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神山生活二十一週間目
くん、と鼻を鳴らすと、甘い良い匂いが漂ってくる。
鋭い人狼の嗅覚に膜が張った感覚がし、その匂いがまたとある場所から流れてきたものと知る。
「今日の昼食は、ラズベリーパイとスコーン、蜂蜜ミルクかぁ。
うーん、見事に僕の好物ばっか」
食べたいねぇと生唾を飲み込むと、切り株を机にして勉強していた聖霊二人が反応してこっちを見た。
「な、なんのことですか……?ご主人様」
「ん~?あぁ、ウロボロスの今日の昼食の話だよー。最近はいつも良い匂いがするんだよ」
それがまた僕の好物ばっかでね。と続けると、椅子……じゃないギルは感心したようにへぇと言う。
「すごい嗅覚……」
まぁねと、モクから聖霊界の教材を借りながら文字のお勉強をする。
ピクリ、と耳が子供たちの大きないただきまーす!という声を拾い、自然と笑みが溢れる。
『良い匂いだよなぁ、あれ』
『シルクと人狼様が羨ましいですよ……』
人狼はとても五感が鋭く、耳を澄ませば下界の声まで当然聞こえる。
シルクも、風の聖霊なんだから、風を操り欲しい情報を己のところに運ぶことが出来るのだ。
その点、モクは一応あの御神木を守護する神様みたいな物なので、声は聞こえるのだが匂いはわからない。
ギルは鼻から諦めているようだ。
「しかし、何で彼等は突然あんな美味しそうな物を作りはじめたんだろうね。甘ったるいホイップクリームとか、大好物なんだけど」
その問いには三人揃って首をかしげる。
僕は正直下界の声が聞こえるとはいっても、限界はあって、結界までこえて聞けるのは皆が声を揃えたときだけだし、シルクも未だ未熟だからそんなものだ。
ひゅう、と空っ風が吹いた。
『冬将軍のご降臨も近いですねー』
『オブライエン様がそろそろいなくなってしまうな』
二人が揃ってこんなことを言い出した。
冬将軍とか、和風な言葉知ってるなぁ。と思ったのもつかの間、今度は神話の話をし始めた。
「え?なにそれ。冬将軍って?」
ふと疑問に思ったことを聞くと、シルクは馬鹿にせずに、自分の持っている教科書を捲って、そのページを見せてくれた。
『そら、ここに書いてあるだろ?このなんかでかくて白いのが冬将軍だ。
こいつが来ると本格的に冬が始まり、キャドバリー様の優勢が決まる。
人間が退治しようとしてくるけど、退治されちゃ困るから聖霊全員で人間を殺さないよう毎年撃退するんだ』
白い靄みたいにしか描かれていないけれど、まわりにかかれてある季節が冬だから冬将軍だとわかった。
おおう……冬将軍なんてガチでいるのか……
「僕冬の寒さ好きだよー。退治するような人間は、怖いところに閉じ込めちゃう?」
『やめろ怖い。……でもやる気でた。今年も頑張る』
モクがやる気充分なおかおをしていらっしゃるんですが、やる気というより殺る気何ですが。
不味いこと言っちゃったかなぁと思いながらも面倒くさくなりまぁ良いかと放っておいた。
ちょっとくらい無秩序なほうがすきやでー。
『でも、冬将軍が来ると聖霊にしか耐えられない寒さになりますから、それまでには人狼様、何とか下山しておいた方がいいかと。』
モクが悩ましげに言った。
まじか。聖霊にしか耐えられないとか相当だよ。ってか戦場ここなのかよ。
したの椅子がびくっ!と肩を揺らした。ビビりたいのはこっちの方だよ畜生め。
『でも人狼、どうやって下山するんだ?』
『それなんですよねぇ……』
「なにか案とかない~?」
そう、めんどくさすぎてずっとスルーし続けてきた問題がある。
それこそ、下山問題が。
「これ良い案出せた奴、来週の僕のお弁当唐揚げ二倍ね」
おお、聖霊共の議論が熱くなる熱くなる。
さすが唐揚げ。成長期の男共のこころを掴んで離さない魅惑の食べ物。
弟はこれを見せるだけで土下座できた。
僕のすきな唐揚げは乙の特成カレーの上に乗っかった唐揚げ。
やっぱり外はかりっ!なかはふわっ&ジューシーだよねぇ!
「あ、あの……」
ふと、か細い声が僕の尻の下から聞こえた。
「ポイントを通っていったら、どうだろう」
恐る恐るといった様子で此方を首を捻って見上げてくる。
もう少し詳しくと催促すれば、コクりと頷いて話し出した。
「ご主人様は、念じれば山頂……つまりおじいさまの家がどこにあるかわかるんだろう?
それを逆手にとるんだ。
山頂から逆に歩いていけば、下山は取り敢えずできると思う……」
ピシャアンと、雷が落ちたような衝撃を受けた。
それだ。
なにか不味いことをいったと思っているのか涙目なギルに、感激した僕らは抱き付いた。
……その後……
「いや、さすがギル!!!それだ!!!」
『さすが人狼の部下!すげぇ!』
『見直しました!唐揚げは譲ります!』
「あ、えっ……あぅ……」
わしゃわしゃ撫でられ、慣れないことをされてかなり照れていたギルの姿があったという……
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神山生活二十二週間目
『いやー、これでやっと帰れるな!』
どくんと、心の臓が跳ねた。
帰ってくる。
つまり、僕にとっての初邂逅と言うわけだ。
良かった。やった。初めて会える。
記憶のない僕も受け止めてくれるかな?
満面の笑顔で誰かを褒める女の子を見ながら、僕は彼女が帰ってきた日にどんなに美味しいご飯を作ろうか考える。
暖かい方がいいかな。
デザートはどうしよう。やっぱり甘いものが良いよね、甘いもの好きみたいだし。
でも冷やさず食べれる甘いもの、どういうのがあったっけ……
まぉ、何はともあれ。
「エメリー、レスター……あの子が、帰ってくるらしいよ」
「本当!?」
「わぁっ!やだ、じゃぁ飛びっきりのご飯を用意しないと!」
今日のご飯も作らないと!
だからアルナルドはどこを目指しているんだ?




