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黒の勇者 ―逆襲のゴーレム使い―  作者: 丸瀬 浩玄
第四章 黒の復讐者
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(まずは一人目)


 目を背けたくなるようなボロボロの屍となったマリンガムの上に腰を下ろしたまま、蒼汰は外套の肩口についている翔子から貰ったブルースターのブローチを握り締め、翔子や仲間(クラスメイト)たちに報告するように、仇だった者(マリンガム)を見下ろしていた。

 その姿からは、今まで放たれていた狂気染みた気配は見る影もなく消え去り、どこか寂しげな雰囲気に移り変わっていた。


「……夜神、夜神蒼汰だな」


 そんな蒼汰に意を決して声を掛けたのは、上級騎士の一人、シュトライトだった。


「ん? あ、ああ……そうだ」


 シュトライトの問いに、急に我に返ったように、蒼汰は短く答えた。

 平常心を取り戻したように見えるその蒼汰の応対にシュトライトは少し安堵して、改めて職責を全うするため勇気を振り絞り口を開く。


「いくつか質問をしたい。いいか?」


 そんなシュトライトの様子に、蒼汰はなんともいえない微妙な苦笑いを浮かべつつ、すでに決めていた答えを口にした。


「ああ、構わない。その代わり、俺の質問にも答えて欲しい」


 蒼汰の理性的な答えに、これならなんとか落ち着いて話ができそうだと、シュトライトは胸をなでおろす。


「……分かった。答えれることならば答えよう。ではこんなところではなんだし、取り敢えず場所を変えよう」


 こうしてシュトライトは、蒼汰を伴い王城の傍に建てられた騎士の詰所へと移動する事になったのだった。



◆◇◆



 蒼汰が通されたのは、無骨な石造りの部屋だった。ただ、取調室のような部屋ではない。

 シンプルながら造りの良い長テーブルに、それを挟むように革製の一人掛けソファが三脚ずつ並び、床には毛足の長い青い絨毯が敷かれ、とても騎士の詰所の一室であるようには見えない部屋であった。


「取り敢えず掛けてくれ」


 シュトライトの勧めに従い蒼汰はソファに腰を下ろした。

 今の蒼汰はゴーレム鎧を身に付けていない。マリンガムとの戦いの後、返り血で血まみれだった蒼汰は、この詰所の井戸を借りて体を洗い、服だけを着替えてそのまま此処にやってきたからだ。

 もちろんいざとなれば、金剛を始めとしたゴーレム鎧を、すぐに装着できるという自信があるからこそではあるが。


「早速だが、一年前のあの日に何があったのか? 今まで何処にいたのか? そしてマリンガム卿の――いや、あの蟷螂型の死徒の事について聞きたい」


 シュトライトは回りくどい事は何も言わず、単刀直入に問うてきた。それ故か蒼汰も、淡々と質問に答える事にした。


「あの日の事は俺も正直あまり分かっていない。俺が見た襲撃者は四人、その内の二人が、マリンガムと東城雅人だ」

「マリンガムは、アレを見たばかり故に疑いようがないが、本当に東城も襲撃者の中にいたのか?」


 蒼汰とマリンガムのやりとりを聞いていたおかげか、シュトライトは襲撃者の一人として雅人の名が出てても動揺するような事はなかった。だがだからと言って信じられるかどうかは、また別の話という事だろう。


「ああ、間違いない。直接会話もしたからな」

「……そうか」

「どうした? 何か気になる事でもあるのか?」

「いや、実はな――」


 そう言ってシュトライトが語り出したのは、勇者たちの最期の姿だった。


 勇者のほとんどは、自室のベッドの上で首を刎ねられた状態で見つかっていた。おそらく寝ている間に首を刎ねられたのであろう、とシュトライトは言う。

 もちろん全員がそうだったわけではない。中には廊下や自室以外の部屋で死んでいた者もいる。それは翔子や武川の事で間違いないだろう。

 そんな中で唯一死体が見つからなかったのが蒼汰だった。だからこそ、蒼汰が首謀者として疑われた訳である。


 ただ此処で問題になるのが、裏切り者であるはずの雅人の死体が有ったという事。そう、蒼汰以外の死体は発見されていたのだ。

 ただそれに対して、シュトライトは答えを持っていた。それは首を刎ねられ勇者たちの約半数の顔が、大きく損傷させられていたというものだった。

 当然この世界には、蒼汰たちがいた世界のようにDNA鑑定のような技術は無い。それ故に背格好や、肌、髪の色、着ていた服装などで誰の遺体であるか判断するしかなかった。

 だからこそ、その顔の潰された遺体の中に別人の遺体が混じっていたとしても……という事である。


 不自然に顔が潰された死体である。もちろん、怪しむ者がいなかったわけではない。だがあの時の王都は混乱が大きく、それらの声は簡単に埋もれてしまった。

 当然そこには、マリンガムの行なった裏工作の影響も大きかった事だろう。

 シュトライトは、そんな事を話しながら、蒼汰が正しいのだろうと、自分なりの結論を得ていた。


「……そう言う訳だ。おそらくお前が言っている事が正しい。話を折って済まなかった。続きを頼む」

「ああ、分かった」


 納得したというよりも、納得せざるを得ない

と言った様子でシュトライトは、蒼汰に話の続きを促す。


「と言っても、その後は雅人たちから逃げ為、シトレ川に飛び込んだくらいだがな」

「シトレ川に飛び込んだのか!?」


 この国の人間にとって、シトレ川に飛び込むという事は死と同義と言っともいい。今まで誰一人、シトレ川に落ちて生きて帰って来た者がいないのだから当然であろう。しかし蒼汰はそのシトレ川に飛び込んで、帰って来たと言うのだから驚くのも無理はない。


「ああ、飛び込んだ。行き着く先は噂通り、練磨迷宮の百層を越える深層だったがな」

「よく生きて……」

「まあな、一年近く掛かったが、おかげでそこそこ強くなれたよ」

「そこそこ……か」

「ああそこそこだ。後はマリンガムの事だが、襲撃の時に奴が死徒だと知っただけで、後はよく知らない。目的は考えるまでもなく、勇者の監視か殲滅ってところだろうな」

「……ああ、おそらくそれで間違いないだろう」

(それにしても、思っていたよりも冷静に話すな。これがさっきまで狂ったように笑いながらマリンガムを刺し続けていた奴と同一人物とはとても信じがたい……)


 シュトライトは、会話を続けながらもそんな事を思っていた。


「俺の知っている事はそれくらいだ。今度はこっちが質問するがいいか?」

「ああ、分かる範囲で答えよう」

「雅人の……いや、グリードと名乗る死徒の情報は無いか?」

「グリード……大罪の死徒、か。そうするとお前は、東城が〝強欲の死徒〟だと思っているのか」

「ああ、本人がそう名乗ったからな」

「本人が、か……」

「ああ」


 この時シュトライトは〝グリード〟=〝強欲の死徒〟と普通に認識しているが、本来この世界の大罪の死徒にそのような名前では付けられていない。

 それでもシュトライトがグリード〟=〝強欲の死徒〟と認識していたのは、過去の勇者が持ち込んだ、蒼汰たちの世界の知識があったからである。


「……分かった。確認してみよう。ただ少し時間が欲しい。陛下やベルムバッハ卿(首席宮廷魔術師)に今回の件の報告を行い、その上でグリードと名乗る死徒についての情報が上がってきていないか確認させてもらう。それで良いだろうか?」

「分かった。ただし明日にはここを発ちたい、今日中になんとかしてくれ」

「もちろんだ。そうだな、それまで此処(騎士詰所)の仮眠室でも使って休んでいていくれ。おい、彼の案内を頼む」


 シュトライトは、傍に控えていた若い騎士に指示を出すと、すぐに一人部屋を出て行ったのだった。



◆◇◆



 仮眠室に入ってから二時間程が過ぎた頃、蒼汰は国王からの呼び出しにより、王城のとある部屋に通されていた。

 部屋としては応接室と言ったところから。流石は王城にあるだけあり、落ち着いた雰囲気ながらも、高級感溢れる造りの部屋だ。

 部屋には扉が二つ。一つは蒼汰が入って来た片開きのシンプルな扉、もう一つは部屋の奥に如何にもと言わんばかりに設けられた豪奢な両開きの扉だ。

 室内には赤いサーコートを纏った騎士――上級騎士が四人、部屋の隅で微動だにせず立っている。護衛兼監視と言ったところだろう。


(それにしても、国王との謁見だというのに、こんな個人まりとした部屋でやることもあるんだな)


 本来国の役人でも無い者が国王と謁見する際は、まず間違いなく謁見の間を使用する。それは、勇者であろうと変わらない。

 実際蒼汰も召喚された時以外、謁見の間でしか国王に会った事がない。王としてだけでなく国の体面としても、当たり前といえば当たり前であろう。

 それなのにこう言った部屋で謁見を行うという事は、それなりの理由があると言う事なのだろう。


 ソファに座りぼんやりと部屋を眺めていると、部屋の奥に設けられた一際豪奢な扉が左右に開く。

 そこから素早く二人の上級騎士が入室して、開け放たれた扉の両脇に立った。

 それが終わると扉の奥から、大人というには少々幼さが残る女が、中年の男を二人従え入ってきた。


 歳は十代中頃、肩ほどまでの長さの眩い金色の髪が、とても印象的な美しい女だ。

 ただ服装は女らしいドレスなどではなく、シンプルな意匠の男装である。唯一胸元に付けられた赤い石のブローチだけが、女性らしさを演出しているように見えた。

 そんな彼女のすぐ後ろには、二人の男が従っている。

 一人は上級騎士のシュトライト。蒼汰と直接話した者としてこの場に同席する事となった。

 もう一人は首席宮廷魔術師であるベルムバッハ。役職的にも、マリンガムの事(部下の裏切り)に対しても、同席するのは当然の人物である。


(……国王に呼ばれたはずなんだがな)


 テーブルを挟み目の前に座った女を見ながら、蒼汰は訝しげな表情を浮かべる。



「久しぶりですね、夜神殿」

「アンタは確か、ヒルデガルド王女殿下、だったか」


 目の前に座った女の名は、ヒルデガルド・フォン・ブガルティ。蒼汰の記憶が確かならば、ブガルティ王国の第二王女のはず(・・)であった。


「ええ、ですが今は、ブガルティ王国の国王、いえ、女王としてここにいます」

「……女王?」


 蒼汰が知るブガルティ王国の王は、アルベルト・フリードリヒ・フォン・ブガルティと言う壮年の男だった。

 もちろんアレから一年近く経過している以上、国王に何かあり命を落としていたとしても不思議ではない。だがその王位を何故、王位継承順位三位(・・)だったはずのヒルデガルドが継承する事になったのか。驚きと共に疑問が浮かぶ。


「はい……そうです。あの死徒から襲撃を受けた日、父上も姉上も弟も皆……勇者の皆様同様、命を落としました。私は学院の寮住まいでしたので……」


 やや陰りのある表情でヒルデガルドはそう説明した。

 つまり王位継承順位上位の者が、死徒の襲撃で軒並み死に、王城の外に住んでいた事で難を逃れたヒルデガルドに、王位が巡っていきたいという事だ。本人が望む望まないは別として。


「なるほど……な」


 ヒルデガルドの表情を見るだけで、大切な人を奪われた悔しさ、悲しさ、怒りが理解できる分、蒼汰にも彼女の気持ちは推し量る事ができた。

 たがしかし――それはそれである。

 蒼汰からすれば、〝アンタたちが、俺たちを召喚さえしなければ、翔子が、そしてクラスメイトたちが死ぬ事なんてなかった〟という想いが強かった。

 ただ、だからといって、それについてとやかく言うつもりは蒼汰には無かった。この世界に来た当時、蒼汰自身がこのファンタジーの世界を楽しんでいたという事実もあったからだ。

 とはいえ少なからず態度には出る。何よりも、今後勇者を続ける気など一切無くなっていた。

 今の蒼汰の目的は、あくまでも東城雅人への復讐なのだから。

 もちろんその過程で見つけた死徒も、同罪とばかりに全て殺しつくすつもりではあるが……


「挨拶もここまでとして、本題に入りましょう」


 ヒルデガルド自身、あまりこの事について話をしたく無いのか、すぐさま話題を切り替えた。


「まず、マリンガムの件からですが――」


 それからシュトライトに話した事に対する事実確認が一つ一つ行われていった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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