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猪鬼人討伐から二ヶ月が過ぎ、勇者たちの力は、〝セカンドブレイク〟で得た能力と相まって飛躍的に向上していた。
その実力は、選抜パーティーを組んでいない通常パーティーでも、【F4】ランクの魔物を確実かつ安全に討伐できるにまでなっていた。
この頃から勇者たちは、ようやく自分たちの力に自信を持てるようになる共に、自分たちがこの世界を守る勇者である事に、自覚を持つようになって来ていた。
だがしかし、それは……いや、だからこそ、それは……そんな最中に起こったのかもしれない。
◆◇◆
それは四十層に有る〝転移碑〟を目指し進む、蒼汰たちのパーティーに起こった。
転移碑とは、練磨迷宮の五の倍数の階層毎に設置された、転移移動用の石碑の事である。
この転移碑を触れる事で、迷宮からの帰還や、前回触れた転移碑への復帰などが出来るようになる為、迷宮探索において最も重要かつ必要不可欠な役目を担った設備であった。
ただこの転移碑も、五十層までしか存在していない。それよりも奥に進むには、何十日もの時間と、それに耐え得る物資を用意して挑む必要が出て来てくる。
その為、過去の勇者の実力を持ってしても、いまだ九十層までしか辿り着けておらず、この練磨迷宮がどれほどの深さがあるのか、未だに分かっていない。
「一体そっちに行った! 夜神、頼む!」
「オウッ!!」
鷹のような翼を生やした灰色の狼――翼狼を斬り殺しながら天野勇斗は叫んだ。
蒼汰はすぐさまそれに応え、前衛を突破した翼狼に、武甕雷を向かわせる。
四十層の転移碑を目指す蒼汰たちは今、混戦の中にいた。
現在蒼汰たちがいるのは三十九層。
三十層を越えてから迷宮の各層は立体的な構造となり、下層へ降りる階段を求め上へ下へと彷徨うはめになっていた。そんな中、翼狼のコロニーを発見した事で、この混戦は始まった。
コロニーにいた翼狼の数は十体、そしてランクは【F3】。今の蒼汰たちであれば特に問題のない相手。当然蒼汰たちも、イケると判断して攻撃を仕掛けた、のだが……
襲撃開始から間もなく、翼狼の遠吠えは響き渡り、それに応えるように幾つもの遠吠えが聞こえてきた。
それを合図に一気に押し寄せて来る無数の翼狼。始め十体しかいなかったはずの翼狼が、気付けば三十体を超える群へと膨れ上がり、場は混戦へと変わっていた。
この場にいる勇者は、蒼汰と天野に加え、【剣神】の前田圭一、【弓神】の松井夕美、そして【ドレインマスター】の東城雅人の五人である。
このメンバーには、接近戦を苦手とする蒼汰と松井がいる為、自然と戦闘は、この二人を守るような布陣となっていた。特に武甕雷は、蒼汰と松井に寄り添い翼狼の接近を阻む壁となっていた。
――ガルウウウウ!!
翼狼は牙を剥き吠え武甕雷に襲いかかる。それに合わせ、武甕雷のタワーシールドが唸る。
骨が砕けるような嫌な鈍い音。顔面を陥没させた翼狼は吹き飛び、迷宮に出来たクレバスのような大地の裂け目に落ちていく。
それを見届ける間も惜しいと、蒼汰はすぐに周囲に視線を走らせた。
すでに周りは翼狼に囲まれている。数は三十と少し、ただまだ数は増えていくように見える。
現状、天野、前田、雅人の三人が蒼汰と松井を囲むように三方に別れ戦い、そのすぐ内側に、三体の武甕雷を配置して三人が討ちもらした翼狼を、これ以上蒼汰たちに近付けさせないように叩く。蒼汰たちはその中心から、魔法や弓で翼狼に攻撃を仕掛けて戦線を維持していた。
倒した数で言えば、すでに二十を超えていた。それでも数は減るどころか増えている。
とはいえ、戦いそのものは安定していた。このまま行けば問題なく翼狼を殲滅することが出来るだろう――と、誰もがそう思っていた。
その時、大きな影が翼狼を蹴散らし戦場を横切った。
その影に素早く反応したのは天野勇斗。咄嗟に前に踏み出し剣を振るう。
かすかな手応えとわずかな血煙を残し、その影は天野から瞬時に離れていく。
それを追うように一本の銀光が煌めく。松井が放った矢だ。だがその矢は、その影の前足によって叩き落とされた。
――グラアアアア!!
それは影が放った威圧の咆哮。蒼汰たちだけでなく、翼狼たちの視線もその大きな影に一気に集中した。
「なんだアレは……」
それは、この場にいる全員の気持ちを代弁するかのような、雅人のつぶやきだった。
そこにいたのは異様な姿の魔物。
金色の毛並みの獅子。だがその背中には、悪魔のような捻れたツノを持った漆黒の山羊の頭部が生え、さらに尻尾は大蛇となり蒼汰たちに牙を剥いている。大きさは普通の獅子の倍近くはあるだろう。まさに異形の化け物である。
そんな異形の化け物から感じる気配はただ事ではない。まさに強敵――誰もがそう感じた。
この魔物の名は合成獣。【F4】ランクに名を連ねる、猪鬼王クラスの怪物だ。
だがそれでも、今の蒼汰たちであれば問題のない相手のはずだった。
「あれは【F4】ランクの魔物、合成獣だ。戦い方を変える」
それは天野の声。
天野は蒼汰たちに矢継ぎ早に指示を出していく。そして合成獣の参戦により蒼汰たちの戦い方は一変する。
合成獣の相手は天野がメインに行い、蒼汰と松井がそれを遠距離から援護する。翼狼の相手は継戦能力の高い雅人がメインで行い、それに武甕雷の二体がサポートに付く。前田は蒼汰たち後衛の傍にまで下がり護衛。残る一体の武甕雷とともに近付く翼狼たちを叩く。
多少、安定感は無くなる分、決して余裕がある戦いとはいえないが、それでも今の蒼汰たちであれば充分対応出来る戦いだった。
……だが、事態は坂を転げ落ちるように悪化する。
最初に気付いたのは、やや引いて戦場を見渡すように戦っていた前田だった。
混戦の中を切り裂いていく大きな影。それは一直線に雅人へと向かっていた。
「東城っち! もう一体合成獣がいる! そっちに行った!!」
「マジかよ!?」
前田の警告に、雅人は焦りの色を色濃く浮かべた。
現状雅人は、三体の翼狼を同時に相手取り戦っていた。その為、合成獣にまで対応する余裕がない。
前田はその現状を素早く把握。
(これはちょっと、マジヤバイな)
そう判断し「蒼汰っち、あとお願い!」と言い残すと、雅人の下へと走り出した。
――ウガアアアア!!
威嚇の咆哮を上げ、雅人に迫る合成獣。
前田は雅人に迫る合成獣に向け、腰に下げた予備の剣を投擲する。
だが蛇の尻尾がその剣をあっさりと叩き落とし、減速することなく翼狼と戦う雅人の眼前にまで迫った。
雅人は咄嗟に闇魔法を発動、己の周りを闇の霧を発生させ、自身の気配を闇の紛れ込ませる。
だがそれを嘲笑うかのように、合成獣は雄叫びを上げ、口から炎のブレスを放った。
「雅人!!」
「東城っち!!」
「東城!!」
「東城君!!」
蒼汰たち四人の叫び声が響く。だがその声が届く間も無く雅人が隠れた闇の霧は、そばにいた翼狼ごと一瞬にして炎に包まれた。
誰もがその瞬間、最悪の事態を思い浮かべた。だが――
「ウラアア!!」
気合の声とともに、燃え盛る炎の中から雅人が飛び出した。
体中のいたるところが焼けただれ、黒煙を上げてはいるが、雅人は無事あの炎の中から生還してのけたのだ。
しかしまだ助かったわけではない。
雅人は腰のポーチから、青い液体が入った小瓶――回復用ポーションを取り出し頭からかぶった。
そんな雅人に、合成獣は不機嫌さをあらわに唸り声を上げ、再び襲いかかって来た。
雅人は咄嗟にポーションの小瓶を投げ捨てカトラスを構える。
鋭い爪を生やした合成獣の前足が眼前にまで迫る。
雅人は体を屈め、前のめりに突っ込ませながらその一撃をすんでのところで躱すと、お返しとばかりに、すれ違い様に獅子の首目掛けカトラスを斬り上げる。
「チッ!!」
だが威力が足りない。負わせた傷は薄皮一枚分のみ。
再び距離を取り睨み合う雅人と合成獣。
一旦足を止めてしまっていた前田は、それを見て再び雅人を援護するため走り出す。
しかし合成獣が前田の到着を待つわけもなく、獰猛なまでの咆哮を上げ再び雅人に向け駆け出した。
雅人に襲いかかる凶悪なまでの威力を秘めた太く鋭い爪。明らかに先ほどよりも速い一撃。
――躱せない。
そう判断した雅人は合成獣の爪の一撃を、カトラスでまともに受け止めた。
骨が折れる嫌な音。カトラスは宙を舞い、地面に激しく叩きつけられるように吹き飛ばされる雅人。
地面に倒れたままピクリとも動かなくなった雅人を見下ろし、合成獣は満足そうに吼えた。そしてトドメを刺すべく、動かぬ雅人に向け走り出す。
だがそこに――
「させねーよ!!」
一気に追いついた前田が、走る勢いそのままに、合成獣の脇腹に剣を突き立てた。
――ギャオオオン!!
合成獣は、突如襲った予想外の激痛に悲鳴を上げた。
全体重を乗せた前田の剣は、合成獣の脇腹に半ばまで突き刺さっている。
当然ここで終わらせるつもりなどない。
「死ねや、このキメラ野郎が!!」
前田は体全体を使い、刺さった剣をさらに抉り込む
迷宮に再び響き渡る合成獣の悲鳴。
前田は表情一つ変えず、トドメを刺すため剣を引き抜く。
これでまず一体。そんな思いと共に前田は剣を振り上げた。――が、その瞬間、突如太ももに鋭い痛みが襲った。
「ウグッ!?」
思わぬ痛みに視線を向ける前田。そこで見たものは、太ももに食らいつく大蛇だった。それは合成獣の尻尾となった大蛇からの反撃。前田はすぐさま剣を払い大蛇を斬り捨てる。
しかしその行動により、大きな隙が生まれてしまった。
左肩に激痛が走る。同時に車にはねられたかのような衝撃が襲い、前田は雅人の下まで弾き飛ばされてしまった。
前田がギリギリ確認できたのは、合成獣の山羊頭によるカチ上げるような頭突きの一撃。鋭い角が前田の左肩を貫いた上に、凄まじい威力の頭突きで吹き飛ばされたのだ。
呻き声を上げながらも、前田は剣を杖にして立ち上がり、未だ気を失い倒れている雅人を守るように、合成獣の前に立ちはだかる。
合成獣は腹を抉られ、尻尾を斬り落とされた怒りを露わに、射殺さんばかりに立ち上がった前田を睨みつけた。
そんな中でも前田は冷静に視線を走らせ周りの状況を確認した。
天野は目の前の合成獣で手一杯。蒼汰と松井も翼狼に囲まれ援護どころではないだろう。それは三体の武甕雷も同じで混戦で身動きが取れなくなっている。そして肝心の雅人は未だ気を失ったまま。つまりこの状況を前田は一人で切り抜けなければならないという事だ。しかも気を失っている雅人を守りながら……
「なんだよこの無理ゲー」
思わず愚痴も出る。だがその愚痴に応えた者がいた。
「すまねぇ前田、どうやら迷惑掛けちまったみてぇいだな」
それは気を失っていたはずの雅人の声、意識が回復したのだ。ただダメージが大きいようで、手をついてなんとか身を起こすのが精一杯のようであった。
「東城っち、戦えそう?」
「悪りぃ、無理だわ」
「だよね。しゃーない。なんとかしてみるけど、死んでも恨まないでね」
「当たりめェだ」
わずかに笑う二人。
そんな二人の会話が終わるのを待っていたかのように、合成獣は咆哮をあげ前田たちに向かい走り出す。
前田は右手一本で剣を構える。合成獣の角の一撃により受けた傷の所為で、左腕が動かないのだ。
猛然と迫る合成獣に、前田は引くどころか前へと踏み出した。
前田が狙うは一撃必倒。カウンターを狙い、怒りで単調な動きとなった合成獣の獅子の眉間に剣を突き出す。
合成獣の突進力と前田の突きの威力が相まって、剣は獅子の眉間に根元まで一気に突き刺さり――折れた。
――殺った!
それを見た誰もがそう思った。
だが合成獣は止まらなかった。
眉間から折れた剣を生やしながらも、合成獣の獅子頭は顎門を開き前田の首元に食らいつく。
「があっ!」
前田の悲鳴とも呻きとも取れる声を引きずるように、合成獣は前田の首に食らいついたまま突き進み、前田の後ろにいた雅人をも巻き込みクレバスのような大地の裂け目へと落ちていった。
「前田! 雅人!!」
その瞬間を目の当たりにした、蒼汰の叫び声が迷宮に響く。
(このままじゃ……)
焦る気持ちが一気に押し寄せて来るが、蒼汰自身に次々に襲い来る翼狼を相手にするのが手一杯で、雅人たちの下に向かう事ができない。それは天野や松井も同様であった。
二人を救う方法は一つ、一刻も早くここにいる魔物を蹴散らし、雅人たちの下へ向かう事。
焦る気持ちを無理やり押さえ込み、必死に魔物を殲滅していく蒼汰たち。
だがそれでも、時間は止まる事なく刻々と過ぎていくのだった。
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