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黒の勇者 ―逆襲のゴーレム使い―  作者: 丸瀬 浩玄
第一章 勇者の残滓
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注:残酷な描写あります

「本当だ、信じてくれ!」


 サンチェスは、残された左手を大きく動かし訴えた。

 蒼汰の問いに対し、サンチェスの答えは――


「奴は今、北の方にいるはず。それ以外知らない! 何処にいるかまでは分からない。本当なんだ!!」


 というものだった。

 蒼汰からすれば、内容の無さだけでなく、サンチェスの態度にも違和感を感じた。

 実際蒼汰は、今までにも何体もの死徒を倒し、その度に尋問してきた経験がある。だからこそ、メスト・サンチェスというこの死徒の態度が、他の死徒と比べてあまりにも隔たりがあるように感じたのだ。

 元々死徒は、人類に仇なす負の象徴にして敵。そう言われるだけあって、人のことを嫌悪し見下している。それは原種の死徒であれ変生種の死徒であれ同じこと。

 そして、そういった考えや感情は当然、態度や話し方にも出てくる。

 例えそれは、戦いに敗れ服従の意思を示したとしても隠し得ることではない。

 それなのに、目の前にいる死徒は、そういった態度が一切見られない。

 それが蒼汰にとって、違和感となっていた。

 しばしの黙考ののち蒼汰は、死徒が素直になる二つの可能性に思い至る。

 一つは蒼汰の得体の知れない攻撃に心底恐怖し、心が折れた事による絶対の服従。

 もう一つは、話すわけにはいかない情報を持っているが故の、偽りの服従。

 もちろん他にも可能性はあるかもしれない、だが蒼汰はそれらを無視し、二つの可能性から後者を選んだ。つまりサンチェスは偽りの服従を見せていると。



「そうか、他には?」


 無感情に言葉を紡ぎながら、蒼汰は何処からともなく四本の投剣を取り出した。


「無い。私の知っている事は全部話した。本当だ! だから――」


 サンチェスは蒼汰が出した投剣を気にしながら、必死に訴える。だが蒼汰はそれを遮ると、唐突に話題を変えた。


「知らないと思うけどな。この投剣、刺さったところを、ずっと抉り続ける特性があるんだよ。面白いと思わないか?」

「い、いったそれが何んなんだというんだ?」


 サンチェスの表情はみるみる強張っていく。

 サンチェス自身、その投剣がどんなものか分かっていない。だが、雷神や風神の得体の知れない攻撃を受けたばかりである。蒼汰が出すもの全てが、恐怖の対象になっていたとしても、不思議ではないだろう。


「もう少し素直になってもらおうと思って――なッ!」


 そう言って投げられた投剣が、サンチェスの肩に深く突き刺さる。


「ヒギャアアアアア! アガガガアアアアア! なッ、なんだこれは!? ヒィィッ! やめ、止めて、抜いてくれェエエエエ!!」


 左の肩口に深く突き刺る投剣。その傷口からは、血肉が掻き出されるように噴き出した。

 サンチェスは悲鳴を上げて投剣を抜こうともがくが、ガッチリと肩口に食い込んでいる以上、右腕を失ったサンチェスでは、抜くこともままならない。

 さらにこの投剣、形は確かに只の投剣だが、その本質は、天羽々斬(アメノハバキリ)と同じ構造をした、ゴーレム製の魔剣。

 その効果は突き刺さった刃が常に傷口を抉り続けるというエグいもである。その激痛は、投剣サイズのチェーンソーが、刺さったまま傷口を抉り続けると思えば、想像絶するものだと理解できるだろう。

 しかもこの投剣、元々ゴーレムだけあって、一度刺されば、自らの意思で抜けないように、傷口に留まり続けることすらやる。


「アギャア! 頼む、抜いて、抜いてくれ、グギギ」

「少しは素直になったらどうだ?」

「あぐっ、な、何を……ヒィガッ! わ、私は、ちゃ、ちゃんと――ウガアアア!!」


 必死に弁明するサンチェスの言葉を遮るように、新たな投剣がサンチェスのノド元に突き刺さる。


「おお、さすがは死徒、なかなか丈夫だな。これが人間なら、今ので即死もんなんだがな」


 蒼汰は昏く獰猛な笑みを浮かべ、さらに言葉を続ける。


「これなら、まだまだ行けそうだ」


 サンチェスとしては〝何を〟と聞きたいところだろうが、その答えは聞くまでもない。


ばで(待て)、ウグッ、ば、ばっでぐで(待ってくれ)! ガアアアア!」


 サンチェスの聞き辛い声など、聞こえないとばかりに、新たに二本の投剣が、サンチェスの両太ももに深く突き刺さった。

 肩、ノド元に加え、両足を絶えず襲い続ける激痛に、サンチェスは言葉にならない悲鳴を上げ続ける。

 それでもなんとか太ももに刺さった投剣を抜こうと、サンチェスは手を伸ばすのだが、次に襲ったのは銃弾の雨だった。

 蒼汰の左手の銃口からマズルフラッシュが閃き、薄暗い部屋を無数の閃光が照らし出す。

 サンチェスの左腕は、ほぼ二秒間に渡り風神から撃ち出された弾丸に穿たれ続け、その原型を留めぬ程に形を変えた。


「誰が勝手に抜いて良いって言ったよ」


 未だ喚き続けるサンチェスに、蒼汰は冷たく言い放った。


「ば、ばだじ()が、ウッ、ばだじ()じね(死ね)ば……クガガァ、て、でががび(手掛かり)は、ヒグッ、でががび(手掛かり)はな、なぐなる、ぞ」

「だから何だ?」

「い、いや、ウグッ、だがら……」

「あんたから聞けないなら、他を当たればいい。あんたみたいに、人間社会に紛れている死徒は、他にもゴロゴロいるからな」


 事実蒼汰はここ二ヶ月程で、五体の死徒を見つけ出し自らの手で殺している。故に必ずしもここで情報を得なければならないとは思っていない。

 蒼汰の表情と声色から、ハッタリではないと感じ取ったサンチェスは、蒼汰に交渉を持ちかけた。


「ば、ばだじ()じるごと(知ること)ずべでばなず(全て話す)。だがらウッ、だがらいどじだげば(命だけは)、ヒィギッ、いどじだげば(命だけは)、だ、だずげでぐで(助けてくれ)

「……内容によっては、考えて(・・・)やる」


 蒼汰は懇願するサンチェスにそう言うと、刺さっている投剣を抜き「これで少しは話しやすいだろう」と、話しを続けるように促した。


「ウッ、ま、まず最初に、グリードの、い、居場所は、本当に、知らない……」


 息も絶え絶えでそう言葉にするサンチェスに対し、蒼汰の眼光が鋭くなり殺気が膨らむ。それを察したサンチェスは慌てて話を続ける。


「だ、だが、し、知っている、グリードの居場所を知っている、し、死徒は教え、られる。そ、それは、ブ、ブロンベルク領、領主、オスカー・フォン・ブロンベルク辺境伯、だ」

「ブロンベルク辺境伯、ね……」


 ブロンベルク辺境伯――ブガルティ王国北の国境線沿いを領地とする領主であり、ブガルティ王国屈指の名門貴族。まさに大物である。


「そ、そうだ。ブロンベルク様は、ブ、ブガルティ王国にいる、死徒たちを、管理する上位の死徒、だ。あ、あの方なら、グリードの、居場所を、知っている、はずだ」

「まさかブロンベルク辺境伯までも、とはな。……ブガルティ王国は、勇者召喚の役目を持った国と聞いていたが、その実情は、死徒に食い荒らされた張りぼての王国だった、というわけか。ハハハ、クソッたれの皮肉じゃないか」


 蒼汰の反応の良さに少し安心したのか、サンチェスの口調が軽くなる。


「な、何を今更……。それよりも、貴様、ブロンベルク様の下に、行くつもりなの、だろうが、せ、精々、気をつけろよ。ブロンベルク様は、私なんか、よりも遥かに、つ、強いお方。貴様、程度では、すぐに、挽肉にされる、のが落ち、だ」


 息も絶え絶えながら、意気揚々と話すサンチェスに、蒼汰は無言のまま雷神の銃口を向けた。


「い、いや、違う。い、今のは、冗談だ。お前なら、ブロンベルク様にも、か、勝てるはずだ。だ、だ、だからそんな、物騒な物は、む、向けないで、くれ」


 慌てて言い繕うサンチェスだったが、未だ降ろされない雷神の銃口に顔色を失っていく。


「ちょ、ちょっと持ってくれ! ちゃんと、話しをしたではないか。話せば助けてくれると、言った、ではないか! ま、まさか、騙しやがっ――」


 その瞬間、雷神が火を吹いた。

 サンチェスの言葉は途切れ、ホールには耳を劈く破裂音が大きく響き渡り、サンチェスの頭は血肉と脳漿をぶち撒け、跡形もなく吹き飛んだ。

 残された胴体は力なく地面に倒れ、サンチェスの命は永遠に失われる。

 享年五十二歳。ブガルティ王国屈指の将と呼ばれた男は、こうして死徒として、その生涯を終えた。

 動かなくなったサンチェスの骸を、一瞥した蒼汰は、


「騙したなんて人聞きが悪い。ちゃんと約束通り考えた(・・・)結果、てめェを処刑することにした。ただそれだけだ」


 そう言い残し踵を返した。



◆◇◆



 サンチェスを殺した蒼汰は今、オルテイブ要塞のとある部屋にいた。

 目の前には、上位の騎士と思しき男が対面に座っている。

 騎士の名はフリッツ・マルクス。オルテイブ第二騎士団の長であった。

 先ほど蒼汰にそう名乗った男は、なんともいえない複雑な表情を浮かべ、蒼汰のことを見つめていた。

 そしてこの部屋にはもう一人、蒼汰の隣で所在無げに座る少女――イリスの姿もあった。



「では貴殿は、サンチェス将軍、いや、メスト・サンチェスが、死徒だと分かった上で、今回の行動を起こしたと言うのですね?」


 落ち着いた口調で、マルクスは確認するように蒼汰に尋ねた。

 城主であったメスト・サンチェスが、死徒として死に、第一騎士団の長であるゾルト・ムーアが先の戦闘で戦死した今、実質オルテイブ要塞の最高責任者となった彼が、今回の件の主因とも言える蒼汰に、事情聴取を行なうことになったのだ。



「ああ、そうだ」

「どこからその情報を?」

「答える必要性を認めない」


 その答えを聞き、マルクスは深くため息を吐いくと、椅子の背もたれにもたれかかった。

 本来このような態度をとる輩がいれば、尋問してでも言わせるのが通例である。それどころか今回に関して言えば、拷問してでも吐かせるべき案件である――あるのだが〝だがしかし〟……である。

 現状、目の前にいる男は、マルクスたちの手に負える相手ではない。例えオルテイブ要塞全兵力を持ってしても、それは難しいように思えた。いや、多大な犠牲を払えば、何とかなるかもしれないが……

 それ故に、マルクスは強く出ることができないでいた。


「で、そちらの女性は?」

「えっ、私?」


 突然話を振られたことに戸惑うイリスに、マルクスは苦笑いしながら、「はい、そうです」と答える。


「えっと、私は精霊のイリスだよ。知らないかもしれないけど、精霊は死徒の臭いが分かるの。まあその所為で、地下牢に入れられちゃったんだけどね。それでね、地下牢で同部屋になったソータに、それを教えてあげて、サンチェス将軍を探す手伝いをするこになったんだよ」


 凄いでしょ。とばかりに胸を張って答えるイリスに、マルクスは若干脱力しながら、


(そもそもどうやって地下牢から出たんだよ)


 と問い詰めたい気持ちをなんとか抑えつつ話を続けた。


「取り敢えず分かりました。ただ、申し訳ありませんが、このまま貴殿たちをすぐに帰すわけには参りません」

「ちょっと、貴殿たちって、私はれっきとしたレディだよ。失礼じゃない」


(なんでそんな事に食いつくんだよ)


 と溜め息をつきながらも、マルクスはイリスを無視して話を続ける。


「しばらくこの要塞に留まっていただく。むろん客人としてです」


 疲れた表情でマルクスがそう言ったところで、蒼汰が一枚の書状と徽章をテーブルの上に置いた。


「……これは」


 書状を読み進めるうちに、マルクスの顔色がみるみるうちに変わっていく。


「エデンの騎士……そしてヒルデガルド女王陛下の御署名と内印。貴殿がヒルデガルド女王陛下より選ばれた、エデンの騎士だと言うのですか……」


 エデンの騎士――それはこの世界において、五つの大国の王のみに任命権が与えられた騎士の称号。

 その称号を持つ者は、死徒に対する切り札とされ、対死徒の事柄に対し、強い権限を与えられている。つまり今回の件が、死徒に端を発した事柄である以上、マルクスたちに蒼汰をどうこうする権限はない、ということになる。


「書状も徽章も確かに本物……ですね。書状に貴殿の名が書かれてある以上、今回の件で我らは貴殿に手が出せない、と言うことですか。……はあ、分かりました。貴殿の自由は私が保障しましょう。しかしこれがあるなら――」


 マルクスはその後に続く「ワザと捕まったりなどしなくとも」という言葉を飲み込んだ。

 城主サンチェスが死徒である以上、エデンの騎士とはいえ、正面から行っても体良くあしらわれ、取り合ってもらえない可能性は高い。そう思い至ったからだ。


「では、俺はこれで失礼させてもらう。あとブロンベルク辺境伯の事は、エデンの騎士の権限をもって口外を禁止する。部下にもそのようによろしく頼む」


 それだけ言うと、蒼汰はソファーから立ち上がり部屋から出て行く。そんな蒼汰を追い「じゃあ私も、失礼しまーす。ソータ、待ってよー」と言ってイリスも席を立った。

 マルクスは何か物言いたげな表情で、蒼汰たちの後ろ姿を見送ったのだった。



◆◇◆



 蒼汰はオルテイブ要塞の廊下を大股で歩いていた。

 ようやく掴んだ裏切り者へと繋がる情報。そのためか、気が急いているかのように足早に歩いてしまう。

 イリスの「ちょっとー、ソータ、速いよー」との訴えなど、まるで耳に入っていないようだ。

 蒼汰の胸に去来するもの。それは共にこの世界に召喚された仲間たちへの思いであり、裏切り者への復讐心だった。


(あと少しだ、みんな。みんなの仇は俺がとる)


 誰かに語り聞かせるように、蒼汰は胸の中で決意を新たにする。

 そしてかつての希望に満ちていた時代に思いを馳せた。

 そう、仲間と共にこの世界にやって来た、あの頃に……

これで第一章は終了です。

二章からはクラス転移した当時の過去話になります。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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