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「なんとか無事倒せたな」
疲れた表情で呟く武尊に、みんなが各々同意の声を上げた。
その表情は程度の差はあれ、全員武尊と同様に疲労の色を露わにしていた。とはいえそれは、肉体的な疲労というよりも、むしろ精神的な疲労の方が大きいのだが。
「あれで【F2】ランクなんだね」
「大猪だからな。まあ、個体差があるらしいから絶対とは言えないけど」
思わず漏れた本多の呟きに、武尊が疲れた口調で返した。
本多が言った【F2】ランクとは、魔物の強さを表すための指標の一つである。
通称【Fスケール】と言われているこの指標は、今から六百年ほど前、魔物学の学者であるバルド・フェルナーが、魔物の強さを客観的に評定するための尺度として提唱したものである。
主に魔物の強さを、魔物の体内にある魔核の大きさによって、【F1】から【F10】までの十段階で表している。正式的には【フェルナー・スケール】という名称の指標である。
この【Fスケール】において【F2】ランクの魔物とは、下から二つの目の強さに分類されており、正騎士クラスの実力者であれば、一人で充分討伐可能な魔物とされている。
その【F2】ランクの大猪に、蒼汰たちは五人掛りでようやく倒せたという現実。ここにいる勇者たちは全員、戦い方の差はあれど模擬戦で、正騎士と互角に渡り合った経験のある者ばかりなのに、だ。つまりそれは、彼らの実戦経験が、圧倒的に足りないことを証明するものであった。
「それじゃあ、早速解体作業を始めるぞ。意見交換は解体しながらだ。あと、蒼汰は先に羅刹を作り直しておいてくれ」
いつまでも大猪の死体を見ているだけで動こうとしないパーティーメンバーに、武尊は手を叩き動くように指示を出す。
「はあ……これだけ大きいと、解体するのも大変だよな」
「そうだね。でもこのあたりの森じゃあ、この大猪の素材が一番高く売れるみたいだからね」
「ああ、特に肉とかは、かなり需要があるみたいだよな」
解体作業に飽きてきた蒼汰の愚痴に、本多と武尊が蒼汰のやる気を出させるためにか、それぞれの大猪の知識を披露した。
そんな取り留めもないことを話しながら、解体作業を進めている蒼汰に、水野が声をかけてきた。
「夜神君、さっきはありがとう」
水野が向日葵のような笑顔を見せ頭を下げた。
「気にしなくていいよ。仲間だろ」
水野の笑顔に釣られるように、蒼汰も頬を掻きながら照れくさそうに笑った。
二人の会話を傍で聞いてた武尊は、
(もっと気の利いたことを言えよ)
と心の中で盛大にちゃちゃを入れていたりしていたのだが、もちろん口には出さないで、二人の会話に聞き耳をたて、この後の推移を窺っている。
「それでもホントにもうダメだって思ったから……助けてもらえて、すごく嬉しかったんだ」
「そっか、じゃあ次も……次もまた水野さんが危ない時は、護ってあげるよ」
そう言った蒼汰だったが、耳まで赤く染め、照れ隠しに、視線をあちらこちらと彷徨わせていた。
そんな蒼汰の言葉に、
(次は違うパーティーになるはずだけど)
と思いながらも「うん、ありがとう」と水野も顔を赤らめてお礼を言うのだった。
ちなみに探索パーティーは、毎回組み替えをすることになっている。つまり探索の度に違うパーティーメンバーを組むので、連続して同じ人とパーティーを組むことはない。
そんな二人の様子を見ていた武尊は、
(いい加減早くくっつけよ、このリア充が)
と心の中で再び一人毒づくのだった。
「ところで武尊君、これからの方針はどうするの?」
蒼汰たちの甘酸っぱい会話が終わるのを待って、本多が本筋の話を振った。
「方針って?」
「大猪一体であれだけ苦戦したんだよ。さっきみたいに行き当たりばったりだと、また危なくなると思うんだけど、何か考えといた方がいいんじゃないかな?」
本多の提案に武尊は「なるほど……」と、解体作業の手を止め考え始めた。
そんな武尊の様子に、
(リーダーのくせに、なるほどじゃあねえよ)
と全員が心の中でツッコミを入れていたりする。
「そうだな、ベターなところで言えば、単独で行動している魔物をターゲットにして、戦闘経験を積んでいく、ってのが一番現実的な線じゃないか」
「単独ね……織田さんって、魔物の数まで正確に分かるんだっけ?」
蒼汰の疑問に武尊も「どう?」と織田に質問を飛ばした。
「さっきの大猪も、一応一体って判断できたから、ある程度はできると思う。ただ、複数が固まって行動していると、正確な数までは正直分からないかな。それに複数でも、魔物同士がくっ付いていたら一体と判断しちゃうと思う」
織田の説明を聞き、急に蒼汰たち男性陣全員が驚きの表情を見せた。
そんな男性陣の反応を見て「何よ?」と織田は不機嫌そうな表情に変わる。だが、織田はそれ以上は何も言わなかった。織田自身、男性陣の反応に心当たりがあったからだ。
それは織田が、無口無表情を絵に描いたような少女だったからである。さらにいえば、たとえ会話の必要な状況でも極力単語を減らし、わずか数語の単語で済ましてしまうほどのコミュ症だったのだ。
そのためクラスでも、織田と仲がいい水野と結城清美以外、彼女がまともに会話をしているところなど、見たことがなかったのである。
そんな織田が長文を話している。普段から仲良くしていた水野以外のメンバーにとって、今まで見たことのない驚きの光景であった。
「いや、何でもないです」と答える男性陣を見やり「私だって死にたくないの。だからこれくらいは話すわ」と苦笑いをして答える織田であった。
それからは解体作業を進めつつ、みんなで意見を出し合った結果、基本方針は単体の魔物を狙い、奇襲を中心に討伐していく、ということを決めたのだった。
◆◇◆
それからの深淵の森探索は、順調と言っていいものになった。
あのあと、大猪とは二度遭遇したが、初遭遇の時のようなこともなく、簡単に、とまではいかないが、比較的楽に倒すことができた。
他にも一角兎を四体、牙猿を三体、黒紫犬を五体と、こちらも多少の苦戦はあったが、特に大きな問題もなく無事に討伐することができた。
おかげでパーティーメンバー全員、魔法の背嚢に大量の魔物素材を詰め、ホクホク顔の帰路となった。
緊張と不安で強張っていた行きとは、ずいぶんと変わったものである。
ちなみに今回獲得した魔物素材は、国の指定商人が全部買い取り、蒼汰たちに現金として支払われることになる。蒼汰たちは訓練以外の時間、自由行動が許されているため、これからはこのお金で、自由に街で買い物ができるようになるわけである。
「しかしこの魔法の背嚢ってすげーよな。多分百キロ以上入ってるはずなのに、大きさはそのまんまの上、全く重みも感じねえ。それどころか、まだまだ余裕がありそうなのがヤバイ」
馬車に揺られての王都への帰路。疲れて眠ってしまった女性陣を横目に、蒼汰たち男性陣は雑談に花を咲かせていた。
「シュトライト隊長の話だと、まだ倍は入るだろうってさ。まさにファンタジーアイテムだよな、これ」
武尊は魔法の背嚢を手に取りマジマジと見つめる。
「だね。一応この世界でも、かなり貴重なマジックアイテムらしいよ。こんな貴重なアイテムを僕たち全員に支給するって、さすがは大陸南方の雄、ブガルティ王国ってことなのかな」
「さすがかどうかは知らんが、克哉の言う通りブガルティ王国だからこそ、これだけの数を用意できたんだろうな」
蒼汰はそういいながら自分用の魔法の背嚢の中を覗いていた。
「ところでさ、今日、お姫様のお出迎えあると思うか?」
突如話題を変えた蒼汰に、武尊と本多は面白い話題がきたとばかりにニヤリと笑った。
「そりゃーあるだろ。愛しの天野様の初陣だ。第一王女様としては、まさに垂涎モノのシュチュエーション、ってやつだろ」
「シャルロッテ王女殿下は天野君にベタ惚れだからね」
二人の会話を聞き「これじゃ、賭けが成立しないな」とぼやく蒼汰に、「いやいや、当たり前だろ。賭けになるとか以前の問題だぞ、それ」と返す武尊。
前を走る馬車に乗るクラスメイトについて、下世話な話題で勝手に盛り上がる男が三人。
「じゃあさ、第二王女様の、えっと……ヒルデガルド王女殿下だっけ? 来てるかな?」
本多は意味ありげな視線を武尊に送った。
「おお、克哉も中々言うねえ」
「蒼汰君こそ、最初からそのつもりだったくせに」
「ハハハ、まあな」
そう言い合い蒼汰と本多は、互いに悪い笑みを浮かべている、
怪しく笑い合う二人を見た武尊は「学院の寮住まいのヒルダ様が、わざわざ来るわけないだろ」と言いつつ、何とも言えない苦笑いを浮かべた。
「おー、ヒルダ様だってよ。聞いたか克哉? こいつ、もう愛称でお姫様の事、呼んでるみたいだぞ」
「本当だね、蒼汰君。まだ二日前に一度会っただけっていうのに、武尊君って意外と手が早いんだね」
「天野のシャルロッテ王女殿下もそうだが、ヒルデガルド王女殿下も、武尊に一目惚れって感じだったしな」
「武尊君はもう将来安泰だね。末は侯爵閣下あたりかな?」
ノリノリで話す蒼汰と本多。
「蒼汰、あとで覚えてろよ。克哉もだ」
恨めしそうに睨む武尊に、少しだけ鼻白む蒼汰と克哉であった。
こうして蒼汰たち勇者一行は、誰一人として大きな怪我を負うことなく、無事に初の実戦を終えることができたのだった。
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