3
さて、まずはローマンの住民登録をしなければならない。
この世界にも役所と言う存在はあるらしく、エルの記憶では前世の役所と変わらないらしい。
住民登録は孤児でも出来、働くには役所で貰う住民票が必須だ。
しかし、崩壊してしまった領地エストニアでは役所など未だ復興できない。
そもそもの話こんなところで住民票を貰ったとしてなにもできない。
と、言うことで
「やって来ちゃいました中央都市~」
ボソッと呟き、RPGモノによくある白壁のお城のような役所を見上げた。
途中、何度か起こしてしまってぐずっていたローマンも、今は天使の寝顔ですやすやしている。
僕はスチームパンクなゴーグルを頭の上に上げて、ボサボサになった髪を少し整えた。
高速練金では、武器や工具は錬成できるのだが、服とか靴とか食べ物とかは特定の材料を揃えないと錬成でき無い。
そんな僕が、山三つほど越えなければならない中央都市とエストニアをどうやって行き来しているか。
それは、
「あー、やっぱこのバイク便利だな。暫く使お~。」
隣で蒸気を上げながらエンジンをかけられている大きなバイクのお陰だ。
どうやら高速練金の使い手が他にもいたようで、その人の家のなかに眠っていたこいつの設計図をちょっと拝借して作ったもの。
名も知らないその人はどうやら殺されたらしく、残骸だけが残っていた。
その他色々火事場泥棒して、スチームパンクな服装一式造り上げた。
コスプレ気分で楽しかった。
バイクのエンジンをきって、服についた煤をローマンを起こさないように払う。
自分の住民票を握り締めて、役所の大きな扉に向かっていったのだが。
「おい!坊主邪魔だ!」
「す、すいませんッ!」
「そこ俺が並んでたんだが!?」
「えっ?でもいませんでしたよね!」
ぎゃーぎゃーわーわー喧騒が激しく、押したり足を引っかけられたりもみくちゃにされる。
役所の前はやっぱり人混みが沢山だけど、そのなかに知っている顔は見付けられない。
エストニアは、もう人がいないんだ。
少ししかいなかったけど、エルベルトにとっては大事な大事な場所だったから、目頭が少しばかり熱くなった。
ドン!とまた押され、石畳に尻餅をつく。
ローマンを守るように抱き抱え、もう一度膝をついて、立ち上がろうとする。
でも
「あう……お腹すいた……」
力がでなくてへたりこんだ。
お腹すいた……ぐうぐうとお腹はなってて、ローマンも多分お腹をすかせている。
その証拠に、ローマンの目からじわりと涙が……
「うぎゃーっ!うぎゃーっ!」
「ろ、ローマン!泣かないで、」
泣き出してしまった。
あぁ、どうしよう。助けを求めて回りを見回しても、只睨まれるだけ。
ローマンはさらに大声で泣き出して、収拾がつかない。
困っていると、ローマンに人影が射して……
え?と思った瞬間に、腹を蹴られる。
身体強化をかけているらしく、ローマンには幸い当たらなかったが、直撃した僕は思いきり吹っ飛んだ。
「……ッローマン!」
ローマンを抱き締めて、僕は頭から倒れたその瞬間に、床の一部を柔らかく錬成する。
これはスライムのジェルで、とらえたものの生命力を吸う効果がある。
当然そんな危険なのを放置するわけもなく、衝撃が殺せたと察した瞬間にまた同じ石畳に戻すと、衝撃を殺しながらもローマンを守ることが出来た。
ほっと一息ついていると、さっきの小さな影が今度は仰向けで寝転んでいる僕に射した。
キラキラとした金髪に、鮮烈な赤の瞳。
短髪と目付きの鋭さ、格好で男のお偉いさんだと分かるが、こんなガキな上失礼なやつに払う敬意はないのでじろりと睨み付ける。
「何すんだ。赤ん坊が見えんのか。金髪め。」
「なっ、何だと!?平民の癖に!」
半目のまま冷たく蔑んでやると、予想通りの貴族のお坊っちゃん的反応を返してくれたので、くすんでいるとはいえ最高ランクに値する赤髪を強調するように首をかしげた。
そして、あふれでる魔力を地上に込めて、どおん!と双龍をガキの隣に左右でたてる。中国の青龍を模しているやつで、白と黒で色分けされている。
細かい装飾に鱗、迫力のある瞳に大きく開いた口から見える大きな牙は五歳くらいであろうガキを脅すのには造作ない。
「ん?誰が何って?金髪君。」
「ひ、いぃ」
背を向けて逃げようとしたガキの目の前に、大きな朱雀がこれまた細かく彫られた大きな翼を広げ、睨んできているような様子を轟音と共に造り上げる。
「何すんだ。金髪」
草臥れたブーツを鳴らして、ガキの真後ろに立つ。ガキは一切動けない。
あまりの恐怖に、ガキの体が震えだした。
「ゆ、ゆるして……!なんでもするから、」
長旅で冷えた左手を、右手でローマンを支えながらガキの首筋に当てる。
にっこりと、宥めるように笑って、僕はガキに囁きかけた。
「……じゃ。住民票をこの子にくれて、後……
僕に土下座してくれる?みんなの前で」
「なっ、んで俺が」
住民票をくれるきはあるみたいだけど、土下座する気はないらしい。
つーか土下座知ってたのか。
聞いてみると、どうやら土下座は求婚の礼らしい。
……そう言えば、エストニアでもやってたな。
情報は本当らしいし、こんなくそガキと身を固めるきは一切無いから、土下座はお断りしておこうか。
「あ。じゃあ良いこと思いつーいた!」
良いことを思いついたので、つい口からでたその言葉に、ガキは律儀に返事してくれる。
「な、なんだ……ですか!?」
吐息がかかったらしく、ビクビクしながらそう聞いてくる。
「君さぁ。僕の奴隷になってよー。」
「嫌だ!何でこの俺が!」
振り向かれてにらまれたが、僕の顔を見た瞬間に、ひっと息を飲むガキ。
ん?と首をかしげると、何でもございませんと青ざめて首を振られた。
「うんうん、だよねぇ!じゃあ、君の名前を教えてよ!」
主従契約には、名前が必要だ。真名は人を縛るのに一番大切なものだからだ。
ガキは、本当にやるんですかと震えながら、自分の名前を教えてくれた。
「は、や、く!」
「ひ、ひぃっ!ギレルモ!ギレルモ・フォン・ティロトソン」
あっさりと教えてくれた名前に、あっやっちまったなぁと青ざめた。
ティロトソンは、王家に連なる上級貴族だ。
しかもギレルモって長男じゃなかったっけ。
……やべぇ。今すぐ死んでも文句言えねーことしちゃったよー。
「あ、あの……?赤髪さま……?」
ガタガタとケータイのアラームのように震えるギレルモを見て、今までを思い返して……
「うんもう行けるところまで突っ走るか!
ギレルモ君もさきにティロトソンの事言っとけよバカ!」
涙目になりながらもぐっと拳を握った。
主従契約も誰でもできるけど禁術だしこれ知られたら死刑確実だよな!と考えながらも誓いの言葉を紡いだ。
「この私、エルベルトは、ギレルモ・フォン・ティロトソンを従者にし、一生涯使い続けると誓う。
時と豊穣の神、オブライエンの名の下に」
澄んだ鈴の音と共に、青色の光がギレルモの額に移動した指先から零れ落ちる。
ギレルモは厳かにその光を手のひらをコップのようにして貯める。
半分くらいまでたまったところで、ギレルモが
「この私、ギレルモ・フォン・ティロトソンは、我が主であるエルベルトに、生涯と命を懸け仕え続けると誓う。
時と豊穣の神、オブライエンの名の下に」
青色の光はオブライエンの貴色である緑と混じり、透明な液体に変わる。
僕が額に翳した手をローマンを抱くのに収めると、ギレルモは思いきりその液体を飲み込む。
すると、ギレルモの金の髪が一房、赤く染まる。僕の髪色であるくすんだ赤だ。
最大の忠誠が表れるのは額なのだが……
「首筋近いところ……最低スタートだなぁ。」
まぁだろうなと言う結果に落ち着いた。
うむうむと頷き、ギレルモを囲んでいた三つの像をとんとんとんとタッチして消していった。
「じゃあいくか。ギレルモ」
「は、はいっ!」
ビクッと肩を震わせてギレルモは3歩後ろを着いてきた。
なんかめっちゃ怖がられてる。やりにくいから暇になったら絆を深めてみるか。
「あ、そーだ。」
くるりと後ろを振り向くと、ギレルモがおずおずと見上げてくる。上目遣いだ。
「僕の呼びな、エルね。これ決定事項だから」
よろしく、ギル。
そうとだけいって、すたすたと役所に歩いていった。
長くなったので切ります