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第二章―過去話がスタートです。
ここから作品も雰囲気が少し変わります。
あと、テンポ早めでサクサクいきます。
夜神蒼汰は特徴の無い男だ。
学業は平均的、良くも悪くもない。運動能力はどうかと問われれば、こちらも一般平均の枠から出ることはない。では対人スキルはどうかというと、決してコミュ症のように人付き合いが苦手ということはないが、だからといってクラスの中心になれるようなコミュ力もない。
そうなってくると、容姿はどうかという話になるが、こちらも可もなく不可もなく、美形ではないが不細工ということもない。いわゆる、よく見かける一般的な日本人顔というやつだ。
まさに絵に描いたような〝ザ・普通〟。小説や漫画に出てくるモブキャラそのモノのような男であった。
そんな蒼汰がこの世界にやってきたのは、今から一ヶ月ほど前のことだった。
高校生になって初めての夏休みを迎えようとしていた一学期最終日、蒼汰は十九人のクラスメイトと共に勇者として異世界の国、ブガルティ王国に召喚された。
動揺を露わにするクラスメイトを横目に、蒼汰は一人、心の中で歓喜に震えていた。
何故か?
彼には趣味があった。小説を読むこと、特に好きなジャンルは異世界転移&転生もの。そういった趣味の蒼汰が、勇者として異世界に召喚されたのだ。夢にまで見たシュチュエーションに、テンションが上がるのも無理はないだろう。
そんな蒼汰を含むクラスメイトたちが、異世界からこの世界に渡ってくる際に、手に入れた能力があった。
それはこの世界で、勇技と呼ばれているものだった。
勇技とは、別名、神の祝福とも神の恵み言われ、戦士であれ職人であれその道を極め、神に認められた者のみに与えられる、特殊な能力のことである。
そんな勇技が、異世界からこの世界に来た者には、必ず与えられる。
当然、異世界から召喚された蒼汰にも、勇技は授けられた。
能力名――【ゴーレムクリエイター】。ゴーレムを創りだし、使役することができる能力。蒼汰としては、〝なんか微妙〟といった評価の能力であった。
自分に与えられた能力の地味さに、蒼汰は落ち込み、召喚されて三日の間、親友というか悪友に、ずっと愚痴を言って過したものである。
だが召喚されてから一ヶ月が過ぎ、ともに厳しい訓練を過ごしたことで、自分の勇技――【ゴーレムクリエーター】に、ようやく愛着が持てるようになってきていた。
◆◇◆
一日の訓練を終えたあと、蒼汰は王城敷地内に設けられた屋外訓練場で、【ゴーレムクリエイター】を用いた居残り訓練を行っていた。
厳しい訓練で踏み固められた土の地面に手を当て、蒼汰は魔力を注ぎ込む。すると地面はゆっくりと隆起し、捏ねられた粘土細工のように、徐々に人型を形成していく。
やがて一分が過ぎた頃、そこにはフルプレート風の鎧を纏った、土色の騎士が姿を表した。
蒼汰はその騎士の出来栄えに満足したのか、一人笑みを浮かべ満足そうに頷く。
「おいおい、いつまで一人でニヤケてるつもりだ? こっちは蒼汰の準備待ちなんだぞ」
蒼汰に声をかけてきたのは、短い焦げ茶色の髪を軽く遊ばせた、彫りの深いワイルド系のイケメン。そして召喚当初、蒼汰が漏らす愚痴の聞き役をしていた悪友、真田武尊であった。
蒼汰と武尊は中学一年生の頃からの仲で、お互い親友と呼べる間柄であった。当の本人たちは、一切それを認めようとはしないのだが。
武尊は暇そうに短い髪先を指先でいじりながら、蒼汰を呆れた顔で見ていた。
「ワリイな。思ったよりも良い出来だったんでな」
「それはそれは、すぐに壊されるのに勿体ないことで」
「うっせェ! 今日は今までみてぇにいかねえかんな。絶対一発殴ってやる。早く構えろよ!」
「ヘイヘイ、ったく、そっちが待たせてたんだろうに」
軽口をたたきながら、武尊は剣を構え魔力を込める。それに伴い武尊の持つ剣は赤々とした光を放ち、暗くなりはじめた屋外訓練場を明るく照らしだす。
それは武尊に授けられた勇技――【魔剣士】の能力。
能力の特性は、剣に魔法を付与すること。つまり魔法の力で属性を与え、剣そのものの攻撃力を強化することで、どんな剣でも魔剣に変えることができる能力である。
武尊の勇技が、いかにも主人公らしい能力だと羨ましく思う蒼汰は、武尊が創り出したその光景を、苦々しげに見つめる。
武尊もそんな蒼汰の視線には慣れたもので、特に気にすることなく、これから始まる模擬戦に意識を集中させるのだった。
蒼汰は腰に下げていた訓練用の刃引きの鉄剣を抜き、土で創られたゴーレムの騎士に投げて渡した。そして開始の合図とばかりに、土の騎士に命令を下す。
「やれ! 羅刹!」
中世ヨーロッパ風の無骨な鎧姿をした土の騎士――羅刹は、主の命令を忠実に遂行するため、武尊に向かい突撃、一気に剣を振り下ろした。
武尊はその一撃を、半歩身を引きつつ剣で受け流し、攻撃を受け流された羅刹は、わずかに体勢を崩す。
そこに反撃の一撃を加えんと、武尊は剣に力を込める。
だが――
「やらせるかよ!」
蒼汰の両手から石の礫が複数出現し、羅刹に逆撃をくわえようとする武尊に向け撃ち出され邪魔をする。
武尊は咄嗟に後方に飛びそれを躱し難を逃れた。
だがそこに、羅刹が追撃をかける。
振り下ろされる羅刹の一撃。
武尊はすんでのところで身をひねり躱し、反撃の一撃をなんとか繰り出し羅刹の胴を薙ぐ。
だがその一撃は、甲高い音を響かせ簡単に弾かれてしまう。
「クソッ、また硬くなってやがる!」
硬質化し、石のように硬くなった土のゴーレムである羅刹には、崩れた体勢で放った重みのない攻撃など、表面を浅く傷つける程度でしかなかったのだ。
「当たり前だ。そう何度も何度も簡単にやられてたまるかよ!」
今の結果に満足そうに笑う蒼汰に、武尊は舌打ちをしながら、羅刹から一旦距離を取ろうとする。
だが、蒼汰はそれを許さない。
「逃すか!」
蒼汰が叫ぶと同時に、武尊の後方に突如土の壁が出現して退路を塞ぐ。
「チッ、地魔法の精度まで上がってやがる」
愚痴を漏らす武尊に、目の前まで迫った羅刹が剣を振り下ろす。
土壁により後ろに下がれなくなった武尊は、羅刹の攻撃をまともに受け止めざる負えない。
本来ゴーレムとは、パワーに特化した魔法生物である。そのゴーレムである羅刹の剣をまともに受け止めた武尊は、両腕を襲う凄まじい衝撃に顔を顰める。
「クッ!」
このままではヤバイと感じた武尊は、奥の手を出すことを決めた。
武尊は鍔迫り合いを演じている自分の剣に、一気に大量の魔力を流し込む。
急激に流れ込む大量の魔力に、剣身から一気に炎を噴きあがり、巨大な炎の剣を形作っていく。やがて赤い炎は蒼い炎となり、凄まじい熱気を放ち始めた。
「なッ!? ちょっと――」
「じゃあ、そろそろ終わりにするぞ!」
武尊が蒼汰の言葉を遮った瞬間、蒼い炎を纏った剣はさらに高熱を発し、剣もろとも羅刹を一刀両断してしまった。
「酷っでえな。模擬戦で使う技じゃねえだろう」
超高熱により溶岩のように、ドロドロに溶けていく羅刹を見ながら、蒼汰は抗議の声を上げた。
「甘いな。実戦じゃあそんな事も言ってられんだろ」
とは言いつつも、武尊はただたんに負けるのが嫌なだけだったりする。実際、目の前の羅刹を見て、少々やり過ぎたかも、と少し反省していたりしている。とはいえ、そういった思いは一切顔に出さなかったが。
「で、まだ続けるか?」
完全に溶解しきった羅刹を目の前に、武尊が蒼汰に尋ねた。
「チッ、羅刹がやられた以上、もう勝ち目はねえ。俺の負けだ負け」
勇技の性質によるものなのか、武尊に比べて身体能力が低い蒼汰にとって、羅刹無しで武尊に勝つことは難しい。新たに羅刹を創るにしても、蒼汰が羅刹を一体創り出すのに掛かる時間は一分程度。とてもじゃないが、武尊と戦いながら新たな羅刹を創るのは無理である。
「これで俺の二十三戦全勝だな」
「クソッ、やっぱり主人公系勇技は強すぎだろ。お前といい、天野といい、まったく羨ましすぎる」
蒼汰が言う主人公系勇技とは、近接戦闘や魔法戦闘にかかわらず、直接戦闘に関わる勇技のことである。とはいえ正式なものではなく、ただたんに、蒼汰が勝手に言っているだけなのだが。
ちなみに蒼汰の【ゴーレムクリエーター】は、間接戦闘系のスキルなので、蒼汰としては主人公系勇技には入らない、ということらしい。
「そうは言うが、お前の【ゴーレムクリエイター】もかなりヤバイ性能だと思うぞ。実際、ここ十日ほどで、お前のゴーレム、異常に強くなったからな」
「ああ、最近やっと、能力強化とアルゴリズムのイジリ方のコツが掴めてきたからな。ただこいつら、創るのにやたら時間は掛かるわ、召喚できる時間は短いわで、突然敵に襲われたら、戦う以前に何もできず死ねると思うぞ」
「いやいや大丈夫だって、ベルムバッハさんも言ってただろ。もっと訓練を続ければ、創造時間も短くできるようになるだろうし、召喚時間も長くなるはずだってさ」
ベルムバッハとは、ブガルティ王国の首席宮廷魔術師にして世界屈指の魔術師の一人、そして蒼汰たち二十人の勇者を、この世界に召喚した魔術師のことである。
「その頃には、お前はもっと強くなっているんだろうがな」
「相変わらずのヒガミ野郎だな」
「持ってる奴に言われたくないね」
蒼汰の物言いに、武尊は思わず苦笑いを浮かべ肩をすくめる。
「蒼汰の言いたいことは分からんでもないが、本当にチートなのは天野だけだと思うぞ」
「あー、確かにアレは別格だな。なんかすでに、上級騎士ともまともに打ち合えるまでになってたもんな」
「幾ら普通よりも身体能力が高いとはいえ、剣を持ったこともないスブの素人が、たった一ヶ月で上級騎士と互角に打ち合うとか、普通あり得んだろう」
実はそんな話をする蒼汰や武尊も、すでに正騎士とはまともに戦えるまでになっていた。
そのためこの世界の人間からは、蒼汰たちも天野と同様に見られていたりするのだが、本人たちはそれに気付いていない。
「確かにこっちにきて一ヶ月であの強さだもんな。半年もしたら世界最強になるんじゃないか。武尊もそう思うだろ?」
「どうだろうな。この世界のトップレベルの奴らも化け物揃いらしいからな。単独で死徒を倒せる奴もいるらしいしな」
「なんかそれ、俺ら必要なくね。何で召喚されたんだ?」
「そりゃ、七大罪とかいう奴らがいるからだろ。そいつら、人間の化け物たちでもどうにもならん相手らしいからな」
「戦うには数が必要、ってか」
「だから二十人も、俺らを召喚したんだろ。蒼汰の好きな、いわゆるクラス召喚、ってやつだ」
「まあ、そこは否定しないけどな。そう言えば大罪って、前大戦で三人は倒したんだろ。残り四人なら、俺らじゃなくても何とかなりそうな気もするけどな」
「倒したのは二人な。三人目は倒したんじゃなくて、リルカーンだかリンカーンだかそんな感じの名前の聖王国とやらに封印したらしいぞ。というかそもそも、死んだ大罪の死徒は大戦のたんびに新しいのが選ばれて復活するらしいから、結局七人全員と戦うはめになるらしいけどな」
「おっ、詳しいね」
ちゃちゃを入れる蒼汰に武尊は、「今日の座学の時間にやったばっかだろ。アリンガムさんが泣くぞ」と呆れたようにため息を吐いた。
ちなみにアリンガムとは、蒼汰たちの指導役の一人で、主に魔法と座学を教えている魔術師である。
「俺は、羅刹のアルゴリズムの調整で忙しいんだよ」
「アルゴリズムの調整なんてしなくても、ゴーレムって戦闘経験を蓄積させて、勝手に成長していくんだろ? ほっときゃいいのに、よーやるよ」
蒼汰によって創られたゴーレムには、人工知能のようなものが組み込まれており、戦闘経験を蓄積させることで、自ら戦闘能力を向上させていく。その戦闘経験は蒼汰の勇技である【ゴーレムクリエイター】内に逐次蓄積されていくため、蓄積された戦闘経験は、蒼汰が扱う全てのゴーレムで共有されるのだ。
「ノーマルのまんまだと素直すぎるって言うか、ケレン味に欠けるんだよ」
「ケレン味って……。まあそれもいいが、ちゃんと座学も受けないと、後でお前が困ることになるぞ」
「なんかそれ、教師みたいな物言いだな」
「言ってろ。で、どうする? もう一戦やるか?」
「んーそうだな……。やっぱ今日は止めとく。もう魔力残量も心許ないしな。それに第一明日は初の実戦だからな、もう少し羅刹の調整がしたい」
「まだ調整すんのかよ? まあいいか、じゃあ、また明日だな」
「おお、明日こそ俺が勝つ」
「フッ、言ってろ。うんじゃあ俺は部屋に戻るから」
手を振り訓練場から出ていく武尊を見送ると、蒼汰はなんとか武尊に勝てる方法はないものかと思案に耽りながら、自分も部屋に戻るのであった。
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