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 前田の死は、勇者たち全員に大きな衝撃を与えた。

 彼らは大なり小なり、誰もが漫画やゲームの主人公になったような気持ちでいたのだ。

 故に誰も死ぬことなく、どんな困難をも乗り越え、この世界を自分たちが救う。

 誰もがそう思い疑う事がなかった。そんな保証など一切ないのに、だ。

 だがしかし、仲間の死に直面した事で、ようやく彼ら気付いたのだ。自分たちは物語の主人公ではなく、簡単に死ぬ存在なのだという事に。

 そしてそれに気付いた彼らの中に、死の恐怖で戦えなくなる者が現れた。

 それはある意味当たり前の事。死ぬはずがないと信じて疑わなかった者が、仲間の死によって、脆く簡単に死ぬ事を知ったのだ。恐怖を感じ足がすくむのは当然であろう。


 しかしそんな中、蒼汰、天野、雅人の三人は、まるで別人のように、強さを求めるように己を追い込み始めた。

 それは自分が弱いがために、前田を死なせてしまったと言う後悔の念からなのか、鬼気迫る勢いで訓練や実戦をこなしていった。

 やがてこの三人は、わずかな期間で急速に実力を伸ばして行く事になる。

 そして前田の死から二ヶ月半が過ぎた頃、蒼汰は接近戦をもこなす万能型の魔法剣士に、天野は他の追随を許さぬ圧倒的なエースに、雅人はまるで前田が乗り移ったかのような超絶剣士へと生まれ変わっていた。


 そんな三人の思いは、自然と他の勇者たちにも伝わる。

 一時は戦うことを放棄した者ですら、三人の姿に何かを思い、自らをの意思で、前田の死を無駄にしないためにも、戦場へと戻ることを決めていく。

 ようやく全てが元に戻り始めた。より強い絆を得て。

 誰もがそう思っていた。



 ◆◇◆



 その日、蒼汰のパーティーは少し遅れて迷宮から帰還した。

 もう夕食時間ということもあり、手早く着替えを済ませた蒼汰たちは、足早に食堂へと向かっていた。


「なあ夜神、なんか雰囲気がおかしくないか?」


 何か異様な雰囲気を感じとり、蒼汰に声をかけてきたのは、今日のパーティーメンバーの一人、【闘気武闘】の勇技(ブレイブスキル)を有する鬼藤斗真(キトウトウマ)であった。

 短く刈り上げられた髪に、細身ながら鍛え抜かれた肉体が特徴の男。中学三年生の時にはボクシングで、県代表にまでなった実力者である。

 鬼藤の勇技(ブレイブスキル)【闘気武闘】は、まるでその資質に合わせるように徒手格闘能力を強化させるもの。その実力は、近接戦闘において、勇者の中でもトップクラスと誰もが認めるものであった。また五感も鋭くなっているらしく、パーティーでは探索役も務めるなど万能的な力を持っている。

 そんな鬼藤が蒼汰の隣を並び、どこか訝しむように声をかけてきたのだ。

 それは蒼汰も同様に感じていた事だった。なんというか雰囲気が暗いのだ。それに城で仕える者たちも何かを隠している。いや、何かを言い出せないでいるように見えた。


「ああ、何かあったぽいな」

「だな」


 得体の知れない不安を感じながら、蒼汰たちは食堂へと歩みを進めていく。


 食堂にはすでに食事が並び、九人の勇者が各々の席についていた。

 だが食事に手をつけている者は誰一人いない。食事の時間はとうに過ぎているの、ただただ沈んだ表情で俯き口を閉じている。

 蒼汰は食堂全体を見渡し、東城たちのパーティーメンバーが一人もいないことに気付いた。

 今日、東城をリーダーとしたパーティーは、王都から二時間ほど離れた小さな村に現れた、犬鬼人(コボルト)の群れの討伐に向かっていた……はずである。

 距離も近く、小さな群れだということで、勇者一パーティーを中心に、騎士一小隊と宮廷魔術三人で対応することになっていた。

 犬鬼人(コボルト)相手には、充分すぎる戦力を派遣したと言っていいだろう。

 そう考えると、まだ戻って来ていないとは、とても考え難い。

 言い知れぬ不安を胸に、蒼汰たちは各々の定位置となった席へて向かった。

 蒼汰の隣の席に座る翔子は、目の前の食事に一切手を付けず、ただ一点を見つめるように俯いていた。

 嫌な予感は確信へと変わった。同時に翔子は何が起きたか知っている――とも。


「……何が有ったか知ってる?」


 蒼汰は席につくと、やや躊躇いながらも意を決して、翔子にだけに聞こえる声で、問いかけた。


「……東城君たちの、パーティーが……死徒に襲われて……まど……が……」


 翔子は涙を浮かべ、すがるように蒼汰を見つめ話し始めようとするが、すぐに言葉が出てこなくなり、嗚咽へと変わる。

 蒼汰はそれ以上何も聞かず、背もたれに深く体を預け天井を仰ぎ見た。

 やはり最悪の事が起きている――そう思わざるを得ない翔子の言葉であった。

〝死徒〟と呼ばれる存在――そして襲撃。

 今まで言葉でしか知らなかった敵が、遂に牙を剥き始めたという事実。さらに……


 やがて、沈黙が支配する食堂ホールに、首席宮廷魔術師のテオドール・フォン・ベルムバッハが姿を現した。


「ちょっと私の話を聞いてくれ」


 ベルムバッハは食堂ホールの前に立つとそう話を切り出した。みんなの注目が一身に集まるを確認すると、ベルムバッハは話を続ける。


「本日、犬鬼人(コボルト)討伐に向かった隊が、死徒より襲撃を受けた」


 事情を知らなかった者たちはざわつき、知ってい者たちは唇を噛み押し黙る。


「随伴した騎士隊は全滅、宮廷魔術師もマリンガムを除く二人が死亡、そして……」


 そこまで言えばベルムバッハが何を言おうとしているのか誰でも分かる。

 一気に静まりかえった食堂ホールの中、ベルムバッハは悔しさを滲ませ言葉を続けた。


「勇者パーティーから織田、黒木の死亡を確認した」


 その瞬間、食堂に嗚咽するような声と悲鳴にも似た声が響いく。

 死んだのは織田まどかと黒木真子。

 織田は【マスターアサシン】の勇技(ブレイブスキル)の使い手。高い戦闘能力の索敵能力を持った万能型斥候の勇者。蒼汰が初実戦の際に、パーティーを組んだ長い黒髪の少女だ。

 そして黒木は【アンデットクリエイター】という、アンデットを生み出し使役する勇技(ブレイブスキル)を有した少女。その能力のタイプから、蒼汰と同じパーティーに組み込まれることはなかったが、週に一度、蒼汰や黒木を含めた類似の勇技(ブレイブスキル)を有した四人で意見交換を行なっていた為、蒼汰としても比較的仲の良い勇者(クラスメイト)の一人であった。

 そんな二人の少女が、なんの前触れもなく突如として命を失った。

 仲間の死に悲しみに沈む食堂ホールの中、ベルムバッハは状況を次のように説明した。


 襲撃があったのは犬鬼人(コボルト)討伐を終えた帰りの道、一時小休止を取り始めたパーティーを狙った奇襲だった。

 織田の索敵を掻い潜って現れたのは、蟷螂(カマキリ)のような姿をした死徒。突如木の上から舞い降りて織田と黒木がやられた。ほぼ即死であった。

 傍にいた【槍神】の本多と【金剛招来】の高田もやられたが、二人は重傷を負いながらも何とか命を取り留めている。

 その後、雅人と勇者に匹敵する実力を持つ宮廷魔術のマリンガムを中心に戦い、何とか死徒の撃退には成功したが、騎士隊は全員死亡、宮廷魔術もマリンガムを残し全滅。

 生き残ったのは、重傷を負い早々に戦線を離脱した本多と高田、そして最後まで戦った雅人とマリンガムだけ。その二人も全身に深い傷を負い、今は治療を受けベッドで眠っている。


「撃退できたのは東城の高い継戦能力と、マリンガムの高度な魔法技能があったからだろう」


 ベルムバッハは、今回の説明をそう締めくくった。

 説明を終えたベルムバッハは、勇者たちに「とりあえず今日の食事をとって早めに休んでくれ」とだけ伝え食堂ホールを足早に立ち去った。

 だが勇者たちは殆ど食事に手をつける事なく、重く暗い雰囲気の中、各々の涙と共に自室に戻っていったのだった。



◆◇◆



 この死徒襲撃事件は勇者たちに大きな影を落とすことになる。

 当然であろう。前田の死からようやく立ち直り、前に進もうと歩み始めた矢先に、再び仲間を失ったのだ。しかも今度は二人同時に……

 心が折れた。まさにそう表現するのが正しいだろう。

 半数の勇者は戦うことを拒否し、中には部屋に閉じこもってしまった者まで出て来ている。

 その最たる者は東城雅人だ。雅人は、パーティーリーダーとして多くの犠牲者を出してしまったショックからか、部屋に閉じこもり、全く出てこようとしない。部屋に訪ねた蒼汰や武尊、天野の声掛けにも反応することはなかった。


 そんな中でも、止まらず前に進もうとする者たちも当然いた。

 その中心にいたのは、やはり勇者の代表的な存在でもある天野勇斗であった。

 死徒襲撃事件の後も、天野は率先して迷宮に潜り己を鍛え続け、ともに歩もうとする者たちと共に死徒に負けない、いや、死徒を滅殺できるだけの力を持った軍団を作ろうとしていた。

 そしてその中には蒼汰や翔子、武尊の姿もあったのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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