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黒の勇者 ―逆襲のゴーレム使い―  作者: 丸瀬 浩玄
第一章 勇者の残滓
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「よくもまあ、あれだけの重装備を身に付けてたもんだな。今時正騎士連中でも、あんなガチガチの重装備で固めている奴見たことねえぞ。しかも魔法適性まで高いとくりゃあ、いったいこのガキ、何者なんだか……」


 目の前を歩く蒼汰を見ながら、看守の一人がぼやく。

 ここはオルテイブ要塞の地下。

 裁きを待つ咎人たちを抑留する地下牢が左右に並ぶ通路を、蒼汰は四人の看守に囲まれて歩かされていた。

 身に付けていた装備は、全て地下牢エリアに入る手前で接収され、代わりに手足に鉄製の枷が取り付けられいた。その姿はまさに囚人といった出で立ちである。

 普通であれば、自分に降りかかった不幸を嘆く状況であるはずなのだが、蒼汰は思わずニヤケそうになるのを堪えるのに、少々苦労をしていた。

 ここまで作戦通り行くとは、正直蒼汰も思っていなかったからだろう。



 地下牢から響く、多くの囚人の嘆きや怨嗟の声を聞きながら、蒼汰は奥へ奥へと歩かされる。


(一体ここに、どれだけの数の人間が捕らえられているんだか)


 余りの囚人の多さに、蒼汰の頭にそんな疑問が浮かんで来る。

 実際この地下牢には、百人を超える囚人が捕らえられ、どの牢屋もすでに満員状態となっていた。

 その中で蒼汰が連れてこられたのは、一番奥にある一際頑丈そうな牢屋だった。

 この牢屋は他の牢屋とは違い、中にいる囚人はたった一人だけだった。しかもその囚人は、身の丈一メートルにも満たない小柄な少女であったのだ。


 肩まで伸びた翠金色(グリーンブロンド)の髪と、美しく澄んだ空色の瞳が印象的な色白の美少女。

 だがよく見れば、彼女が普通の少女でないことに気が付くだろう。

 何故なら、身の丈一メートルにも満たないはずの少女の顔は、幼い少女のそれではなく、十代後半の、とても少女とは言い難い大人びた顔立ちをしており、また身に纏った若草色のワンピース越しに見る体つきも、胸元に膨らむ豊かな双丘をはじめ、丸みのある曲線で構成された、大人の女性独特の体つきをしていたからである。

 そんな不思議な雰囲気を持った少女が、牢屋の奥隅で両膝を抱えて座り、空色のその瞳で蒼汰を観察するかのように見つめていた。

 しかし蒼汰は、牢屋の中にいる美少女には目もくれず、牢屋自体を興味深く眺め「魔力結界が張られた牢か」と小さく呟いた。


「良く分かったな。ここはお前みたいな魔法適性の高い者専用の牢屋だ。あらかじめ言っておくが、魔法で壊そうとしても無駄だからな。諦めて大人しくしておけよ」


 蒼汰の呟きに、看守はそう答えながら牢屋の鍵を開けはじめる。

 看守が持つ鍵は、特殊な幾何学模様が描かれた変わった鍵だった。しかもわずかながら、独特な魔力を放っている。

 おそらく、この牢屋専用の鍵であろうと、蒼汰は当たりをつけた。

 それを確認した蒼汰は、続いて陽が当たらず、暗がりとなった通路の天井の片隅に目をやった。


「おい! 何をしている。早く中に入れ!」


 ぼんやりと天井を眺める蒼汰にイラついた看守は、警棒による打擲(ちょうちゃく)と、強い語気に寄って命令を下す。

 そこでようやく、牢屋の扉が開いたことを知った蒼汰は、殴られたことをなど気にする様子もなく、無言で頷き、腰ほどの高さしかない牢屋の入り口から屈むように中に入っていった。



 牢屋は宿屋で泊まった部屋よりもやや広く、石造りの頑強な造りをしていた。そんな石造りの床には、多少のおもやりなのか、申しわけ程度に薄汚れたゴザが敷かれていた。


「いくら二人だけだからって、そっちのガキに手え出すんじゃねえぞ」


 看守は下卑た笑みを浮かべながら鍵を閉めると、他の囚人たちをからかいながら去っていく。


 部屋に残された蒼汰は、目の前に座る翠金髪(グリーンブロンド)の少女を気にすることなく、すぐに部屋の隅に移動すると、そのまま背を向け昼寝を始めた。

 思いもよらない蒼汰の行動に、少々驚きの表情を見せた少女だったが、何やら面白そうなオモチャを見つけたとばかりに、躊躇うころなく蒼汰に近付いて来た。


「私、イリスって言うの。君の名前は?」


 いきなり声をかけてきた翠金髪(グリーンブロンド)の少女――イリスの問いに、蒼汰はまったく反応することなく、背を向けたまま寝たふりを続ける。


「ちょっと、せっかく私から挨拶してあげたんだから、ちゃんと答えてよね」


 不機嫌さをあらわにしてイリスは、蒼汰の体を揺さぶる。


「ねーねー、起きてるんでしょ。私、分かってるんだかね。ねー聞いてる? 私、精霊なんだから、狸寝入りしてても分かるんだからね。諦めて起きて、私とちゃんと挨拶しなさいよ。これからルームメイトになるんだからね」


 一気にまくし立てながら、イリスはさらに蒼汰の体を揺さぶる。


「うるさい。俺に構うな」


 そんなイリスに、蒼汰は迷惑そうに寝たままイリスを見もせず、手でシッシと追い払う。


「ほら、やっぱり起きてるんじゃない。なんで無視すんのよ。大人ならちゃんと挨拶ぐらいしなさいよ。それとも今代の勇者様(・・・)は、そんな常識も無いおバカなの?」

「――ッ!?」


 イリスの言葉を聞いた蒼汰は、突然跳ね起きイリスを睨みつけた。


「お前、何者だ!?」


 先ほどまでの態度から一変し、蒼汰はイリスを鋭く睨み、詰問するように誰何した。


「何者って、私はイリスってさっき自己紹介したじゃない。見ての通り、みんな大好き風の精霊さんだよ。勇者様(・・・)


 (おど)けたように、表情をコロコロ変えながらイリスは言う。


「何故、俺が勇者だと分かった?」


 蒼汰の問いに、イリスは不思議そうな顔をして首を傾げたあと、何かを思いついたのか、手をポンと叩き口を開く。


「あーなるほどー。君、本当に勇者様なんだ。黒髪黒眼だったから、冗談で言っただけなんだけど、まさか本物だったなんて、私ってもしかしなくても天才?」


 この世界に置いて、黒髪黒眼は勇者の代名詞とされている。とは言えこの世界にも、多くはないが黒髪黒眼の者は存在する。そういった者が、冗談で勇者様と呼ばれることは、ままあることであった。

 今回のイリスの言葉も、そういった類いの意味で発せられただけのものであった。


「俺のことを知っていたわけじゃなかったのか……」

「当ったり前じゃん。そもそも君が誰か知らないから、名前を聞いたわけだし。でも本当に勇者様だったんだね。道理で信じらんないくらい魔力が多いと思ったよ」


 うんうんと一人頷き納得するイリス。そんなイリスに「元だ。俺はもう勇者じゃない」と、蒼汰は訂正した。


「ん? 元? 勇者様辞めたの? って、ごめんごめん、こういうことは、あんまり立ち入っちゃいけないんだよね」


 イリスは一人呟き一頻り反省すると、さらに言葉を続ける。


「そんな元勇者様が、なんでこんな所に捕まってんの?」

「蒼汰だ」

「ん? ソータ?」

「俺の名だ。勇者だの元勇者だのと呼ぶのは止めろ」

「おー、ソータかー、いいねいいねー。じゃああらめて、ソータはなんでこんな所に捕まってんの?」

「お前こそ、精霊の癖になんでこんな所に捕まっている?」


 精霊はこの世界に置いて、特殊な種族として知られている。

 基本身の丈一メートルほどの姿をしていることが多いが、実は固定の大きさはなく、五センチほどの小人サイズから、一般的な人の大きさまで、自由自在に変えることができるなど不思議な特性を持っている。さらには、魔法のエキスパートとして知られており、扱う魔法の威力は、人間の一流の魔術師を、軽く凌駕すると言われている。

 また精霊は、基本人里離れた土地を好み生活していることが多く、オルテイブ要塞都市のような人が多く住む街で見かけるようなことはほとんどない。

 実際、勇者としてこの世界に召喚されてから、ブガルティ王国の王都と迷宮で訓練ばかりしていた蒼汰にとって、イリスが初めて見る精霊だった。


 そんな精霊が、そこそこの規模の街の牢屋にいれば、蒼汰でなくても疑問に思うことだろう。


「うー、質問を質問で返されてしまった。まあいいけど。言っとくけど、ソータと違って私は何一つ悪いことしてないからね」


 イリスはビシッと蒼汰を指差し、捕まった事情を説明しはじめた。


「知ってる? 精霊って、人とか魔物の魔力の臭いを嗅ぎ分けられる能力があるんだよ」


(犬みたいな奴だな)


 と、蒼汰は思いつつも「で、何が言いたいんだ? 結論を早く言え」と話を急かす。


 そんな蒼汰に、イリスは「せかせかしてると女の子にモテないよ」

と軽口を返してから話を続ける。


「うんでー、気ままな一人旅の途中にこの街に寄ったんだけど、そこでね、たまたまここの城主様とすれ違ったんだよ。そしたらなんとビックリ、城主様の魔力から、あの死徒の臭いがしたんだよ!」


 そこまでイリスは話すと、どんな反応をするのか楽しむように蒼汰の表情を観察する。


「あれ? ソータは城主様から死徒の臭いがするって聞いても、全然驚かないんだね」


 驚くことを期待していたのか、少し残念そうにするイリスに、蒼汰は「まあな」とだけ返し話の続きを促す。


「つまんないなあ。はあ……しゃーない。で、続きだけど、死徒が城主に擬態してるんじゃないか、って思って、そのことをわざわざ衛兵さんに伝えてあげようと、詰所まで言いに行ったんだけど……あらまあ不思議。そこからあれよあれよという間にこの中へ、って感じ?」


 何故か最後を疑問形で締めくくったイリスは「じゃあ次は蒼汰の番ね」と、蒼汰にも話せと促してきた。

 蒼汰はそんなイリスに苦笑いを浮かべ「俺も似たようなもんだ」と話しはじめた。


「俺の場合は、すでに城主が死徒だという情報を持っていて、さらに情報を集めようと酒場で情報収集をしてたんだが……おかげさまで今朝、衛兵がわざわざ団体さんで、宿までお迎えに来ていただけたわけだ。まあ簡単に言えば、ドジったてやつだな」

「ふーん、なんだかドジったって言う割には、全然落ち込んでないよね」


 中々鋭い指摘をするイリスに、蒼汰は少しだけ口角をあげる。


「さあな、とりあえず自己紹介も終わったことだし、俺は夜まで寝る。飯以外で起こすなよ。夜に何が起こるか分からんしな。お前も今のうちに寝ておいた方がいいかもな」


 蒼汰は如何にも思わせぶりなセリフを言うと、そのまま再び横になってしまった。

 そんな蒼汰の寝転がる姿を見ながら、イリスは――


「……夜に何かが起きる? ……んー、何かを起こすってことかな? なるほどなるほど、じゃあ私も夜のため今のうちに寝ておこっと」


 ニコニコしながら小さく呟き、蒼汰とは反対側の隅で寝ることにしたのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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