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神山生活三週間目
今日は一人で散策していた。
ふらりふらりと移動している間、見知った場所ばかりに出て、あぁここは本当に僕の居場所になっちゃったんだなぁと少しだけ寂しく思った。
もう、三週間目だ。
そろそろ一ヶ月にもなるこの期間、とても心休まる時間だった。
毎日誰彼といさかいが起こるような物騒な孤児院でもなく、少しの間しかいなかった所詮仮初めとでも言うような故郷でもなく、ここが家であれば良いのにと思うようになった。
けれど、それでも長い間いた孤児院への愛着が湧かないわけがなくて。
「かっこわりぃー……」
深く長い溜め息をついた。
そう言えば、此処にいる間溜め息をついたことなんて無かったな。
何もかもが楽しくて、幻想的で、この年齢に見合う子供らしい楽しい時間が過ごせた。
離れたくないなんて、孤児院の彼等への裏切りだろう。
いつの間にか足を踏み入れていた暗い森の奥で、黒く淀んだ空を見上げて泣きたくなる。
湿った地面に腰をおろして、蹲った。
標高が高いからかまだ寒くて仕方がない空気感に震えながら、僕は唯呆然とした。
泣きたくなくて、つんとする鼻を無視しながら空を見上げる。
厚く厚く、淀んだ雲が空を覆っていた。
……ポツリ、と
水滴が頬に当たり、涙のようにつうと伝って落ちていく。
それが引き金になったように、段々と空から降ってくる水滴が多く、強くなって、
そこまでになってやっとそれが雨だと気が付いた。
「……っ……あるぅ……!」
僕なんて、忘れられてたらどうしよう。
忘れられてるだけなら良い。
ばけものと、罵られたりしないだろうか。
人狼化は、人間のなかでは犯罪で、そんなことが出来る僕を化物だと、そう罵られたらどうしよう。
「やだぁ……あるぅ……ある、ある、ある……」
ひっく、ひっくとしゃくりあげる音を消し去るように、ざぁざぁと雨の音が強くなっていく。
びしょ濡れになりながら、意味は無いけれどこぼれ落ちる大粒の涙を拭った。
ぺたんと女の子座りをしているから、服がぐちゃぐちゃだ。
こんなんだったら、明日は風邪引きそうだな。
冷静に考える頭はあるけれど、こぼれる涙は止まらなかった。
迷子の声は、未だ僕を呼んでるのだろうか
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神山生活四週間目
……最近、どうも大切なことを忘れている気がする。
いや、大切なことどころか、自分は何もかもを忘れてしまっているのだが。
僕は、神なる山アスラの中腹にある孤児院の子供だったらしく、そのアスラにいく道の近くで倒れていたらしい。
元から突飛なことを仕出かす性格だったらしいから、何故かそこに居るのに特に疑問には思われなかったらしいんだけど……
問題は、そのあと。
起きたときに、此処にいる皆のアイドルらしいジョアンナに、君は誰?と聞いてしまった。
ジョアンナは勿論悲しんで、周りの子からは君が一番親しかったくせにと睨まれた。
ジョアンナは心が強いらしく、ボーッとしている僕の事を何かとフォローしてくれる。
何だか少しむず痒いけど、自分でも気難しい性格だと理解できるほど面倒くさい僕が渾名を許しているのを見る限り、本当に仲が良かったようだ。
確かにジョアンナは可愛らしいし、傾いてしまうのは仕方がないかな?と分析していた矢先だ。
あの夢を見たのは
『シルクは本当に物覚えが悪いなぁ』
『うへへ、照れるぅ』
『ぶん殴るよ?』
『んなの全てに込めてるに決まってんでしょ!』
赤黒い髪と目をした幼い少女が、誰かと話ながら笑っている様子だ。
呆れて、照れて、怒って、元気に。
彼女の容姿は、特別に可愛らしいわけでも、素朴な愛らしさ、と言うわけでもない。
人混みに紛れたら見つけ出せないくらい、いっそ見事に平凡だった。
しかし声は、よく通り、カリスマ性を伺えさせるような声だった。
表情の変化のさせ方は、いつもと全然違って、昔可愛いと感じたあの自然な笑顔がよく出ている。
……ちょっと待て。
昔?何時も?僕はこの子の何を知っているんだ?
そこまで思考がたどり着いたことで、またタイムリミットが来てしまった。
赤黒い髪、赤黒い瞳。
そして、とても幼い。
それしか、僕は彼女の事を知らない。
けど、きっと記憶を失う前の僕は知っている。
……いったい、僕は何を忘れているんだ?
アルナルドは鈍いですね!
ジョアンナちゃんがアイドル(笑)って(笑)




