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「夜神、前田と東城を頼んだぞ」

「夜神君、よろしくお願いします」

「分かった。二人とも上は任せた」

「任せておけ、すぐに終わらせて俺たちも下にいく」

「天野君の言う通りだから、夜神君は前田君たちのことに集中して」


 天野と松井の言葉を受け、蒼汰は地面に打ち込んだアンカーにロープを掛け、裂け目の中に下りていく。


 前田と雅人が裂け目に落ちてすでに十分が過ぎていた。

 すぐに二人の救出に向かいたかった蒼汰たちだったが、合成獣(キマイラ)が、そして翼狼の群れがそれを許してはくれない。

 蒼汰もさらに武甕雷を一体追加召喚して対応したが、状況の改善までに十分近く要してしまった。[蒼汰はこの二ヶ月で成長して、現状無理をすれば、何とか武甕雷を四体まで同時召喚できるようになっていた]

 それでもまだ、魔物を全て排除できたわけではなかったが、天野が合成獣(キマイラ)を倒した事で若干余裕ができ、無理を押して蒼汰のみを先行させ、前田たちの救出に向かわせる事になったのだ。


 前田たちが落ちてからすでに十分が経っている。落ちた頃、雅人の叫び声らしきものが聞こえていたが、それも五分ほど前に途絶えていた。

 それがまた、蒼汰たちの不安を煽る。

 蒼汰は逸る気持ちを抑え、ロープをつたい下りていった。

 裂け目は思いの外深く、二〇メートル程はあるように見えた。剥き出しの岩肌には、鋭く尖った大きな棘のような突起物があり、蒼汰の行く手を阻んできた。

 それでも何とか下まで降り切った蒼汰は、周囲に視線を巡らしながら二人に名を叫んだ。


「雅人!! 前田!!」


 だが返事はない。裂け目の中は死角が多く、見える範囲には二人の姿は見当たらない。

 蒼汰は足場の悪い中、二人を求め声を上げながら歩き出した。

 最初に発見したのは合成獣(キマイラ)の屍。獅子の頭に折れた前田の剣を生やし生き絶えていた。

 この近くに雅人たちがいるはずだと、蒼汰は視線を巡らせ雅人たちを必死に探す。

 そして見つけた。

 蒼汰の視線の先にあったもの、それは折り重なるように倒れている二人の姿。


「雅人! 前田!」


 蒼汰は二人の名を叫びなから走った。


「雅人、大丈夫か!?」


 二人の下に駆け寄った蒼汰は、前田の上に覆い被さるように倒れていた雅人の上体を起こさせ肩を揺さぶり声をかける。

 しかし全く反応がない。脈は……ある、呼吸も……弱いながらしている。

 すぐに治療を開始したいが、先に前田の状態も確認しなければならない。

 雅人を前田の隣に寝かせると前田の肩を揺さぶり声をかける。

 こちらも反応が全くない。

 そして――


「おい、嘘……だろ……」


 前田は息をしていなかった。そして心臓も動いていない。


「おい! 嘘だろ前田、冗談はよせよ! 返事しろよ。なっ、前田……返事しろよ! 前田アア!!」


 激しく肩を揺さぶり叫ぶ蒼汰に、前田はもう応えることはない。

 前田はすでに生き絶えているのだ。

 茫然となりその場に座り込みそうになる自分を、蒼汰は血が出るほど歯をくいしばり押さえ込む。

 まだ雅人は生きている。

 

(雅人を助けられるのは俺だけだ。ここで自分を見失うわけにはいかない)


 自らにそう言い聞かせ、蒼汰は雅人の治療を始めた。


 薄暗い裂け目の中に魔法の明かりが灯る。

 この時蒼汰は、初めて二人の惨状を目の当たりにする。

 前田の上半身は暗い赤色に染め上がられるほど血塗れになっていた。その首元には、合成獣(キマイラ)の牙による傷が深く刻み込まれていた。

 雅人が治療をしようとしたのか、その傷に青い液体――回復用ポーションが掛けられた跡が残っている。その証拠に前田の周りには、空になったポーションの小瓶が無造作に転がっていた。

 続いて雅人の状態を確認する。合成獣(キマイラ)の一撃で折れた右腕は普通ではあり得ない方に曲がり、無事だったはずの左腕は落下の際に負った傷なのか、縦に斬りつけられたような大きな斬り傷が出来、今も血を流がし続けている。さらに左足の太ももにも何かが突き刺されたような深い傷があり、左腕の傷以上の血が今も溢れ出ていた。


「これは……まずいな……」


 動揺しそうになる心を叱咤して、蒼汰はすぐさま自分の魔法の背嚢からポーションを取り出すと、雅人の傷口へとかけていく。

 一本、二本、三本と次々とかけていき、ようやく手足の傷から血が止まったのは、手持ちの七本のポーションの内、六本目を使い切った時だった。それでも傷は完全に塞がったわけではなく、あくまでも止血程度。まだ雅人の傷はその体に深く刻まれていた。

 その傷を見ながら蒼汰が思わず


(こんな時、自分に結城のような回復魔法が扱えれば……)


 と考えてしまうのも無理もないことだろう。


「おい! 雅人、しっかりしろ!!」


 蒼汰は残り一本のポーションを飲ませようと雅人の顔を軽く叩き呼びかけた。

 すると雅人はわずかに身動ぎした。だが意識が回復したわけではない。

 蒼汰はポーションの蓋を開け、雅人の口に少しだけ流し込む。しばらく様子を見て飲めていることを確認すると、繰り返し少しずつ飲ませながら声をかけ続けた。

 やがてそれが功を奏し、雅人は呻き声を漏らしながら目を薄く開いた。


「おい、雅人! 大丈夫か!?」


 蒼汰は朦朧とする雅人を抱き起こし呼びかけた。


「そ、蒼汰か……。俺は、い、いったい……」

「はあ……よかった、気が付いたみたいだな」


 とりあえず、弱々しいながらも話すことができた雅人に、蒼汰は安堵の息を漏らした。だが続いて雅人が発した言葉に、蒼汰は言葉を失う。


「す、すまない……お、俺の所為で前田が……。俺が、俺がもっと……もっとしかりしていれば、前田は死なずに、死なずに済んだのに……すまない……」


 蒼汰の腕の中で雅人は涙を流した。

 雅人は知っていたのだ、前田の死を。そして前田の死の責任が、自分にあると思っているのだ。

 蒼汰はそんな雅人に、返す言葉が浮かばなかった。

 自分は今まで、自らの弱さに甘え、前田たち前衛に護られる事が当然だと思っていた。だがもしあの時、蒼汰自身が翼狼と接近戦をするだけの力があれば、俺を守る必要がなくなる前田は、雅人と並び戦う事ができ、二体目の合成獣(キマイラ)にも対応できたかもしれない。

 しかし蒼汰たちの護衛に前田がまわった事で、雅人が単独で合成獣(キマイラ)と戦わなければならない状況になってしまった。その所為で前田は対応が後手後手に回り、結果として致命的な攻撃を食らうことになってしまった。

 そう考えていた蒼汰は、己の弱さこそが今回の前田の死の原因だと感じていた。

 そしてそれと同様の事を雅人も感じていると知った時、雅人の言葉になんと言っていいのか分からなくなった。いや、雅人自身、何か言って欲しいなどとは、全く思っていないだろうと、分かってしまったからかもしれない……

 そんな後悔の念から、蒼汰も雅人と同じように悔しくて、大切な仲間を亡くした悲しさで涙を流した。



 しばらくすると、上の魔物を片付けた天野と松井がやってきた。

 前田の死を知った松井が酷く取り乱したが、天野が何度も話しかけた事で、何とか落ち着きを取り戻した。

 松井が落ち着きを取り戻したところで、蒼汰は天野と松井からポーションを受け取り雅人の回復に使用した。

 そしてなんとかまともに話す事ができるまでに回復した雅人から、クレバスに落ちた後の事を聞くことになる。


◆◇◆


 雅人と前田が裂け目の下まで落下した時、前田の首元は合成獣(キマイラ)に食いつかれた事で、大きな傷を負い血塗れになっていた。

 それを見た雅人は、すぐさま手持ちのポーションを前田の傷口に振りかけた。だが前田の傷は回復の兆しすら見せなかった。

 焦りを覚えた雅人は、前田が持っていたポーションもすべて使い治療にあたった。

 しかしそれでも、前田の傷は治らなかった。そしてここにきてようやく雅人は前田の〝死〟の可能性に思い至る。

 すぐさま呼吸と脈を確認するが……案の定、であった。

 だが雅人はそれでも諦めなかった。傷付いた体に鞭打って、前田を助けるため心臓マッサージを始めたのだ。しかも右腕は骨折していて動かなかった為、落下時に大きな傷を負った左手一本でだ。

 前田の上半身が血塗れだったのは、前田自身の出血だけでなく、心臓マッサージの際に浴びた雅人の血の所為でもあったのだ。

 しかし雅人のその思いは報われず、前田は蘇生しなかった。そして血を流しすぎた雅人は、そのまま前田に覆いかぶさるように意識を失った。


「あと、俺が意識を失くす直前に、何かあったような気がするんだが……朦朧としていた所為かよく思い出せない」


 雅人は最後にそう言って話を締めくくった。

 雅人の話を聞き終えた蒼汰たちは、それぞれ思う事があったが、今はそれを口に出さず、まずこれからどうするかを話し合う事にした。

 現状前田を失い、雅人も戦えるまでには回復していない。戦力で言えば半減といったところだろうか。

 単体の魔物であれば残るメンバーでも充分対応できるが、今回のような群れに遭遇すればさすがそれも難しくなる。まして雅人を護りながらの移動をしなければならない。さらに言うのならば前田も、こんな所に置いて行くわけにはいかないだろう。

 当然考えられたのは撤退。だがしかし、ここは三十九層。ここから転移碑がある三十五層まで戻るとなると、かなりの距離になってしまう。

 そこで天野が下した決断は、四十層の転移碑を目指すということだった。当然ルートが分からないため、探索しながら脱出を目指すことになるのだが、戻るよりも早く、安全だろうと判断したのだ。



 方針が決まれば彼らの行動は早い。蒼汰たちは天野を中心に迅速かつ慎重に迷宮を探索して行く。

 もちろん無駄な戦闘は全て避け、倒した魔物の剥ぎ取りもしない。各々できることを完璧にこなし最短時間での脱出を目指した。

 そして行動を開始してから一時間近くが過ぎた頃、ようやく蒼汰たちは無事――とは言えないだろうが――四十層の転移碑に到着したのだった。

 だがしかし誰一人その表情には安堵の色はなく、ただただ悲痛な想いが滲み出ていたのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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