前話から一ヶ月後
それをアルに告げたとき、アルの動揺は酷いものだった。
焦って、悲しんで、泣きそうになるアルを見つめながら、あぁやっぱりこういうときは冷静なセドルとか、誰に似たのかドライなローマンとか、記憶ないくせに僕絶対主義者のライトに伝えておくべきだったかと後悔した。
「ってことで、僕エルフの里に行くから暫く帰ってこない」
「嫌だっ!!」
仕切り直しのようにもう一度今からの自分の予定を伝えてみるも速攻否定される。
後悔先に立たずと言うが、アルのおめめうるうるを見てたらなんかいっかなとまで思えてくるのだからアルはすごい。
「またおいてくの?あの頃みたいにいなくなるの?もうオレがエル居ないと生きていけないの解ってんのに、何でそんな意地悪言うの?」
「あ、いやアル違くてだな……」
「なにがちがうのどうせいまもセドルとかライトとかローマンとかにつげたほうがよかったとでもこうかいしてるんでしょオレの聞き分けが悪いからでもそりゃわるくもなるよエルに会えるまで大分待ったよエルのためにがんばったよなのに何でおいてくとか言うの他のやつらを信用するのエルはオレが居ないとダメでしょダメなんだよわかってるエルオレはエルが居ないとダメなんだよしんじゃうんだよねぇねぇエル」
口数多っ。
ハイライト消え&ヤンデレモードのアルを見た僕は現実逃避としてそんなことを思ってしまった。
なんだこれ口挟む隙無いじゃねぇか……
そんな突っ込みをして茶化そうとも思ったのだがそもそもこの人生で茶化したことなど皆無に等しく、脳内がうるさいだけが取り柄であるエルベルトは「あ」とか「う、」しか発することができない。
多分結香としても無理だっただろう。弟、親友の乙、幼馴染の甲はそれぞれがそれぞれおかしな思考の持ち主ではあったがこんな典型的なヤンデレじゃないし。
というか、一番問題なのは
「ってかささっきからエルちょっとにまにましてるよね嬉しいんでしょ求められて」
「う、あ……」
「ほら照れてる図星じゃんほらオレがずぅっと嫌だって言っても求めててあげるから行かない方がいいってだってエルのことを世界一求められるのはオレでオレを世界一求められるのはエルでしょ?」
僕が満更でもなく、むしろアルの理論に納得して求めてくれていることに喜んでいることだろうか。
確かに僕はアルを世界一求めて、世界一愛している自信がある。余談だがこれは自慢だ。
そしてアルに世界一愛されているし求められている自信もある。ちなみにこれも自慢だ。
そもそも僕はゲームがプロトタイプ段階からボンボンの甲のコネと勘当されたとはいえ名家の家の情報網を使いプレイしアル沼にはまったアル最推し会員ナンバー000の自分で言うのもなんだが行き過ぎた愛の人だ。
実物にこんなことを言われてときめかないわけがない。
そしてシチュエーションがこの世のすべての夢の人を落とせる。
エルフの里に行くからこの孤児院出てくね☆(超訳)と言った瞬間に目のハイライトが消えさらに人形らしくなったアルに、うっすい煎餅布団に押し倒されたのだ。
うっわなにこれ絶景……これ以上の絶景知らないかも……
掴む手の強さとか、逃げないようにか股に挟まれた足とか、まだ相手は幼く小さいのに一回りほど小さい僕は大きく感じてしまって、あの日見た硬質な、でもありありと感情が見てとれる涙の膜がはったおおきなルビー色の瞳とか、相手は本当にここにいて僕を求めているのだと解ったから、恐怖感とかは抱かなかった。
「……うん。僕嬉しい。だって求めてくれてる。いかなきゃいけないことにはかわりないけど、今アルが僕殺したくなったりして首絞めても幸せだよ」
「そんなわけないでしょ。死んだあとどうなるかわかんないじゃん。
でもオレもエルに求められて今幸せ。大好きだよエル」
「僕も。僕も大好き」
「しってる」
それに、少し素直になってみるとこんなに幸福なんだ。アルに好きだと言われ、さっきまで人形のようだった目は蕩けさせて僕だけを見てくれる。
アルは幼いけれど、物事を冷静に判断できる。
幼いからこそ大好きで拠り所だった、アルが居ないとダメな僕が居なくなるからと反射で反対してしまったのだろう。
まだ日は昇っていないが、夜の内に奇襲させておいた魔導遊撃隊とセドルが戻ってくるだろうし、設備も整った為いよいよ日が昇れば本格的な籠城だ。
皆に見られない内に根回しを終わらせておきたい。
「でも行かなきゃ。エルフの協力は必須だし、生き残るためにも」
なおも引き下がると、アルは一瞬だけ瞳を鋭くし、パチリとまばたきしていつも通りの凪いだ瞳になった。どうでもいいがこういうところもとても好きだ。結構アルは我が儘だが、公私混同はせず、今の現状に必要なことをその想像もつかないくらい回転の早い頭で叩き出す。
……何気に、凪いだこの目に好きだと告げた瞬間甘くとろけるところも好きだ。
「……できるだけはやくかえってきて。士気も下がるしオレも寂しすぎる。良いこと無しだしエルもオレと皆に会えなくて寂しいデショ」
ぶすくれるアルの首に手を回してこちらに引き寄せる。何が起こるか察して柔らかく目を細めたアルはおとなしくされるがままだ。
ちゅっとその丸くてつやつやもちもちぷるんぷるんのハイスペックほっぺにキスをするとアルはお返しにとキスをしてくれた。
「エル好き大好きエル居ないと生きていけない」
「知ってる。アル大好き」
うっっっわ。冷静になると引くが本心を告げているから仕方がない。
久々に触れあったなと思うともう我慢が出来なくて、ぎゅうぎゅう抱き締める。
あーーーーすきーーー。
本当に、こんなときは戦争中であることも忘れて幸せに浸りたくなってしまう。
「けど、行かなきゃなぁ」
「……ん。というか今から行くの?準備は?」
「心配ないさ」
冷静で用意周到なアルの台詞に苦笑する。
実はもう考えてあるのだ。
僕は部屋の隅っこにまとめられていた昔僕が身に付けていたものを取り出す。
余談だが神山迷い混み事変の時、この部屋は立ち入り禁止にされ昔着ていたものとか放置されているのだ。
「アルのシャツ頂戴」
「いいけど……」
長いベルトと昔のスチームパンク衣装のゴーグルとベスト、手袋、ズボンとブーツを用意した。神父服は気に入っていたのだが仕方がない。ズボンを神父服のスカートの下から履いて見るとかなり小さくて、昔は僕の足をおおうくらいだったのに、膝下までの半ズボンみたいな感じだ。
受け取ったシャツを着るために神父服を脱ぐ。うっわアルのシャツいい匂いするあとで嗅ごう。
さっさとシャツを着てベストを羽織り、ゴーグルと手袋をはめる。
昔はぶかぶかだったが、今はキッチリとした装いになっている。
「はい、胴体の変装完了。どうだ?」
「昔のエルだ!?」
「だよなー」
顔を輝かせるアルににへらっと笑って、その辺の木で作っておいた櫛と髪止めを取り出す。髪止めはシンプルなもので、ピンを模している。
僕の癖っ毛は厄介だ。だが所詮モブ顔、この特徴的な癖っ毛を何とかしてしまえばモブに紛れるなど造作もない。
「……はい。どうだ?」
「かっ、可愛い……!」
この間特攻隊で倒してきた魔神は植物を召喚する能力があったため、椿をむしりとってきた。
それを錬金して椿油を創り、櫛に馴染ませ鋤くだけで艶々と艶の出る櫛を調合したのだ。
それで髪をサラサラにして三つ編みの小さな編み込みを右耳の辺りに施しピンで止めた。
ピンは状態保存の特性をつけており、このピンをはずすまでは髪は癖がつかない。
だがどうしても二本のアホ毛は自己主張が激しい。すげえ。髪色が変わろうとも頑なに特徴として存在し続けるだけある。
念入りにすいたがいつも跳ねているアホ毛はどうしても跳ねていた。
「可愛い!とても可愛いよ!」
「はっはっは世に出たら僕より可愛い子ごまんといるぜぇ?それにこの格好でも性別わかんないしな」
仕上げは特殊強化武器の形状だ。
ロザリオではなく腕輪、武器状態ではごてごてと歯車が装飾された僕の身の丈ほどもある鎌だ。
スチームパンクキャラ、変装完了!
「さぁて、最後の仕掛けにうつりますかっと!」
最後の仕掛け?と首をかしげるアルの目の前で、ガチャガチャと解体していたバイクの材料を取り出す。皆様覚えておいででしょうか。そう、あのバイクです。
最初辺りに登場した、大きな大きなスチームパンク風バイクです。
手をかざし、バイクを作り出す。
「え」
「できたできた」
困惑しているアルをみて、にやっと悪戯っ子のように笑って見せる。
ここにはバイクという文明はほぼ存在しないに等しい。
バイクに乗り、ぶるるるる、とエンジンを作動させた。
フワッと浮くバイク。そらとぶバイクだ。
「お、おおお??」
「凄いだろ!発明品だ!これで発明の国に言っても目立たない!」
いや、ある意味目立つと思う……
そのまともな言葉は、空に飛び上がったエルには聞こえない。