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すやすやと眠る沢山の子供たちは、互いの家じゃなくて食堂で眠ることが多くなった。
ハードになっていく訓練に意地でもついていこうとして、毎日ギリギリまで体力を削って、疲れきったようにご飯を食べたら皆で雑魚寝。
それが当たり前の状況になってきて、エルも隅っこの床でアルと手を繋いで寝てしまうこともある。
大きな窓から月明かりが差し込んで、夜の闇に紛れるように寝転んでいるエルの瞼を刺激した。
ゆっくり目を開けてみたけれど、暗くてなにも見えないや。
エルは少しだけ唇に笑みをのせた。
普段機敏な彼女では有り得ないほどにゆっくりゆっくり体を半身起こした。
冷たい風が吹き抜けて、露になった首筋を冷やした。
大きな窓を眩しくなりながら目を細めて見詰めてみたけれど、やはり帰れてなんて居なくて。
酷く懐かしくなったのは何故だろうか。
ぐっと唇を噛み締めてつんとなる鼻を感じながら、周りを見回す余裕もなくて。
「……っ!あ、あぁっ……」
まるで自分のような出来損ないの言葉にすらならない意味のない言葉を吐き出した。
視界が滲み、冷たい水が熱くなった頬を伝って堕ちた。
「……っふー、う、え」
泣くことさえも下手くそで出来ない。
エルはアルを起こさないように、左手で自分の涙を拭った。
がしがしと、思いきり擦る。
唇を、血が出るほど噛み締めた。
「……腫れちゃうよ……エル」
優しい声がした
やんわりとエルの左手が包み込まれ、やんわりと下ろされた。
「……ぁ……る」
信じられないものを見るようにエルは隣を見た。
手は繋いだまんまで、体はエルの体が向いているのとは反対に向いているアルと目があった。
目を細めて、唇をやんわりと緩めさせて、月明かりのした、きっと何よりも美しくエルに笑いかけた。
キラキラと金糸は光を反射し、混じった赤色は本人の性格と同じように優しく輝いた。
細められた目から見える深紅は、ルビー等の宝石と言うよりももっと、生き物の匂いのする、雨上がりの薔薇のような美しさをはらんでいて、やわらかく包まれたその手は、幼子の柔らかさと同時に、どこかで見たことがあるような、触ったことがあるような手をしていた。
エルは、本当に自分が幼かった頃を思い出した。
―――六歳の頃、弟の手を引いて、青空の下駆け出したこと。
―――転生したあの日、兄に手を引かれて夕暮れの下家に帰ったこと。
ずぅっと時がたって、アルの手に包まれて夜空の下で涙を流す。
「大丈夫。大丈夫」
「……それっ……」
アルに優しく抱き締められて、背中を優しくポンポンと叩きながらあやされる。
つい声を出してしまったけれど、よく考えれば覚えてる訳ないよなと自嘲した。
「おぼえてるよ。……何でも」
「アル……起きて」
「しっ。見付かっちゃう」
アルは悪戯っぽく笑った後、エルの背中を擦った。
その優しい手つきにもっと泣きそうになったのは、一生の秘密にしておこう。
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翌朝
「ハーイおっはよーございまぁす!地獄のエルベルトレーニング、はっじまっるよー!」
朝から厳格な神父像をおくびにも出さず遊びに誘うように無邪気に五月蝿く宣言しているのは、二年前孤児院にやって来た少年。
エルベルトと名乗った赤黒い髪と目をした少年は、今日も元気に朝の二刻から食堂で寝ているやつらにドロップキックを仕掛けていく。
はぁとはく白い息から寒さは分かると言うのに、本当に元気な少年だ。
アルはとっくに起きていて、起きた人に地獄のエルベルトレーニングのためのお弁当を配っていく。
中身は美味しいのに、それがあのトレーニングの為だと思うと泣ける。
「よっしゃ!皆準備はできたね!」
「こらエルちゃん!防寒着くらい着させてあげなさい!」
拳を突き上げたエルベルトに、皆の良心フローラねえさまが注意をする。
これは、まだまだ飢餓の神キャドバリーが主役のとある冬の日の日常。
皆、楽しげに笑っていたとある一日の朝の出来事。
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その日、エルははじめて市街地に買い出しに行っていた。
一年前に街が作られ、この一年で大分ひとがきた。
エルが始めてみたときと同じくらいの賑わいを見せる市場で、何度も買い出しに行っているアルと一緒に。
「エル、手を離さないでね」
「わかってるよ」
あまりにもキョロキョロと忙しないエルの視線に気がつき、アルはため息をつく。
変なところで子供っぽいんだなぁ。
苦笑しながら、出来る範囲でエルに色々買い与える。
林檎飴を見たときはとても嬉しそうだったから、ついついお金を使いすぎてしまう。
昼に出掛けたはずなのに、夕暮れを手を繋いで屋台の傍で眺めたと思ったら、すぐによるが来てしまった。
ずらっと並ぶ出店に、更にエルは嬉しそう。
吊り下げた明かりに夢中になって、これはどうやって作ってるのかと熱心に質問しては出店の店主に困った顔をさせて居る。
アルは近くの店で買った綿飴を食べながら、そう言えば女の子が好きそうなぬいぐるみが近くで売ってあった気がすると思い出して、エルに適当に見て回っててねと伝えて、心当たりのあるお店に歩いていく。
「あ……やっぱりあった!」
ふわふわモコモコとした大きな熊のぬいぐるみ。
エルはああ見えて可愛いものが好きだから、プレゼントしたら喜ぶかもしれない。
「あ……でも、高い」
財布の中身と値札を見比べて、少ししょんぼりしていたら、後ろから声がかけられた。
「あ、アル君……それ、欲しいのかい?買ってあげるから、おじさんと一緒に……」
「クロスアッパーーーーー!」
そのおじさんが、なにか言い切る前にエルに張り倒された。




