牢屋の鍵の奪取を敢行。
そして今に至る、というわけだ。
まさに作戦通り。蒼汰自身、正直ここまで上手くいくとは思っていなかった。それだけに、表情が綻ぶのも仕方のないことだろう。
「なんか悪い顔してる」
そんな蒼汰の顔を見て、イリスがボソリと呟いた。
蒼汰は表情を改めながらイリスを睨みつけると「まだ死徒は見つからないのか?」と詰問する。
「イヤイヤイヤ、ムリムリ、そんなすぐには無理だから。そもそもサンチェス将軍って、この要塞で一番の偉い人でしょ。そんな偉い人が、こんな一階にいるわけないよ。だいたい偉い人は上の方にいるもんでしょ」
イリスは焦った様子で上を指差す。
そんなイリスを一瞥し「上に向かう」と一言告げ蒼汰は再び歩き出した。
「りょ、了解でーす」
あまり蒼汰の迫力に冷や汗を垂らしながら、イリスは蒼汰のあとを追った。
途中何度か哨戒中の兵士を発見したが、無視できる者は無視をし、それができない者は闇御津羽によって始末をして進んでいく。
地下牢から脱走し三十分がすぎた頃、蒼汰たちは全四階からなるオルテイブ要塞の三階にたどり着いていた。
そんな中、イリスが蒼汰を呼び止める。
「死徒の臭いがするよ」
丁度、丁字路に差し掛かった所である。
「どっちだ?」
「左から。この前すれ違った死徒の臭いで間違いない、と思うんだけど……」
「どうした、何か気になる事でもあるのか?」
「なんというか混じってる? んーやっぱよく分かんない」
「どういうことだ?」
「なんていうか、たぶんサンチェス将軍の臭いで合ってるとは思うんだけど、別の何かが混じってる、って感じみたいな?」
顎に人差し指を当て小首を傾げるイリスに、「取り敢えず了解だ。まずは行ってみる」と蒼汰は伝え、廊下を左に進み始めた。
廊下を奥に進むにつれ、等間隔に並んでいたランプの数が減っていく。さらにこの廊下を進みはじめてから、一度も哨戒中の兵士に会わなくなった。
そんな薄暗く静寂に包まれた廊下は、一種の独特な雰囲気を醸し出していた。有り体に言えば不気味ということだ。
(何かあるな)
そう思いながらしばらく進むと廊下は右へ折れていた。蒼汰は闇御津羽を先行させ状況を探る。
廊下の先には鉄製の扉があった。そしてその前には鎧姿の正騎士らしき男が二人、まるで門番のように立っていた。
警備をしている男たちは、騎士らしくプレートメイルを身に付けてはいたが、視界確保の為か、ヘルムなどは被っていない。
蒼汰はそれを確認すると、すぐさま二人の騎士の排除に動きだす。
静寂が包む薄暗い廊下の天井を、二体の闇御津羽が音もなく進んでいく。
本来であれば、騎士の視界に二体の漆黒の蜘蛛が映っているはずなのだが、闇御津羽が放つ認識阻害の魔法により全く気付く様子はない。
天井を進む闇御津羽は、やがて二人の騎士の頭上を通り過ぎ、壁をつたい背後に回り込む。
そして数秒後、二人の騎士はビックとわずかに痙攣したあと、突如糸の切れた操り人形のようにその場で崩れ落ちた。
そんな倒れた騎士の背後から、レイピアのように体を変形させた二体の闇御津羽が現れ、すぐに何事もなかったように元の蜘蛛の姿へと形を変えた。
騎士が倒れたのを確認した蒼汰は、無言で奥に進む。イリスもその後ろを何も言わず緊張した面持ちでついていく。
騎士の死亡を確認した蒼汰は、この死体をどうするか少し考え、ここなら問題ないと判断すると、そんまま放置することをイリスに伝え、奥に続く鉄製の扉に手をかけた。
◆◇◆
そこは異様な雰囲気を持った部屋だった。
ダンスホールのような広い部屋の中央に大きなテーブルが一つと、それを挟み向かい合いうように二脚の椅子が置かれてあった。
他に目に付くものと言えば、奥の壁に据え付けられた、大きな暖炉だけだろうか。
ただ、何よりこの部屋を異様に感じさせるのは、これだけ広い部屋にもかかわらず、窓が一つも見当たらないということだろう。
柱ごとに申しわけ程度に設置されたランプの灯りを頼りに、二人は部屋の中を進む。
「おい、臭いは何処からだ?」
部屋の奥を睨みながら、蒼汰はイリスに聞く。
「奥からだよ。たぶんあの暖炉」
イリスは奥に据え付けられている暖炉を指差した。
蒼汰は頷き暖炉に向かって歩き出す。
近くで見る暖炉は、とても綺麗だった。それこそ一度も使われた形跡がないほどに。
「やっぱり、この中から臭いがするよ。でもどこから……」
目に映る暖炉は、大きい以外特に変わった所がないように見える。だが、確かにこの暖炉の奥から死徒の臭いがする。何か仕掛けがあるはずだとイリスは穴が開くほど暖炉を観察し始めた。
そんなイリスに目もくれず、蒼汰は暖炉に触れそのまま魔力を込め始めた。
「えっと、いくらなんでもそんな単純な……」
蒼汰を見て、イリスはこらから起こるであろうことを想像する。そしてその想像はいとも簡単に現実となった。
ガコンと暖炉の奥から何かが動いた音が聞こえ、暖炉の中の壁がせり上がり出し、目の前に下へと続く階段が現れたのだ。
「うわー、ベタだなー」
と、イリスがガッカリしていると、階段の奥から吐き気を伴うすえた臭いが漏れ出てきて、二人は思わず顔をしかめる。
「うん、絶対中にいるよ」
階段が現れたことでより確信を持ったのか、気を取り直したイリスは、悪臭に鼻を摘みながらも胸を張り自信ありげに断言する。
蒼汰はイリスの言葉に頷くと、現れた階段へと足を踏み入れた。
階段は思いの外広いようで、短かめの剣で有れば振り回すことが可能な程度の広さがあった。
わずかに右に弧を描くように降りていく階段を慎重に進む。
奥に進むにつれ濃くなっていく悪臭と、途中途中に設けられている光量の少ないランプが、奥に進む者に、徐々に不安感をつのらせていく。
時間にして一分ほど降りたところで階段は終わりを告げ、ひらけた空間が現れる。
階段が彎曲していたこともあり、蒼汰たちのいる場所からは、中の様子を窺い知ることはできない。
蒼汰は例の如く、闇御津羽を使い、先にある空間を探らせた。
すぐに送られてきた闇御津羽からの情報に、しばらく難しい顔をしていた蒼汰だったが、次第にその表情が強張っていく。
「ソータ?」
そんな蒼汰の様子に不安を覚えたのか、イリスは蒼汰の外套の端を掴み声をかけた。
その声に蒼汰は、闇御津羽から意識を戻すと、イリスを見つめ「お前はここで待っていろ。絶対に来るな」と一方的に言いつけ、イリスをその場に残し奥へと一人歩みを進めていく。
「ちょ、ちょっとソータ――」
イリスは何か言おうとしたが、怒気をはらんだ蒼汰の後ろ姿に何も言えず、ただただ見送ることしかできなかった。
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