??前編
色とりどりのスポットライト。沸き上がる観客たち。
沢山のテレビカメラの撮影があるなか、彼女は悠然と笑い、挑発的に黒曜石のようなその瞳を煌めかせた。
『レディースエーンジェントルメーッン!』
性別が見えないタキシードはフリルで装飾され、黒いシルクハットはハロウィンの飾りのようにこちらもフリルが使われている。
黒いステッキを振りかざし、彼女はマジックを始める。
そこには、マジックが楽しくて楽しくて仕方がないとでも言うような笑顔が溢れ、どんな無茶なマジックも、どんな危険なトリックも、平気な顔してやってのけるトリックスター。
観客席の最後尾から、俺はそんな姉の姿を見詰めていた。
昔から、俺たちは同じだった。同じ声、同じ顔、同じ容姿、同じ成績。
そんな俺たちは、良く二人で入れ替わったり、高難度なマジックである同時存在をこなしていた。
しかし、いくら似ていても結局は他人。
互いに変わっていってしまった。
姉は明るく大胆不敵。
俺は暗くて臆病もの。
姉は俺から見ても良くできた人間だ。
明るく、礼儀を失っていないのにどこか小動物的。怖いことなど何もないとでもいうようにカラリとした笑顔が特徴的で、平然とむずかしいマジックをこなす。
ポーカーフェイスは上手くこんな暗くてひねくれた臆病ものにも弟だからと手をさしのべた。
俺はどれだけ贔屓目に見ても屑のような奴だ。
暗いし、礼儀はあるけれどそのぶん印象が冷たくなってしまう。怖がりで奥手で笑ったことなどプライベートではほぼない。簡単なマジックでも失敗する。
ポーカーフェイスだけ上手くあんな明るくて良くできた姉の手を強情に拒み続けた。
でも、そんな俺が、憧れの、世界一格好良い人になれる瞬間。
それは
『では、メインイベント、同時存在に挑戦したいと思いまーす!』
来た!
俺はゴクリと唾を飲む。
一瞬の暗転、そしてスポットライトが己を照らした瞬間、持っていたステッキを振り上げた。
「3、2、1!」
パッ!
全く同じ表情、同じ声、同じ顔、同じ格好をした、二人の……いや、一つの"トリックスター"がステージと観客席の最後尾に存在していた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
俺は薄暗い部屋の中で目を覚ました。
またあの夢か、と溜め息をつく。
トリックスターと言うマジシャンが死んでから、一ヶ月の月日がたった。
海外にまで進出していた世界で人気のマジシャン、トリックスターの突然の死亡、そして、片割れである俺のマジシャン引退宣言に、世界は騒然となった。
俺だって、あの世界……常に明るいスポットライトが照らし、きらびやかに美しく光るステージの上が惜しくない訳ではない。
でも。違うのだ。
俺が求めていたのは。昔の俺に合わせて、一人称を僕に変えてしまった彼女だった。
きらびやかなステージの上で楽しげに、踊るように緊張感を感じさせず、さらりと高度なマジックを使って、遊びに誘うように甘美な夢の世界へ客を連れ去る、そんな姉の姿。
観客席にいると、どうしても探してしまう。
スポットライトがてらすステージの上で、少し怒ったように早く上がってこいと此方を見る、同じ顔をした彼女を。
ステージに居ると、どうしても思ってしまう。
何で姉さん来ないの!?お月様の日!?ってか
ほんと早く来て!
……なんて。
一人きりでステージに立つと、姉の遅刻を疑うくらい、俺は姉がステージに居るのが当然だと考えていた。
(あぁ、だから……)
だから、俺は彼女と会えないのを信じない。
彼女が、大きな大きな爪に切り裂かれたような死に方をしていたといわれた、とある山にやって来た。
そこで、見つけたのは
「なんだここ、……空き家?」
不思議な空き家だった。




