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練磨迷宮から帰還した蒼汰たちは、事の次第をベルムバッハに説明した後、ベルムバッハの提案で、他の勇者たちの帰りを待たずに、先に自室で休む事になった。
なんとも言えない疲れを感じていた蒼汰は、今は誰にも会いたくないという気持ちもあり、これ幸いと自室に戻るとすぐにベッドに潜り込んだ。
(……眠れねぇ)
ベッドに横になりはや数時間、何故か眠れない。肉体も精神も疲れきっているのに、どうしてか全くと言っていいほど眠くならない。
いや、理由は言わずもがな分かっている。
後悔、焦燥、恐怖――前田の事を考えると、それらの感情が鎌首をもたげ、何度となく頭の中をループするのだ。
「少し夜風にでも当たるか」
時刻はすでに深夜と言っていい時間。他の勇者たちは、もう寝静まっている事だろう。
寝付けない蒼汰は、外套を羽織ると一人廊下を歩き、ラウンジのバルコニーに向かった。
のだが――そこには一人、すでに先客がいた。
冬の夜風に亜麻色の髪を揺らしながら、彼は透き通るような満天の星空を、憂いを帯びた瞳で見つめていた。その横顔のあまりの美しさに、同性で有る蒼汰ですら思わす息を飲む。
「ん? ああ夜神か。君も眠れないのか?」
そんな蒼汰に気付いた彼が、わずかな驚きの表情と共に声をかけてきた。
「まあ……な」
その声で我に返って蒼汰は、気まずげに短く返した。
誰にも会いたくなかった蒼汰としては、何処か居心地の悪さを感じてしまったからだ。
「そうか……そうだよな……」
天野も同様の思いなのか、所在無げに呟くと、それ以上何も言わずに、再び夜空に視線を向けてしまう。
なんとも言えない雰囲気の中、流石にこのまま引き返すのも気が引た蒼汰は、天野から少し距離を取ると、手摺にもたれかかりしばらく冷たい夜風に当たる事にしたのだった。
あれからどれくらい過ぎただろうか。天野がポツリと呟くように口を開いた。
「僕が不甲斐ないばかりに……申し訳ない」
それは、誰に向けて言った言葉なのか蒼汰には分からなかった。この場には自分しかいないのだから、自分に向けられた言葉のようにも思えるが、何故か違うように思えた。
だが、だからといって、無視するのも違うと感じた蒼汰は、当たり障りの言葉を選び天野に返す事にした。
「お前は良くやってると思うよ」
それを聞いた天野は、応えが返ってくるとは思っていなかったのか、やや驚いた表情を蒼汰に向けると、すぐに状況を理解したのか苦笑いを浮かべる。
「あの時、僕がもっと早く合成獣を倒せていれば、あんな事にはならなかったはずなんだ。僕がもっと強ければ……」
先程のものとは違い、それは蒼汰に聞かせるための言葉だった。
それが分かった蒼汰は、どう答えるべきかと思わず考えてしまう。
そもそも天野の考えが、蒼汰には正しいとは思えなかったからだ。
確かに天野に、合成獣をもっと早く倒すだけの強さがあれば、前田は死なずに済んだかもしれない。
だが前提が間違っている。天野はすでに勇者の中でもずば抜けて強いのだ。事実【F4】ランクの魔物を一人で倒せるのは、今のところ天野だけしかいない。その天野にできぬのなら他の誰にもできなかっただろう。
だからこそ、それを弱いからという理由で自分を責めるのは、何処かお門違いに蒼汰には思えた。勿論その気持ちは蒼汰にも痛いほど分かるのだが。
「あれ以上の事は、誰にも出来ねぇよ」
だから蒼汰は、自分の感じた事を素直に口にした。
だが天野は、求めていた答えとは違っていたのか、わずかに苦い表情を浮かべた。その表情に気付きながらも、蒼汰はそれを無視して言葉を続ける。
「あの時、一番ダメだったのは、俺だ。俺が弱い所為で前田は自由に動けなかった。前田がもっと自由に動けていたら、あんな事にはならなかったはずなんだよ」
実際、蒼汰たちに護衛が必要無ければ、前田は雅人と共闘する事ができ、合成獣との戦いに生き残れた可能性が高かった。
だがそんな考えをする蒼汰に、天野は「それは違う」と声を上げた。
「夜神は召喚系である以上後衛だ。そして後衛を護って戦うのは前衛の仕事だ。それを自分が弱いと悲観するのは間違っている。そもそも前田は夜神だけを護っていた訳じゃない。後衛には松井もいたんだ。夜神が戦えたとしても、結局護衛は必要になるのだから、それを責任に感じる事はないよ」
天野からすれば、それは当然の考え方だった。しかしそれを聞いても蒼汰は納得しない。天野の目を見て首を左右に振ると、「それだけじゃない」と言葉を続ける。
「自分のやるべき仕事も、全然出来ていなかったんだよ」
「そんな事は――」
「そんな事あるんだよ。まず雅人が、合成獣と対峙した時、本来は雅人と組ませていた武甕雷を楯にしなきゃいけなかったのに、俺はパニックってその指示が出せなかった。他にもある。もっと早く四体目の武甕雷を召喚していれば、状況が好転したかもしれなかったのに、制御がまだ甘いからと出し渋ってしまった。この二つはどう考えても俺のミスでしかない」
天野にすら思わず一理あると思わせる内容ではあった。だがそれなら、リーダーであった自分には、尚更責任があるのではないかと天野は思う。
リーダーである以上、天野は蒼汰の能力をかなり正確に把握していた。つまりそれは、先程蒼汰が言った事を、天野自身が指示できる立場にいたとも言えるからだ。
だがらこそ天野は、首を横に振り蒼汰の言葉を否定する。
「それを考え指示するのが、あの時リーダーだった僕の仕事であり責任だ。夜神は悪くない。君は君の出来る事をしたんだ。気に病むなとは言わないけど、あまり自分を責めない方がいい」
天野の物言いに蒼汰は苦笑いを浮かべた。
「それを言うならお前も、何もかも自分で抱え込もうとするなよ。全部自分で出来るわけじゃないんだからな。仲間がいるんだから頼ればいいし利用すればいい。今のままだと、いつか糸が切れた凧みたいに何処かに飛んでちまう事になりかねないぞ」
蒼汰の言いたい事は、天野にも理解できた。だからだろうか、天野は苦笑いとも違う曖昧な笑みを浮かべるしかなく――
「そう出来るように心掛けるよ」
と返すだけにとどめたのだった。
蒼汰もそれ以上何かを言うつもりもなく、再び二人の間に、なんとも言えない沈黙が流れる事となる。
(こういうのも、傷の舐め合いと言うんだろうか)
と互いに思いつつ、もうこれ以上話す事が無くなった二人は、押し黙ったまま共に冬の夜空を眺めていた。
勿論二人とも先程の会話で、何かしらの〝納得〟ができたかというと、そうではない。
自分の出来なかった事、やらなかった事、それらを思い浮かべると、後悔や忸怩やる思いが先に立つ。
無論自分たちが仲間の死に、直接に近い形で関わっている以上、そう言った感情は必ず残るし、忘れてはいけないものでもある。
だが現状を考えると、ここでそれを理由に足踏みするのも難しい。
たとえ押し付けられた〝勇者〟と言う役割であったとしても、世界を救いを求める目が自分たちに向いている以上、今更止まれないという思いが彼らには付き纏うのだ。
ならば少しでも、仲間の生存率を上げるためにも、自分たちを鍛え続けるしかない。
そう考えると、やる事は今までと大して変わりないかも知れないが、もう当初のような気持ちではいられなくなってしまった事は間違いないだろう。
その事をどう感じているのか、二人はそれ以降言葉を交わす事なく、冬の冷たい風に吹かれ、そしてどちらからとなくバルコニーを後にする事になる。
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