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残虐な表現ありです。
ここエストニアは、魔物に襲われやすい。
それは古くからの言い伝えであり、このエストニアを表す正確な表現でもある。
いつもは騎士の方々が奴等が来る前に対処してくれるのだが、今回はそうもいかない。
魔物が予想以上に多く、この領地で、国に届く前に防衛戦を展開しなければならない。
何故この領地迄来たら倒せるのか甚だ疑問だが、まぁ危険が無いならよしとしよう。
お兄ちゃんに手を引かれ、僕は家路につく。
裏路地を何本か抜けると、僕の住む家がある。
その家が、まぁボロいわけだ。
ボロい家選手権とかあれば、速攻優勝しそうな位ボロい。
どれくらいボロいかと言うと、家のなかがいってしまえば一部屋しかない。
寝室居間各々の部屋。
全てで一部屋。
……まとめ過ぎなんだよ!
誰だよ掃除上手はまとめ上手とか言った奴!
毛布とか色々散らばっている部屋を見て、口の端がヒクッとひきつる。
お兄ちゃんはそれに気がつかず、エンジェルスマイルでただいまーと家の中の男女に声を掛ける。
「あら。おかえりなさい、二人とも」
「お帰り、無事だったか?」
お兄ちゃんににてマジ美青年な赤髪の男性が、穏やかに微笑んで僕たちの頭を撫でる。
にこにこ遠くで笑っている黒髪の女性のお腹はぽっこりとしていた。
……別に太ってる訳じゃないよ?その女性……母さんは今おめでたなんだから。
母さんは、人混みに埋もれたら見つけ出せないような地味ーな顔をして居る。
対して父さんは、僕みたいなくすんだ赤髪ではなく、綺麗な韓紅の髪と目だ。
お兄ちゃんとそっくりな端正な顔立ちは、格好良いと言うより美しいだ。
多分僕は母さんに似ているのだろう。
ぽやんとそんなことを考えていたら、お兄ちゃんが今日の報告をしだした。
と言ったって、ご近所さんからまた母さんと僕についての皮肉を言われたと言うだけだが。
お兄ちゃんと、顔には出していないが父さんも憤慨している。
-顔は似ているのに、才能は正反対ねぇ
そう言えばそんなことも言われたなと思い出した。
今日は前世の記憶を思い出したのさ事件でいっぱいいっぱいだったから忘れていたなぁ。
この世界には、魔法がある。
異世界転生だからね。仕方がないね。
で、その魔力保有量が、大体生まれたときから決まっているのだが、僕の赤髪はなんと最高峰。
無限に近い量、魔法が使えるのだ。
……まぁ使えるのは一種類だけだけど。
魔法使いは、最初の魔力保有量が定まると。自身の使える魔術が何か分かる。
それは一生のもので、一種類しか使えない。
それで、父さんは炎だったから、当然僕も炎だと思われたのだが
前世からの因縁か何かで、前世秘密の空き家で使いまくっていた練金術を最初ッからレベルMAXの高速練金として扱えるようになっていた。
まぁ当然驚かれたよね!幼い子供が急に家を創造するんだもん!
創造した本人は足場から材料を吸いとったため轟いた轟音に腰抜かして号泣したけどねー!
懐かしい思い出に浸っていると、お兄ちゃんから頭を撫でられた。
「魔法が使えても、エルみたいに死にかけることだってあるのに、何かエルが頑張ってたのバカにされたみたいだ。」
お兄ちゃんと母さんは魔法が使えない。
黒髪の魔力保有量はゼロだからだ。
頭に乗る手の温かさは本物なのに、周りはいつも魔力を持たないこの二人を悪く言う。
「ごめんなさいね……エル」
"ごめんなさい。私のせいで"
「そんなに悲しそうにしなくても大丈夫だから」
"人狼だったら、また僕らでやっつけちゃお!"
申し訳なさそうな顔が、無理に笑った笑顔が、
居なくなる晩のあの二人と重なった。
……あぁ。
なんだかとても、嫌な予感がする。
その晩、僕達は懸命に母さんの介護に当たっていた。
最悪のタイミングで、赤ん坊が産まれようとしているのだ。
「父さん、お兄ちゃん!早く、湯の用意を!」
「あ、あぁ分かった!」
苦痛に歯を食い縛って耐える母さんに励ましの言葉をかけながら、僕は高速練金でどんどん必要なものを作っていく。
練金には、その作りたいものとおなじだけの質量さえあれば良い。
レベルMAXの過程で、必要な質量を自動的に計り取る能力が貰えたから、僕は必要なものをイメージするだけで良い。
産着に、父さんのくれたお湯、ビニール手袋。
……こんなもので良いか?
使える用具を確認しながら僕は作業を進める。
「母さん、ヒッヒッフーだよ!ヒッヒッフー!」
ラマーズ呼吸法を母さんにしてもらう。これで楽になれば良いんだけど……。
……と、家のボロい扉がドンドンドンとたたかれた。
それと同時に、
「魔物がやって来たぞ!早くにげろー!」
との言葉が。
こんなあばら家に、しかも黒髪の親子がいるところに来てくれるなんて、何て親切な人なんだ。
そう思いながらも、魔物に悪態をつくことは忘れない。
空気が読めない!
扉に向かい、振り向けば、母さんのお産を必死に助けている男二人。
……僕らは、もう助からない。
ならば。
「三人とも、聞いて!」
僕の言葉に、男二人はピタリと黙り、母さんも聞こうとして居る。
その信頼を嬉しく思いながらも、こんな選択しかできないことを悔しく思った。
「僕らはここで死ぬ。それは分かってると思うよ。」
「なっ……エル!なにをいいだもがっ」
「良いから聞こう。エル。続きを」
僕に掴み掛かろうとしたお兄ちゃんを抑え、父さんが続きを促す。
こんなことを言われて冷静でいられる父さんに尊敬の念を抱きながら、重々しく頷いて、僕はとある提案をする。
「だから、犬死にしないために、その子を逃がそう」
そう言って、僕は、名もない赤子を指差す。
足が見え、男共にも知識がある範囲になってきた。
「僕は、僕らは、こんなとこで犬死にするために生まれてきたんじゃない!」
僕の父さんに似てよく通る声は、士気をあげるのには十分だ。
一人が逃げれば、その一人がきっと僕らの意思を繋げてくれる。
無駄に消す命は持っていない。
だから僕は、
「その子さえ守りきれば、きっと、僕達が生きた意味が解るから!」
死の後に何も待っていない残酷な事実を隠す。
腐り落ちた腐肉の臭い。
殺すことしか考えていないような知性の欠片もない血走った目。
でかい狼と、ゾンビと呼ばれるものの前に、僕は独りで立ちはだかっていた。
赤い月に染まる夜。
噴水も壊され、ひどい有り様となった広場で、大量のゾンビや狼が僕を食おうと狙っているのが分かる。
あのとき僕が考えていた作戦はこうだ。
僕が高速練金を使って、魔物たちを足止めする。
その間にお産を終え、子供を逃がす。
単純だが、成功確率はゼロではない。
両親は渋ったが、最後にはオッケーしてくれた。
その作戦の第一段階である、魔物の足止め。
僕は、静かに狼を突き刺すイメージをした。
「ぎゃうんっ!」
目の前の狼が悲痛な叫びを上げて、逆氷柱のように地面からはえた鉄の針に串刺しにされた。
鉄の臭いが鼻を擽り、服が生ぬるく赤いもので汚れる。
それが合図だったかのように、狼やゾンビが一斉に襲いかかってきた。
「……ッ!」
ゾンビの爪が掠り、二の腕から血が吹き出す。
一瞬でそのゾンビは練金され灰と化したが、怪我があるせいでうまく集中できない。
暫く戦っていると
ごすっ
「ぅぐっ……!」
狼の鼻面で体当たりされ、からだが吹っ飛ぶ。
重い音を立てて落ちる言うことを聞かないからだに、突進してくる狼の姿を見つけ、あぁ。またかと思う。
お産は終わっただろうか。
そう考え、迫り来る牙をぼおっと見ていたその時。
ドスッ
「……え?」
激痛も何も来なかった。
腹の上に生ぬるい液体がボタボタと落ちる。
不思議に思って顔をあげると、そこには。
腹を切り裂かれて、尚、安心したように笑う、父の姿が……
「は、やく……!逃げ、……!家に、魔物が」
絶え絶えな声で紡がれる絶望の言葉は、僕の血相を変えるのに今一番最適な言葉だった。
父さんの今の状況すら忘れ、駆け出す。
目の前にいる魔物は全てきって突き刺して殺してやる!
背中を爪がかするが、その瞬間に練金し灰と化す。
走って、走って、もう変えれないと思っていた家に帰ったときに見たのは。
「あ、あ……」
腹を引き裂かれ、腸を引きずり出された母さんと、恐怖に目を見開いたお兄ちゃんの生首だった。
……赤ちゃんは!?
キョロキョロと辺りを見回すと、小さな泣き声が聞こえてきた。
小さな、小さな、生きている人の
「よかった……!」
今だ首の座っていない赤ん坊が死体に埋もれているのを見て、僕の目頭が熱くなる。
生きていた。よかった。
赤ちゃんを、壊れ物を扱うように抱いて、ベッドの下に隠れる。
魔物がきても先攻できるように。
はたはたと赤ん坊の顔に涙がこぼれ落ちる。
「……しわくちゃで、猿みたい」
どんな子に育つのかな。
それは、紛れもなく明日への希望だった。
翌日、一晩中ずっと赤ん坊を抱いていたらしい僕は、あのときの広場を歩いていた。
未だ死体は処理されていないけれど、魔物は居ない。
赤ん坊を持って、唯一の生き残りらしい僕はぼおっと父さんを見る。
「ごめんね……父さん」
ちゃんと、繋ぐから。
赤ん坊を抱き締めて、僕は笑った
「さぁて、じゃあ君に名前をあげよう!」
この世界の、希望と言う意味の……
「よろしくね!ローマン!」