10
蒼汰は最も近い武尊の部屋の扉を開けた。
天野の部屋で感じた、あの臭いが鼻をつく。すぐに状況を理解し、悔しさに唇を噛むが、動きは止めない。
部屋に入りすぐに扉を閉じると、地魔法で土壁を作り扉を塞ぐ。さらに翔子を床に寝かせ光魔法で部屋を照らした。
「ぐっ!」
血塗れのベッド、無残に転がる武尊の頭部。そこには想像通りの光景が広がっていた。
蒼汰にとって親友と言っていい存在。辛い時も楽しい時も共に心から笑いあえた友の死。
覚悟はしていても、思わず茫然としそうになる自分の顔を引っ叩き、蒼汰は部屋中に視線を走らせ、目的の物を探し始める。
「あった!」
蒼汰が探していたのは魔法の背嚢。勇者一人一人に配給された魔法の背嚢には、必ず回復用ポーションが入っているからだ。
蒼汰は魔法の背嚢を掴み、翔子の下に駆け寄ると、素早く魔法の背嚢の中から回復用ポーションを取り出して、その蓋に手をかけた。
――とその時、蓋にかけた蒼汰の手に翔子の手が重なった。まだ意識があったのだ。
「翔子! 良かった、すぐに助けてやるからな!」
生きていたという安堵し、蒼汰は安心させようと翔子に笑顔を見せる。
だがそんな蒼汰の呼びかけに、翔子はわずかに微笑み首を横に振った。
「な、何を……」
「もう……私は、助からない……だから……」
翔子は弱々しく、途切れ途切れで、だがはっきりとそう言った。
回復用ポーションは確かに高い治癒能力がある。裂傷や簡単な骨折程度ならば、一日で治せる程度には回復する。だが致命傷までは治せない。いや、正確には体がもたないと言った方がいいだろう。回復途中に体力が尽き死んでしまうのだ。
それを理解しているからこその、翔子の行動と言葉だった。
「何言ってるんだよ。絶対助かるって!」
蒼汰は翔子の言葉を受け入れず、頭を振り翔子の手を払いのけて、ポーションの蓋を開けようとした。
「蒼汰君、私の傷……見て……」
だがそんな蒼汰を諭すように翔子は言った。蒼汰は恐怖で体を震わせながら、その言葉に従うように、翔子の傷を見た。
それはあまりに酷い傷だった。白いナイトワンピースの裂け目から覗く傷は、七センチほどの幅かあり、翔子の胸元を正確に貫いていた。
さらに背中からも血が溢れでていることから、その傷は体を貫通していることが見て取れた。それどころかおそらく肺、心臓、血管など大切な器官が傷つけられているであろう。それこそ、勇者としての高い生命力が無ければ、間違いなく即死しているほどに傷は重い。
その傷を見て蒼汰の震えはさらに大きく、目からは涙が溢れ出す。
理解した。理解してしまったのだ。翔子はもう助からないと……
せめて回復魔法が得意な結城清美がいればと思うが、生きているかも分からない。たとえ生きていたとしても、雅人たちがいる以上、女子部屋から連れて来ることはもう不可能だ。
「蒼汰君……だから……そのポーション……自分のために使って……」
蒼汰はその言葉に何も返せない。ただただ俯き嗚咽を漏らし涙を流す。
翔子はそんな蒼汰に弱々しい笑みを向けると、振り払われた右手を自分の胸元に持っていく。そして――
「蒼汰君……これ、受け取って」
そう翔子が言った瞬間、彼女の胸元から青白く光る球体が現れ浮かび上がる。
それは勇魂と呼ばれる、翔子の能力の源。だが何故か、先程見た武川の勇魂よりも、強い輝きを放っていた。
「東城君に、取られる……くらいなら、蒼汰君に……貰って、欲しい……」
手のひらに乗せた勇魂を、翔子はゆっくりと蒼汰の目の前に差し出した。
蒼汰は何も言えず、涙を流しながら、差し出された翔子の勇魂に触れた。
翔子の勇魂はそれを待っていたかのように、蒼汰の手の中に消えていく。
その光景を翔子は満足そうに見つめた。
やがて訪れる静寂。二人は最後の時間を大切にするかのように見つめ合う。翔子は笑顔で、蒼汰は涙を流し……
そして翔子は言った。
「蒼汰君……お願い……蒼汰君は……私の分まで、生きて……」
――と。それが翔子の最期の言葉。
翔子は両目を閉じた。彼女は最後まで蒼汰にその想いを伝えることなく、十七年という短い生涯に幕を閉じた。
◆◇◆
最愛の人を亡くし悲しみに沈む蒼汰。だがそんなわずかな時間すら邪魔をする無粋な輩がいた。雅人と彼が率いる死徒たちだ。
扉をそして地魔法で作った壁を叩き壊し、雅人たちが部屋に入ってきたのだ。
「あーあー、水野死んじまったか。もしかして蒼汰、お前水野の勇魂とったのか? まあアレは特に狙ってた奴でもねぇし、どっちでもいいけどな。そんじゃあ追いかけっこはもう終わりにしてよ、そろそろ死んでもらうぜ、蒼汰」
蒼汰は雅人の言葉に、震えるほどの怒りを覚えた。だが戦おうとはしない。翔子の最期の言葉が頭をよぎったからだ。
ここで戦えば確実に死ぬ。それは翔子の最期の願いを裏切る事になる。それだけはできなかった。
足元に転がる魔法の背嚢を掴むと、蒼汰は雅人たちに目もくれず窓に向かって走った。
予想外の蒼汰の行動に反応が遅れる雅人たち。蒼汰はその間に窓ガラスをぶち破り、真っ逆さまに落ちていく。
城の下には雨のため水量が増し、激流となったシトレ川が流れている。蒼汰はシトレ川に落ちると、瞬く間に激しい川の流れに飲まれ、その姿を消した。
「チッ」
雅人は割れた窓から下を見下ろし、忌々しげに舌打ちをした。だが――
「まあいいや。さすがにアレじゃあ死ぬだろう。それに生きていたとしても、行き先は練磨迷宮の下層って話だしな」
そう呟くと、もう興味を失ったのか、すぐに死徒を引き連れその場を後にした。
「逃してよかったのかい」
雅人が部屋を出ると、暗闇の中から目深にフードを被った男が声をかけてきた。
男は今回の襲撃参加した最後の一人であり、雅人に代わり単身で男側の勇者を殺して回ってる役目を負っていた。
「ああ、構わねぇ。別に無くても困らねぇからな」
そんな男の言葉に、雅人も気楽に返す。
「そうか、ならいいだけど」
「そっちはもう終わったのか?」
「ああ、一名だけ部屋にいなくてやれなかったけど、それ以外の勇魂は、例の場所に集めておいたよ。後は君に吸収してもらうだけだ」
「お、さすがだな。サンキュー」
「そうでもないさ。一人、欠品してるしね」
「それを言ったら俺も同じだ。それよりも、お前本当に――」
「ストップ。それはもう話がついている筈だろ。そんな事よりも今は時間が無い。こっちの後処理は僕が済ませておくから、君は早く残りの勇魂を受け取りに行ってくれ」
そう言うと男は、雅人の目の前から手を振り去って行った。
雅人はそんな男の背中を見送ると、男の言葉に従い、勇魂を受け取る為、そして、死徒としての力を得るべく、最後の仕上げに取り掛かるのであった。
◆◇◆
蒼汰は川の流れに揉みくちゃにされる中、不思議な感覚に襲われた。
何処からか分からないが、誰かに呼びかけられているような感覚。
しかしどこかで、以前にもこれと似たものを感じた事があった。
だがそれが何だったのか、思い出せそうにない。
やがて蒼汰の意識は、それが何なのか思い出す事なく、深く深く暗闇の中へと沈んでいく。
そして始まるのだ新たな力の覚醒が……
――〝サードブレイク〟――
勇技第三の扉が、遂に解放されたのだ。
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