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 夕日が沈み、暗くなり始めた王城の屋外訓練場。蒼汰はそこで、三体の武甕雷を相手に剣を振るっていた。

 あの双頭犬(オルトロス)の件からすでに十日が過ぎた。

 蒼汰はあの時の感覚を忘れぬため、毎晩今のように、武甕雷を相手に剣の訓練を行なっていた。


 あの後、意識が戻った蒼汰は、武川のビンタから始まり、その場にいた全員から非難されることになる。もちろん自分に非があると重々承知していた蒼汰は、その非難を甘んじて受けた。だが城に戻ってから、今回の経緯を聞いた翔子から涙ながらに怒られた時は、さすがに蒼汰もかなりヘコむことになった。

 だが蒼汰はその後も、己を鍛え続けることを辞めていない。それこそ己の限界を、無理矢理引き上げような無茶な訓練を未だに繰り返していた。

 今行っている訓練もその一つ。

 三体同時召喚した武甕雷に、訓練用の刃引きされた鉄剣を持たせ、一斉に自分に攻撃を仕掛けさせる。それを剣一つですべて捌くという訓練だ。


 普段壁役として運用されている武甕雷だが、攻撃力という点でも、実はかなり高いポテンシャルを持っている。

 そもそも【ゴーレムクリエイター】で創られたゴーレムは、魔核のランクと質によってその出力が変わる。

 現在武甕雷に使われている魔核はすべて【F4】ランクの魔物から取れた魔核を使用している。しかもその魔核は【ゴーレムクリエイター】の力によって上限まで質を高めたものだ。

 それにより今の武甕雷のパワーとスピードは、先日戦った【F4】ランクの魔物、双頭犬(オルトロス)以上のものとなっていた。

 それに加えこの武甕雷には、ここまで積み重ねた戦闘経験と蒼汰が何度も手を加えてきたアルゴリズムにより、並みの騎士以上の動きを見せるまでに至っている。

 それでも三体同時でないと蒼汰の相手が務まらないのには、それ相応の理由があった。

 それはゴーレムならではの反射速度の鈍さだ。いくらパワーがありスピードもあり、高度な剣技を扱えても、反射速度が鈍ければ、戦闘力は半減する。それが分かっているからこそ蒼汰は数を増やして練習相手にしているのだ。


 もちろん安全な訓練ではない。双頭犬(オルトロス)以上のパワーを持っているということは、たとえ刃引きされた訓練用の剣をであっても、まともに喰らえば大怪我は免れないということ。いや、それどころか、即死する可能性すらある。

 そんな命の危機すら感じる訓練を、蒼汰は何かに飢えているかのようのに求め、繰り返していた。


 何故蒼汰は、そんな無茶をするのか?

 当然この世界救うため――などという崇高な思いからではない。もちろんただ単純に、強くなりたい、というのもあるだろうが、それは目的を成すために必要な事であって、目的そのものではない。

 では何が目的なのか?

 答えはただ一つ、そしてシンプル。

 守りたい人を守る――ただそれだけ。

 それを成し得る事ができるなら、どんな無茶も無茶とは思わない。それが蒼汰の想いだった。




 黄昏時はすでに過ぎ、太陽の残滓すら消え去っても、まだこの訓練は続いていた。

 すでに両腕の感覚はなく、足も何度となく痙攣を繰り返す。息は激しく乱れ、大量の汗が全身を濡らしていた。

 それでも剣を振るい続けられるのは、蒼汰の並外れた気力と集中力があればこそだろう。

 だが限界は必ず訪れる。


 剣が両手から弾かれ、蒼汰は膝から崩れ落ちた。そこに振り下ろされる武甕雷の剣。そして切っ先が蒼汰の眼前でピタリと止まる。


「はあ……」


 大きくため息を吐くと、蒼汰はそのまま倒れこむように大の字になり地面に寝そべった。

 目に飛び込んできたのは満天の星空と二つの大きな満月。とても美しく、すべてを覆い尽くそうな夜空だ。

 季節はもうすぐ春を迎える。晴れた日は、暖かみを感じる事も増えていきたが、夜はさすがにまだまだ冷える。だが訓練で火照った体には、それが返って心地よく感じたれた。

 蒼汰は目を閉じ、その心地良さを体いっぱい味わっていると、誰かが近付いてくる気配を感じた。


「また無茶なことしてるね」


 それはよく知った声。蒼汰が最も守りたいと想っている人の声だった。

 目を開けると、そこには想い描いた人――水野翔子が青い外套を羽織り、タオルを片手に立っていた。

 蒼汰はゆっくりと体を起こすと胡座をかき、翔子に笑顔を向けた。


「そうでもないよ。ちゃんとセーフティプログラムは組み込んであるしね」


 それは嘘ではないが、正しくもない。

 確かに武甕雷にはセーフティプログラムが組み込まれている。ただし、組み込まれているプログラムはたった二つ。

 一つは蒼汰の手から剣が離れた時、もう一つは蒼汰が倒れた時、その時だけ、セーフティプログラムが働き武甕雷は動きを停止する。つまりそれ以外の時は止まることなく、蒼汰に攻撃を仕掛ける事になる。

 例えば、剣を持ったまま大きく体勢を崩しただけの時などは、容赦なく剣を振り下ろす。【F4】ランク上位クラスの力を持つ武甕雷の一振りだ。たとえ訓練用の刃引きされた剣でも、当たりどころが悪ければ即死、当たりどころが悪くなくても大怪我は免れない。

 それだけ蒼汰は無茶な事をしているということだ。それを翔子も分かっているだけに、蒼汰の物言いに、どこか心配げな苦笑いを浮かべた。


「はい、これ。汗、ちゃんと拭かないと風邪ひくよ」

「お、サンキュー」


 蒼汰はタオルを受け取り軽く汗を拭き一息つくと、翔子を連れ立ち近くのベンチ向かい、そこに掛けておいた黒い外套を羽織り、翔子と並びベンチに座った。


「自主練習中に、翔子が顔を出すのって久しぶりだな」


 蒼汰は何気なしに、夜空を見上げながらそう呟いた。

 少し前まで、蒼汰が自主練習をしていると、翔子はよく様子を見に来ていた。だが、双頭犬(オルトロス)の件があった二日後から十日間、彼女は一度も自主練習に顔を見せなくなっていた。

 そのため、さすがに今回は相当怒らせてしまったかなと、蒼汰自身かなり落ち込んでいたりしていた。

 この呟きも、思わず言わずにはいられなかった呟きとも言えるだろう。


「だね。実はね、これを作っていたの。蒼汰君にプレゼントしようと思って」


 翔子はそう言うと、外套のポケットから蒼銀色に輝く、花のブローチを取り出して、蒼汰に渡した。

 それは小さな星型の花が寄り集まった意匠のブローチ。女性から男性への贈り物としてはどうなんだろうとも思える、美しくまた可愛らしいものだった。


「これ、俺にプレゼントするために作ったの?」

「そうだよ。城の彫金師さんに教えてもらって頑張って作ったんだよ。まあ、初めて作ったから、あんまり上手には出来なかったけどね」


 確かによく見ると、プロの彫金師が作ったものに比べ、ややバランスが悪く、作りの甘いところがいくつも見受けられた。だがそれでも、あくまでもよく見るとであり、とても素人が十日で作れるものには見えなかった。これも勇者補正なんだろうかと、思わず首を傾げそうになる蒼汰であった。


「そんな事ないよ。とても初めて作ったようには見えないよ」

「えへへ、そうかな。頑張って作った甲斐があったかな」


 蒼汰の高評価に翔子は嬉しそうに、そして照れ臭そうに笑った。


「うん、ありがとう。大事する。でも急にプレゼントなんてどうしたんだ?」

「んーと、願かけ、かな」

「願かけ?」

「そう、願かけ。こっちの世界にね、戦いに赴く男性に、蒼銀(ミスリル)で作った花のブローチを贈ると、無事に帰って来るって願かけがあるんだって。しかも自分で作ったのを渡すと効果増し増し。だから、蒼汰君が無事に帰って来られますようにって、作ってみたんだ」

「……そっか、俺のために……めっちゃ嬉しい」


 思いもかけない翔子の言葉に感動する蒼汰だったが、ここで何かお返しせねば男が立たぬと、何かないかと思案する。そして、アレなら翔子にぴったりなんじゃないかと、あるものを思いつく。

 蒼汰はおもむろに首にかけていたネックレスを外した。銀色のチェーンに、美しく輝く菱形の黒い石が付いたネックレスだ。それは〝夜天の首飾り〟と呼ばれる装飾品型の魔導具(マジックアイテム)。効果は魔法威力の向上と、精神系攻撃魔法の無効化。蒼汰が以前、迷宮探索の際に見つけた物で、それ以来すっと使っていたものである。


 贈り物という点ではお古ということで微妙かもしれないが、物としてはかなり良い物であることは間違いない。それに魔法系の翔子との相性もいい。とは言っても――


(あとで何か、ちゃんとした物をプレゼントしないとな……)


 などと贈り物としてはやや不満に思う蒼汰としては、色々頭で考えながら夜天の首飾りを翔子に差し出すのだった。


「これ、お返しってわけじゃないけど使って欲しい」

「これって、蒼汰君と武川さんしか持ってない夜天の首飾りだよね」

「そうだな」

「そんな貴重なもの貰えないよ」

「気にしなくていいよ。それにこれは、俺が持つより翔子が持っている方が、絶対に役に立つはずだからさ」

「でも……」


 蒼汰の無事を願い、花のブローチを贈ったのに、そのお返しに、貴重な強化装備である夜天の首飾りを貰ってしまっては、返って蒼汰を危険に晒してしまうことになる。それは翔子の望む事とは真逆になってしまう。

 躊躇う翔子の姿に、何を考えているのか何となく察した蒼汰は、彼女が受け取りやすくなるように理由を口にする。


「いいからいいから。そもそも最近の俺って、近接戦闘中心になってただろう。だからあんまし魔法を使ってなくってさ、むしろコイツを持ってても宝の持ち腐れ状態なんだよ」


 それは概ね本当だが、一部嘘が混じっている。

 確かに蒼汰はここ最近、戦い方を近接戦闘にシフトしていた。そのため以前に比べて魔法を使う機会は明らかに減っていた。だが――である。

 蒼汰の魔法を扱う器用さは、勇者の中でも武川と並び突出している。これにより勇者の中で唯一、近接戦闘をしながら攻撃魔法を放つという、難易度の異常に高い芸当ができるようになっていた。ただ実戦で殆ど使っていないので、それを知っている者はいない。だからこそ翔子を言い含めるにはいい材料となるのだが。

 蒼汰は翔子の反応を見つつ、さらに言葉を続ける。


「だから、俺が使うよりも翔子が使って、援護してくれた方が、トータル的に見てみんなの生還率が上がると思うんだ」


 もちろん〝みんな〟の中には蒼汰も入る。実際、万能型魔法系である翔子の魔法が強化されれば、攻撃だけでなく、援護という点だけでもかなり有用性が増す。延いては勇者全体の強化にも繋がる。つまり生還率が上がるという事だ。

 嘘は言っていない。ただ、翔子に夜天の首飾りを渡すために咄嗟に考えた、屁理屈でもあったが。


「この首飾りを私が使えば、蒼汰君やみんなの助けになる?」

「ああ、なるなる。だから俺のためと思って受け取ってくれ」

「……うん、分かった。蒼汰の助けにもっとなれるように私、頑張る」


 翔子はそう言うと、若干躊躇いながらも蒼汰から夜天の首飾りを受け取り、未だ蒼汰の温もりが残るそれを、自分の首に掛けたのだった。


「ありがとう」


 翔子は夜天の首飾りを見つめ嬉しいそうに笑った。

 それから二人は寄り添うようにベンチに座り、こんな時間がいつまでも続けばいいのにと心に想いながら、しばしの時、小さな幸せを感じ満天の星空を眺めるのだった。

 ブルースターの花に込めた、翔子の願いを体現するかのように……


 だが運命の時は、すぐその背後まで迫って来ていた。

 そしてこの日から数えて五日後。運命の日――〝終わりと始まりの日〟を迎える。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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