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神山生活十三週間目
聖霊二人の定期テストきかんが終了した。
今から夏休暇に入るんだとシルクが嬉しそうに報告してきて、モクが呆れたように笑っていた。
暑くなってきたなぁと切り株でのんびり花でも摘んで弄んでいたら、暫く姿を見せなかったシルク達が来たと思えば突然の定期テスト終わったー!だからな。
嬉しいと言うより呆れ、仕方ないなぁと笑いが漏れた。
モクは呆れている僕をじっと見て、そろそろ近付いてきてぎゅうと抱き締めた。
「うわぁ。モクが離れないんだけど。何これどういうご褒……状況?」
『今ご褒美……いや良いや。なんか寂しかったんだってよ!よかったな人狼!』
何それかわいい。
首に腕を回され締め付けられているけど、そんな理由なら許せる。
いや、首の件は許せんが。
いき、が……くる……し……
『……どうせなら神嫁に……』
「わざとかよ貴様!」
暗いトーンで呟かれたあまりにも物騒な言葉に、べりぃっ!とモクを引き剥がす。
モクはあーあとのんびり呟いて、今度は普通に僕を抱き締めながら唇を尖らせ、シルクに言葉を投げ掛けた。
『ごめんねシルク、人狼様は神嫁にはならないみたい』
「誰だってならねーよドチクショウ!」
『今神話を大体否定したんだけど人狼、自覚あんのかー?』
今度はシルクが呆れたようにため息をついた。
成る程お前ら良いコンビだよ!
『うーん、じゃぁ神婿になりますか?』
「神隠しはごめんなんですがそれは」
『すいません……耳が突然遠く……』
さすがにいらっときてモクのほっぺをぐにぐに伸ばしたり縮ませたりした。
いたいいたいと文句を言うモクを見かねたのか、シルクが僕のてを止めてくれた。
『まーまー、人狼もモクもやめとけって。
人狼には、面白いもん持ってきたから!』
面白いもん?と興味が湧き、ピタッと行動を静止させたら、シルクが空中に円を書いた。
シルクの指先から燐分のような光る何かが飛び出し、丸を引き結んだら空間がずれた。
マンホールの蓋でも外すかのような気軽さでぱかっとずれた空間をくり貫き、その奥に手を入れた。
所謂、"亜空間"といったやつか。
ひょいっと細腕からは想像もつかない力で、僕よりもちょっと背丈があるくらいの、金髪キラキラ美少年を…………
「ぎ、ギルウウウウウウ!」
そこには、存在を忘れていた僕の一応従者君がいた。
忘れもしないあの小生意気な顔、無駄に美しく整っている容姿、ぅ……と唸った声はまだ変声期を迎えることのない少年の声で……
「ちょっまじなにこれギル起きて!?
えっシルクは何でこれを拾ってきたの!?
元の場所にお返しできないの知ってるでしょ!」
『だって、魔力がちょっと人狼の入ってて……
眷族かなって』
気まずそうにシルクが頬を掻く。
もう僕の腕から離れたモクが、仕方ないですよと解説してくれた。
『人狼様は、私達に名前をくださり、あまつさえ魔力をご馳走してくださりました。
お陰で神格が上がり、豊富な知識を身に付けることができた……
私達に出来ることは少ないけれど、せめてもの恩返しに貴女が喜ぶ事がしたいと魂から叫ぶのは当然のことかと』
一部の魔獣は、眷族が傷つけられると自分も傷つく事があるらしい。
人狼にそんな事例は見たことがないが、そもそも僕のような幼い人狼、しかも人間からの成り上がりなど見たことがないから、念には念をと聖霊見習いに気に入られる前に僕のところに連れてきてしまおうと思ったらしい。
一部とはいえ僕の豊富で上質な魔力を分け与えているから、間違えて聖霊界に嵌まっちゃったらしい。
「なんかさ、そう言われると僕が大したことしたみたいに聞こえるんだけど」
『したんですよ。私が神嫁にしたいと思うくらいには』
「お前はそれ自重しろよ……それじゃ良いか悪いかわからんぞ」
どうでしょうねぇと艶然と微笑むモクにちょっとドキッとした。
なんなんだこいつ……女の子なのに今まで出会った男子共より軽くイケメンだぞ……
あと僕は百合の気はないから!
わかるよ!聖霊に性別はあんま関係ないんだって!
でも君は女の子でしょー!
「はぁぁ……まーいーやこら起きろギル」
げしり。
『!?えっ。じ、人狼が、人蹴ったぞ!?』
『わぁ、見事に無機質な目ですねー。』
ぎしっ。
「頭ふんでんのに起きないんだ。
警戒心がない奴め」
思いきり蔑んだ目で頭を優しく踏むが、唸っただけで起きないので、適当に切り株のそばに引きずってきて、自分は切り株に座って足蹴にする。
「……いーこと思い付いた!
君、今から僕のめーれーに従わなかった分だけお仕置きね!はい決定これ決定ー!」
正直に言うと、ギルは才能があると思う。
……魔力は品質が高いわけではないが豊富にある。
身体強化を無意識にかは分からないがさらりとかけれる才気も、詠唱を全文覚えられる頭脳も、為政者に相応しい器である。
だからこそ、怖いのだ。
彼の優秀であるがゆえの小さな心の亀裂に、何時かの僕のように停滞や絶望といった何かが侵入してこないかと。
闇と言うには穢れている、あの感情が。
「ほらー、起きなよ」
決して起こさないように声をかける。
返事しろだの、笑ってみろだの、絶対従えない命令ばかりを出す。
右手で、自分の右足(踏んでる方)の太股に頬杖をつき、左手に黒い靄と共に久々参戦、特殊強化武器(乗馬鞭型)をかまえてニヤリと笑った。
「さぁて、そろそろ良いかなっ……と!」
パシィンッ!
乾いた音が、花畑に響いた。
「なにす……ひぃっ!」
「おはようギレルモ。……さぁて、お仕置きの時間だ」
乗馬鞭の余りの痛みに思いきり起き上がり、僕が足を慌てて背中から下ろしているのを見て、そして手に持っている凶器を見て、僕のイイ笑顔を見て、ギルは涙目になった。
「おおおおおおおしおきっ……!?」
「文句は言うなよ?」
「ははははいっっ!」
ビビり通してガタガタと震えているギルに、にっこりと悪意がないのを伝えようと笑いかけたら、ヒィッ!とさらにひきつった声で叫ばれた。
こら、後ろドン引きするな。
シルク、あっ、そういう……とか察するな。
モクは……何で笑い声とこの人天才……!?とかいう興奮した声が聞こえてくるのか今度聞かせ……やっぱいいや。
「さぁて、まずは四つん這いになってもらおっか」
「……えっ」
「は・や・く?」
笑顔で凄めば、う、うぅ……と真っ赤になりながら四つん這いになってくれたので、遠慮なくその上にストンと座る。
背中部分だから、頭としり、どっちをいじるか迷うね!(イイ笑顔)
「っ……!?おい!」
「ん?なぁ……に?」
パシィンッ!
馬にするようにお尻を鞭を使ってひったたくと、恐怖に身がすくんだように静かになる。
「まずは~、何でご主人様の許可もとらず、面倒なことに巻き込まれてんの?」
「ひっ……だ、だって、」
げしっ
「あっ……かはっ……」
『あれはひどい……腹蹴りやがった……』
『いっそ見事なほど決まってますよさすが人狼様~!』
やめろ。モク、歓声を上げるな。
今お前の目の前にいる高位魔獣、人間椅子してるだけだから。
しかも幼い子に対して遠慮なくドSってるだけだから
ちょっと良心が咎め、尻を優しく撫で(ごめんねの気持ち込めてるよ!)ながらも、自分の太股に次はお前だとでも言うようにパシィンッ!と大きく音をあげて鞭を打った。
「御託は良いから謝罪しろよ」
何で聞いたんだよ自分
「ぅっ……は、ぁ……っ!ごめ……なさっ……!」
撫でていた尻を叩いた。
「謝るときは、すいませんでした、だろ?」
「ひっ!す、すすすいませんでした!」
その声を聞き届けて、良くできましたと言うように頭を優しく撫でた。
人間、なんか快楽と苦痛をごちゃ混ぜに与えられたらどっちも快楽になるらしい。
「か・お・あげろ♥」
ゆっくりあげたギルの端正な顔は、涙と鼻水と屈辱のためかぐちゃぐちゃに歪んでいた。
上から手を伸ばして顎クイすると、きったねぇのと嘲笑を浴びせた。
「案外楽しいもんだなぁ、コレ。
……お仕置き時間、えんちょー♥」
ギルは絶望的な顔になった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
神山生活十四週間目
「あ、おはようございます闇様!
おかえりなさーい!」
『それは一体どういう状況なんだ!?』
僕は下を見下ろして、舌打ちをした。
「おい、僕の趣味だと思われてんだけど。
君がしてほしいって言ったからなんだけど?」
じゃら、と手に持った首輪の鎖を引っ張ると、僕の椅子は感じたようで、あっ……と声を漏らした。
「は、はい……おれがっ、ご主人様にっ…」
恍惚としたかおで告げるギルと、でしょ?と笑う僕。
闇様は頭を抱えた。
『あれ、闇さんお帰り~。……人狼、視線高くてちょっと落ち着かねー』
「じゃあ降りるかー、どうせこの体勢も気分だし」
『美味しい薬草茶が出来たんですよ。
人狼様、どうぞ!……あ、あと椅子さんもどうぞ!』
「あ、ありがとう……」
「おー!美味しい~!甘いねぇ、良いねぇ」
『人狼は甘党だな!』
『お前らは馴染みすぎだぞ!!!!!』
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
神山生活二十週間目
「レスター!もうちょっとスピードあげて!」
「ごめん!」
「エメリー、未だ焼き上がらない?」
「後もうちょっと」
夕飯がアルナルド、レスター、エメリーの時は、まごう事なき戦争である。
三人ともいつもの穏和だったり無口だったりと言うところなど一切見せず、ただひたすら美味しいご飯のために必死で竈を見たりホイップをかき混ぜたり等、戦争と言っても過言ではない立て込みようだ。
彼等の中心はアルナルド。美味しい食事を作ることにそれこそ命でもかけてるのかと思うほど必死な子供だ。
一ヶ月前、何を思ったのか何とか中央の孤児院ウロボロス管轄の役人を引っ張り出し、食事のレシピや作りかた、さらに食材まで揃えさせたその手腕は子供ながら天晴れと言うしかない。
そして、その作り方を布教し始めたのだ。
最初は前途多難な道だった。
食事なと興味がないと言わんばかりの孤児院の面々を何とか説得し、見たことのない情熱をもってして見事孤児院を回し始めた。
畑は今や魔法の使える面々にて春夏秋冬の様々な果実、植物を成らし、キッチンの壊れた所は全て直されまるで新築に!
いつの間にか毎日の食事、特に料理長トリオとまで言われた三人組の日の三食を楽しみにするようになり、孤児院に何も知らなかった頃の活気が戻ってきた。
……いや、知っていてもこんなに楽しい気分にさせるのだから、いやはや頭があがらない。
今の孤児院があるのは、ひとえにアルナルド、そして。
そんなアルナルドを変えたらしい、アルナルドの夢の中の少女のお陰だろう。
「「「いただきまーす!」」」
期待を込めた沢山の声が、きょうも孤児院に響き渡った。
書き忘れていましたがエルはかなりの天然ドSです。
あとアルナルドは一体どこを目指しているのでしょうか




