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蒼汰たち勇者一行が、深淵の森で実戦経験を積むようになってから、すでに二ヶ月が過ぎようとしていた。
季節は春から初夏へと移り変わり、深淵の森を探索するのにも、うっすらと汗をかく事が増えてきていた。
そんなある日、蒼汰たちはある明確な目標を持って、深淵の森を奥へ奥へと足を踏み入れていっていた。
「こっちの解体は終わったぞ。そっちはどうだ?」
全身ガチガチのプレートメイルで固めた大柄の男が、離れた場所で解体作業をしていた蒼汰たちに声をかけて来た。
「こっちもほぼ終わった。後は袋に入れるだけだから、もうちょっとだけ待ってくれ」
解体され素材となった牙猿を、魔法の背嚢に仕舞いながら、蒼汰は今回のパーティーリーダーであるプレートメイルの男――東要に向け声を上げた。
「OK! じゃあ手が空いてる奴は、自分の装備をチェックな。後、松井は周辺警戒を頼む」
東が慣れた感じで指示を出すと、すでに解体作業を終えた者たちから、小気味良く返事が返ってくる。
それから一分もしないうちに、蒼汰から作業完了の報告を受けた東は、改めてパーティーメンバーに出発の合図を送った。
初めて深淵の森に訪れてから、蒼汰たちは週に一度の休日を除き、毎日この森に実戦経験を積むため訪れていた。
ちなみにこの二ヶ月間、どんなメンバーとでも連携が取れるようにと、毎回パーティー編成を変えながら森の探索を行っていた。その為、蒼汰は自身と同じ系統の勇技を持つ三人を除いた、すべてのメンバーとすでに数回に渡りパーティーを組んでいた。
今回のパーティーメンバーも、パーティー編成こそ違うが、何度もパーティーを組んだ事のあるメンバーである。
パーティーの先頭を歩くのは、【アイアンフォートレス】の勇技を有し、今回の探索メンバーのパーティーリーダーでもある東要。
東の能力を一言で言えば、鉄壁の防御。防具を強化し、さらに己の耐久力をも強化する典型的な壁役の能力である。その為その防御力、耐久力は、勇者たちの中でも一人抜きに出た力を持っている。その能力を活かし、今回このパーティーの壁役を任されていた。
その後ろを【剣神】の勇技を持つ前田圭一が続く。
小柄な体格の前田だか、【剣神】の勇技を使い熟す彼の実力は、接近戦に限り、とはつくが、最強勇者である天野に匹敵する。その圧倒的な個体攻撃力をもって、このパーティーではメインアタッカーの役目を担っていた。
前田の隣には、左手に大楯、右手に短槍を持った羅刹が並んで歩く。役目は東と前田のサポートだ。
その前田と羅刹のすぐ後ろ、三列目にいる小柄で童顔な少女が、魔法特化の勇技、【アークマジシャン】を有する武川真里である。
元々全魔法属性(火、水、風、土、光、闇の六属性)を扱える彼女であったが、それに加え勇技の能力により、魔法の威力が大幅に増幅される事で、幼い見た目からは想像できない高い殲滅力を持つに至っている。その為前田と並び、このパーティーのメイン火力としての役目を担っていた。
そして三列目にはもう一人、黒々とした長いポニーテールの少女、松井夕実が武川と並び歩いていた。
松井の勇技は【弓神】。名前から想像できるように、弓の技術と威力を強化する勇技の持ち主だが、もう一つ【弓神】には有用な能力が備わっている。それはある程度の距離までであれば、障害物を透視して見通せる目を持っているという事だ。つまり彼女は文字通り、このパーティーにとっての目として役割を果たすことになる。
そして最後尾には、【ゴーレムクリエイター】の蒼汰と剣と大楯を持った羅刹が並び立ち、後顧の憂を断つことになる。
これが今回のパーティー編成であった。
「確かこの辺りからが、例の赫猿の生息地域のはずだ。松井は勿論だが、他のみんなも周りには目を配ってくれ」
周りに生い茂る針葉樹が、一際太く大きくなったエリアに足を踏み入れると、先頭を行く東が全員に注意喚起する。
東が言った赫猿とは、牙猿の進化個体で、ゴリラのような巨躯に牙猿特有の俊敏さを併せ持った強力な魔物だ。しかも自らの体に、一時的にだが炎を纏わせ攻撃をして来る事がある為、より注意が必要な魔物でもあった。
そんな危険な存在がいる地域に、何故蒼汰たちが来ているかというと、その危険な赫猿そのものの討伐こそが、今回の目的であったからだ。
蒼汰たちがこの世界に来てからすでに三ヶ月以上が過ぎ、深淵の森での戦いにも慣れ、着実に実力をつけてきていた。
だが蒼汰たちの実力が上がるにつれ、深淵の森の浅い地域の魔物では、実戦訓練の相手として力不足となってきてしまった。
しかしだからといって、より強力な魔物と戦うために、深淵の森の奥深くに入るとなると、深淵の森の中を数日に渡り移動する必要が出てくる。それは森に慣れない現代人である蒼汰たちにとって、とても危険をともなう行為となる。
そこで実戦訓練の場を、深淵の森から練磨迷宮に移す事になったのだが、強力な魔物が多い練磨迷宮に行くにあたり、蒼汰たちの実力に問題がないか、確認を行う必要があるとの意見が出た為、試験として、勇者たち各パーティーに進化個体の討伐の任が与えられる事になったのだ。
そして蒼汰たちのパーティーに与えられた討伐目標が、赫猿だったというわけである。
見渡す限りの針葉樹の森の奥から、猿のような鳴き声が聞こえてきた。
ただの遠吠えなのか、それとも侵入者を仲間に知らせる警告の鳴き声なのかは分からないが、それなりに離れた所から、その鳴き声が聞こえてきていた。
「松井、分かるか?」
「無理ね。索敵範囲外よ」
周囲を警戒しながら尋ねた東に、松井は〝否〟と答えた。
「了解だ。取り敢えず、鳴き声のする方に進もう。みんな、周囲の警戒を怠るな。特に蒼汰、後方の警戒をしっかり頼むぞ」
「ラジャー」
今回の索敵担当である松井の索敵能力は、以前蒼汰がパーティーを組んだ【マスターアサシン】の織田ほどには高くない。それは織田の能力が、周囲の気配を鋭敏な感覚で読み取り、魔物の位置を感知するのに対し、松井の能力は視覚に頼り、魔物の位置を把握するというものであったからだ。いくら障害物を排し遠くを見通せたとしても、索敵するエリアを必ず視認する必要がある為、どうしても死角となる方角からの急襲に対し、対応が遅れるという弱点がある。それを補う為このパーティーでは、全員による周辺警戒を必ず行う必要があったのだ。
「前方約七〇メートル先、牙猿の群れ発見。一体赤毛のデカイのがいるわ。聞いてた通りの姿ね。あれは赫猿で間違いないと思う」
鳴き声を聴いてから十五分が過ぎた頃、松井から標的発見の報告がなされた。
「群の数は?」
「赫猿含めて七体ね」
「七体か……少々厄介だな。奇襲は可能か?」
「どうかしら……確か赫猿って、感知範囲が牙猿の倍はあるはずよね。だと遠距離攻撃じゃないと奇襲は難しいと思うわよ。遠距離からの奇襲ができるのって、私と真里くらいだから、ちょっと手が足りないかも」
松井の意見を聞いた東は、しばし黙考した後、再び口を開く。
「松井と武川で牙猿どもに遠距離から先制攻撃を仕掛けてくれ。それに併せて俺、前田、夜神、剣持ち羅刹で直接赫猿に攻撃を仕掛ける。槍持ち羅刹は松井たちの護衛を頼む」
その場で即席に立てられた東の作戦に、全員が首肯で応える。
それから蒼汰たちは、作戦決行可能距離まで慎重に前進、赫猿たちとの間合いを詰めていった。
残り四〇メートルと切った辺りで、東が視線を赫猿に向けたまま後ろにいるパーティーメンバーにハンドサインを送る。
それに応えるように全員が戦闘態勢に移った。
各々から送られる準備完了の合図を確認した東が、ハンドサインでカウントダウンを始めると、各々の視線が東の指先と前方に集中していく。
牙猿たちの鳴き声が響く森の中、東の立てた指が三本、ニ本と数を減らす。そして全て指が折れ曲がり、最後に決行の合図がなされと、パーティー全員が弾かれたように一気に動き出す。
先制攻撃は松井の弓矢と、武川の魔法で生み出された風の刃。
その矢と風刃を追うように、東、前田、蒼汰、羅刹の突撃班が猛然と牙猿の群れへ突撃を開始、一番奥にいる存在の下を目指す。狙いはただ一体、赫猿だ。
一気に距離が近付いた事で、ようやく蒼汰たちも赫猿の全貌を視認する。
真っ赤な体毛に覆われたゴリラのような巨躯の猿。鋭く伸びる牙と隆起した筋肉が、他の牙猿との格の違いを嫌でも感じさせる。
先行する矢と風刃が、それぞれ最も近くにいた牙猿の急所を確実に捉えた。一撃で絶命し、くずれ落ちる二体の牙猿の間を、蒼汰たち突撃班は勢を殺さずすり抜け突き進む。
ここにきてようやく襲撃に気付いた牙猿たちが、ボスである赫猿を守るため、蒼汰たち突撃班に襲いかかろうと動き出す。
だが、そこに松井と武川が新たに放った矢と風刃が、蒼汰たちを追い抜き、蒼汰たちに襲いかかろうとしていた二体の牙猿を確実に仕留めた。
蒼汰たちはそれが当然だと言わんばかりに、絶命してゆっくりと倒れていく二体の牙猿の間を躊躇う事なく抜けていく。
赫猿までの距離が残り一〇メートルを切った所で、蒼汰が練っていた魔法を発動した。
突き出された右の手のひらから十数個の石の弾丸が出現し、仲間を殺され怒りの咆哮を上げる赫猿の顔面を襲う。
予想をしていなかった攻撃だったのか、赫猿はその石礫を顔面にもろに受け、自慢に牙が一本と左目を失う。
だがその直後、ボスである赫猿に傷を負わせた蒼汰に報復を仕掛けるべく、一体の牙猿が怒りの咆哮をあげ飛びかかってきた。
唸りを上げる振り下ろされる鋭く尖った牙猿の爪――〝やった〟牙猿はそう思った思ったかも知れない。だが次の瞬間、鈍い衝撃音を残し牙猿が弾き飛んだ。
それは蒼汰の後方を走っていた、剣持ち羅刹が放ったシールドバッシュによる一撃。
弾き飛ばされた牙猿は、すぐさま後方より飛来した松井の矢によって、側頭部を撃ち抜かれ即死する。
それとほぼ同時に赫猿に迫る東たちを襲おうとしていた最後の牙猿の首が、武川の風刃により斬り裂かれ、血煙と共に瞬時に骸へと変わた。
残るは赫猿一体のみ。
赫猿は怒りの咆哮と共に全身から炎を噴き上げ、眼前にまで迫った東に岩のような拳を振り下ろした。
凄まじい打撃音が森に響き渡る。並の人間なら即死しかねない衝撃。だが、東はビクともせずその一撃を左手に持つ大楯で受け止めた。
目の前の人間を、倒すどころか吹き飛ばす事もできなかった赫猿は、驚きの表情らしきものをを見せ一瞬硬直する。そしてその隙を逃さず狙う者がいた。
「よそ見すんな、よッ!!」
驚異的な速さの踏み込みを見せ、東の脇をすり抜け剣を振るう男。【剣神】の勇技を有する前田圭一。
その瞬間、赫猿の頭部が宙を舞い、残された体から噴水のように鮮血を噴き出させる。
そして頭部を失った赫猿は、数歩たたらを踏むように後退すると、自ら作り出した血溜まりの中に倒れ込んだ。
◆◇◆
「さすがの威力だな」
「東っちこそ、ナイスブロック」
首無しの赫猿を目の前に、東と前田が互いの奮闘を讃え合う。
「いや、松井や武川の露払いや、夜神の目潰しがあってこそだ」
事実、松井、武川の両名が牙猿を倒したからこそ、東は赫猿の攻撃に対し集中する事ができた。蒼汰の石礫による目潰しがあったからこそ赫猿の攻撃力を削ぐ事ができた。そのどちらが欠けていても、東は赫猿の攻撃に耐え切れず、吹き飛ばされていた可能性があった。
「まあ何にしろ、俺たち五人はこれで合格だな」
「だね。他の所の連中も、無事にクリア出来てるといいけどね」
「そうだな」
そんな二人の会話を聞きながら「お疲れー」と蒼汰がやって来た。
「お疲れ、あの石礫は助かったよ。魔法展開速度はさすがだな」
「たいした事ないよ」
「んな事ないっしょ。夜神っちの魔法展開速度は異常だって。召喚系で魔法系最強の武川っちとほぼ互角とか、あり得ないっしょ」
確かに蒼汰の魔法展開速度はかなり速い。しかも座標指定も異常に正確で、狙った場所に寸分違わず展開させる事が出来る。勇者の中でも蒼汰と同じ事ができるのは、魔法系最強の勇技、【アークマジシャン】を有する武川真里だけだ。
だが、魔法の威力自体はたいした事がない為、蒼汰自身あまり意味の無い事だと考えていた。
今回の赫猿戦も、蒼汰がやったのは目潰しくらいで、他には活躍らしい活躍をしていない、と蒼汰自身は思っていた。
微妙に凹む思いをする蒼汰など気にする様子もなく、「お疲れー」と明るく声を掛け新たに武川と松井が合流して来た。
「三人とも凄かったよー」
幼さ全開の見た目の武川が、天使のような笑顔を見せた。
続いて武川と並んで松井が「誰も怪我はしていない?」と心配そうに声を掛けて来る。
そんな二人に、それぞれ問題ないと話していると、蒼汰たちの護衛兼試験官の役目を持ったブガルティ王国の騎士たちが、蒼汰たちの下にやってくるのが見えた。
そう、試験の終了と合格を知らせるために。
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