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黒の勇者 ―逆襲のゴーレム使い―  作者: 丸瀬 浩玄
第二章 希望の時代
17/42

 ギリシャ遺跡にありそうな神殿を思わせる白亜の門が、蒼汰たちの目の前で圧倒的な存在感を放っていた。

 ここは王都から南西に、二時間ほど馬車で移動した岩山アンガーの麓にある、大陸南部最大級の迷宮――〝練磨迷宮〟の入口前である。

 昨日、無事試験を合格した二十人の勇者たちは、新たにこの練磨迷宮に挑むべく、この地にやてきたのだ。



「さあ、まずは僕たちからだ。みんな集中していこう!」


 目の前で威容を放つ練磨迷宮の入口に、誰もが言葉を失う中、仲間に叱咤激励するように、白銀のライトプレートメイルを纏った亜麻色の髪の男が声をあげた。

 男の名は天野勇斗。蒼汰が言ういわゆる主人公系勇技(ブレイブスキル)の持ち主であり、召喚された勇者たち二十人のリーダー的存在の男である。

 そして今回蒼汰が組み込まれたパーティーのリーダーでもあった。

 天野はパーティーメンバーに声をかけると、躊躇うことなく力強い足取りで一人先頭に立ち、練磨迷宮に向け歩きはじめた。そして緊張した面持ちの蒼汰たちも、天野を追うように迷宮の入口に向け歩きはじめたのだった。



◆◇◆



「セイッ! ハッ!」


 二度の気合いとともに振り下ろされた天野の剣が、眼前に迫った二体の黒い狼――砕牙(サイガ)を一瞬で両断した。

 その光景を目の当たりにした四体の砕牙は、仲間の仇を討つため一斉に天野に向かう。

 だが次の瞬間「させないわ!」との声と共に、飛来した無数の剣が砕牙を次々に貫いていた。


「ありがとう、椿さん」


 天野は後ろを振り返ると、長い黒髪の少女に笑顔を向け礼を言った。


「天野君には、必要なかったかもだけどね」


 椿と呼ばれた少女は、そう言うと少し苦笑いを浮かべた。

 事実、その少女の言う通り、たとえ彼女が手を出さなくとも、天野はかすり傷一つ負うことなく、四体の砕牙を返り討ちにする事ができただろう。なにせそれだけの力が天野には備わっているのだから。それが分かっているだけに、天野に礼を言われた彼女は、思わず苦笑いを浮かべてしまったのだ。


「そんな事はないさ。さあ、まだまだ先は長い。今みたいにみんなでフォローし合いながら進んでいこう」


 天野は爽やかな笑顔でそう言うと、再び先頭を歩きだした。



 ここはすでに練磨迷宮の中。

 外の神殿のような造りとは違い、中はまるで洞窟のような荒い岩肌の通路が続いていた。

 ただ、普通の洞窟と大きく違うところが一点ある。それは壁や地面の岩肌が、うっすらと光っているという事だ。それも松明やランプなどの灯りが必要とならないほどに、通路を明るく照らし出していた。

 この現象こそが、ここがただの洞窟ではなく、濃密な魔素が支配する迷宮であることの証でもあった。

 そんな練磨迷宮の通路を、先頭を切って歩いているのが、今回のパーティーリーダーでもある天野勇斗だ。

 彼の勇技(ブレイブスキル)は【聖光騎士】と呼ばれるもので、聖光という光属性の魔力を纏う事で、一時的に全能力を上昇させ、かつ武器防具にも同じように強化を施すことができる能力であった。もう一つ加えると、他の勇者(転移者)よりも基礎能力が高く、さらにあらゆる技術の習熟に長けているという特性も持っていた。細かく言うと、基礎能力(身体能力や魔力)のそれぞれが、特化型の勇者(転移者)の特化能力の約九割ほどの力をもっている上に、剣術や魔法などの技術の成長が、他の勇者(転移者)と比べても早いのだ。まさに万能型王道勇者のような勇技(ブレイブスキル)というわけだ。蒼汰が主人公系勇技(ブレイブスキル)と表現するのも納得である。

 ちなみに蒼汰の基礎能力は平均型で、それぞれの能力が、特化型勇者(転移者)の特化能力の六割ほどであった。まさに微妙である。まあそれでも、この世界の者と比べると、充分高い基礎能力を持っているのだが。


 そんな圧倒的な力を持った天野の後を、蒼汰を含む四人の勇者が続く。

 パーティーの二列目、天野のすぐ後ろを歩くのが、腰まで伸びた長い黒髪が印象的な少女、椿舞花(ツバキマイカ)である。

 彼女の勇技(ブレイブスキル)の名は【剣舞繚乱】、無数の剣を空中浮遊させ操り攻撃するという能力である。そう、先ほど天野に襲いかかった四体の砕牙を一瞬で屠った能力である。この能力も蒼汰とっては、羨望の眼差しで見てしまう、主人公系勇技(ブレイブスキル)の一つであった。


 その椿と並び歩いているのが、栗毛色の髪をショートボブにした少女、有村優希(アリムラユウキ)

【シックスセンシズ】という五感+第六感を強化する勇技(ブレイブスキル)の持ち主。当然、今回のパーティーにおける、目であり耳である索敵担当だ。そしておそらく、今回召喚された全勇者の中でも、最も高い索敵能力を持つ者であった。


 続いて三列目、椿と有村の後ろを不安げな表情でついていっている大人しそうな少女の名は羽田奏(ハネダカナデ)、【幻影奏者】という名の勇技(ブレイブスキル)の持ち主だ。

 この【幻影奏者】は、スキルとしての直接の戦闘能力は一切ないが、幻影や幻聴で相手を翻弄するという能力を有しており、搦め手において、今代の勇者の中でも一番の能力者だと言われている。


 そして羽田の隣を、彼女を守るように大きな楯を装備した羅刹が並び歩き、そのすぐ後ろ、最後尾を蒼汰ともう一体の羅刹が務めることになる。



「すぐそこの十字路、右からさっき言ってた魔物五体が来るわ。この気配からすると、たぶんまた砕牙みたい。あと一分ほどで来るから気を付けて」


 練磨迷宮を順調に進める中、有村が魔物の接近を知らせる。


「了解。羽田さん、お願い」

「はい、任せてください!」


 天野にお願いされたのが嬉しいのか、羽田は満面の笑みで元気に返事を返し、十字路の中心に向け魔法を展開する。すると十字路の真ん中に、突如うら若き女性が姿を現した。それは羽田の勇技(ブレイブスキル)【幻想奏者】によって創り出された幻影。

 いきなり現れた女の幻影に、砕牙は警戒するどころか、丁度いい獲物を見つけたとばかりに、幻影の女性に向け一斉に飛びかかる。

 ――だが。


「剣よ、行きなさい!」


 椿の叫ぶ声が響き無数の剣が、無防備に半身を晒した砕牙の群に飛来し、次々と襲いかかっていく。

 予想だにしていなかった不意打ちに、砕牙は避ける事もままならぬまま甲高い鳴き声をあげ、鮮血が飛び散らせた。

 椿の放った剣舞の一撃で、砕牙の群れは一瞬にして無数の傷を負ったのだ。


「これで終わりだ!!」


 そこに躍り出たのが天野。剣を手にし手負いの黒き狼の群れに飛び込んでいく。

 巻き上がる血しぶき、刎ね飛ぶ狼の頭部。砕牙たちは抵抗らしい抵抗など一切できず、瞬く間に次々と命を失い、いとも簡単に全滅した。



「みんな、お疲れ」


 砕牙の血によって作られた血溜まりの中、返り血一滴浴びていない白銀の鎧を纏う天野が、笑顔でパーティーメンバーに声をかけた。

 そんな天野を見て蒼汰が、(もしかして俺って、いらねんじゃねぇ?)と、思ってしまったのも無理はないだろう。

 事実、この練磨迷宮に入ってから、蒼汰はほとんど戦っていない。

 別に、のけものにされているというわけではない。ただ単純に、有村の索敵能力が異常に高いうえに、羽田の囮能力や天野と椿の殲滅能力が高すぎるだけなのだ。おかげで、蒼汰の出番が全く回って来ず、微妙に凹む結果をもたらしていた。


(だから主人公系勇技(ブレイブスキル)は……)


 心の中で蒼汰は愚痴りながらも、少しは仕事をする為、天野たちが倒した砕牙の解体を率先して行うのだった。



◆◇◆

 


「すぐそこ、(ひず)みが発生するわ。おそらく【F3】ランク。それにたぶん、【F2】ランクも二体いる。みんな気を付けて」


 有村が突然注意を促す声をあげた。

 歪みとは、迷宮が魔物を生み出す現象の事である。迷宮にいる魔物は、ほぼこの現象で生まれてくる。

 そして【F3】ランクの魔物とは、昨日蒼汰たちが倒した、赫猿と同ランクの力を持った魔物の事を指す。とはいえ【F3】ランクといってもピンキリ、赫猿は【F3】ランクの魔物の中では最弱の部類である為、この歪みから生まれる魔物は、少なくとも赫猿以上の力を持った魔物なのは間違いない。



「【F3】ランクの奴は僕がやる。【F2】ランクの二体は、みんなで頼む」


 天野は方針を伝えると、銀色に輝くロングソードを抜き、有村が歪みが出来ると指差した場所を睨み剣を構えた。

 蒼汰たち他のメンバーもそれに習い、解体の手を止め各々武器を手に取り、いつ魔物が生まれてきてもいいように迎撃態勢をとる。

 ……待つこと三十秒。ガラスが割れるような耳障りな音が鳴り響くと、何もなかった目前の空間に突如無数のヒビが入り、さらに大きな亀裂へと徐々に広がっていく。

 そしてそれは(・・・)、亀裂からゆっくりと、こぼれ落ちるように生まれ落ちた。


 始めに産まれ落ちたのは、二メートル半ばの歪な岩だった。

 続いて産まれ落ちてきたのは、一メートル程の岩の塊。その後すぐに、一メートル程の岩がもう一つ産まれる。

 亀裂はそれらを産み落とすと、何かに吸い込まれるように一瞬で消え、三つの岩の塊だけが残された。

 やがて三つの岩の塊はブルリと震え出し、ゴリゴリと石をこすり合せるような音と共に、その形を徐々に人型に変えていく。

 あまりにも不可思議な光景に、蒼汰たちはただ茫然として、それを見つめていた。

 だがそれも致し方のない事だろう。なぜなら、話には聞いていたとはいえ、初めて魔物が産まれてくる光景を目の当たりにしたのだから。


岩猿(いわざる)一、石猿(いしざる)二。岩猿は僕が相手をする。みんなは石猿を!」


 真っ先に我にかえったのは天野。すぐさま蒼汰たちの意識を引き戻す為、先に伝えた指示を、もう一度大きな声で伝えた。

 その声に我にかえった蒼汰たちは、すぐさま石猿に意識を集中させる。


 天野が対峙するのは、身の丈三メートルを超える巨大な類人猿。人型へと形を変えた岩猿のその姿は、猿とは名がついてはいたが、どちらかというと、ゴリラに近い姿をしていた。ただその口には、まるでサーベルタイガーのような長く鋭い牙が生え、手には猛禽類もの思わせる鋭い爪が生えている。そしてその体は、名前のようにゴツゴツとした硬い石で覆われいた。

 そんな岩猿の傍に、付き従うように現れたのが二体の石猿。石猿は岩猿よりも小ぶりな二メートルほどの体躯。だがその姿は岩猿と違いチンパンジーのそれに近い。ただ、その口や爪は、岩猿同様鋭く尖ったものが生えており、体も岩猿と同じように全身石で覆われていた。

 岩猿、石猿、共にその見た目からも、高い防御力を有している事は間違いないであろう。


 岩猿は目の前にいる蒼汰たちを獲物と認識しすると、迷宮中に響き渡らせんばかりに威嚇の咆哮をあげた。まさにそれが、戦いが始まる合図となった。


 最初に動いたのは、二体の羅刹。

 蒼汰の指示を受け、岩猿と石猿を分断するべく二体の石猿に体当たりをぶちかます。それを天野を除いた蒼汰たち四人が後を追う。

 そんな蒼汰たちを追おうとす岩猿の前に天野が一人立ちはだかる。当初の方針通りの形を作り出すためにだ。


 分断に成功すると、対石猿戦では二体の羅刹が壁役となり、椿がメインアタッカー、残る蒼汰たち三人が後衛として間断なく魔法攻撃を仕掛けるよう戦いを繰り広げる。

 いくら硬い石で覆われた魔物とはいえ、石猿は所詮【F2】ランクの魔物でしかない。蒼汰たち四人の勇者及び二体のゴーレムの集中攻撃を受ければ、なす術なく蜂の巣にされ、わずか三十秒もかからず、その生命活動を停止させた。

 自分たちのノルマをこなした蒼汰たちが、天野の様子を確認しようとした時、猿の咆哮を思わせる悲鳴が蒼汰たちの鼓膜を震わせた。


 咄嗟に悲鳴のする方を見た蒼汰たち。そこで見たものは、左腕を肩口から失った岩猿の姿であった。

 岩猿は怒りとも威嚇とも取れる咆哮をあげ、視線で射殺さんとばかりに左腕を奪った(天野)を睨みつけている。

 怒れる岩猿に対し、天野は右手に持ったロングソードに白い光を纏わせ、仲間である蒼汰たちすら気圧するほどのプレッシャーを放ちながら、ゆっくりと近付いていく。

 そのプレッシャーに耐えられなくなったのか、岩猿は再び大きな咆哮をあげ猛然と天野に襲いかかってきた。

 その動きに合わせ天野も一気に加速する。

 迫りくる岩猿の右腕を躱し、一瞬で岩猿の懐に潜り込む。そのまま脇を駆け抜けると同時に横薙ぎに一閃、剣を振るう。

 一瞬の静寂、わずかな時間を置き大きく痙攣する岩猿。やがて大きな石を引きずるような音を残し岩猿の上半身が滑り落ち、それを追うように下半身も、その場で力なく崩れ落ちた。


 まさに一瞬の出来事。

【F3】ランクの魔物をものともしない圧倒的な戦闘力。これが今世最強の勇者と呼ばれた男――天野勇斗の今の実力であった。

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