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軍師様の悩み事!  作者: エスカルゴ
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レスター

ジョアンナの死は、すぐに受け入れられた。

みんな悲しくないのだろうかと思ってもみたが、そんなことは無く、アルは悔しそうに顔を歪ませることが多くなったし、エメリーは影で泣いていた。


きっと、誰もが悲しくて苦しいけれど、"進まなければいけない"と解っているのだろう。


僕だって同じだ。


進まなければいけない。

そのために軍師をやっている。


いつも通り隊長達が集まる食堂で、次の作戦を指示する。


「アル達魔導遊撃隊は今回は出番は特にない。

今回の敵はコボルト・ゴブリンが多いから魔法攻撃はほぼゼロと思ってくれ。

剣士先行隊、僕達特攻隊が主軸となる。

だが油断はするなよ。中には何匹かストーンタートルが紛れている。

突然の水魔法や、不自然な水たまり等には注意を払ってくれ」


セドルが持ってきてくれたこの辺の地理が書かれてある安い地図を見やすいように広げ、コツコツとポイントを指で叩く。


いつも通りだ。

…………表向きは。


進軍に支障はなく、やって来る敵はすべて返り討ちにしている。

アルの索敵も日々精度が上がっていて、それぞれの部隊は実践により磨かれている。

すべて順調だ。


コツコツとブーツを鳴らしながら、分厚い聖書に見せ掛けた戦術書を右手で持ち、渡り廊下を渡る。

ヒュッ!

風切り音とともに投げられたナイフを、左手でキャッチする。

勿論毒は効かない。当たり前だ。そのくらいは想定し魔力で指をおおってある。

気配を感知し、くるりと手で半回転させたナイフを投げてきた奴に投げた。


それと同時に、目の前にある教会の扉が開く。


「……なにかよう?エルベルト」

「あぁ。なにか用事だ、レスター」


ピンクの髪と、落ち窪んだピンクの目をしている痩せ細った少年の名前はレスター。

ジョアンナに恋い焦がれ、そしてみすみす死なせた少年だ。



静寂の支配する教会の中は、不気味なほど落ち着いていた。

まるで、他のものの介入を拒むかのように、美しく、清廉だ。


コツ、コツ、と一定の周期、その静寂に蝕まれないギリギリで静けさを殺しながら、僕は目をつむり、隅で丸まるレスターに語りかける。


「さて、と……

なにか言いたいことはあるか?」

「っお前の!!」


思いきり胸元をつかみあげられ、ギリギリと死人のようなめで睨み付けられる。

怖い怖い。


ふー、ふーっとつく息は荒く生臭く、その骨と皮だけのような体のどこにそんな力があるのかと不思議に思うほどびくともしない。


「お前が指示をまちがわなけりゃ良かったっ!!お前が悪いんだ!!お前が、お前のせいで!!」


お前が、お前がと繰り返すレスターの目は復讐に燃えていた。

それでも僕を傷つけないところは、よく躾が行き届いていると言ったところか


「Before you point your fingers, make sure your hands are clean.だな」

「は?なんだって?」


ギロリ、と睨み付ける。


「僕に非難の指を向ける前に、お前のその手が汚れていないのか確かめてみろ」


予想以上に低い声が出て、レスターはそれに恐怖したようにヒッと喉をひきつらせた。

手がはなされ、どさりと教会に設置してある長椅子に落とされる。


「その手だ。

貴様はその手で何びき屠った?

それが、その動かなくなった彼等、彼女等に、愛するものは、大切な家族は居なかったとでも?」


コツコツと、落ち着き心を蝕む静寂をわざとらしく壊しながらレスターに近付き、今度は僕が胸ぐらをつかみ下から睨みあげた。


小さい僕では痛くも痒くもないだろうが、迫力は一人前である。


「悔しくないのか……!?愛しい人が殺され、歴史にも乗らないのだ!!

お前は!!悔しくないのか!?」


最後は絶叫だった。

だって、僕だったら絶対悔しい。

くやしくてくやしくて、今すぐにでも駆け出したくなる。


「もう今さら何匹殺したとて一緒だろうがっ!!

なぜ殺さない!何故復讐しない!!

牙を研げ!蹂躙しろ!!

仲間に手を出すものは、一匹残らず殺してしまえ!」


当初の目的とはそれた、検討違いの励まし。


それでも、その言葉は、僕の本心だ。


レスターは目を見開いてこちらを見た。

すぐに唇を噛んで、今度は幼稚な復讐心だけじゃない、覚悟のこもった目で睨み付けてくる。


「出来るの?

……だって、あいつら、あんなに大きくて固いのに」

「当然だ」


その目を真正面から見返し、暗い笑みを顔にのせる。


「お前のするそれは偽善でも正義でもないし、褒められたことでもない。

誰が喜ぶわけでもジョアンナが救われるわけでもない。

それでもやるか?」


レスターは少し迷い、それでも目をそらさずに、


「やる。

自分のためだけに、自分一人でやる」


お前の助けはいらないと、言外に告げてきた。


それは、第一歩としては上出来なものだ。

人に迷惑をかけず、自分の事は、復讐は完璧に一人でやり遂げると言い切ったのだ。


僕は暗い笑みをしまい、にっとふてぶてしく笑った。


「上出来だ、クソガキ」


さて、そろそろ剣士先行隊が戻ってきたようだ。

大広間の歓声から、また無傷で帰ってきたことを察知した。

戦術書を抱え直し、行くぞと声をかけて教会から足を踏み出す。


レスターは迷いもなく僕に着いてきた。

数週間ぶりに見る、あの自信満々な笑みを浮かべて。

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