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ちょっと長いです。
蒼汰は今、巨大通路に立っていた。その傍には周囲を警戒するように、四体の武甕雷が立っている。
蒼汰がこの巨大通路に戻って来た目的は、当然新たに手にした武器の実戦試験である。
だが蒼汰の手には、その実戦試験を行うべき肝心の武器――銃が見当たらない。
その代わりと言っては何だが、蒼汰の体がふた回り弱程大きくなっているように見えた。いや、実際に大きくなっていた。正確には、蒼汰の体ではなく、蒼汰が纏うゴーレム鎧が、ふた回り弱程大きくなっていたのだ。
――何故か? その理由は、蒼汰が新たに作り出したゴーレム銃にあった。
彼が作り出したゴーレム銃には【F4】ランクの魔核が用いられていた。それを弾丸の射出のみに用いるのは、非効率的だと考えた蒼汰は、ゴーレム鎧に銃機構を組み込む事を思い立つ。
ただしそれは、上手くいかなかった。理由は単純、出力不足で銃の連射ができなくなったのだ。
それも当然であろう。ゴーレム鎧は蒼汰の全ての動きを補助し強化している。それに魔核の出力の大半が使われているため、新たに組み込んだ銃機構の連射機能にまでは出力を廻せなかったのだ。
そこで考えたのが、ゴーレム鎧のパーツ毎の分割――四肢胴体などで別々のゴーレム鎧を作り装着するというのだった。
だがこれも上手くいかなかった。理由は制御の難しさだ。
五つのゴーレムを同時に体の一部として制御するのは、さすがに蒼汰といえどもできなかったのである。
しかし蒼汰は諦めなかった。ではどうしたのか?
結論から言えば、元のゴーレム鎧の上に被せるように、新たに銃機構を組み込んだ腕鎧型ゴーレムを纏い、制御は下地となっているゴーレム鎧に連動させるように変更したのだ。
これにより腕鎧型ゴーレムは、元となるゴーレム鎧の動きに付随して動く事なり、制御の必要が無くなった。
また魔核への負担も、制御の必要が無くなった上、片腕の動きのみになった分、その出力をパワーと弾丸の連射に集中させられるようになり、大幅な強化に繋がった。
だがここでまた、新たな問題点が浮かび上がる。
それはバランスの問題だ。元々銃機構を組み込む為に左腕だけに装着した腕鎧型ゴーレムだったが、その分左腕のみ異常に重量が増してしまい、急激にバランスが悪くなった事で、動きそのものに支障を来たす事になってしまった。
これに対する解決方法は単純だった。バランスが悪ければバランスを取るようにすれば良い。要は右腕にも同じような腕鎧型ゴーレムを装着すれば良いのだ。しかし単純だからと言って解決は簡単ではなかった。
安定したバランスを取る為に腕型鎧ゴーレムの形や仕様を見直し、さらにゴーレム鎧の重ね着で重心が高くなるのを是正するため、脚鎧型ゴーレムの作成にも着手した。そして出来上がったのが現在の形である。
完成した腕鎧型ゴーレムは腕のみではなく肩、胸部までも覆う形となった。これを左右にそれぞれ装着する事により、腕、肩、胸を左右の腕鎧型ゴーレムで完全に覆う事になる。
変更点はそれだけではない。
腕から見えていた銃身はその姿を消し、腕鎧内部に完全に組み込まれ事となった。現状その存在を示すものは、手首の外側にわずかに見える銃口だけである。
それは元々銃機構を組み込んだ左腕だけに留まったものではない。右腕にも同様に、いや、より大きな銃口が設けられ、さらに大きな弾丸を撃ち出せるように改良された。
当然その仕様に合わせた弾丸も用意した。ただし、弾丸が大きくなった分、射出により大きな出力が必要となるため、左腕のような連射はできなくなった。
また先に述べた脚鎧型ゴーレムも身につけいる。
腕鎧ゴーレムとは違い、銃機構を必要としない分、両足から腹部を含めた下半身全てを一個のゴーレム鎧として、一つの魔核で賄う形とした。
それでも元々のゴーレム鎧よりも出力が上がるため、以前よりも素早い動きが取れるようになった。
これにより、高い攻撃力、防御力、機動力を併せ持った、理想型のゴーレム鎧の原型が出来上がったのだ。
そしてもう一つ、新型ゴーレム鎧の開発を行う中で、【ゴーレムクリエイター】の能力について、ある特性に気付く事になる。
それはゴーレムの強度についてだ。
【ゴーレムクリエイター】で創られたゴーレムは、素材となった鉱石よりも、蒼汰の魔力を多く含むことでより強度が増す。それは今までの経験から分かっていた事である。
そして新たに気付いた事とは、その強度が、形状固定化されたゴーレムに限り、時間をおいて、再び【ゴーレムクリエイター】を用いて魔力を送り込む事で、わずかばかりではあるがさらに増すというものだった。しかも何度繰り返してもその効果が出るんだ。
要するに完成したゴーレムに、定期的に【ゴーレムクリエイター】で魔力を送り続ける事で、より硬く頑丈なゴーレムへと強化し続ける事が出来るという事だ。
ただしゴーレムの形を変化させたりすると、それまで強化した上乗せ分はリセットされ、初期状態に戻ってしまう事が分かっている。
これにより、ゴーレムを始めゴーレム鎧などは、多少の傷程度では修復を敢えてせず、そのまま強化のみでを繰り返して使用した方が良いという事が分かったのだ。
それらの結果、蒼汰の戦力は大幅に強化されたと言える。
とはいえこのゴーレム鎧を全て揃えるのに、ベースとなるゴーレム鎧に加え、腕鎧型ゴーレムが左右に一つずつ、そして足鎧型ゴーレムと、四つも【F4】ランクの魔核を使う事になってしまった。
いや、それだけでない。ゴーレムの剣を作るのにも魔核を一つ使用している。
蒼汰が身に付ける装備品のみで五個の【F4】ランクの魔核を使用しているのだ。
それはつまり、蒼汰を護るべき壁役である武甕雷の数が減るという事と同じだ。
攻撃力重視と割り切ってはいるが、もし今回試す攻撃が効かなかった場合、ティラノもどきから逃げ切れるかと問われれば、若干不安にもなるだろう。
(それでもやるしかない)
そんな不安を振り払うように蒼汰は、自分にそう言い聞かせて、この場に立っているのだ。
蒼汰は薄暗い迷宮の中で隠密性を上げる為、黒く着色された装備を一つ一つ確認していく。
背中に背負ったゴーレムの大剣――〝天羽々斬〟
ベースとなったゴーレム鎧――〝金剛〟
左腕鎧型ゴーレム――〝風神〟
右腕鎧型ゴーレム――〝雷神〟
そして脚鎧型ゴーレム――〝倶摩羅〟
便宜上そう名付けられたゴーレムたちは、これからの戦い全てにおいて、蒼汰の生命線となるであろう。
そう信じて、装備の確認を終えた蒼汰は、巨大通路の奥へと歩み出す。
◆◇◆
わずかな振動が、地面を通じ蒼汰の足に繰り返し伝わる。以前にも感じた、あの地響きのような振動だ。
振動の発生源は、おそらくティラノもどき――新装備である風神、雷神の試し撃ちのターゲットであろう。
蒼汰のいる場所は一本の長い通路。目に見える範囲には枝道も別れ道もない。通路の先は左に大きく弧を描いており、それ以上先は見えていない。
振動はその奥から伝わって来ているように思えた。いや、振動と共に混ざり、重く鈍い音が通路の奥から聞こえ始めてきた以上、間違いなくそうだろう。
――奴が来る。
蒼汰は足を止め、大きく息を吐くと左腕――風神を突き出し、通路の奥に銃口を向けた。
通路の先は曲がっている為、視界が確保されているのは二〇〇メートル先まで。風神の射程距離としては充分、いや、丁度いいと言える。
風神の射程距離は長い。正確には分からないが、五〇〇以上離れていたとしても【F4】程度の魔物であれば、充分殺しうる攻撃力を有している。だがしかし、命中精度という点においてはそうもいかない。狙った所を正確に撃ち抜けるのは精々二〇〇メートル程度まで。それ以上の距離となると、はっきり言ってどこに飛んで行くか分からないのだ。
それだけに、今回のこの約二〇〇メートルという距離は、まさに風神の有効射程距離内ギリギリというわけであった。
風神に装填された一三×一二〇ミリの弾丸は、二〇〇メートル先に置いた厚さ二〇ミリのて鉄板を容易に貫き、そればかりか拳大の風穴すら作り出す。
風神はそれほどの威力を有した攻撃を、約一秒間隔で射出する。
ティラノもどきが、どの程度の速さで迫ってくるかは分からないが、人間よりも遅いという事はまずないだろう。ならばティラノもどきが迫り来るまでに、十発前後の弾丸が撃てれば良いだろうと考える。
(果たしそれで倒し切れるか?)
そう自問しても、試してみなければ答えが出るわけもない。
(場合によっては、雷神も躊躇わず撃つ)
蒼汰は、そう自らに言い聞かせ静かにその時を待った。
重々しい足音が徐々に、そして確実に近付いて来る。鈍重に聞こえる足音、だがそ鈍重さに反して、その足音は驚くほど早く迫って来ていた。
蒼汰は風神の銃口を通路の先に向けたまま、気持ちを落ち着かせるよう一つ大きく深呼吸した。
そして――巨大な影が姿を表す。
見間違うことのないあの巨躯――ティラノもどき。
以前、戦った時の傷が見当たらない。体も一回り程大きく見える。おそらくだが、以前のものとは違う、しかもより強力な個体と見るべきであろう。
だが蒼汰は、それでも全く躊躇う事なく弾丸を撃ち放つ。
耳を劈くような銃声が轟き、風神の銃口から爆炎魔法で生み出されたマズルフラッシュと共に、鉛と鋼鉄で作られた一三×一二〇ミリの弾丸が撃ち出される。
刹那とも言えるわずかな間――そして起こる打撃音や破裂音にも似た轟音。
岩のような硬い表皮に守られたティラノもどきの体に、ドス黒い血を吹き上げさせ、風神より放たれた弾丸が抉るように突き刺さる。
――ギャアラアアアア
空気を大いに震わせる大音量の悲鳴にも取れる咆哮を、ティラノもどきが上げた。
蒼汰はそれに全く怯む事なく、次弾を素早く装填――発射する。
再び響く銃声とマズルフラッシュの光。新たな痛みとともに、それに気付いたティラノもどきは、怒りの咆哮を上げ、蒼汰目掛け襲いかからんと走り始めた。
みるみるうちに迫り来るティラノもどき。それでも蒼汰は冷静さを失う事なく、淡々とティラノもどき目掛け、弾丸を撃ち続ける。
ただ単に風神に込められた弾丸を撃ち続けているように見えるこの行為、実は蒼汰はとんでもない事をこの時行っていた。
それは弾丸の装填である。
何故それが、とんでもない事なのか?
そもそも風神には、弾丸を込めておく部分が無い――つまり弾倉が存在しないのだ。
ではどうやって弾丸を装填するのか?
方法は至極単純。銃砲身内最奥に直接弾丸を召喚して装填を行う、ただそれだけだ。
そう、ただそれだけ。だが、それが途轍もなく難易度が高い。何故なら、直径一三ミリの弾丸を、ほぼ同じ直径の銃砲身の中に、寸分の狂いも無く直接召喚させているのだ。しかも銃砲身が腕鎧の内部に仕込まれている為、その場所を全く目視できない状況で――さらにティラノもどきが迫り来るというプレッシャーの中で、一秒と短い間隔でミスする事なく何度もやってのけているのだ。
まさに凄まじいの一言である。
もちろんそれは、身に付けたゴーレムを、自分の体の一部のように扱える【ゴーレムクリエイター】の能力があって初めてできる事。ただし当然それだけで出来る芸当でもない。
蒼汰の異常なまでの座標認識能力と器用さが合わさり、ようやく為すことができる神業であった。
蒼汰はこの神業を、何度も繰り返し訓練する事で、今ではほとんど意識する事なく熟せるまでになっていた。
おそらく今の蒼汰であれば、風神の連射速度が二倍、三倍となったとしても、同様の事ができるだろう。それどころか、より経験を積む事で、更なる連射にも対応できるようになるのは間違いない。無論その為には、より高ランクの魔核が必要となるのだが。
目の前にまでティラノもどきが迫るまで風神を撃ち続けた結果、十三発の弾丸がティラノもどきの体を穿つ事になった。
それでもティラノもどきは倒れていない。それどころか未だ闘志は衰えず、今にも喰らい付かんと大口を開け襲いかかって来ていた。
だがそれでも、当然ダメージはある。動きが鈍り、当初のような突進力は明らかに陰りを見せていた。
蒼汰はティラノもどきの顎門を左に飛び躱すと右腕――雷神の銃口をティラノもどきのこめかみに向けた。
――轟砲。まさにそんな言葉が頭に浮かぶ程の銃声が鳴り響き、ティラノもどきの頭を穿つ。
そして右側頭部を撃ち砕かれたティラノもどきは、勢いそのままに前のめりに倒れ伏したのだ。
雷神より撃ち放たれたトドメの一撃。
風神よりも銃口が大きい雷神の弾丸は、当然風神で使用している弾丸よりも大きなものを使用している。
その大きさは三五×七〇ミリ。弾頭は風神のそれと比べ、緩やかなカーブを描きより丸みを帯びているのが一目で分かる。
そのフォルムから貫通力よりも破壊力を優先させている事が見て取れた。ただしその形と大きさ故に空気抵抗が大きく、風神に比べ射程距離が非常に短いものとなる。それは精々五十メートルといったとこらか。だが確実に当てたいと考えるならば三十メートル以内が理想であろう。
この弾丸の考え方としては、ショットガンで使用するスラッグ弾に近い。ただし威力は全く別物で、攻城兵器と言っていい程までに強力なのだ。
そんな強力な一撃が、至近距離で頭に撃ち込まれればどうなるか?
その答えがも目の前にある、巨大頭部が半分吹き飛んだ、ティラノもどきの死体であった。
(これなら、なんとかなりそうだな)
今回の戦闘を振り返りながら、蒼汰はうつ伏せに倒れたティラノもどきの死体に飛び乗ると、心臓辺りを目掛け天羽々斬を振り下ろした。
自ら刃を回転させ斬れ味を強化させた天羽々斬は、死してなお堅牢な筈の、ティラノもどきの表皮を、いとも簡単に斬り裂き、骨すら断つ
それを確認した蒼汰はそのままティラノもどきの死体を抉り魔核を探る。そして出てきたのが、今まで見た事もないような拳大の大きさの魔核だった。
「これは、【F7】ランク……か」
それは、想定していたものよりも高ランクの魔核だった。
蒼汰が想定していたのは【F6】ランクの魔核。要はティラノもどきを【F6】ランクの魔物だと思っていたのだ。
だが蓋を開けてみれば、出てきたのは思っていたものと違いう【F7】ランクの魔核。いや、全く想定していなかった訳ではない。ここが迷宮の深層である可能性を踏まえ、【F7】ランクの魔物がいる事も当然想定はしてした。だがしかし――である。
今まで【F4】ランクの魔物までしか倒した事のない蒼汰が、ゴーレム鎧等で強化したとは言え、いきなり三ランクも上の【F7】の魔物を倒せるとは、本人ですら思っていなかった。
ランクが一つ上がれば強さの桁が一つ上がる。それがこの世界の常識。
いくらゴーレムで強化していたとしても、蒼汰が倒せると思っていたのは【F5】か、精々【F6】まで。さらに前回ティラノもどきの強烈な一撃を受けて死ななかった事で、少なくともティラノもどきは【F6】以下であろうと勝手に想定していたのだ。
「これが【F7】だとすると、もしかして〝顎竜ってやつか……」
顎竜――地竜の一種で、練磨迷宮では以前九十層まで潜った勇者が、発見したとされる魔物だ。
その姿は硬い岩のような表皮に覆われ、人を丸呑みしそうな巨大な顎門とダガーを思わせる鋭く大きな牙を無数に持った、地を駆ける竜だとされていた。
まさにティラノもどきと蒼汰が仮称した魔物の姿そのものである。
そしてその顎竜がいるという事は、暗にここが、練磨迷宮の九十層よりも深い層である事を示す証左とも言えた。
危機的な状況――現状はまさにそう言っていい状況であろう。だがティラノもどき――顎竜を仕留めれる事が分かった今、その状況は一気に反転する。
顎竜を倒せるという事は、【F7】ランクの魔核を手に入れられるという事。それは武甕雷から始まる全てのゴーレムがさらに強化できるという事だ。
つまり、みんなの仇を取ると決めた蒼汰にとって、まさに望むべき状況なのだ。
ここから蒼汰は更なる自己強化を求め、この迷宮の深層で、高ランクの魔物を狩り続ける事になる。
そして、あの人生最悪の日から十ヶ月が過ぎた頃、復讐者としての力を得た蒼汰は、ブガルティ王国の王都にその姿を現わす事になる。
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