12
「事実確認は出来ました。マリンガムの件、改めてお詫びとお礼を申し上げます」
「気にしなくていい。というか、一国の王ともあろう者が、そんな簡単に頭を下げていいのか?」
「構いません。その為に謁見の間ではなく、このような場所で話し合いの場を設けたのですから」
「色々と考えてるんだな」
「ええ、立場というものが有りますんので、一応」
蒼汰とのやりとりに、ヒルデガルドは思わず苦笑いを浮かべそうになりながらも、「それよりも」と話題を変えた。
「東城雅人の件ですが、貴方が言っていたグリードと言う名の死徒ついて、一件だけ情報が有ります」
「……」
蒼汰の目がわずかばかり鋭くなる。
「陛下、ここからは私が説明をいたしましよう」
そう言って前に出てきたのは、首席宮廷魔術師をしているテオドール・フォン・ベルムバッハだった。ベルムバッハはヒルデガルドからこの場を引き継ぐとグリードの情報について説明を始めた。
「あの襲撃の日から丁度十日後、王国北部にあるフライムという町を拠点にしている傭兵団が、グリードを名乗る鳥頭の死徒に襲われた。そこそこ名の知れた百人規模の傭兵団だったが、ほぼ壊状態だったらしい。生き残った者の話だと、ソイツはまるで何かを試すように、色々な攻撃手段で攻撃してきたという事だ」
(手に入れた勇技の試運転、ってところか)
今の話とあの時の雅人の様子から、蒼汰はそう当たりをつけた。
「……他に情報らしい情報はないんだな?」
「ああ、申し訳ないがない。強いて言うなら、北へ向かった可能性が高い、ということくらいだろうか」
「何でだ?」
「大陸の北部に〝漆黒の森〟があるからだ。死徒のとの戦いが本格化すれば、必ずそこに死徒の拠点が現れる。東城が死徒と言うならば、そこを目指すのは自然の流れだかな」
「ああ、そんな話聞いたことあるな。なら奴がいるとすればそこか……」
「いや、あくまでもそうじゃないかと言う予想だ。それに七大罪の死徒が揃わない限り死徒の拠点は姿を現さないとも言われている。であれば七大罪が揃わぬ現状、まだ向かってすらいない可能性も十二分にある」
七大罪の死徒には、前大戦で二つの空席ができていた。
一つは〝強欲の死徒〟――だだしこれは、すでに雅人がその席を埋めた事が分かっている。
もう一人は〝傲慢の死徒〟――前回の大戦では最も多く人類を殺したと言われている死徒だが、その大戦で勇者に殺されたため、今は空席となっている。
ただし欠けた七大罪の死徒は、大戦毎に適性者が現れ必ず補充される。空席となった傲慢の死徒も、いつ適性者が現れてもおかしくない状況と言えた――そう、強欲の死徒となった雅人が現れたようにだ。
そして七大罪の死徒が揃えば死界との扉は開かれ、漆黒の森に彼らの城が現れる事になる。
雅人を見つけ出すだけならば、漆黒の森に向かい奴らの拠点の出現を待つというのが一番確率が高いだろう。
だがしかし、それがいつになるかわからない以上、それを悠長に待つつもりは蒼汰には無かった。
(となると聖王国に行くか、もしくはマリンガムみたいに人間社会に潜む死徒を見つけ出して、無理矢理にでも吐かせるか、だな)
聖王国――正式名称、リルカーン聖王国――大陸北東部にあるナルゲール半島に存在する宗教国家。この国のとある場所に、前大戦で封印した〝憤怒の死徒〟が眠っている。
死界の扉を開くのに七大罪の死徒が必要であるならば、憤怒の死徒の封印解除を目論むのは間違いない。七大罪の死徒である雅人が、それに参加する可能性は少なからずあるだろう。
上手く行けば、死界の扉を開くよりも早く雅人を捉えることができるかもしれない。もちろん雅人が現れないと言う可能性もあるが。
それに対してマリンガムのように人間社会に溶け込んでいる死徒を探し出し、尋問なり拷問なりをして雅人の情報を得るという方法もできなくはないだろう。
正確な情報が得られかは分からないが、聖王国で待つよりも、確実かつ早いようにも思える。
それらの事を考慮して、蒼汰は今後どう動くか黙考する。
考え込みだした蒼汰の様子を見て、ベルムバッハは話の続きを始めた。
「取り敢えず、今後貴殿が勇者として行動していく内に、新たな情報も入って来るだろう。もちろんこちらでも情報収集に力を入れて行くつもりだ。近い内に新たな情報が入って来るだろう」
そのベルムバッハの言葉を聞き、蒼汰の眉がピクリと動き目の鋭さが増す。
「言っておくが、もうアンタらに付き合う気はないぞ」
そんな蒼汰の態度と言葉に、ベルムバッハは眉根を寄せる。
「……どう言う事だ?」
「どうもこうも、もう仕舞いなんだよ。勇者ゴッコはな」
「勇者……ゴッコだと」
蒼汰の物言いに、今度はベルムバッハの視線も鋭くなる。
そして二人のやり取りは、ヒートアップして行く。
「ああ、もうあんな下らない事をするつもりはない」
「下らないだと。貴様、それでも世界を守る使命を持った勇者か!」
「世界を守る使命だ? ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ。異世界から俺たちを勝手に拉致って来ただけだろうが、そんなもんに使命もクソもねぇだろ。てめェらの世界の事だ、てめェらでケツ拭けよ。俺はこの世界がどうなろうが知ったこっちゃないんだよ」
「ならば貴様はもう、死徒と戦う気は無いと言うことか?」
「俺がするのは復讐。雅人をこの手で殺す事だけだ。それを邪魔するなら、誰であろうと容赦なく殺す。死徒はもちろん、お前らも含めてな」
「――なッ!」
それはつまり、無理にでも勇者を続けさせようとするのならば、お前たちも殺すと言う宣言に他ならなかった。
死徒を単独で撃破するような男の殺気を込めた脅しである。たかが首席宮廷魔術師程度のベルムバッハでは、言葉を詰まらせるのも無理はない。
「話はこれで仕舞いだ。ああ、そうそう、短い間だったが世話になったな。一応礼は言っておく。そんじゃあな」
蒼汰はそう言うと返事を待つ事なく、魔法の背嚢を掴み扉に向かい歩き始めてしまった。
「待って! 行かせはせん、夜神を止めろ!」
ベルムバッハは慌てて扉の傍に立つ二人の騎士に命令下す。
その命令を受けた二人の騎士は、剣に手を掛け威嚇するように蒼汰の前に立ちはだかった。
その瞬間、部屋にいる者全員が身が凍りつくような悪寒を感じた。それと同時に平服だったはずの蒼汰が、いつのまにか鎧を纏っている事に気付く。そしてその手に大剣が握られている事も……
『邪魔するなら、誰であろうと容赦なく殺す』
まさにあの宣言を、実行する意思を示したのだ。濃密なまでの殺気と共に。
騎士たちは蒼汰の殺気に当てられ、震えそうになる体を必死に奮い立たせ、柄を握る手に力を込めて、いつでも抜剣できるよう覚悟を決める。
まさに一触即発――もし騎士たちが、鞘から少しでも剣を引き抜こうとすれば、間違いなく蒼汰は、天羽々斬を振るうだろう。
「二人共、すぐに剣から手を離しなさい。他の者たちも同様です」
いつ切れてもおかしくない程に張り詰めた空気の中、その声は響いた。
女王ヒルデガルドが、騎士たちに向けて命令したのだ。
「非礼はお詫びいたします。ですからどうか夜神殿も、剣を収めてはくれないでしょうか」
続いてヒルデガルドは、蒼汰へ向けた謝罪の言葉を発する。
蒼汰はその言葉を受け、天羽々斬を背負うように収めた。
ただし警戒を解いた訳ではなく、その場からは動かず、視線だけをヒルデガルドに向けるだけにとどめた。
ヒルデガルドはそんな蒼汰の様子に、心中で安堵の息を吐きつつ、さらに言葉を続ける。
「剣を収めていただけた事、感謝いたします。それと、改めて私の話を聞いていただけないでしょうか」
「もう話は仕舞いだと言ったはずだが、聞こえなかったのか」
ヒルデガルドの言葉に、再び蒼汰から殺気が漏れ出る。
「はい、お伺い致しました。それを踏まえた上で、お話がございます」
それでもヒルデガルドは、全く怯まなかった。上級騎士すら怯えるほどの殺気を正面から受け止めて、である。それが成せたのは齢十五とはいえ、一国を背負う王としての覚悟があってこそであろう。
「言っておくが、何を言われようが、もう勇者なんてものにはならないぞ」
「はい、こちらも貴方に、勇者として動けとは申すつもりはございません」
「じゃあ、なんなんだ?」
「貴方に渡したい物がございます」
「陛下! それは――」
蒼汰とヒルデガルドが問答する中、話を聞いていたベルムバッハが慌てて割って入ってきた。
「問題はありません。というよりも、今はこれしか方法は無いと思いますが?」
「しかし……」
「これはもう、決めた事です。ベルムバッハ、すぐに例の物をここに持ってきてください。王命です」
「……畏まりました」
ベルムバッハは、納得したわけではなかったが、女王であるヒルデガルドに王命と言われては従わざる負えなかった。
ベルムバッハは一礼して退室していく。
「よかったのか?」
「構いません。私が決めた事ですので。それよりも、もう一度お掛けになってはいかがですか?」
「まだ、受け取るとは言っていないんだがな……」
ヒルデガルドの言葉に押される形で、思わず蒼汰は席についてしまう。
それから、誰も言葉を発する事なく五分程が経とうとした頃、紫色の美しいトレイに乗せられた白金色の徽章と一枚の書簡を持って、ベルムバッハが戻って来た。
「陛下、お持ち致しました」
ベルムバッハはそれだけ言うと、テーブルの上にトレイを置き、ヒルデガルドの後方に控えた。その表情からは、先程一瞬見せた不満の色はすでに消えていた。もちろん本心で納得しているかは、また別の話ではあるだろうが。
「貴方に渡したいというのは、これです」
そう言ってヒルデガルドは、トレイを蒼汰の前へと移動させた。
「……これは?」
「エデンの徽章と呼ばれる物です。この徽章を持った者は、エデンの騎士の称号が与えられ、死徒に関する事柄に対して、強い権限と行動の自由が許されます。それこそ、王侯貴族を含め人を何人殺そうが、重要施設を破壊しようが、それが死徒に関わる案件であるならば、罪に一切問われません」
「……随分と物騒な称号だな」
「死徒を倒せるならば、どんな犠牲を厭わない。それがこの世界の常識なのです。もちろん私も常々そう考えております。それだけ死徒という存在が危険なのです」
「その犠牲が、アンタ自身だったとしてもか?」
「はい、それでこの世界が救われるのならば、いくらでもこの身を捧げましょう」
(躊躇なし……か)
「大そうな覚悟だな」
「私だけではありません。王侯貴族を始めとする青い血の者たちの多くは、とうにその覚悟ができています。ただ……中には、それが出来ぬ者もおりますが……」
「……そりゃそうだろうな」
世界を守る為とは言え、命を惜しむ者たちは当然いる。誰もが聖人君子のように、世のため人の為と生きられるれるわけではいのだから当たり前だ。故にヒルデガルドもそれを責めようとは思わない。誰だって死にたくは無いのだから。
「それにごく僅かではありますが、貴族や国の要職に就く者の中に死徒に寝返る――いえ、死徒そのものになってしまう者もいます」
「マリンガムのように……か」
「……はい。人間だった者がある日突然死徒になってしまう。それもまた、この世界の現実なのです。理由や方法は未だ分かっておりませんが、死徒との戦いの歴史の中で何度となく繰り返されてきた事なのです。だからこそ、そんな社会に潜む死徒を倒す為に超法規的な存在――エデンの騎士が必要なのです」
「それを俺に寄越すって事は、俺を利用して死徒を間引かせよう、って魂胆か」
「否定は致しません。しかし東城を追うとするのならば、必ずや貴方を助ける道具となるはずです」
「…………」
「もちろん貴方を、この称号で縛るつもりはありません。貴方は貴方が思うように行動していただければと思っております。ただ――」
「……ただ?」
ヒルデガルドの〝ただ〟という言葉に反応するように蒼汰の周囲の空気が張り詰める。
「見つけた死徒は殺すか、我々に情報をいただきたく思います。出来れば、ではなく、必ず、です。受け取っていただけますか?」
(……全く動じず、か)
蒼汰の威圧を込めた〝ただ?〟の言葉に、動じる素ぶりを全く見せなかったヒルデガルドに、蒼汰は感心しつつ、ヒルデガルドからの問いの答えを決めた。
「いいだろう。受け取とろう」
「感謝致します。ではこちらを」
お礼を言うヒルデガルドの表情に、初めて安堵の色が浮かんだ。
そんなヒルデガルドを一瞥をくれ蒼汰は、翼を生やした黄金の獅子が描かれたエデンの徽章を見つめ、続いて隣に置かれた書簡に視線を向けた。
「これは?」
「それは、そのエデンの徽章が貴方の物である事を証明する物です。すでに署名、内印を始めとした必要事項の記入は済ませてあります」
「随分とまた用意周到だな」
これまでの会話の内容で、エデンの騎士の称号とは、そう簡単に与えていいものではない事くらい誰にでも分かる。何せ死徒絡みなら、王殺しどころか大量殺人すら許されてしまう殺人許可書を持つ事になるからだ。
その称号を、ヒルデガルドの命でベルムバッハは五分程で用意してしまった。普通ではあり得ない事だである。それが分かっているだけに、蒼汰は予め用意していたものだろうと指摘したのだ。
「貴方が死徒を単独で倒したと聞き、今後貴方が勇者として活動する上で必要になるかと思いまして、会談前に用意致しておりました……もちろん今は、貴方を勇者として扱おうとは思っておりませんが」
「ああ、分かっている」
「そう言っていただけると助かります」
この時ヒルデガルドは嘘をついていないが、全てを話してもいなかった。ヒルデガルドやベルムバッハの当初の思惑では、蒼汰にエデンの徽章を与え、新たに召還した勇者を率いさせるつもりだったからだ。
だがヒルデガルドは、蒼汰の言葉からそれはそれは不可能だと、それ以上に言わない方がいいと即座に判断して、蒼汰を放流し、死徒と自由に戦わせる方針切り替えた。
つまりより戦果が上がりそうな、世界を救える可能性が高い方を選んだだけであった。
結果――蒼汰、ヒルデガルド双方にとって、納得できるものに収まったのは僥倖と言えるだろう。
ヒルデガルドとの会談を終え王城を出た蒼汰は、大陸を東西に結ぶ南方行路と呼ばれる道を北に向かう事になる。
その先にあるのは復讐の戦いと言う名の修羅の道。
必ずや東城雅人をこの手で殺す――翔子から貰った青い花のブローチを握り、断固たる決意を胸に蒼汰は足を踏み出すのだ。
修羅の道へと……
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「黒の勇者 ―逆襲のゴーレム使い―」ですが今回で終了とさせていただきます。
毎回楽しみにしていただいている方には申し訳ありませんが、
自分の力不足を痛感いたしました。
もう一度出直してきます。
これまで読んでいただきありがとうございました。




